第63話 一閃
おれこと、イリアスは観客席で幼馴染のテナの試合を観戦していた。あいつ、鋼体術を使うなんてある意味で反則もいいとこだろ……。
親善試合では、攻撃魔法である核属性の放出系統の魔法は禁止されているが、鋼体術は身体強化術と同じく強化系統に属する魔法として扱われている為、反則行為である放出魔法には該当しない。
だからって、それを試合に使うのはどうなんだか……ライリー嬢が不憫だな。
「イリアス殿、テナさんは一体どうされたんですか? お肌の色が変わりましたけど……」
すぐ近くに座る少女から声を掛けられる――話し掛けてきたのは、第一試合でおれと剣を交えたリナ嬢だ。彼女の隣には双子の兄であるライカ殿、更に隣には今大会の優勝候補と目されるソウマ殿も座っている。
まぁ、傍から見れば何が起きているのか分からないよな。俺は彼女にテナの身に起きている状況を説明する。
「あいつが使っているのは鋼体術さ。地の力を肉体に纏わせる事で、通常の身体強化術とは比較にならないほど肉体の強度を高める魔法だよ」
「書物や授業で聞いた事があります。しかし、鋼体術は地属性の上級魔法の筈では……テナ殿は、地の力を増幅する魔法陣や魔道具を用いているようには見えませんが?」
テナが魔法陣や魔道具の恩恵も無しに、上級魔法を発動出来る事に疑問を抱くライカ殿。確かに無理もない話だ。
本来なら、属性毎の上級魔法の発動には魔法陣や魔道具の恩恵が不可欠なのだから。おれは、ライカ殿の疑問に答える。
「テナは“大地の守護者”と呼ばれる一族出身なんだ」
おれの言葉に、真っ先に反応したのはソウマ殿だった。
「ほう、大陸北方にある聖地と呼ばれる山脈を先祖代々守護するという一族か」
「その通りです、ソウマ殿。テナの一族は大地から直接強い地の力の恩恵を受けられる特異体質――魔法陣や魔道具の恩恵無しに地属性の上級魔法を発動出来ます」
「なるほど……」
「テナさんは、特別な力を有する一族出身だったのですね」
ライカ殿とリナ嬢も、納得したように頷く。視線をリングで戻す。
テナは大剣をライリー嬢に繰り出している。鋼体術で強化された肉体は重量も増すという特徴がある。
機動力はやや落ちるものの、攻撃力はかなり向上している筈だ。大剣を受け止めているライリー嬢も苦しそうな表情をしている。
このまま押し切れば、テナが勝利するかもしれない。だけど……不安要素が無いわけじゃない。
テナにも弱点がある。ひとつは、おれと同じ大剣使いゆえに攻撃速度が他の選手達と比較しても遅い事。
もうひとつは、武器を破壊される事――おれとテナが使用する大剣は刃が分厚い為に並の攻撃で破壊するのは難しい。しかし、対戦相手が武装強化術で攻撃を仕掛けてきた場合はそうもいかない。
テナは身体強化術、鋼体術による肉体強化は得意だが、武器に魔力を纏わせる武装強化術が苦手なのだ。何分、直感で身体を動かす奴なので大剣に魔力を流して纏わせるというイメージが即座に出来ないらしい。
ライリー嬢は武装強化術を発動させ、テナの大剣を受け止め続けている。これは不味い状況かもしれない……ライリー嬢、大剣を折る機会を狙っている可能性が高いな。
「(テナ、一気に畳み掛けろ。彼女に勝つにはそれしかない――)」
観客席で、私と夫は愛娘の試合を見届けていました。娘――ライリーは、テナさんの大剣を受け止め続けています。
「あなた、ライリーは大丈夫でしょうか……あなた?」
「ナターシャ、見なさい。ライリーの瞳を」
ベルハルト――主人の言葉に従い、リングの上で剣を握るライリーに視線を向ける。あの子は、テナさんの剣を捌きながら何かを窺っている。
その瞳には強い光が宿っている。諦めないという意志が込められている。
「あの子は押されているが、些かも戦意を失っていない――勝機を狙っているのだろう。私達に出来るのは、あの子の勝利を信じる事だよ」
内心、私は苦笑してしまう。全く、この人は……普段はライリーを溺愛しているのに、こういう時は騎士としての貌に変わるのだから。
この人といい、ライリーといい、これも騎士の家系に生まれた人間の性なのでしょうね。
「(ライリー、頑張りなさい。あなたが勝つ事を信じていますからね)」
テナさんの大剣を受け止めながら、私は集中する。少しずつ、少しずつだけど見えてきた……テナさんの身体の中にある魔力の流れが、ぼんやりと見えてきた。
「いっくよー!」
「!」
テナさんが身体を大きく回転させ、横薙ぎの一撃を繰り出す。あまりの重さに、私は完全に受け止め切れずに吹き飛ばされる。
何て重い一撃なの……あの小柄な身体から繰り出せるような攻撃とは思えない。 大剣の重量に加え、鋼体術による強化によるものだろう。
何とか受け身を取って、場外に落ちるのを免れる。テナさんは――。
「むう、目が回る~」
……少し、フラフラしていた。い、今の一撃で大きく身体を回転させたのが原因かしら?
