第6話 騎士を目指す少女
術士科の訓練場で起きたゴーレム騒動――王立学園は現在、その騒動の噂で持ち切りだった。当然のように、その噂は騎士科の生徒達の耳にも入る。
騎士科、最終学年の教室。ひとりの少女が、剣の手入れをしていた。
男子生徒の会話が、彼女の耳に入る。
「なぁ、聞いたか? 先日の術士科の騒動――」
「ああ、訓練用のゴーレムが暴走したって奴だろ?」
「レイナード家の護衛の人が、ゴーレムを止めたんだって」
「へえ、どんな人なんだ?」
「俺達よりひとつ年上くらいで、赤髪の二枚目らしいんだけどさ……その人、魔法剣を使えるんだって」
剣の手入れをしていた少女の手がピタリと止まる。
「魔法剣!? おいおい、冗談だろ?」
魔法剣――それが扱えるのは騎士くらいなものだ。貴族の護衛とはいえ、扱える人間など滅多に存在しない。
剣の手入れをしていた少女が、椅子からガタンと立ち上がる。男子生徒達の視線がそちらに向く。
「ライリー、どうしたんだよ?」
「術士科の校舎に行って来る」
「は?な、何しに?」
「そのレイナード家の護衛の人に会いに行くの」
術士科校舎の屋上――時刻は昼。
午前中の授業が終了し、生徒達は昼食の時間。僕は、リリア嬢とエリス殿と一緒に屋上にシートを敷いて、昼食を摂っていた。
「それにしても、何だか懐かしい気分になります」
「何がですか、ディゼルさん?」
「僕もこの学園に通っていた頃、校舎の屋上で友人達と昼食を摂っていたものですから」
「あ、そういえば――ディゼル殿もこの学園の卒業生でしたか」
彼女達には、かつて僕がこの学園に通っていたことは話している。
「ええ、僕は騎士科に在籍していました。尤も、在籍したのは14歳まででしたけど」
「14歳まで……ですか?」
首を傾げるリリア嬢。ああ、そうか。普通なら、学園の在籍期間は16歳までだから疑問に思っているのか。
「ええ、飛び級で卒業しまして、アストリア陛下――当時の女王陛下の勅命で守護騎士に推挙されたんです」
「じゅ、14歳で守護騎士になったんですか!?」
「僕も最初は、何かの冗談じゃないかと思いましたよ」
驚くリリア嬢。まあ、無理もない。通常であれば、16歳で学園を卒業して、騎士団入りするのが一般的だ。そもそも、飛び級卒業の上に守護騎士に推挙というのが普通じゃない。
守護騎士は、この国で騎士を目指す者ならば誰もが夢見る精鋭騎士だ。
聖王国騎士団の中でも、特に優れた騎士だけが抜擢される。なりたいと思っても、簡単になれるような存在ではない。
学生だった僕が、いきなり守護騎士に就任というのは無理があり過ぎるんじゃないかと困惑したものだ。
食事しながら、騎士科時代の話をリリア嬢とエリス殿に話していると――。
バーン、という音と共に屋上の扉が開かれた。何事かと身構える。
敵意は感じないけれど、護衛としてリリア嬢を守らなければならない。
扉が開いて、現れたのは三つ編みの少女だった。騎士科の制服を身に纏っている。騎士科の生徒のようだけど、僕は彼女の顔立ちに見覚えがあった。
「(ユーリ……?)」
少女は、僕の妹のユーリにそっくりの顔立ちだった。
僕にはふたりの妹が居た――ミリーとユーリ。双子だけど、少しだけ顔立ちが違う。目の前の少女はユーリによく似ている……ユーリが成長したら、こんな顔立ちじゃないだろうか。
「――見つけた。あなたが、レイナード家の新しい護衛殿ですか?」
「ええ、新しくリリア嬢の護衛となったディゼル・アークスと申します」
少女は、僕の前までやって来ると跪いた。
「騎士科所属、ライリー・フォーリンガーと申します。どうか、私に魔法剣の御指導を願います!」
「……は?」
僕も、リリア嬢もエリス殿も口を大きく開ける。間の抜けた顔とは、今の状態を指すのだろうか。少女――ライリー嬢は、僕に魔法剣の教えを請いに来たようだ。
「ライリー嬢、僕から魔法剣の指導を受けたいとは……?」
「先日、術士科の騒動であなたが魔法剣を用いてゴーレムを止めたとお聞きしました。まだお若いのに、魔法剣が使えるとは並大抵の努力で出来ることではありません」
それは、確かにそうかもしれない。魔法剣は簡単に体得出来る技術ではない。
厳しい鍛練を積んだ騎士が体得する技術だ。学生の段階で、不完全とはいえ扱えていた僕は随分と驚かれたものだ。
「私、守護騎士を目指しています。守護騎士になる為にも、魔法剣を体得したいのです」
ライリー嬢は、守護騎士を目指しているのか。魔法剣は守護騎士に抜擢される為の条件のひとつだ。
守護騎士を目指す、か。僕の脳裏にある出来事が過る――元の時代、妹のユーリと過ごしていた時の記憶。
その日は、久々の休暇で実家であるアークライト邸に戻っていた。姫の護衛は侍女のセレス殿と他の守護騎士達が務めていた。
実家の庭で、剣を振るうユーリを僕は見守っていた。もうひとりの妹のミリーは、姉さんと同様に運動神経が鈍いので剣を振るうことはない。ユーリは、運動神経が良い。
そして、何時もこんなことを口にしていた。
『大きくなったら、守護騎士になるの!お兄ちゃんと一緒にお姫様を守るカッコいい騎士になるの!』
屈託のない笑顔を浮かべながら、将来を語る妹の姿を思い出す。
そういえば、この子は昔から騎士に憧れを抱いていたっけ。僕や父さんが騎士だからだろうか。
「あの、どうしました?」
「あ……申し訳ありません」
ライリー嬢の呼び掛けで現実に引き戻される。彼女との会話の途中だった。
とはいえ、どうしたものか――あまり目立ち過ぎると、リリア嬢にも迷惑が掛かるのでは……。
「ディゼルさん」
「は、はい」
リリア嬢が話し掛けてきた。
「ライリーさんの夢に力を貸して頂けませんか?」
「しかし、リリア嬢の護衛もありますし――」
「ディゼル殿、お嬢様の護衛ならばもうひとり居ることをお忘れなく♪」
エリス殿が笑顔でこちらを見つめている――な、何か凄い圧力を感じる笑顔だなぁ。まぁ、こうしてリリア嬢直々に頼まれては断るわけにもいかない。
「ライリー嬢、魔法剣の体得は一朝一夕で出来ることではありません――厳しい鍛練になりますが、覚悟はよろしいですか?」
「はい!」
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