第3話 新たなる始まり
――どれくらい時間が過ぎただろう。日没近くの時間帯になっていた。
気付いた時、町の公園と思われる場所のベンチに僕は腰掛けていた。ずっと、ここで呆然としていたのか……?
『兄様』
脳裏を過る、姫の御姿――僕を兄様と呼んで、微笑んでいらっしゃる。
何故、何故なんだ。どうして、姫が若くして命を落とさなくてはならない?
英雄……? 天の騎士……? 違う、僕は姫の護衛騎士だ。そんな名声よりも姫の護衛騎士であることに誇りを持っていた。
瞳から、止め処なく涙が溢れていた。
……もう、生きる意味なんて無いんじゃないのか? 誰も僕を知る人間なんてひとりも居ないこの時代で、生きていく意味なんて無い。
「(姫の、お傍に行きたい……)」
腰に視線を落とす。腰のホルダーに備えている魔法剣に使う柄が視界に入る。
それを手に取り、自らの喉元に押し当てる。このまま、魔法剣を発動させれば喉を貫通するだろう。
……しかし、直ぐにそれを下ろした。ここで、そんなことをしてはいけない、と思ったからだ。
「(……駄目だ。こんな場所で死ねば、町の人達に迷惑が掛かる。死ぬのなら、誰も居ない所で死ぬべきだろう)」
誰も来ないような、人気のない場所で命を絶つべきだ。誰かに迷惑を掛けてはならない。
お世話になったレイナード家の方達には、書置きを残していこう。そう思い立って、ベンチから立ち上がると――。
「……ッ!」
不穏な気配を感じ取った。これは、まさか……深淵の軍勢の気配か?
深淵の王が封印されたとはいえ、深淵そのものが消えてなくなるわけじゃない。深淵の悪しき者達は、常にこの世界を蹂躙しようと虎視眈々と機会を窺っている。
やがて、悲鳴が聞こえてきた。目にした光景は逃げ惑う大勢の人々。
伯爵領内を守る役目を持つ騎士達が、町の人々を必死に避難誘導していた。
身体が無意識に動き出した。深淵の軍勢の気配が強い方面に向かって、僕は走り出していた。
途中で、騎士らしき人の制止の声が聞こえたけど、それを無視して戦場となっていると思われる場所に向かう。
現場に到着するなり、深淵の怪物達が暴れまわっていた。
狼のような姿をした獣型の怪物や、人型で上半身が異様に発達した悪魔のような連中の姿が見える。
既に何人もの騎士達が負傷しており、倒れている人も大勢居る。
魔法で応戦、結界術で敵の攻撃を防ぐ騎士達。戦況は五分五分といったところか。
ふと、負傷者の傍にひとりの少女が居ることに気付いた――リリア嬢だ。侍女のエリス殿も一緒に居る。
リリア嬢が、負傷している騎士に両手を向けている。彼女の掌から優しい光が溢れる。その光を当てられた騎士の負傷箇所が塞がっていく。
「(あれは、治癒魔法――リリア嬢は光の力を持っているのか?)」
ということは、僕の傷を癒してくれたのはリリア嬢なのか? まさか、彼女が光の力を持っているなんて。
光の力の持ち主は滅多に居ない。聖王国では聖王家やそれに連なる家系ぐらいなもので、それ以外に居るとしたら相当希少な存在だと言っていい。
「大丈夫、私が必ず治してあげますから――」
負傷した騎士に優しい微笑みを向ける彼女の姿が、僕の良く知る御方に――アリア姫の姿と重なって見えた。姫も優れた治癒魔法で、多くの傷ついた人々の命を救い、聖女と呼ばれていた。
姫がこの場にいらしたら、きっと彼女と同じ行動を取ったに違いない。
「――!」
昏い殺気を感知する――突如として、深淵の怪物がリリア嬢達の居る場所に出現した。あれは、気配を断つことに長けたタイプか!
虚を突かれ、護衛を務めるエリス殿も驚愕している。いけない、あのままではふたりが危ない。
……僕は、何をしている? この状況を見て見ぬ振りをするのか?
いいや、違う。思い出せ――自分が何者であるかを。
僕は、ディゼル・アークライト――守護騎士だ!
