閑話35 IF もし、ディゼルが女の子だったら……4


 ※久々に番外編を書きたくなったので、書いてみました。今回は『もし、ディゼルが女の子だったら……2』からの派生です。






 私は、“ディアナ・アークライト”。天の力を宿した聖王国の守護騎士のひとり。


 今、私達の住む世界は大きな危機に見舞われています。表裏一体に存在するもうひとつの世界“深淵”からの侵略を受けているのです。


 数ヶ月に及ぶ激しい戦いは、世界各国による連合軍が優勢に進めていました。しかし、とうとう深淵の支配者である深淵の王が現世に出現。


 圧倒的な王の力によって世界が蹂躙される前に、王を封印しなくてはならない。女王アストリア陛下の破邪法陣が展開され、魔法陣の力で弱体化した深淵の王と戦うべく、私とグラン隊長は決戦の場へと赴く。


 漆黒を纏った巨人――深淵の王の力は強大だった。破邪法陣の力で弱体化しているとはいえ、隊長と私のふたり掛かりでも気を抜けば命はない。


 戦闘開始から数時間が経過――アストリア陛下による送還術が発動し、深淵の扉が出現して王を深淵へと引きずり込む。


「おのれ、こうなれば貴様等を地獄に送ってくれる……ッ!」


 深淵の王の掌から黒い球体が放たれる。あれは――闇魔法の一種!?


 黒い球体へと、私と隊長は引きずり込まれそうになる。丁度、今の深淵の王が引きずり込まれるのと同じような状態だ。


「“昏き門”――それに吸い込まれたものが何処に行くかは我も知らぬ。いずれにせよ、生きて帰れるとは思わぬことだ」


 駄目、疲弊した今の私と隊長ではあれから逃れることは難しい。こうなったら、取るべき手段はひとつしかない。


「隊長……必ず、生きて聖王宮にお戻り下さい。陛下はあなたの帰りを待っています」


「ディアナ――お前、まさか!?」


 私は隊長の胸に右手を添え、精神を集中する。隊長の姿がその場から消えた。


 空間転移で、隊長をここから遠くに転移させた。


 疲弊した今の私では、隊長ひとりを飛ばすのが限界だった。出来れば、ふたりで聖王宮に戻りたかった。


 深淵の王が扉の向こうに消えていくのを確認する。しかし、奴が放った“昏き門”と呼ばれる黒い球体は消えていない。


 駄目だ、身体が動かない……あれの中に吸い込まれる。黒い球体に引き摺り込まれて、私の意識は遠のいていった。






――意識を取り戻した時、目の前にあったものは闇だった。


 暗い、辺り一面に漆黒の闇が広がっている。ここは、一体何処?


 私は確か、深淵の王の放った“昏き門”と呼ばれる黒い球体に吸い込まれて……ここは死後の世界なのだろうか?


「……ッ!」


 身体を動かそうとすると、痛みが走る。


 痛みがあるということは、まだ生きてるみたい。


『“昏き門”――それに吸い込まれたものが何処に行くかは我も知らぬ。いずれにせよ、生きて帰れるとは思わぬことだ』


 あの時の深淵の王の言葉が蘇る。ここは、昏き門というあの黒い球体に吸い込まれたものが辿り着く場所なのだろう。


 生きて帰れない――確かに、こんな漆黒の闇の中で何処を目指せばいいんだろう。


「……!」


 ふと、左手に何かを握っていることに気付く。それは、魔法剣に使う剣の柄だ。


 深淵の王と戦闘している最中だったのだ。柄を握ったままだ。


 ――そうだ、私の使う魔法剣“天剣”。天剣はあらゆる全てを斬り裂くことが出来る。


 ならば、この漆黒の闇が広がる空間に亀裂を入れることも出来るのでは――?


 このまま、この空間に居ても朽ち果てるのを待つばかり。生きているのなら、足掻いてみよう。


 精神を集中し、柄に魔力を送り込む。柄の先から虹色の輝きを放つ刀身が出現した。


「天剣――えっ!?」


 天剣を構え、正面に斬撃を繰り出そうとした正にその時――漆黒の空間に異変が起きた。私が今立っている場所に亀裂が生じたのだ。


 な、何……私、まだ天剣を振るっていないのにどうして目の前に亀裂が? 突然の出来事に困惑する私だけど、更なる異常事態が発生する。


 空間に生じた亀裂からにゅーっと、人間の手と思われるものが出現――私の腕をガシッと掴んだ。


「え、ちょ、な、何……!?」


 私の腕を掴んだ手の力は、あまりにも強過ぎて振り解くことが出来ない。手が出現した亀裂の先へと引き摺り込まれていく……っ!?


