第4話 聖王都の学園
聖王国の中心地――聖王都。
長い年月が過ぎたこともあって、見慣れない建物も増えたものだ。改めて、自分が過去の人間であることを思い知らされる。
「ディゼルさん、どうしたんですか?」
「ああ、いえ――僕が知っている聖王都とは大分異なっていると思いまして」
リリア嬢に話し掛けられ、僕は聖王都に関する心情を述べる。
現在、僕はレイナード家の馬車の中に居る。フローラ殿から受けた、リリア嬢の護衛を務めるという依頼――今の僕は、彼女の護衛だ。
馬車が向かっている先は、魔法技術を学ぶ王立学園。まさか、懐かしの母校に再び赴く日が来ようとは……。
数日前まで、学園は短期休暇中。今日から授業が再開されるという。
なるほど、だからリリア嬢は故郷のレイナード領に居たのか。学園の生徒は基本的に学生寮生活だ。
リリア嬢は、もうすぐ16歳――王立学園の在籍が16歳までだから、そう遠からず卒業するだろう。
卒業後の進路は姉上のフローラ殿の補佐だろうか?
まぁ、護衛の身で彼女の将来に関することを尋ねるような無礼は出来ない。どのような生き方をするかは、本人が決めるものだ。
やがて、王立学園が見えてきた。建物の造りも、僕が知っている学園とは大分異なっているようだ。
無理もない、300年も過ぎれば、建物の老朽化による建て直しも行われているだろう。
馬車の外には、学園の生徒達の姿が見える。一般生徒や護衛を伴う貴族生徒が学園に向かったり、談笑している光景が目に映る。
懐かしい気分になる。何だか、学生の頃に戻ったようだ。
まず、最初にエリス殿が馬車から降りた。
次に僕が降りる――な、何だ?周囲の生徒に見られているけど……見慣れない顔だから、警戒されているのかな?
いけない、護衛の仕事に専念しないと――リリア嬢に手を差し伸べる。
「リリア嬢、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
彼女は僕の手を取り、馬車から降りて地に足を着けた。それにしても、周囲の生徒からの視線が多いな。
そういえば、馬車の中でエリス殿が……。
「光の力を持つお嬢様は、学園でも一際注目されまして」
と、言っていたことを思い出す。確かに、聖王家以外で光の力を持つ人間は周囲から注目されやすいだろう。
現時点で、彼女の身柄を狙うような不届き者は見当たらないけど、警戒は怠らないようにしなければ。
リリア嬢、エリス殿と共に正門を潜り、学園内へ。
ここでも、周囲の注目の的になっている。本当に有名人なんだなぁ、リリア嬢は。
「誰かしら、あの人……」
「新しい護衛の方かしら……」
女生徒の話し声が聞こえる。どうやら、僕に関することのようだ。
隣に居るエリス殿が、小声で話し掛けてきた。
「(ディゼル殿、注目されていますね)」
「(え?ああ、周囲の生徒達からすれば、見慣れない顔ですからね)」
「(……なるほど、ディゼル殿は少々疎いところがあるようですね)」
「(は、はい……?)」
エリス殿は、一体何を言っているんだろう?
守護騎士時代に、王立学園の視察に来た際に、姫の侍女を務めたセレス殿にも似たようなことを言われたけど……。
術士科の校舎に入ると、何者かが接近してくる気配を察知した。殺気や敵意の類は纏っていないようだけど、警戒する。
直ぐそこの曲がり角から、この気配の持ち主はやって来るようだ。
「エリス殿、リリア嬢をお願いします」
エリス殿にリリア孃を任せ、僕は曲がり角に足を踏み出す。
「リリアさ――きゃっ!?」
曲がり角から、ひとりの女生徒がやって来て、僕とぶつかった。バランスを崩して、倒れそうになった女生徒の手を取る。女生徒は、何とかその場に踏み止まった。
「失礼しました、お怪我は?」
「も、もう!どこを見て、歩いて――」
「……?如何されました?」
「な、何でもありませんわ!」
女生徒は、バッと僕の手を振り払う。
ぶつかったのは、桜色の髪を螺旋状に巻いている見た目からしてかなり特徴的な少女だった。ややツリ目の気の強そうな、リリア嬢とは正反対な御令嬢に見える。
「ロゼさん?」
僕の後ろから、リリア嬢とエリス殿が顔を出す。どうやら、この御令嬢と知り合いのようだ。
「リリア嬢、お知り合いでしたか」
「はい、クラスメイトですから」
「クラスメイト?フフフ、それだけではないでしょう――宿命のライバルですわ!」
ビシッと、リリア嬢を指差す女生徒――ロゼ嬢とお呼びしよう。
しかし……宿命のライバルとはどういう意味だろう?彼女とリリア嬢は仲が悪いんだろうか?