精神を集中し、瞬時にリリア嬢達の前に出現した深淵の怪物の前に移動する。天の力による固有魔法“空間転移”だ。
「ディゼルさん……っ!?」
「一体、何処から……?」
僕が突然、目の前に現れたことに驚く彼女達だが説明は後回しだ。今は、眼前の怪物から彼女達を守るのが先決。
襲い掛かる怪物に掌を向け、虹色に輝く結界を展開した。結界に激突した怪物が奇声を上げる。
天の力で作り出した結界。深淵の怪物は触れただけで負傷するほど強力だ。
「この結界は――ディゼル殿が作り出しているのですか?」
「綺麗……」
「リリア嬢、エリス殿、お怪我は――?」
「私達は平気です、でも、騎士の方々が……!」
「ここは、僕に任せて下さい」
僕は左手に剣の柄を持ち、魔力を送り込む。剣の柄から虹色の輝きを放つ魔法剣“天剣”が生み出される。
天剣を振るう――眼前に居る怪物を斬り裂く。怪物は塵となって消えた。
視線を、騎士達が戦う深淵の軍勢達に向けた。
一気に片づけるべく、精神を集中。これから行うのは、天剣と空間転移の力を複合させた剣術。天剣による斬撃を空間を超えて複数の敵に飛ばす――。
「――天剣降閃」
天剣を振るうと、騎士達が戦っていた深淵の軍勢全てに天剣による斬撃が降り注いだ。一瞬にして、怪物達が斬り裂かれ、跡形もなく消滅していく。
突然の事態に、騎士達も唖然とした表情に変わっているみたいだ。
周辺に深淵の軍勢の気配は、最早微塵も感じられない。一応警戒しつつも、僕はリリア嬢達に視線を向ける。
「御無事ですか?」
「は、はい……ありがとうございます」
「ディゼル殿、あなたは一体――?」
まいったな……流石に目立ち過ぎてしまった。どう説明すれば――。
考えを巡らせている最中、こちらに近付いて来る女性がひとり。誰だろう、初めて見る女性だけど……。
「リリア、無事ですか?」
「お姉様!」
リリア嬢の姉上?遠方に出掛けていると聞いたけど、戻って来ていたのか。
そういえば、同じ紫髪、雰囲気もどことなく似ている。
彼女は、リリア嬢の傍に駆け寄るなり安堵の笑みを浮かべている。リリア嬢も嬉しそうな笑顔で、彼女を出迎えた。
リリア嬢の姉上は、僕に一礼してきた。
「レイナード伯爵家現当主を務めるフローラ・レイナードと申します。此度は妹達の危機を救って頂きありがとうございます」
「ディゼル・アークライトと申します。こちらこそ、妹君に命を救われた身です。恩返しが出来てなによりです」
「……ディゼル殿、お話があります」
レイナード邸に戻った僕は、フローラ殿の執務室に呼ばれた。
ちなみに、今回の戦いに僕が関わったことは決して口外しないように騎士達に厳命したそうだ。
執務室には、フローラ殿とリリア嬢、エリス殿の姿が。フローラ殿が話し掛けてきた。
「ディゼル殿、不躾と思われるかもしれませんが――『魔力色鑑定』を行わせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「……はい」
これは――駄目だな。フローラ殿は、鋭い女性のようだ。おそらく、僕の力のことに気付いているに違いない。
フローラ殿が、魔力色鑑定の魔法を僕に掛ける。魔法を掛けられた僕の身体は虹色の光を発する。
「……お名前を聞いて、もしやと思いましたが、まさか、本当に……」
「お姉様、あの……今のは、ディゼルさんの魔力色なのですか?」
「その通りです」
「でも、虹色の魔力色なんて見たことがありませんけど……」
「当然です。虹色の魔力色は、天の力を持つ者だけが発する色です」
「……え?」
呆けるリリア嬢。フローラ殿は、僕に深々と頭を下げる。
「町の危機を救って頂き、心から感謝致します――天の騎士様」
「ディゼルとお呼び下さい。その名で呼ばれたくはありません」
「……わかりました。では、ディゼル殿――これからどうされるおつもりですか?」
これから、どうするか……正直、何も考えていない。姫が若くして亡くなられた事実を知ったことで、自暴自棄になっていた。
深淵の軍勢がこの町を襲っていなければ、僕は何処か人知れない場所で命を断っていただろう。
僕は、これから何をすべきなのか?何の為に生きていけばいい?
