閑話13 思春期少年と眼鏡美少女
――親善試合。数年に一度行われる、各国の騎士団による交流試合。
その前日である今夜、聖王宮では参加者達が一堂に会する夜会が開かれていた。第一試合の対戦相手も決まり、参加者達は食事や談笑を楽しんでいた。
「あたたた……リューちゃん、容赦ないなぁ」
「いや、自業自得でしょ……」
帝国騎士団からの参加者であるザッシュ・シャルフィドは、会場内の侍女をナンパしていたところ、同じ帝国騎士団からの参加者であるリュー・トライアングルによる関節技で折檻された。
そんな軽薄騎士の横では、帝立学院騎士科からの参加者であるアトス・ロンドが呆れた眼差しで見つめる。
漸く関節技から解放された軽薄騎士は、アトスと一緒に聖王国の料理を堪能する。関節技を極めていた眼鏡美人はというと、女性参加者達の輪に入って談笑している模様。
涙目で、関節技による痛みが残る身体を擦る軽薄騎士。
「リューちゃんとは、かれこれ6年くらいの付き合いになるけど、ちっとも素直になってくれないよ(´;ω;`)」
「いやいや、まずはザッシュさんのその性格をどうにかすべきでしょ……あれ?」
ザッシュの今の発言に、疑問を抱くアトス。
「ん? どったの、アトスくん?」
「ザッシュさんとリューさんって、確か20歳ですよね?6年の付き合いってことは、ふたりが出会ったのって14歳くらいの時ですか? 」
「うん、そうだよ」
「帝立学院の入学って、12歳からですよね? てっきり、入学式で知り合ったものだと思ってたんですけど……」
――帝立学院、帝国にある騎士と魔術師を養成する教育機関である。現在、アトスはこの学院の騎士科に所属しており、ザッシュとリューもこの学院の卒業生である。
各国の教育機関である学園への入学は12歳から。アトスは、ザッシュとリューが出会ったのは入学したばかりの頃だと思っていたが、どうやら違うようだ。
「ああ、そういえば話した事なかったね。あれは、6年前になるかな」
ザッシュは語り出す、リューとの出会いを――。
――6年前、帝都。未来の帝国騎士や魔術師を養成する帝立学院。
帝立学院騎士科、騎士科の生徒達が使用する倉庫がある。時刻は夕食が終わって間もない。
生徒達が自室に戻っている時間帯に、4人の生徒達が倉庫内に集まっていた。彼等のリーダーと思われるのは、長い金髪の少年だった。
リーダーの名は、ザッシュ・シャルフィド。帝立学院騎士科に所属する生徒。
椅子に腰掛けて両手の指を絡めるザッシュ。その姿はさながら、何かの作戦の指揮官に見えなくもない。
集まったのは、彼と同じ騎士科の男子生徒達。彼等を一瞥した後、ザッシュの口が開く。
「諸君、集まってくれたようだね」
「おう」
「右に同じく」
「同志達よ、待たせたな」
「僕達は志を同じにする同志――これより、作戦を開始する」
「「「応ッ!」」」
「それでは……ッ! 不味い、みんな隠れて!」
ザッシュの言葉に従い、同志達は倉庫内の物陰に隠れる。直後、照明魔道具を手にした人物が倉庫の扉を開く。
照明魔道具を手にしているのは騎士科の教官。彼は、倉庫内を見回す。
「気のせいか。確かに、人の声が聞こえたが……」
倉庫の扉は閉じ、教官は倉庫から離れていく。数分が過ぎ、倉庫内に隠れた面々は息を切らして姿を現す。
「うおお、焦った……」
「まさか、教官が見回りに来るとは……」
「ふふ、だけど俺等には気付かなかったみたいだな」
「こういう時の為に、隠形や魔力抑制の訓練に励んだ甲斐があったよ」
冷や汗を流しながらも、教官をやり過ごした事に手応えを感じる一同。彼等はある目的の為に、気配を断つ隠形の訓練、魔力抑制訓練に励んだ。
その成果もあって、先ほど見回りに来た教官をやり過ごす事に成功したのだ。
「いけない、時間が差し迫っている。同志達よ、行くとしようか」
