閑話12 永別


 ――聖王国歴727年、深淵の戦いと呼ばれる凄惨な戦いが終結して2ヶ月が過ぎようとしていた。黒い喪服に身を包んだ女性と銀髪の騎士が、聖王宮のとある部屋に足を踏み入れていた。


 その部屋には棺が安置されていた。棺の中には、ひとりの少女が横たわっていた――年齢は15歳くらいだろう、白金の髪が目を引く美しい少女。

 

 黒い喪服に身を包んだ女性も少女と同じ白金の髪の持ち主、彼女はこの国の女王アストリア・リュミエール・ディアスその人だった。銀髪の騎士は、彼女の護衛騎士を務める守護騎士隊長グラン・アルフォード。


 アストリアは棺の中で眠る少女を見つめる。少女の顔は青白く、生気は微塵も感じられない。


 そっと、手を伸ばして少女の頬に手を触れる女王――冷たい。少女の頬には温かみではなく、石のような冷たさしか感じなかった。 


「……夢では、ないのですね」


「陛下……」


 震える手をギュッと握り締める女王。グランは守るべき主君であり、愛する婚約者である彼女を見つめる事しか出来ない。


 ――掛ける言葉が、見つからない。グランの胸中に渦巻く感情はそれだった。


 アストリアに対して、どんな言葉を掛ければいいのか。何一つ思い浮かばない。


 棺の中で横たわっている少女は、主君のたったひとりの肉親である妹。


「……」


 女王は無言のまま、棺の中で二度と醒めない眠りに就いた妹を見つめる。彼女の脳裏を過る思い出の数々――。


 生まれたばかりの妹の頭を撫でた記憶、父と母に見守られながら王宮の中庭で妹と過ごした記憶、母を亡くして塞ぎ込む妹を抱き締めた記憶、病床の父から聖王国と妹の事を任された記憶……何れも、忘れる事が出来ない思い出。


「わた、しは……私は、この子の姉に相応しかったのでしょうか」


「陛下……」


「私はこの子の気持ちを理解していたのでしょうか……」


 ポタポタと、アストリアの瞳から零れる涙。グランの胸に鋭い痛みが走った。


「私はこの子の姉として失格です。この子の“彼”への想いの強さを理解していませんでした……」


 アストリアは妹の護衛にひとりの騎士を任命した。彼はこの世界でたったひとり、選ばれし者の力を宿した騎士だった。


 彼が妹の護衛を務めたのは、深淵との戦いが始まるまでのほんの1年と少しの間。その短い時間だけで、彼の存在は妹の中で大きなものになっていた。

 

 その彼が二度と戻って来ないと告げられた時の妹の表情は、今も忘れられない。瞳から光が消えて、止め処なく溢れる涙を拭う事も出来ずに膝から崩れ落ちた妹の姿に心が引き裂かれそうになった。


 薄暗い寝室に閉じこもった妹には、姉である自身の声も信頼する侍女の声も届かなかった。それが何日も何日も続いた。


 そして――“異変”に気付いた時は、既に手遅れだった。


「……この子の魂は、もうここにはありません」


「陛下……」


「私達が願う事はひとつだけです。この子がいつの日にか、愛する人と再会出来るように願う、ただそれだけです――」


「――はい」


 ――聖王国歴727年、深淵との戦いから2ヶ月後。聖王国の第二王女の葬儀が執り行われた。


 棺の中で眠る美しい姫君の姿に、聖王国の民達は涙した。





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