仕えていた御方も、家族も友人も、帰る場所も無い。
「ディゼル殿、あなたの実力を見込んで頼みたいことがあるのです。エリスと共に、リリアの護衛を務めては頂けないでしょうか?」
「え?」
返答に困る僕に対し、フローラ殿が提案してきた。これには、僕だけではなくリリア嬢とエリス殿も驚いているようだ。
「レイナード家は代々、風か水の力を宿して生まれてくる人間が多数を占めています。しかし、リリアは光の力を持って生まれてきました。光の力がどれだけ希少であるかは、ディゼル殿も御存じでしょう」
確かに、光の力は聖王家の血筋に連なる家系ぐらいしか存在しないと言われている希少な力だ。良からぬ連中に身柄を狙われる可能性も高い。
彼女の治癒魔法は、多くの人々の命を救うことが出来る素晴らしいものだ。
――そうだ。僕の怪我を治してくれたのも、リリア嬢の力に違いない。
仮にも、僕は守護騎士だった人間だ。騎士として、それ以上に人として恩に報いるべきじゃないか。
自暴自棄になって、自らの命を絶つなんて真似をしたら、それこそアストリア陛下やグラン隊長、何よりも姫からお叱りを被ってしまう。
「わかりました。僕の力が役立つのであれば、リリア嬢の護衛を務めさせて頂きます」
リリア・レイナード――それが、私の名前。レイナード伯爵家の次女として生を受けた私は、強い光の力を持って生まれてきた。
レイナード家に生まれた人間の中で、光の力を持って生まれたのは私が初めてであると、お父様とお母様も大変驚かれたみたい。
お父様は水の力、お姉様は風の力と、レイナード家の人間が宿すことが多い力を宿している。
12歳になり、聖王都の王立学園に入学してからというもの、光の力を宿していることで私は周囲から注目されるようになった。
正直、自分の力は大したことは無いと思う。得意な魔法は光魔法による治癒と共通魔法の結界術くらい。光の攻撃魔法には全く適性が無い、と術士科の先生にも言われて少し落ち込んでしまった。
お姉様は風の力を持っている。風から様々な真実を聴く力と、風の攻撃魔法に長けている。もし、深淵の軍勢と遭遇したら、私ではお姉様のお役に立てない。
治癒魔法で怪我を治した方達からは感謝されるけど、本当に私は役に立っているのかな……。時折、気分が憂鬱になってしまい、そのことでエリスに心配を掛けてしまう。
私も、もうすぐ16歳――遠からず、王立学園を卒業する。それからは、どんな風に生きていけばいいのだろう。
屋敷に戻る馬車の中で、悩んでいると――急に馬車が止まった。一体、何があったのかしら?
エリスが、御者に尋ねる。
「どうされました?」
「怪我をしている若者が居まして……」
「怪我を……?私が治します」
外に怪我をしている人が居る。そう聞かされ、私は馬車から降りた。
酷い怪我だったら、命が危ないかもしれない。
怪我をされている方の所に駆け寄る。年齢は私より少し年上くらいの赤髪の男性。身に纏っている服からすると、騎士みたいだけど……。
兎も角、今は治療を優先しないと――。
怪我をしている男性が顔を上げる。彼は、私を見て呟いた。
「ひ、め――」
「え?」
そう呼ばれて、ドクン――と、私の心臓はまるで張り裂けそうなくらい高鳴り、身体から熱が湧き上がって来た。
な、何……? この、胸の高鳴りは、湧き上がってくる熱は何……?
と、目の前の彼が前のめりに倒れた。
「きゃっ……!? しっかりして下さいっ!」
どうやら、意識を失ってしまったみたい。私は、エリスと御者に彼を馬車に運ぶように頼んだ。
屋敷の客人用の寝室まで運んでもらい、怪我をしていた彼に治癒魔法を施す。
疲労もあったのか、彼が目を覚ます様子はない。眠る彼の顔をじっと見つめる。端正な顔立ちに思わず、頬に熱が集まる。
だけど、それ以上に彼を見ていると、堪え切れないほどの愛しい気持ちが湧き上がって来る。
この感情は……何? この人とは、初めて会う筈なのにまるで“生まれる前”から知っているような気がする。この人から、目を離せない――。
彼が目を覚ましたのは、翌日。
「目を覚まされて安心しました。御身体の方は大丈夫ですか?」
「――」
「あ、あの……?」
目を覚ました彼は、私のことをじっと見つめていた。な、何か粗相でもしてしまったのかしら?
「し、失礼しました。その、お仕えしていた方に似ていらっしゃったので」
どうやら、私がお仕えしていた方に似ていらしたみたい。何方かにお仕えしていたってことは、やっぱり騎士なのかしら?