普通なら、チャンスと言いたいところだけど先程の一撃で私の手にも多少の痺れがある。これは不味い……あれを何度も続けられたら、何れ剣を弾かれてしまうかもしれない。
私は呼吸を整え、テナさんを見据える。フラついていた彼女も、持ち直したようだ。
脳裏にディゼル先生と特訓していた時の事が過る。魔力の流れに関する話を思い出す。
『ライリー嬢、魔力の乱れた箇所が見えたら、そこを目掛けて一気に剣を振るって下さい。難しい事を考える必要はありません――』
私は上段高く剣を構えた。心が、自分でも驚くほど落ち着いている。
雑念、余計な感情が心の中から消えていく。今の私が為すべき事は剣を振るう事だけ――。
テナさんが、大剣を構えてこちらに向かって駆けてくる。他の感情が消え、透き通った心で彼女を見つめる……見える、彼女の身体の中に川の流れのような、魔力の流れる道が。
ディゼル先生との特訓の際に見えた流れを、私は捉えていた。彼女の両手に注視する――両手に流れている魔力が、大剣にも流れていくのが見える。
大剣に流れる魔力に目を凝らす。大剣に流れる魔力の流れの一部に、淀みのようなものが見えた。あの場所だけ乱れがある。
テナさんが大剣を振り下ろしてくる。魔力の流れが見える事もあってか、私は彼女の大剣を難なく回避する。
リングに大きく叩きつけられた大剣、その重量でリングに小さな亀裂が生じた。テナさんは大剣を持ち上げようとしたけど、私はその隙を見逃さない。
大剣に流れる魔力の乱れる箇所目掛けて、一気に剣を振り下ろす――甲高い金属音と共に大剣は真っ二つに折れた。折れた刀身が空中で何度か回転した後にリングの上に突き刺さった。
『テナ・フラットの武器の破壊を確認――勝者、ライリー・フォーリンガー!』
闘技場内に響くアナウンス。同時に、大きな歓声と拍手も聞こえてきた。
しょ、勝利した事よりも、盛大な歓声と拍手に驚いちゃった……。
一閃――正に、そう呼べばいいのか。ロイド先輩とシルクと一緒に、後輩であるライリーの試合を観戦してた私には、彼女が振り下ろした一撃がそのように見えた。
身震いするような一撃だった。まさか、あの子があんなに強くなってたなんて。
「大したものだな、ライリー嬢は。まだまだ不完全のようだが魔力の流れを読んで、魔力の乱れのある箇所を一気に斬り裂くとは」
魔力の流れを読んだ……ライリーが? ロイド先輩の説明に、思わず息を呑んでしまう。
魔力の流れを読む技術は、相当の手練れでなければ出来ない筈。学生のあの子が、不完全ながらもそんな高等技術を習得しているというの?
私も出来るには出来るけど、まだまだ練度は低い。ロイド先輩やファイ先輩と比べれば月とスッポンだろう。
私に目を配り、一笑するロイド先輩。
「お前も鍛錬に励む事だな。あんな将来有望な後輩なら、守護騎士に就任する日もそう遠くはないだろうからな――あっと言う間に追い抜かれるぞ?」
むう……何か比較された事にムッとするけど、言い返せない。だって、ライリーのあの剣を見たら凄いとしか言えないし。
ま、負けてられない。先輩として、後輩に無様な姿を見せる事は出来ないわ!
親善試合が終わったら、早速猛特訓よ!
「(ライリー、一回戦突破おめでとう。何時の間にか強くなっちゃって……注目の的だよ)」
他の観客達と同じく、私や先輩、シルクもライリーに向けて拍手を送った。
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