 引き摺り込まれた亀裂の先に広がる光景は、聖王宮の謁見の間……? そして、私の腕を掴んでいたのは――。


「お姉様ぁあああああああああっ!」


「ひ、姫っ……!?」


 腕を掴んでいたのはアリア姫だった。だばーっと、滝のような涙を流す姫が私に抱きついてきた。


 何が起きたのか、さっぱり理解出来ずに頭の中が混乱する。そ、それに――。


「(き、気のせいかしら? 姫の頭に大きなたんこぶが出来てるんだけど……)」


 姫の頭に、でっかいたんこぶが出来ていた。い、一体、どうしたのかしら?


「ディアナ、無事で何よりだ」


「あ、隊長。よかった、無事だったん……」


 グラン隊長の声が聞こえ、隊長の方に視線を向けて――ギョッとしてしまう。そこには正座させられ、顔がパンパンに腫れ上がっている隊長の姿が……(汗)。


「あ、あの……隊長? い、一体、どうしたんですかその顔?」


「お前に空間転移された後、戦場に戻ってお前の捜索をしたんだが見つからなくてな。それを報告したら、アリア殿下に往復ビンタの嵐を受けてしまってなぁ……」


 ああ、なるほど……その時の光景が目に浮かぶ。涙と鼻水でクシャクシャになった顔の姫が、思いっ切り隊長をビンタしまくる姿が。


 そして、姫の頭にある大きなたんこぶは、アストリア陛下に拳骨されて出来たものであると即座に理解した。


「全く、私が止めなくてはこの子は止まりませんからね」


「アストリア陛下」


 ここは謁見の間、当然のように女王であらせられるアストリア陛下が玉座に座していらっしゃった。陛下は顔に手を当てて、溜息を吐いていた。


 姫の暴走に手を焼いたんでしょうね……。しかも、目の前で婚約者であるグラン隊長をボコボコにされて黙って見ていられるような陛下じゃないでしょうし。


 あれ、そういえば……そもそも、どうやって私をあの漆黒の空間から引き摺り出したのかしら?


「あの、どうやって私を救助したんですか?」


「ああ、それは――」






 時は遡り、数時間前……往復ビンタでボコボコにされたグランは気絶して床に転がり、アストリアから拳骨されたアリアは、消えたディアナのことを思い出してワンワン泣いていた。


 アストリアは暫し思案した後――。


「こうなったら、アレを使うしかありませんね……アリア、聖王流破邪滅殺天地無双地獄極楽昇天覇王拳の秘奥義です」


「え……?」


「ディアナ殿は、おそらく異空間に飛ばされたと見ていいでしょう。彼女を異空間から救助するには、あの秘奥義を使う以外に道はありません」


「で、でも……私、まだ体得出来てませんよ?」


 不安気な表情のアリアの両肩に、アストリアは手を掛ける。


「アリア、出来る出来ないではありません――やるか、やらないかです!」


「姉様……わかりました!」


「う、うーん……ん?」


 アリアにボコボコにされ、気を失っていたグランが目を覚ます。何やら、アリアが右手を大きく上げている――あれは、手刀を繰り出そうとしているのか?