「「「応――いざ、女子寮へ!」」」
「目指すは女子寮の大浴場……女子達の入浴を拝もうじゃないか!」
そう、この同志達――否、この馬鹿共は大浴場で入浴中の騎士科の女生徒達の入浴を覗く為に集まったのだ。思春期を迎えて、抑えられない男の本能に抗えず、女子達の入浴の覗きを決行しようとしているのだ……後先考えずに。
思春期同盟(ザッシュ命名)の4人は、女子寮の大浴場近辺に赴いた。ここまで、誰かに見つかるという失態は犯していない。
「同志諸君、いよいよだね(*´Д`)」
「おう、いよいよだな(*´Д`)」
「桃源郷が、目の前に……(*´Д`)」
「さぁ、行こうじゃないか(*´Д`)」
4人が一歩踏み出した、正にその瞬間だった――パッと彼等を照らすスポットライト。突然の事態に、困惑する思春期同盟。
大浴場周辺の草むらからガサガサッと音を立てて、バスタオルを巻いた女子達が現れる……目が笑っていない笑顔で。説明するまでもなく、彼女達の身体からは怒りのオーラが発せられている。
「どうも、大浴場で入浴していた女子一同です……それで、あなた達は何をしようとしていたのかしら?」
「あ、いえ……気分が優れないので夜風に当たりに来まして」
「そうそう!」
「女子の皆さん、信じて!」
「別に覗きになんて……ハッ(゚Д゚)!?」
彼女達は木槌やモーニングスターを構えて、ウフフと笑いながらにじり寄って来る。あ、駄目だ――このままでは命は無いと悟る。
思春期同盟リーダーであるザッシュが命令を下す。
「同志諸君、撤収ぅぅぅうううううううううううっ(゚д゚; )!!」
「待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇい(# ゚Д゚)!!」
武装したバスタオル女子軍団に追い掛けられる思春期同盟。
「ああ、女子に追い掛けられるっていいねぇ……(*´Д`)」
「リーダー、 時と場合を考えろ!!」
「捕まったら、どんな目に遭わされるか……!」
「散開! 固まって動いていたら一網打尽にされる!!」
「同志Cの意見に賛成! 皆、無事だったら合流しよう!!」
「「「応ッ!!」」」
思春期同盟は散開して、それぞれ別方向に逃亡する。
「女子の底力を舐めんじゃないわよ! 色ボケ共に怒りの鉄槌を下すわよ!!」
『おぉーーーーーーーっ(# ゚Д゚)!!』
大浴場周辺に女子の気合の篭った声が響き渡った。
……30分後、ザッシュを除く思春期同盟の3人は捕縛された。彼等は木に吊るされており、顔はボコボコの状態となっていた。
「くっ……無念」
「だけど、こうして間近でバスタオル女子が見れてちょっと幸せ(*´Д`)」
「ああ、もっと……(*´Д`)」
「駄目だわ、こいつら……全く反省してないわ(´・ω・`; )」
反省の色が見られない思春期同盟にドン引きする女子一同。
残るはリーダーであるザッシュ――彼は女子寮の屋根の上を疾走していた。女子達は必死に追い掛けるも、誰もザッシュに追いつけない。
「あのリーダー、何て身軽さなの!? 全然追いつけないわ……!」
「フフ、そう簡単に捕まる僕じゃないさ! をを、バスタオルが少し捲れてる♪」
「え……きゃっ!?」
ザッシュに指摘され、真っ赤になった女子達はバスタオルを押さえる。
「このエロリーダーヽ(`Д´#)ノ!」
「フハハハハハ! 眼福眼福( *´ω`* )♪」
跳躍して、隣の建物に飛び移るザッシュ。しかし、そこには一際大きな木槌を持った眼鏡女子が立っていた。
「っ!?」
「フフフ、ここまでのようね」
「流石はリューだわ! 逃亡ルートを予測してたのね!」
眼鏡女子の名前はリュー・トライアングル。騎士科でも秀才として知られる彼女はザッシュの逃亡ルートを予測して、ここで待ち構えていた模様。
