閑話18 ある侍女の後悔
――聖王国歴727年、数ヶ月に渡って世界を覆っていた暗雲は晴れました。世界を闇に閉ざそうとした深淵の王は、深淵の彼方へと封印されて人々には笑顔が戻りました。
しかし、それにはあまりにも大きな代償を支払わなければなりませんでした。深淵の王との決戦で、ひとりの若き騎士が命を落としました。
騎士の名はディゼル・アークライト。聖王国に代々仕える騎士の名家アークライトに家に生まれ、天の力を宿す選ばれし者。
彼は私――セレスがお仕えする聖王国第二王女アリア殿下の護衛を務めていました。同じく、姫様の護衛を務める私にとっては後輩のような存在でした。
……正直な話、先輩である私よりも護衛として遥かに優秀だったので物凄く悔しかったですが。姫様は、そんな彼に護衛以上の想いを抱いていました。
ディゼル殿が二度と戻らない事をアストリア陛下に告げられた姫様が、自室に篭られて数日が経とうとしていました……。
「姫様、セレスです! 開けて下さい、もう何日も碌に御食事をされていないではありませんか!?」
私は姫様の寝室の扉をノックし続ける。だけど、姫様から返事が返ってくる事は無かった。
他の侍女やアストリア陛下御自身が参られても、全く反応は無い。それから更に幾日もの時間が流れました。
アストリア陛下の命で、何とか姫様に御食事は召し上がって頂いているものの、姫様の御顔の色は優れません。
ディゼル殿が帰って来ない旨を知らされたあの時から、姫様の時間は止まったままなのです。瞳には光は無く、目元には涙を流した跡が――ディゼル殿の事を想って、毎日泣いていらっしゃるのは誰の目から見ても明白でした。
御食事も小鳥の餌ほどの量しかお口になさらず、日に日にやせ細っていく姫様の御姿に胸が締めつけられた。
「(一体、どうすればいいの。このままじゃ、姫様が……)」
こんな状態が続けば、何れ衰弱してそのまま――最悪の光景が脳裏を過り、私は血の気が引いた。何とかしなくてはならないのに、何ひとつ名案が思い浮かばなかった。
姫様の体調が優れない事に、皆が心を痛める日々が続いた。特に姉君であるアストリア陛下の心痛は私達以上だったでしょう。
無理もない。先王陛下と王妃様がお亡くなりになられ、アストリア陛下の御家族は妹君であらせられる姫様しかいらっしゃらないのだから……。
さらに数日が過ぎたある日――その日は、アストリア陛下は聖王宮の外へお出掛けになられていました。当然、陛下の護衛を務めるグラン隊長も同行されています。
おふたりが向かわれたのはアークライト邸……ディゼル殿の母上であるソフィア殿の下に向かわれたとの事。御子息が戦死した事で、体調を崩されたソフィア殿の御見舞いの為でしょう。
「姫様、セレスです。姫様――」
私は姫様の御部屋をノックする。案の定、返事は返ってこない。
暗い表情のまま、私はその場から立ち去ろうとした――その時だった。
「……セレス、そこに居ますか」
「!!」
声が、聞こえた。間違いなく、姫様の御声が――!
私はすぐさま、扉の前まで駆け寄る。
「はい、姫様! セレスはここに居ります!」
「……セレス、心配を掛けてごめんなさい」
「いいえ、いいえ! 私の事など、御気になさらず!!」
本当に、どのくらい振りだろう。姫様の御声を聞いたのは。
「セレス、姉様は今、聖王宮にいらっしゃらないのですね?」
「え? は、はい……聖王宮にはいらっしゃいません。グラン隊長が護衛としてお傍に付いていらっしゃいますので御心配はいりません」
「セレス、お願いがあります。姉様の御部屋から、ある物を持って来て欲しいのです」
「へ、陛下の御部屋からですか?」
私は緊張した。姫様はアストリア陛下の御部屋から何かを持って来て欲しいと仰られた。
女王陛下の御部屋に足を踏み入れる、いくら姫様お付きの侍女である私でも御許可なく陛下の御部屋に入るのは――。
「お願いします、セレス……あなたにしか頼めないの」
弱々しい姫様の御声に胸が痛んだ。アストリア陛下の御部屋に無断で入室するなんて非礼に値する――だけど、私は姫様のお願いを受け入れた。
「姫様……一体、何をお持ちすればよろしいのでしょうか?」
「姉様の御部屋の本棚にある古い本です。題名が無いから、一目で分かると思います」
題名の無い古い本……陛下の御部屋にある本という事は、何か重要な書籍なのかしら?
「お願いします、セレス」
「分かりました、暫くお待ち下さい」
「セレス――ごめんなさい」
「御気になさらず、姫様の為ですもの」
私は、後悔する事になる。この日の行動を――。
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