 もしや、ディアナひとりを犠牲にしてしまった不甲斐ない自分に止めを刺すのではと、流石のグランも冷や汗を流す。しかし、アリアが手刀を繰り出そうとする先には何も無い。


 では、一体何の為に、と様子を窺っているとアリアが大きく深呼吸し始める。 


 アストリアがクワッと目を見開き、大声を上げる。


「アリア、右手に全身の力を集中させなさい!」


「はい!」


「ディアナ殿のことをイメージして!」


「はい!」


「そして――愛を込めて、手刀を繰り出すのです!!」


「はい! 聖王流破邪滅殺天地無双地獄極楽昇天覇王拳秘奥義――愛は次元も空間も時間をも超越するんで手刀ぅぅうううううううううう!!」


 カッと目を見開いたアリアが、何も無い空間に向かって手刀を繰り出す――空間に亀裂が生じた。


 グランは、目の前で起こった光景に口をパクパクさせることしか出来ない。何をどうすれば、単なる手刀で空間に亀裂が生じるというのか。


 空間に生じた亀裂の先に目を凝らすアリア。そして、捜し求める相手の姿を捉えることに成功する。


「――見つけました、お姉様です!」


「亀裂が閉じる前にディアナ殿の腕を掴んで、一気に引き摺り出すのです!」


「はい!」


 アリアは空間の亀裂に手を突っ込んで、ディアナの腕を掴んだ――。






「以上の経緯があって、こうして無事にお姉様を現世に連れ戻せました!」


「最早ツッコミが追いつかないんですがっ!? 魔法なら兎も角、物理の力で空間に亀裂を生じさせるってどういうことですか!!?」


「愛の前に不可能はありませんっ!」


 愛……の力なのかなぁ? 何はともあれ、こうして無事に帰って来れた。


 姫に感謝の言葉を述べようと口を開こうとした瞬間、姫に両手を握られた。


「さぁ、お姉様――無事に帰還出来たのですから、愛を深め合いましょう!」


「……え? あ、あの?」


「セレス、準備は出来てますよね!?」


「は、はい……」


 謁見の間の隅に、姫の侍女を務めるセレス殿が控えていた。せ、セレス殿、居たんですね……。 


 と言うよりも、準備って一体何の準備が出来てるって言うの? 何か、果てしなく嫌な予感しかしないんですが。


 セレス殿は視線を明後日の方向に向けてるし……。


「ひ、姫様のお部屋のベッドメイキングは完璧に仕上げました」


「フフフ……流石はセレスです」


 べ、ベッドメイキングって――ま、まさか!?


「お姉様、これから私の部屋に御案内します♪ 逃がしませんからね~」


 ヒィィイイイイイイイイイイ(((( ;゚Д゚)))! や、やっぱり、そういう展開にィィィィィィィィ!!


 震える私はアストリア陛下とグラン隊長に視線で助けを求めるも……陛下は笑顔で玉座に座しておられ、隊長はそっと視線を逸らす。お、おふたりとも、姫を止めて下さいよォォォォォォ!!


 瞳をキュピーンと輝かせながらにじり寄って来る姫に、後退る私。すると、謁見の間の扉がバーンと開かれた。


 何事かと、全員がそちらに視線を向けると――そこには見知った顔がふたり。実の姉であるレイン姉さんと親友のアメリーだった。


「お待ち下さい、アリア殿下! 可愛い妹は、そう簡単には渡しませんよ!!」


「その通りです!ディアナの “心友”である私を差し置いて、抜け駆けはさせません!!」


 ちょ、な、何でふたりがここに!?


「姉さん、アメリー、どうして……ここに?」


「どうして? 可愛い妹が帰還したのだから、会いに来たに決まってるでしょ!」


「そうよ! ディアナが帰還したのを本能で察知して、全速力で駆けつけたのよ!」


 いや……私の帰還を本能で察知したって、怖いんですけど。姫と姉さん、アメリーが目線で火花を散らす。


「おふたりとも、お姉様と親しいとはいえ、これだけは譲れません!」


「何を言われますか、実姉ルートこそ至高です!」


「いいえ、ここは“心友”ルート一択で!」


 いや、これ何の争い!? い、今すぐここから逃げ出さないと――。


 少しずつ、その場から離れようとするも……。


「はい、そこまでです。3人とも、もしも聖王宮で暴れようものなら、聖王流破邪滅殺天地無双地獄極楽昇天覇王拳を極めた私が黙っていませんよ……?」


 笑顔で凄まじいオーラを発するアストリア陛下が姫と姉さん、アメリーを見つめる。言い争いをしていた3人がビクッと身体を震わせた。


 な、なんて威圧感……命懸けで挑んだ深淵の王が霞んで見えるんですが。


「こんなこともあろうかと、セレスにベッドメイキングを大幅に変更してもらっておきました」


「え……? せ、セレス、姉様に何を頼まれたんですか?」


「あ、はい……その、ベッドをキングサイズに変更しました。10人は御就寝出来るサイズの物に」


 ……え、何か増々嫌な予感がするんですがっ!?


「というわけで、アリア――不毛な争いを避ける為にレイン殿とアメリー殿と一緒にディアナ殿を寝室にもてなして差し上げなさい♪」


 ちょ……な、なんちゅう爆弾発言を投下してるんですか、陛下ァァァァァァァァァァァァァ!?


 わ、私は後退るも、姫達はキュピーンと瞳を輝かせて私に飛びついてきた。ガシッと両腕を掴まれて、ズルズルと引き摺られていく。


 いーやー! だ、誰か3人を止めてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?


 こうして、後に深淵の戦いと呼ばれる戦いは終結した。ちなみに、聖王宮のアリア王女の寝室からは一晩中、ひとりの女性騎士の声が聞こえたという話があるのだが……聖王宮の者達は口を貝のように閉ざし、そのことを話題に上げる者は誰ひとりとして居なかったという(笑)。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る