困惑する僕の隣にエリス殿がやって来て、小声で事情を説明してくれる。
目の前の御令嬢は、ロゼ・ブレイズフィール。代々、強い火の力を受け継ぐブレイズフィール侯爵家の出身。第一学年からリリア嬢とはずっと同じクラスで、光の力を持つ彼女に何かと対抗意識を燃やしているのだとか。
「(ブレイズフィール……?そうか、彼女は――)」
彼女の家名を聞かされ、思い出したことがある。レイナードの町の図書館で読んだ文献に書かれていた、アークライト家に関する記述を。
姉さんや妹のミリーとユーリは、他家に嫁いだという。
確か、姉さんが嫁いだのがブレイズフィール侯爵家だと記載されていたのを記憶している。姉さんは非常に強い火の力を有していた、火の力を受け継ぐブレイズフィール家の力を更に高めるには最適の存在だ。
ということは、ロゼ嬢は姉さんの子孫……僕とは遠い親戚関係にある。まぁ、信じて貰えないだろう。
何せ、僕は300年前の人間――本来なら墓石の下で眠っている人間なのだから。
「リリアさん、次のテストでは負けま――」
「あ、もうすぐ先生が来ます。ロゼさん、急がないと」
「え?ちょっと――!?」
ロゼ嬢の手を取り、教室に向かうリリア嬢……あのふたり、ライバルって関係なのかな?
どちらかといえば、ロゼ嬢の一方通行な対抗意識に見える。隣に居るエリス殿に視線を向けると、同意するように頷いた。
ああ、やっぱりそうなんだ。こう言うのは悪いけど、リリア嬢は対抗心とかには無縁に見えるし。
――暫くして、術士科最終学年の教室。護衛を務める僕とエリス殿は、教室の一番後方からリリア嬢を見守る。
他の貴族生徒の護衛と思われる方達の姿も見られる。流石に守護騎士とまではいかないけれど、相当の手練れが揃っているようだ。
1限目は座学――特に問題なく、授業は終了。2限目の実技訓練になり、生徒達は術士科の訓練場に移動。護衛である僕達も訓練場に移動し、到着と同時に周辺を警戒する。訓練場周辺に、何者かが潜んでいる気配は無いようだ。
リリア嬢やロゼ嬢、他の生徒達は魔法による実技訓練を開始する。
的に向かって攻撃魔法を放つ生徒、結界術を展開する生徒、身体強化術で身体能力を高めて訓練場を走る生徒など――それぞれの適正に合った訓練をしている。
リリア嬢は、両手に魔力を集めている。優しい光が見える――治癒魔法の光だ。現在、負傷している人間は居ないのでイメージトレーニングだけだろう。
そういえば、リリア嬢は治癒魔法は得意だけど、攻撃魔法は全く使えないと言っていた。僕がお仕えしたアリア姫も、光魔法は治癒魔法に特化しており、攻撃魔法は使えないと仰っていた。
リリア嬢も姫も同じ光の力の持ち主、治癒魔法に特化して攻撃魔法が全く使えない――偶然なのか?
レイナード家に聖王家の血は流れていない。これは、フローラ殿にも確認は取ったので間違いない。伯爵家であるレイナード家が、聖王家の外戚である可能性は無いと。
元の時代、女王を務めていたアストリア陛下の婚約者だったグラン隊長は公爵家の出身だ。やはり、貴族の中でも最も高位の家系でなければ、王家と結びつくのは難しいだろう。
だけど、あまりにもリリア嬢と姫は共通点が多い。顔立ちが似ていることや光の力を持っていることなど。
「(――いけない、リリア嬢と姫を重ねてしまっている。今の僕は、リリア嬢の護衛なんだ。立場を弁えよう)」
余計なことは考えず、今は彼女の護衛に集中しなければ。
実技訓練は滞りなく進んでいる。何か問題が起きる気配は無いと、思われたが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます