第5話 ゴーレム騒動

 

 ズゥウウウウウウウウウウンッ!


 突如、轟音が鳴り響いた。何事か、と僕や他家の護衛達が周囲を警戒する。

 訓練場に、術士科の教官と思われる女性が駆け込んで来た。


「皆さん、すぐに避難して下さい!」


「教官、一体何が起きたのですか!?」


「戦闘訓練用のゴーレムが暴走して、訓練場に来ます!」


「ええっ!?」


 戦闘訓練用のゴーレムの暴走――!?


 騎士科や術士科で戦闘訓練を行う時、訓練用にゴーレムを使う。僕も騎士科時代に、訓練用ゴーレムと実戦形式の試合をした経験がある。


 不味いな、この時代のゴーレムの性能は知らないけど、並みの攻撃や魔法で太刀打ち出来る相手じゃない。


 まずは、生徒達の避難誘導を優先――。


「ふ、フフフ……」


 ……あれ、何か不敵な笑い声が聞こえてきた。声の主はロゼ嬢だ。


「燃えてきましたわ!こういうアクシデントを待ってましたの! 退屈な訓練ばかりでうんざりしてましたの! 私の炎でゴーレムを止めてくれましょう!!」


「え、ちょ、ちょっと……ロゼさん、避難しましょう!?」


 リリア嬢の制止を振り切り、ロゼ嬢は詠唱を始める。彼女の周囲に、膨大な量の魔力が集まる。凄まじい熱量を感じる――これが、火の力を受け継ぐブレイズフィール家の力か……!


 ロゼ嬢の全身から紅蓮の光が溢れ出す――と、ほぼ同時だった。訓練場に、巨大な鉄巨人が姿を現したのは。あれが、訓練用のゴーレムか。僕の学生時代に使っていた物よりも大型だ。


 ロゼ嬢は、両手に込めた魔力をゴーレムに向かって解き放つ。


「爆炎よ!」


 ロゼ嬢の手から放たれたのは、火球。だが、その大きさは通常の数倍はある。

 通常サイズの火球とは比べものにならない威力――火の力を受け継いでいるだけのことはある。


 ロゼ嬢が放った火球は、ゴーレムの左腕に命中し大爆発を起こした。左腕が跡形もなく、消し飛んだ。


 大したものだ。僕の時代で活躍していた魔術師団の上級魔術師に匹敵する破壊力かもしれない。

 だけど、ゴーレムはまだ動いている。ロゼ嬢は第二撃を放とうとして――。


「あふぅ……っ」


「ロゼさーん!?」


 その場にバターンと倒れた。ま、まさか……さっきの魔法で魔力を使い切ったのか!?


 倒れたロゼ嬢をリリア嬢が支える。暴走したゴーレムがふたりに迫る。ゴーレムが右腕を繰り出そうとしている。


 僕とエリス殿は、ゴーレムの前に飛び出す。結界を展開しようとすると、僕達の前に黒髪の偉丈夫が立つ。


 年齢は20代半ばくらいだろうか。おそらくは、他家の護衛の方だろう。相当の場数を踏んでいるようだ。


 ゴーレムが右腕を繰り出す。彼は動じることなく、全身に魔力を漲らせた――身体強化術で肉体を強化している。常人なら、押し潰されるであろう巨大な剛腕を彼は両手で受け止めた。


「今の内に、ロゼ御嬢様を安全な場所へ」


「感謝します、グレイブ殿」


 偉丈夫に一礼するエリス殿。グレイブ……それが、眼前でゴーレムの攻撃を受け止めている彼の名前か。どうやら、彼はブレイズフィール家の護衛のようだ。流石、侯爵家ともなると、かなりの手練れを護衛として傍に置いているようだ。

 

 僕達は、倒れているロゼ嬢を抱えてその場を離れる。


 ゴーレムは僕達に追撃するが、それを阻むようにグレイブ殿が立ち塞がった。

 あの巨体を相手にしても一歩も引かないなんて――実力以上に胆力が備わっていると見える。


 訓練場の端――そこには強固な結界が張り巡らせており、生徒達が集まっている。気絶したロゼ嬢をそこまで運ぶ。ここなら安全だ。


「エリス殿、暫くリリア嬢をお願いします」


「ディゼル殿、まさか――」


「グレイブ殿に御助力したいと思います。リリア嬢、御許可を頂けますか?」


 リリア嬢は一瞬だけ迷いを見せるが、力強く首肯した。

 僕は微笑み返し、訓練場の中央に視線を向ける。ゴーレムと対峙するのは、グレイブ殿のみ。


 僕は深呼吸し、肉体に魔力を巡らせ、身体強化術で脚力を強化し、駆け出す。

 ゴーレムを見据えるグレイブ殿の隣に到着する。


「君は、確か――」


「新たにレイナード家の護衛となったディゼル・アークスと申します」


 ディゼル・アークス――それが、今の僕の名前だ。


 アークライトの家名は既に途絶えているので、別姓を名乗ることを決めたのだ。周囲を偽るのはあまりいい気分じゃないけど、この際仕方ない。


「若輩者ですが、グレイブ殿の加勢に参りました」


「感謝する」


 僕とグレイブ殿は、ゴーレムを見据える。ゴーレムは、体内に埋め込まれている魔法石で稼働している。学園側には申し訳ないが、被害を食い止める為にも魔法石を破壊させてもらう。


 精神を集中――感知術を発動する。感知術は敵の位置や距離を把握する為の術。習熟すると、敵の体内の魔力の流れも感知出来るようになる。


 守護騎士は、敵の魔力の流れを見ることで次の行動を先読みすることに長ける者が多い。僕も守護騎士になってから、グラン隊長との厳しい鍛練の中で魔力の流れを感知する術を身に着けた。


 感知術でゴーレム内部の魔力の流れを読む――中心よりやや右寄りに、大きな魔力が集まっている。おそらくは、あそこに魔法石が埋め込まれている。


「グレイブ殿、ゴーレムの身体を貫通する攻撃は可能ですか?」


「……すまないが、素手では無理だ。迂闊だった、私としたことが武器を携帯し忘れるなど」


 今のグレイブ殿は素手。武器を携帯しているのなら、ゴーレムの身体を貫通する攻撃が可能なのだろう。


 と、なると僕がやるしかないか。僕は左手に、魔法剣に使う剣の柄を握る。


「ディゼル殿、何をする気だ?」


「ゴーレムの魔法石を破壊します。魔法石はゴーレムの中心からやや右寄りにあるようです」


「……まさか、ゴーレムの内部の魔力の流れを読んだというのか?」


 グレイブ殿は、驚きに目を見開いていた。まぁ、無理もないかもしれない。

 こんな若造が魔力の流れを読むことに習熟しているなど、思いもしないだろう。


 僕は剣の柄に魔力を流し込む。剣の柄からは“白色”の刃が形成される。


「魔法剣!?」


「それも――光の魔法剣!?」


 後方から、驚きの声が聞こえた。訓練場の端、強固な結界が張り巡られる避難場所に居るであろう生徒達の声だろうか?


 光の魔法剣……確かに、見た目はそう見えるだろう。


 魔法剣は属性によって、異なる色をする――火は赤、水は青、風は緑、地は灰、雷は黄、光は白。


 天の力を持つ僕の魔法剣は、本来なら虹色だ。だけど、天剣は目立ち過ぎる。

 魔法剣の扱いに習熟すると、魔法剣の外観を変えることが出来るようになる。無論、外観を変えるだけなので魔法剣の性質が変わるわけじゃない。


 今の僕の天剣の外観は光の魔法剣――光剣。グラン隊長が使っていた魔法剣をイメージしてこの外観にしている。ゴーレムが魔法剣に反応したのか、動き出す。僕は、魔法剣を構える。


 ……? 地面が、微かに揺れている……?


 これは、ゴーレムによる振動じゃない。これは――地魔法による振動か?


