閑話11 教えて、アストリア先生!


 ※今回、ノリノリなアストリア陛下を書きたくてこの話を書きました(笑)。この世界に、学生服とセーラー服が存在することにはツッコまない方向でお願いします。






 聖王国歴726年――聖王宮のとある一室。そこには黒板が設置され、机と椅子も置かれていた。机と椅子はふたつずつ、ふたりの男女が着席していた。


 ひとりはディゼル・アークライト、聖王国の守護騎士。もうひとりはアリア・リュミエール・ディアス、聖王国の第二王女。


 ディゼルは学生服、アリアはセーラー服を着用していた。そして、ふたりの前には眼鏡を掛けた女性教師風の恰好をしたこの国の女王アストリアの姿があった。


「それでは、授業を始めます」


「あの……アストリア陛下? こ、これはどういう状況なのか説明して頂けないでしょうか? 何故、私と姫はこのような恰好をさせられているのでしょうか?」


「ディゼルくん」


「え? ディゼル……くん?」


 普段、女王陛下からはディゼル殿と呼ばれているので、くん付けで呼ばれることに違和感を感じてしまう。


「ここではアストリア先生とお呼びなさい」


「い、いえ! 陛下に対し、そのような御無礼は……」


「アストリア先生です!」


 くわっと迫る女王陛下に委縮してしまうディゼル。


「わ、分かりました……アストリア先生」


「あの、姉様……この恰好、少し恥ずかしいです///」


 セーラー服姿のアリアは、何時も着用するドレスよりもスカート丈が短いことが恥ずかしい模様。


「何を言いますか、生徒なら相応の恰好をするものですよ」


「あの、生徒って……一体?」


 コホン、と咳払いした女性教師姿のアストリアがふたりに視線を向ける。


「実は神と思われる何かからの啓示がありまして、聖王国にまつわる授業を行うことにしました」


「あの、神と思われる何かとは何でしょうか? 気になるんですが……」


 ※神と思われる何か=この話を書いてる奴です。


「気にしたら負けです。神と思われる何かも行き当たりばったりで、こんなことをさせているのでしょう」


「は、はぁ……」


「あら? ディゼルくん、どうしました?」


「い、いえ……その///」


「ふふ♪ もしかして、教師姿の私に見惚れてしまいましたか♪」


「そ、そそそそそんな! とんでもございません!!」


 今のアストリアは、スリットの入った短めのスカートが目を引く教師の姿をしている。元々並外れた美貌を持つアストリアである――何時もと異なる恰好をしていると、また違った魅力がある。


 と、ディゼルの頬に白魚のような指が触れた。そして――。


 ギュゥウウウウウウウウウウウウウッ!


「あたたたたたたた!? ひ、姫?」


 思いっ切り、頬を抓られた。抓っているのは、隣の席に座るアリアだった。


 アリアは涙目になって、ディゼルの頬を抓る。


「兄様、 姉様に見惚れちゃダメですっ!!」


「も、申し訳ござい――」


 ピタリ、とディゼルの言葉が止まった。彼の顔はみるみる真っ赤に染まり、そっと姫から視線を逸らす。


「兄様?」


 ディゼルの頬を抓っていたアリアも、これには首を捻ってしまう。すすす、とアリアの傍に寄ったアストリアが妹の耳元で囁く。


「(ふふっ♪ ディゼルくんはどうやら、セーラー服姿のアリアにドキドキしてるみたいですね♪)」


「(~~~~~~ッ///)」


 ディゼルの頬から指をパッと離して、アリアは真っ赤になった顔を両手で覆う。ふたりの初々しいやり取りを見て、アストリア先生はご満悦の模様。


「(ふふっ♪ いいですね~、青春ですね~、甘酸っぱいですね~♪)」


 それにしても、この先生ノリノリである。


 暫くして、漸く落ち着いたディゼルがアストリア先生に視線を向ける。


「アストリア陛……失礼しました、アストリア先生。どのような授業をされるのですか?」


「そうですね……守護騎士に関する授業を行いましょう。丁度、目の前に守護騎士のディゼルくんが居るので」


 アストリア先生は黒板にチョークで、守護騎士に関する歴史を書いていく。


 守護騎士――聖王国で騎士を目指す者ならば、誰もが憧れる精鋭騎士。今でこそ、聖王国の誉れとして知られる存在であるが、その発祥は聖王国以前に存在した小国にある。


 その国の名はリュミエール王国。光の力を宿したリュミエール王家によって統治されていた小国。その歴史は古く、大陸最古の歴史を誇る宗教国家“創世神国”の次に建国された国であると伝えられている。


 アストリア先生が、ディゼルに質問する。


「ディゼルくん、守護騎士の定員を知っていますか?」


「はい、47人です」


「正解です」


 リュミエール王国建国の際、47人の勇士が尽力したという伝承が残されている。彼等こそが守護騎士の始まり――初代守護騎士である、と。


 それに倣い、守護騎士の定員は47人に定められている。王国建国に尽力した勇士達に恥じぬよう、守護騎士は徹底した実力主義が掲げられており、定員である47人全員が揃った時代は数えるほどしかない。


 守護騎士が揃った時代は初代、大陸全土を統べた古代王国滅亡の原因となった深淵との“大戦”が起きた時代、そして――現在。


 2年前、14歳で王立学園を飛び級卒業したディゼルが守護騎士に就任したことで守護騎士は総員である47人全員が揃った。リュミエール王国時代から歴史を紐解いても、守護騎士全てが揃った時代はたったの三度のみ。