「さぁ、何か言い残す事はないかしら? 今なら聞いてあげてもいいわよ?」
「……」
無言のまま、リューを凝視するザッシュ。
「どうしたの? 先回りされたのに驚いて声も出な――」
「な、何てこったい……騎士科にこんな眼鏡美少女が居る事を僕は今の今まで見逃していたってのかい!?」
「なっ……!?」
ザッシュの発言に、顔を真っ赤にするリュー。その気の緩みが伝わったのか……彼女のバスタオルがはらりと捲れる。
ガッツポーズを取る思春期同盟のリーダー。彼は勝利の雄叫びを上げる。
「うぉおおおおおおおおおおおっ!」
「え……きゃぁあああああああああっ!? き、記憶を失いなさぃいいいいいいいいいい!!」
「ギャアアアアアアアアア!?」
羞恥心で真っ赤になったリューの特大木槌がザッシュの頭に叩き込まれる。凄まじい轟音が周囲に響き渡り、色ボケリーダーは地面へと落下していった。
「それが、僕とリューちゃんとの出会いだった」
アトスにリューとの出会いを語り終え、グラスに注がれたワインに口を付けるザッシュ。
と、何やらアトスが瞳を閉じている。どうしたのか、訊ねようとすると……。
「ザッシュさん、どうか安らかに……」
黙祷するアトス。その姿を目の当たりにして、抗議する軽薄騎士。
「いやいやいや、死んでないから! 君の目の前に居るでしょうがっ!?」
「ええっ!?」
「何、本気で驚いてんの!? 正真正銘、ザッシュさん本人だよ! アトスくん、案外悪ノリするところがあるね……」
真面目一辺倒かと思っていた後輩の意外な一面を垣間見たような気がした。
「それにしても、よく無事でしたね……リューさんに屋根の上から叩き落されたんでしょ?」
「こう見えて丈夫さが取り柄だからね!」
「いや、丈夫なんてレベルじゃないでしょ……下手すれば、あの世に一直線ですってば(汗)」
「まぁ、流石に無傷じゃなかったけどね……」
リューに木槌で叩き落されたザッシュが、次に目覚めた時に最初に見たものは学院にある自室の天井だった。どうやら、思春期同盟の同志達が自室まで運んでくれたらしい。
目覚めた時は全身包帯姿だったが、非常識な回復力で屋根の上から落ちたにも関わらず、僅か3日で完治した。周囲からは本当に人間か、とドン引きされた。
まぁ、そんな騒動を起こした面々のリーダーだった為、当然の如く教官や学園長にこってり絞られた。罰として、反省文100枚と数ヶ月間の学院内での無償奉仕を命じられたのだった。
「まぁ、その一件以来何かとリューちゃんに目の敵にされてねぇ」
「そりゃそうでしょ。リューさんの裸を見たんですから」
「……」
「ど、どうしたんです? 急に黙って?」
「……ない」
「え?」
「憶えてないんだよォ! リューちゃんに木槌で頭をどつかれた所為か、記憶がはっきりしないんだよ!!」
「ああ、そうですか……」
どうやら、リューの思惑通り、ザッシュの頭からは彼女の裸を見た記憶を喪失させる事には成功していた模様。しかし、特定の記憶だけを失うとは、器用な記憶喪失があるものだ。
「くっ、僕とした事が一生の不覚っ……!」
「ほう、何が一生の不覚なのか説明してくれないかしら……(#^ω^)?」
「そりゃ勿論、リューちゃんの一糸纏わぬ姿を拝んだ記憶がない事に決まってるじゃないか……ハッ(゚Д゚)!!」
ザッシュの顔が真っ青になる――彼の背後にはボキボキと指を鳴らすリューの姿があった。言うまでもなく、青筋が立っている。
「アトスくん、僕お腹痛くなったからトイレ行って来るね!」
「待たんかい、このドスケベがァァァァァァァ!!」
帝国騎士ふたりの追いかけっこが開始される。アトスは呆れた表情でそれを見つめるのだった。
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