閑話10 いつか、肩を並べて……


 ――聖王国歴730年、多くの悲劇を生んだあの深淵の戦いから3年の月日が流れた。今、この聖王国が健在なのはあの戦いで命懸けで世界を救った多くの騎士や魔術師達の活躍があってこそ。


 そして、今日は聖王国に新たに守護騎士を拝命する騎士がふたり居る……まさか、俺がその内のひとりに選ばれるなんて思ってもみなかった。


 更衣室で、何時も着ている騎士装束とは異なる装束に着替えていた。


 守護騎士の戦闘衣――この国で騎士を目指す者なら、誰もがこの戦闘衣を纏うことを夢見る。俺自身、これを身に纏う日をずっと夢見ていた。


「(けど、すげぇよな……“あいつ”は今の俺より6年も早くこれを身に纏っていたんだよな)」


 もう二度と会えない友――あいつは、14歳でこの戦闘衣を身に纏い、この国を守る守護騎士として深淵の魔手から多くの人々の命を救ってくれた。


 王立学園に居た頃から、本当に凄い奴だった。同期生の誰も、あいつに追いつくことすら出来なかった。


 だからこそ、あいつが学園を飛び級卒業することも納得出来た。正直、学園で学ぶよりも騎士団での鍛練や実戦を経験した方が有意義だと、学園長や女王陛下も判断したんだろう。


 ……まさか、飛び級した上でいきなり守護騎士に就任すると聞かされた時は、流石に度肝を抜かされちまったけど。騎士科の卒業生は普通なら、まずは聖王国騎士団入りするのが通例だからだ。


 それをすっ飛ばして、守護騎士就任だからなぁ。この先、飛び級卒業する奴が現れても、あいつと同じようにいきなり守護騎士に就任するなんて特例は無いだろうな。


「(そういえば、守護騎士の戦闘衣を纏ったあいつを見たのは、あいつが王女殿下の学園視察に護衛として同行した時と、あの戦いの時だけだったな……)」 


 あいつが守護騎士の戦闘衣を纏っている姿を見たのは二度だけ。一度目は王女殿下と共に王立学園の視察に来た時、二度目は――。 






 ――聖王国歴727年、年明け早々に聖王国国境付近に深淵の軍勢が襲来。学園を卒業して間もない俺も、聖王国騎士団の騎士のひとりとして国境の戦いに参加していた。


 国境付近に押し寄せた深淵の軍勢は、優に2000体を超えていた。それに対して、こちらの戦力は500人に届くかどうか……一刻も早く、援軍を送ってもらわなくては全滅必死という状況だった。 


 援軍が到着するまで、結界術に長けた騎士や魔術師達は結界を多重に展開し、持久力のある騎士や兵士達は深淵の軍勢を迎撃する。体力に自信があった俺は、攻撃部隊のひとりとして、先輩騎士達と共に戦っていた。

 

「おるぁあああああああああああっ!!」


 気合の篭った掛け声と共に大剣を振り下ろし、襲い掛かって来た深淵の怪物を真っ二つに斬り裂いた。戦闘開始から数時間が経過し、流石に疲れてきたぜ。


 一息吐く俺の耳に、やかましい声が響いてくる。聞き慣れたあいつの声が。


「ジャレット! へばっちゃいないでしょうね!?」


「へばっちゃいねーよ、アメリー!そっちこそ、俺より先にくたばるんじゃねぇぞ、じゃじゃ馬娘!!」


「誰がじゃじゃ馬娘よ、このお馬鹿!」


「誰が馬鹿だコラァ!」


 やかましい声の主はアメリー・フュンリー――王立学園術士科時代から、何かといがみ合う間柄だ。まさか、戦場でまでこいつと一緒に行動を共にする羽目になるとはな。


 深淵の扉が開き、大陸各地に深淵の軍勢が一斉に牙を剥くようになってから数ヶ月……王立学園を本来の時期よりも1ヶ月も早く卒業することとなった俺や同期生達は、聖王国騎士団での基礎訓練を速成で受けた後、聖王国領内の戦場で深淵の怪物と戦う日々を送っている。


 深淵側の侵攻は日に日に増していき、同期生の中には負傷で戦線離脱した奴も多い。いや、負傷による離脱だけならまだマシな方かもしれねぇ……死んだ奴だって居る。


 この戦いが終結した時、同期生の中で生き残れる奴は何人居るんだろうか。


「――!」


 アメリーの背後に深淵の軍勢が……あいつ、気付いていないのか!? 俺は声を荒げて、アメリーに呼び掛ける。


「アメリー、後ろだ!」


「え」


 俺はアメリーの下に走る……駄目だ、間に合わねぇ! 深淵の怪物の爪が、アメリーの身体を切り刻もうと振り下ろされる。


「――天剣一閃」


 だけど、その爪がアメリーに届くことは無かった。虹色の閃光が駆け抜け、アメリーを襲おうとした怪物を横薙ぎに斬り裂いた。


 怪物は一瞬にして塵となって消え、その場に居たのはへたり込んだアメリーと守護騎士の戦闘衣を纏った赤髪の騎士……誰が救援に来てくれたのか、一目で理解した。


 騎士の左手には魔法剣の柄が握られている。眩い虹色の輝きを放つ刀身の魔法剣に、戦場で戦う者達の視線は釘付けとなっていた。


 赤髪の騎士は虹色の魔法剣を両手で構え、高く掲げ――。


「天剣降閃」


 高く掲げられた魔法剣が一気に振り下ろされると、深淵の軍勢達に無数の虹色の斬撃が降り注ぐ。一瞬にして、塵に変わっていく異形の怪物達。


「すげぇ……」


 俺もアメリーも、戦っていた騎士や魔術師達も目の前で起きた光景から目を離せなかった。


 視線を赤髪の騎士に向けると、騎士は俺とアメリーに優しい微笑を浮かべた後、深淵の軍勢の群れに向かっていった。


 やがて、他にも救援の守護騎士が現れ、俺やアメリーは命の危機を脱した。赤髪の騎士は戦場から何時の間にか消えていた。






「(やれやれ、礼ぐらい言わせろってんだ)」


 あの時のことを思い出して、少しだけしかめっ面になっちまう。あいつ、直ぐに次の戦場に向かったんだろうな。


 ……ホントに凄い奴だった。いつか、あいつと肩を並べて戦いたかった。


 コンコンと、扉を叩く音が聞こえてきた。


「ジャレット、そろそろ謁見の間に行く時間よ」


「わーってるよ、アメリー」


 服装を整え、扉を開けると外には俺と同じく守護騎士の戦闘衣を身に纏ったアメリーの姿があった。今日、俺とアメリーは守護騎士に就任する。


 まさか、守護騎士になる時までこいつと一緒とはな。ここまで来ると、最早腐れ縁じゃなくて呪いみたいなもんで結ばれてるんじゃねぇかな?


「なぁ、アメリー」


「何よ?」


「ディゼル、俺達が守護騎士に任命されるとこ見守ってくれてるかな?」


「当り前じゃない」


 互いにニッと笑みを浮かべて、俺とアメリーはグラン陛下とアストリア様がいらっしゃる謁見の間へと向かった。  





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