第62話 流れ
眼前に立つテナさんを前に、私は頬を伝う汗を拭う事すら出来ない。彼女の肌の色が浅黒く変化しているのは、地の力による肉体強化である鋼体術によるものに他ならない。
学園の授業で氷雪国に存在するという聖地を守る一族が居るという話を聞いた記憶がある。その一族は、強い地の力と特異な体質を有すると――まさか、彼女が聖地を守護する一族の出身者?
左手に持つ鞘に目を配る……彼女を気絶させる為に首筋目掛けて繰り出した鞘は歪な形状に曲がっていた。授業で習った通り、鋼体術による肉体強化は通常の身体強化とは比較にならない。
相手を気絶させるという勝利条件の達成が困難な以上、残された選択肢はふたつしかない――対戦相手を場外に落とすか、対戦相手の武器を破壊するかのふたつ。
テナさんを場外に落とす……これも難しいかもしれない。何せ、鋼体術による肉体強化が出来るのだから、物理的な衝撃で彼女を場外まで押し出す事は無理に近い。
そうなると、残された手段は武器破壊しかない。テナさんの得物は大剣――幅広で、刃の厚みもかなりのもの。
対する私の得物は高い強度を持ち、切れ味はそれなりの長剣。この長剣を選んだ理由は、ディゼル先生に勧められたからだ。
『ライリー嬢、親善試合では武器破壊が敗北条件のひとつです。最も重要視すべき武器の強度――切れ味は自分自身の技量で補えば問題ありません』
親善試合では放出魔法同様、魔法剣の使用も禁止されている。だからこそ、自分自身の技量で勝負しなければならない。
だけど……いくら、武装強化術で剣を強化してもあの刃の厚い大剣を斬るなんて真似が私に出来るのかな? 優れた騎士は鉄をも断ち斬る事が可能だと、学園の授業で習ったけど――等と、思考しているとテナさんの声が聞こえた。
「いくよー」
「!」
彼女は鋼体術を発動させたまま大剣を大きく振りかぶって、力強い一撃を繰り出してきた。私は剣に魔力を込めて、武装強化術を発動させて剣の強度を強化する。
大剣を受け止める――重い! 今までとは違う、攻撃の重さが増しているのを実感した。
鋼体術は発動させると、肉体の重量が増すという特徴がある事を授業で習った。俊敏さは落ちるけど、その分増した重量が斬撃に上乗せされている。
骨が軋み、重圧が身体全体を襲う。長剣と大剣の鬩ぎ合いで、火花が散る。
一撃、二撃、三撃と、剣が激突する毎に身体を襲う衝撃が強くなる。駄目だわ、このままじゃ何れ押し切られてしまう……何か、何か突破口は無いの?
あの大剣さえ、折る事が出来れば……テナさんの大剣を注視する。ふと、ある事に気付いた。
「(……大剣に何かが纏われている? あれは、魔力?)」
テナさんの大剣に魔力が纏われている事に気付いた。おかしい、彼女は武装強化術を発動しているようには見えない。
武装強化術を発動しているなら、もっとはっきりと武器に魔力が纏われているのを視認出来る。だけど、今の彼女の大剣に纏われている魔力はぼんやりとしか見えない。
そこまで思考して、ハッとした。
「(これって、もしかしてあの時と同じ……?)」
私の脳裏に、数日前の出来事が過る。ディゼル先生から特訓を受けていた時の出来事が――。
数日前、早朝。私はディゼル先生と模擬戦を行っていた。
私は息を切らしながら、両手で剣を構えている。対するディゼル先生は左手に剣を持って、構えを取らない自然体な様子でこちらを見据えている。
構えを取らずに、ただ立っているようにしか見えないのにディゼル先生には一分の隙も見当たらない。何処から打ち込んでも、瞬時に受け流されてしまう。
必要最小限で全く無駄の無い洗練された動き、高度な剣捌き……一体どれだけの鍛錬を積み重ねれば、これほどの強さに到達出来るのかしら? 私はディゼル先生に思い切って訊ねてみた。
「あの、ディゼル先生――失礼ですけど、おいくつですか?」
「え? 17歳ですが……」
「ほ、本当に17歳ですか? もっと、年上だったりしません!?」
「いえいえ、17歳で間違いありません」
「し、失礼しました……」
「???」
年齢の事を訊ねて怒られてしまうかもと思ったけど、ディゼル先生は首を傾げるリアクションしか見せなかった。こ、この人、私とふたつくらいしか歳が変わらないんだ……(;´・ω・)。
いや、失礼な質問だったけど、あまりにも強過ぎるから実戦経験豊富な若作りな人かなーと思ってしまった。そうすると、新たな疑問が湧き上がってくる。
この人、一体何処でこれだけの技術を身につけたというの? 年齢が17歳って事はルディア先輩と同い年よね……王立学園でディゼル先生を見掛けた事なんて一度も無いから、王立学園以外の学校の出身者なのかな?