「危ない所を救って頂き感謝致します。私はディゼル・アークライトと申します」
「ディゼル……?」
彼の名前を聞いて心臓が高鳴り、胸元に手を当てる。
また、だわ――私、一体、どうしてしまったの……?
そういえば、ディゼル・アークライトというこの人の名前……子供の頃に読んだ物語に出て来る『天の騎士』様と同じ名前だわ。
「失礼、お尋ねしたいことがあるのですが――今は聖王国歴何年でしょうか?」
彼は、突然そんなことを尋ねてきた。
「今ですか?今は聖王国歴1027年ですけど……」
それを聞いた彼は、複雑な表情で俯いてしまった。何か、辛いことでもあったのか――心配になる。
「あの、どうされました?」
「……いえ、お仕えしていた方との約束を守れなかったので」
「……?」
数日後、町の近くに深淵の軍勢が出現した。負傷者が出たこともあって、治癒魔法を使える私は、エリスを伴って戦場に赴いていた。
私に出来るのは、負傷した騎士や兵士の人達の治療くらいしかない。必死になって、戦ってくれている彼等の手助けをしなければ。
「大丈夫、私が必ず治してあげますから――」
怪我をしている騎士の方に、治癒魔法を施す。すると――奇声が聞こえてきた。
深淵の怪物が、何処からともなく出現して襲い掛かって来た。
エリスも気付けなかったらしく、その鋭い爪が繰り出される。だけど、その爪が私達を貫くことは無かった。
突然、ディゼルさんが私達の目の前に現れた。彼は掌を正面に向ける――虹色の輝きを放つ光の壁が展開され、怪物の攻撃を防いだ。
とても綺麗な色の壁……それは、結界術だった。虹色の結界なんて、見たことも無い。
「ここは、僕に任せて下さい」
ディゼルさんが、左手に刀身が無い剣の柄を持つ。彼は、剣の柄に魔力を流し込んでいく。美しい虹色の輝きを放つ刀身が姿を現す。
「……っ」
また、心臓が高鳴る。ディゼルさんが生み出した虹色の刃は魔法剣――その美しさもそうだけど、私は彼の持つ魔法剣に懐かしさを感じた。
あの魔法剣を、何処かで見たことがあるような……不思議な既視感を感じた。
ディゼルさんは、あっという間に深淵の軍勢達を斃した。やがて、遠方に出掛けていたお姉様が現場に赴いた。
屋敷に戻ると、お姉様はディゼルさんに『魔力色鑑定』の魔法を掛けた。彼の身体からは、虹色の輝きが発せられた。
虹色の魔力色なんて、見たことが無い――お姉様に尋ねる。
「お姉様、あの……今のは、ディゼルさんの魔力色なのですか?」
「その通りです」
「でも、虹色の魔力色なんて見たことがありませんけど……」
「当然です。虹色の魔力色は、天の力を持つ者だけが発する色です」
「……え?」
天の、力――? 天の力って、天の騎士様が使う力のこと?
お姉様が、ディゼルさんに深々と頭を下げている。
「町の危機を救って頂き、心から感謝致します――天の騎士様」
「ディゼルとお呼び下さい。その名で呼ばれたくはありません」
ディゼルさんが、天の騎士様……?
子供の頃に読んだ本に出て来た、あの英雄騎士――?
戸惑いを隠せない私を他所に、お姉様がディゼルさんに依頼した。
「ディゼル殿、あなたの実力を見込んで頼みたいことがあるのです。エリスと共に、リリアの護衛を務めては頂けないでしょうか?」
え? い、いきなり何を言われているんですか、お姉様!?
相手は、天の騎士様――この国はおろか、世界を救った英雄なのに、そんな、私なんかの護衛を依頼するなんて非礼を……。
「わかりました。僕の力が役立つのであれば、リリア嬢の護衛を務めさせて頂きます」
ディゼルさんは、迷うことなく私の護衛を務めると告げた。
「リリア嬢」
「は、はいっ!?」
ディゼルさんに話し掛けられ、上擦った声で返事をする。
「これよりあなたの護衛を務めさせて頂きます。若輩者ゆえに、至らないところもあるやもしれませんが、どうかよろしくお願いします」
「は、はい……」
い、いえ……逆に、身に余る光栄です。物語に出て来る英雄御本人が、護衛を務めて下さるなんて。
こ、これから、どうなってしまうのかしら……?
――深淵の戦いから300年が過ぎた時代。ここより、物語の幕が上がる。
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