 ゴーレムの足下に変化が生じる。地面から岩が突き出し、ゴーレムの足を挟み込んで動きを制限する。


 グレイブ殿が地面に手を当てていた。指先から魔力が地面に流れている――彼は地魔法の使い手だったのか。


「頼む、ディゼル殿」


「感謝します」


 僕は一気に駆け出して跳躍、ゴーレムの右腕が大きく振るわれるが、難なく回避する。


 ゴーレムの身体の中心のやや右寄り、強い魔力が集中する箇所に魔法剣を突き刺す。砕けるような音と共に、ゴーレムの瞳から光が消えた――。






 ――暫くして、王立学園の学園長室に僕達は招かれていた。

 学園長は女性だった。年齢は60歳くらいだろうか?


 僕は学園長に一礼する。


「リリア嬢の護衛を新しく務めることとなったディゼル・アークスと申します」


「当学園の学園長を務めるカトラ・ブレイズフィールです。此度は、騒動を収拾して下さったことに感謝します」


 ブレイズフィール――ということは、この方はロゼ嬢の御親族?


 学園長は、ロゼ嬢の所に歩み寄る。ビクリ、とロゼ嬢が震える。


「お、御婆様――」


「学園では学園長とお呼びなさい」


「は、はい……学園長」


 やはり、ロゼ嬢の御親族だった。どうやら祖母殿のようだ。笑顔で無言の圧力を、ロゼ嬢に与える学園長。


 おそらくは、避難しようとせずにゴーレムに攻撃したことに怒っていらっしゃるのだろう。


 彼女の護衛を務めるグレイブ殿が、眉間を押さえている。


「カトラ様、申し訳ございません。護衛として、逸早くお嬢様を避難誘導すべきでした……」


「グレイブ殿、お気になさらず――というわけで、正座なさい、ロゼ」


「は、はひ……」


 カトラ学園長の前で、震えながら正座するロゼ嬢。祖母殿には頭が上がらないようだ。グレイブ殿が、僕に手を差し出してきた。


「ディゼル殿、協力感謝する。改めて名乗ろう――ブレイズフィール家の護衛を務める、グレイブ・クロービスだ」


 ……クロービス? その名を聞いて、少し動揺した。


 クロービスと言えば、僕の友人だったジャレットの家名じゃないか?


 ジャレットは地の力を宿していた。グレイブ殿も地の力の使い手――彼は、ジャレットの子孫なのか?


「どうした?」


「い、いえ――こちらこそ、若輩者ですが、よろしくお願いします」


 グレイブ殿と握手を交わす。こうして、僕の護衛初日は幕を閉じた。

 随分と濃密な1日だった。元の時代で姫を護衛していた時でさえ、こんな騒動に巻き込まれたことは稀だった。


 これから、忙しい日々になりそうだ――。






 学園長室での話が終わり、ディゼル達が退室した後、残ったのはロゼ、カトラ、グレイブの3人。


「あ、あの……学園長」


 恐る恐る、ロゼが口を開く。


「今は私達だけです。何時も通りで構いません」


「は、はい……御婆様。その――」


「ええ、分かっています。ディゼル殿のことですね?」


「は、はい……御婆様も、彼から何かを感じ取ったのですか?」


「ええ……そう、まるで遠い昔に離れ離れになった家族と再会したような――そんな不思議な気持ちになりました」


 ロゼはディゼルと術士科校舎内で会った時、カトラはディゼルが学園長室に入って来た時に不思議な感覚を憶えた。彼とは、初めて会う筈なのにまるで離れ離れになった家族と再会したような気分に陥った。


「おふたりとも、私も同じ気持ちにございます」


「グレイブさん?」


「グレイブ殿も、何か感じたのですか?」


「私の場合は、家族ではなく古くからの友人と再会したような……そのような感覚を憶えました。ディゼル殿は、一体何者なのでしょうか?」


 ディゼルが只者ではないことをグレイブは見抜いていた。


 あの若さで魔力の流れを読む力を持ち、魔法剣まで扱える力量を備えている。

 あれほどの逸材が、今まで何処に居たというのか。アークスという、彼の家名は全く聞き覚えが無い。


 3人がディゼルの正体を知るのは、暫く先のことになる――。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る