「では、次はアリアさんに質問です」


「ね、姉様、アリアさんって……」


 実の姉からさん付けされることに困惑する妹。


「今はアストリア先生です」


「わ、分かりました、アストリア先生」


「では、質問です。守護騎士に就任する条件のひとつは何でしょうか?」


「えっと――魔法剣の体得です」


「正解です」


 守護騎士に就任する為にはいくつかの条件があるが、その中でも必須といえるものが魔法剣の体得である。


 魔法剣は魔力を収束させる収束魔法の系統に分類される技術。守護騎士は全員が各々が宿す属性の魔法剣を体得し、深淵の軍勢の魔手からこの国を守護し続けている。


 魔法剣を振るう際には、魔法鉱石で作られた柄を使用する。守護騎士を輩出した騎士の家系には魔法剣に用いる柄が受け継がれていることが多い。


 守護騎士を輩出していない、あるいは魔法鉱石を持たない家系の者が守護騎士に選ばれた場合は、守護騎士任命の際に国から魔法鉱石が授けられることが習わしとなっている。


「ディゼルくんの家系、アークライト家にも魔法剣の柄は伝わっていますね」


「はい、父が雷剣を振るう際に使用している柄があります。伝え聞く話では、アークライト家の始祖エクス・アークライトが自らの魔力を雷の魔法鉱石である“雷魔石”に込めることで作り上げたと」


「ええ、ではその話に出て来たエクス・アークライトについて、少しお話しましょう」


 ――エクス・アークライト。聖王国の騎士の名家アークライト家の始祖。


 彼の詳しい出自に関する記録は残っていないが、ひとつ判明していることは彼が戦災孤児だったという事実。深淵の軍勢によって親を失い、孤児となったエクスはひとりの騎士に保護された。


 孤児となった彼を保護した騎士の名はアヴェル・ディアス、後の聖王国初代国王。リュミエール王国の騎士の家系に生まれ、当時は従騎士として王国騎士団に所属していた。

 

 命を救われたエクスは、恩に報いる為にリュミエール王国騎士団で剣と魔法の指導を受け、正騎士に昇格したアヴェルの従者として付き従ったという。


 数年に渡る深淵の軍勢との激しい戦いの中で、エクスは多くの人々の命を守り抜いた功績を評価され、守護騎士に任命された。そして、彼が守護騎士に任命された翌年に深淵の軍勢は退けられた。


 新たな王となったアヴェルは、エクスにアークライトの家名を授け、そこから騎士の名家と名高いアークライト家の歴史は始まった、と伝わっている。


 ふと、ディゼルが隣の席に座るアリアに視線を向けると――彼女はギュッと胸元に手を押し当てていた。その表情は何処か、安堵したように見えなくもない。


「姫、如何されました?」


「いえ、今の話を聞いて安心したんです。御先祖様がエクス殿を救って下さなければ、兄様がこうして私の護衛を務める事はなかったのではないか、と……」


「姫……」


 彼女の言う通りかもしれない。従騎士だった頃のアヴェル王が、エクスの命を救わなければアークライト家は誕生せず、ディゼルは姫の護衛どころか存在すらしていなかったかもしれない。


 ディゼルは、父からよく言い聞かせられた言葉を思い出す――。


『聖王家から受けた大恩を忘れてはならぬ、アークライト家は聖王国を悪しき者から護る為に剣を振るうのだ』


 アークライト家が代々騎士として聖王国を守護してきたのは、始祖エクスのアヴェル王から受けた恩に報いる為なのだと、改めて実感した。


 護衛騎士は姫に優しい微笑を浮かべる。


「姫、私も始祖エクスがアヴェル陛下に救われた事を心から感謝しております。今、こうして姫の護衛騎士を務める自分が居る事を誇りに思います」


「兄様……」


「(ん~いいですね~♪ 構図で言えば、優しい先輩と恋する後輩少女でしょうか~♪ 口から砂糖が溢れ出しちゃいそうです~♪)」


 やはり、この先生ノリノリである。微笑ましい光景に御満悦のアストリア先生であったが――バン、と扉を開く音が響き渡る。


 何事か、と3人が視線をこの部屋の入り口に向けると、そこには怒りのオーラ全開の守護騎士隊長グラン・アルフォードの姿が。


「陛下……執務を放り出されて何をされていらっしゃるのですか?」


 どうやら、例の如く執務をサボッていたアストリアを捜索していた模様。アストリアは舌を出してウインクした。


「美人教師の真似事をしていました♪」


「そうですか……さ、戻りますよ」


「あらあら、強引ですわね隊長♪」


 アストリア先生は隊長に身柄を確保され、部屋から連行されていった。ポカンとした表情で、女王陛下と守護騎士隊長のやり取りを見ていたディゼルとアリアはハッと我に返る。


「と、とりあえず……ここを出ましょうか、姫」


「は、はい……」






 ――アストリアの執務室。山の様に積み重ねられた書類を捌いた女王陛下は一息吐く。


「ふう、漸く終わりましたね」


「陛下、以前も言いましたが、本来ならばもっと早く終わられていましたよ。そ、それはそうと、その……」


「あら、どうしました?」


「い、いえ、その恰好は如何なものかと……」


 グランは真っ赤になってアストリアから視線を逸らす。そう、今の彼女はアストリア先生の恰好のままなのだ。 


 女性教師姿の自分を直視出来ない婚約者に対し、悪戯っぽい笑みを浮かべるアストリア。


「ふふ、隊長♪ よろしければ、個人授業をしませんか?」


「そ、そそそそそのような事っ! お、御戯れが過ぎますよ、陛下!?」


「あらあら、私は一向に構いませんのに♪」


 守護騎士隊長の慌てふためく姿に御満悦のアストリア先生であった。






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