閑話9 付与魔法の思い出
聖王国歴1027年――僕が守護騎士を務めた時代から300年が過ぎた時代に来てから、それなりの日数が過ぎた。時計の時刻は午後10時、リリア嬢は既に就寝している。
僕は王立学園術士科の寮の談話室内にあるテーブルに着いていた。瞳を閉じて、精神を統一……両手で握り締めている首飾りに魔力を込める。
今、僕は首飾りに感知術と結界術の魔法を付与している。即ち、付与魔法を行っているのだ。
聖王国の国王陛下からの招待状を受け取り、聖王宮に招待されることとなった僕とリリア嬢。聖王宮は強力な結界が張り巡らされており、そう易々と侵入されるような場所ではない。
しかし、万一の場合に備えおくに越したことはないだろう。付与魔法を込めた魔道具を作製し、それをリリア嬢に渡すことを思いついたのだ。
元の時代でも、アリア王女――姫の御身に何かあった場合の為に今製作している物と同じ力を持つ魔道具をお渡ししたことを思い出す。
「(付与魔法か……)」
魔道具制作している最中――ふと、付与魔法に関する思い出が脳裏を過る。
聖王国歴723年――夏季休暇を迎えた王立学園。夏季休暇中、学生達の殆どは自宅に戻っている。
僕も実家であるアークライト邸に戻り、家族との時間を過ごしていたけど……。
「……」
深呼吸して、手に持っている石に魔力を込める。今、僕が持っている物は付与魔法の訓練などに使用する小さな魔法石だ。
魔法石は、魔法鉱石の簡易版とも呼べる代物。伝説の魔術師ユリウス・ラングレイが魔法鉱石を参考に人工的に作り出した魔力感応石。
僕が魔力を込める練習用の魔法石が虹色に輝き、暫くすると光は消える。練習用魔法石はその名の通りに練習用の物。
魔力を込めても何の力も発揮することは無い、主に付与魔法に掛かる時間や精度を確かめる為に使用される。
魔法石の輝きが消え、一息吐いていると何やら視線を感じた……いや、最初から見ていた人が居るか。姉さんこと、レイン・アークライトである。
姉さんは17歳――王立学園を卒業し、聖王宮の魔法研究室に勤務する駆け出し魔法研究者だ。今日は仕事が休みである為、自室に篭って色々と魔法研究をしていた。
すると突然、部屋から出て来た姉さんがこんなことを言ってきた。
「ディゼル、付与魔法を試してくれない?」
「え? 付与魔法?」
「うん! どれくらいの速度で魔法を付与出来るか見て見たくて」
……と、まぁこんな感じで頼まれた僕は付与魔法を行ったのだ。練習用の魔法石だから、何の力も付与されない。あくまで付与魔法に掛かる時間や精度を測定しただけだ。
「えっと、姉さん? どんな感じだったの、僕の付与魔法の速度」
「……1分」
「1分かぁ、それって速い――」
「速いに決まってるでしょ!?」
「うを!?」
ぐわっと迫ってくる姉さんに驚いて、思わずその場に尻餅をつきそうになってしまった。僕の肩を掴んで揺さぶる姉さん。
「騎士科所属なのに、何でそんなに速いのよ!? 私や他の人だったら5分以上は掛かるわよ!」
「え、そうなの……?」
てっきり、魔術師の人達って僕なんかよりずっと速いと思ってたんだけど。
「うう……こんなの見せられたら、私や他の魔術師なんて形無しよ」
「でもさ、姉さん。付与魔法って付与する速度が速ければ良いってわけじゃないでしょ?」
付与魔法の付与する速度が速いからと言って、必ずしもそれがプラスに働くとは限らない。重要なのは、魔法石や作成した魔道具に付与した魔法が長期間維持出来るかどうかだ。
天然資源である魔法鉱石に付与魔法を施した場合、魔法鉱石が破損しない限りは半永久的に付与魔法は持続する。しかし、魔法鉱石は重要な魔道具を制作する以外では使用が禁じられている。
付与魔法に用いられるのは魔法石が殆どだ。魔法鉱石と違って魔法石は使用する毎に摩耗して、最終的には砕け散る。
また、魔法石は魔術師の技量によって付与魔法の効果が左右される。魔法石が砕けずに、付与している魔法の効果が徐々に弱まることもあるのだ。
時間を掛けて付与を施した方が、効果は長く維持すると本で読んだ事がある。
「姉さん、魔法の発動速度が重視されるのは放出魔法や結界術の類だよ。付与魔法は効果持続の方が大事だって」
「むう……確かに。付与する速度じゃなくて、重要なのは付与した魔法がどれだけ長く維持出来るかよね」
姉さんの瞳がキラーンと輝いた……あ、何か嫌な予感が。
「ディゼル、今度は実践よ! 試しに結界術や感知術を付与した魔道具を制作してみましょう!!」
「ええっ!? いや、僕って騎士になるから、付与魔法なんて覚えても役に立たないんじゃ……」
「何言ってるのよ、絶対に役に立つわ! 姉さんの勘を信じなさい!!」
「ちょ……引っ張らないでよ!」
姉さんに首根っこを掴まれ、ズルズルと引き摺られる。ああ、もう……姉さんって魔法研究のことになったら周りが見えなくなるんだから。
こうして、時間がある時は姉さんから付与魔法を教え込まれた。僕、魔術師じゃなくて騎士を目指してるんだけどなぁ……。
ふっと、僕は微笑を浮かべていた。リリア嬢の為の魔道具を制作していると、あの時の姉さんの言葉を思い出す。
『絶対に役に立つわ! 姉さんの勘を信じなさい!!』
本当だね、姉さん――ありがとう。役に立っているよ。
気が付くと、時刻は午前11時になろうとしていた。首飾りには時間を掛けて魔法を付与した。
完成度は相当の物だ。これなら、リリア嬢に渡しても大丈夫だろう。
さて、明日に備えて僕も寝るとしよう。この時代の聖王宮はどうなっているのかな――そんなことを考えながら僕は談話室を後にした。
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