だけど、詮索するのは止めよう。あまり、根掘り葉掘り訊ねたら不快に思われてしまうかもしれないし。
深呼吸した後、ディゼル先生を見据える――え?
「(……あれは?)」
眼前に立つ、ディゼル先生の身体の中に幾つもの枝分かれした川の流れのようなものが見えた。流れているのは水ではなく、魔力……?
目を擦って、再びディゼル先生を見つめるとそれは見えなくなっていた。見間違い、幻覚か何かだったのかしら?
「ライリー嬢」
「は、はい!」
「もしや今……僕の中に何かが見えませんでしたか?」
ディゼル先生に指摘され、少し吃驚した。今見えたのって、幻覚じゃなかったんだ……。
「は、はい、ディゼル先生の身体の中に川の流れのようなものが見えました。水ではなく、魔力が流れているように見えました」
「驚きました、ライリー嬢の成長速度は予想以上です――まだ意識的ではありませんが、魔力の流れを読めるとは」
魔力の流れを読む……? そ、それって王立学園の授業で聞いた事があるわ。
魔力を扱う人間は、厳しい鍛錬を積むと魔力の流れが読める――見えるようになるって。この聖王国では、主に守護騎士が該当する。
ちょ、ちょっと待って……私に魔力の流れが見えたっていうの? まだ騎士にすらなっていない未熟者の自分に?
「魔力の流れが読める、見えるようになるのは個人差があります。ライリー嬢は比較的に早い段階でその力が開花しつつあります――これを腕にはめて僕を見て下さい」
ディゼル先生は腕輪を差し出してきた……これは、魔道具の一種かしら? 言われる通り、私は腕輪を受け取って右手首にはめてみた。
そして、先生を見ると変化が起きていた。先ほどと同じように、先生の身体の中に川……いえ、魔力の流れが見えた。
「ディゼル先生、これって……!?」
「その腕輪は、装着すると魔力の流れが見える視覚を与える付与魔法を付与してあります――ライリー嬢、よく見ていて下さい」
ディゼル先生が左手で剣を握る。すると、どうだろう――彼の身体を流れる魔力が左手を通じて剣に流れていく。
だけど、剣自体に何らかの変化は生じていない。ディゼル先生は、武器を強化する武装強化術を発動させていない……どういう事?
武装強化術を発動させると武器が発光する現象が起きる筈だけど、そういった変化が全く起きていない。魔力だけが剣に流れているって事?
私の疑問に、先生は答えてくれた。
「ライリー嬢、武装強化術を発動させていない状態であっても、魔力は微量ながら武器に流れていくものなのです。その影響で、武装強化術ほどではありませんが武器は強化されるのです」
そうなんだ……武装強化術には及ばないけど、魔力が武器に少しずつ流れているのね。
「しかし、それは良い事ばかりではありません。僕の剣をよく見て下さい」
「え?」
言われるまま、ディゼル先生が握る剣に目を配る。よく見ると、剣に流れている魔力に乱れや淀みがあるように見えた。
「使用する武器の出来によっては、魔力の流れが悪い場所、淀む場所があります。そういった部分は武器の弱所――つまり、脆い部分なのです」
「脆い部分……。つまり、その箇所に強い衝撃を与えれば――」
「ええ、破壊する事が可能です」
――魔力の流れを読む。テナさんの大剣を折るには、彼女の大剣に流れている魔力の乱れや淀みを見抜くしかない。
集中、集中するんだ。流れを、魔力の流れを読むんだ――。
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