第2話 認めたくない事実
聖王国歴1027年――僕が居た時代から300年が過ぎた時代。
現在、僕が居るのはレイナード伯爵領内、レイナード邸の庭。
あれから2日が過ぎ、僕は鍛練に勤しんでいた。2日間もベッドで寝ていたので、少々身体が鈍っている。
色々と調べたいことがあるけど……まずは身体を動かしたかった。守護騎士として姫の護衛を務めている時も、自己鍛錬を怠ったことはない。
流石に魔法を使うと目立つので、通常の肉体鍛練のみを行っている。
今、僕は動きやすい服装をしている。守護騎士の戦闘衣はボロボロだったのでレイナード家の方達が新しい衣服を用意してくれた。
一通りの基礎鍛練を終え、僕は刃が潰されている訓練用の剣を手に取る。この剣は、レイナード家の倉庫にあった物をお借りした。
剣を構える。当然の如く、剣を交える相手など存在しない。
瞳を閉じる――これから行うのは、イメージトレーニング。誰かと剣を交えるのをイメージしながら剣を振るうのだ。
僕がイメージする相手はひとりしか居ない。最強の守護騎士と呼ばれた、尊敬する上官――グラン隊長。
守護騎士は聖王家を守護する精鋭騎士。何れもが、聖王国騎士団の中でも優れた実力者達が抜擢される。その中でも、グラン隊長の剣腕は群を抜いていた。
僕も、守護騎士になってから何度も隊長に挑んだものの、結局は1本も取ることが出来なかった。
いつか、あの方を超える騎士になる――僕の目標のひとつだった。
胸にポッカリと穴が開いていることを実感する。これが、喪失感というものなのだろう。
何もかを置いて、遥か先の時代に来てしまった。家族も友も、敬愛する方達も、そして――姫も。
心が苦しい。何よりも僕を苦しめているのは、必ず戻るという姫との約束を果たせなかったことだ。
……何が、この命続く限り、殿下の御身を御守りすることを誓います、だ。
あの方の護衛騎士でありながら、誓いを守ることが出来なかった。僕は、救いようのない愚か者だ。
「――!」
振るっていた剣を止め、閉じていた瞳を開く。近くに誰かが接近していることに気付いた。
気配はふたり。ひとりは訓練を受けていない素人、もうひとりはそれなりに訓練を受けているようだ。
やって来たのは、レイナード家の御令嬢であるリリア嬢と侍女のエリス殿のふたり。
リリア嬢は、動きや足の運びから戦闘鍛練の類はあまり積んでいないようだ。
逆にエリス殿は、無駄の無い足運びに隙が無い。どうやら、単なる侍女ではなくリリア嬢の護衛も務めているようだ。
剣を鞘に納めて、ふたりに一礼する。
「ディゼルさん、御身体の方は大丈夫ですか?」
「ええ、大分調子が戻りました。申し訳ありません、無理を言って鍛練用の剣までお借りして」
「いえ、お気になさらず。亡くなったお父様が、若い頃に使っていた剣です。使った方が、父も喜ぶと思います」
彼女の言葉に心が痛んだ。この剣は、リリア嬢の亡くなった御父上が使われていた物だったのか。
そういえば、この屋敷に来てから彼女の家族にはひとりも会っていない。もしや、彼女の家族は――。
「あ……その、大丈夫です。今、この屋敷には私しか居ませんが、家族は姉が居ます。姉は遠方に用事で出掛けています」
「そうなのですか」
いけない、顔に出てしまったのか。リリア嬢には姉上がいらっしゃるのか。
保護されてから会っていないので、遠方での用事がまだ済んでいないのだろう。
――そうだ、リリア嬢に尋ねたいことがあったんだ。
「リリア嬢、調べ物がしたいのですが……」
――暫くして、僕はレイナード家が治める町に赴いていた。この町の小高い丘の上にレイナード邸は建っている。
町を訪れた僕が赴いた場所は、様々な本が集まる図書館。
受付に居る司書の女性に、探している資料について尋ねることにした。
「300年ほど前の聖王国に関する資料を拝見したいのですが、場所は何処でしょうか?」
「は、はい……それは――」
司書の女性は、求める資料が置かれている本棚の場所を教えてくれた。
何だか、凄く緊張していたみたいだけど……一体、どうしたんだろう?
「素敵……」
「旅の方かしら……」
周囲から小声が聞こえるみたいだけど……な、何なんだろう? ひょっとして、この町では見慣れない人間だから不審者と思われているのかな?
ああ、そうだ。僕は調べ物をする為にここに来たんだ。
本棚から、300年前の聖王国に関する資料を手に取って、近くの席に着いて読み始める。
聖王国歴727年、深淵の戦いが終結と記載されている。日付は、僕と隊長が深淵の王と戦ったあの日だ。
深淵の王に挑みしふたりの英雄――聖王グラン、天の騎士ディゼル。僕と隊長のことだ。
英雄に関する記述に目を通す――聖王グランに関する記述。
深淵の戦いに於ける当時の守護騎士隊長。聖王国の公爵家出身。戦後、聖王国女王アストリアと結ばれ、聖王国国王の座に就く。優れた治世で人心を掴み、人々からは聖王と讃えられた。
よかった、隊長は無事にアストリア陛下の下に帰還出来たみたいだ。
隊長はアストリア陛下の婚約者だった。隊長の身に何かあれば、陛下が悲しまれただろう。
聖王か……隊長は騎士としてだけではなく、王としても多大な功績を残されたようだ。
さて、次の記述は天の騎士ディゼルに関するもの――つまり、僕のことだ。
正直な話、これを読むのは気が進まない。何せ、英雄に関する記述として記載されているからだ。
必ず帰るという、姫との誓いを守れなかった僕が英雄など……おこがましい。
だけど、目を通す必要がある。深呼吸した後、記述に目を通していく。
――天の騎士ディゼル。聖王国の騎士の名家アークライト家出身。天の力を宿す選ばれし者として生を受け、最年少で聖王国守護騎士を拝命。
類稀な剣術と天の力で深淵の軍勢と戦った若き英雄……大げさな表現だなぁ。
やっぱり、読んでいてあまりいい気がしない。
深淵の王との決戦時、当時守護騎士隊長を務めていた聖王グランを庇い、深淵の王と刺し違える――。
いやいや、刺し違えてなんかいない。深淵の王は深淵の扉の彼方に消えて、僕は王が放った昏き門とやらに吸い込まれたんだ。
まぁ、その現場を見ている人間が誰も居ないからこんな曖昧な伝わり方になっているんだろう。
その後、聖王国で盛大な葬儀が執り行われ、天の騎士の名は多くの騎士達の目標となった――か。困ったものだ、僕はそんな立派な人間じゃない。
記述を読み進め、ある部分で目が留まった。それは、僕の家系に関する記述。
僕が死んだ――厳密には死んでいないが、戻って来なかったのでそういうことになっている――ことで、アークライトの家名は途絶えたと記載されていた。
血筋が絶えたというわけではない。記述によると、姉さんや妹達は他家に嫁いでおり、アークライト本家を継ぐ者が居なくなったことで断絶したようだ。
断絶した最大の理由は、ウェイン・アークライト……父さんが自らの意思でアークライト家の歴史を閉じる決意をしたからだと書かれている。僕が帰って来なかったことで、自責の念に駆られたのだろう、と。
「(父さん……)」
僕の所為で、アークライト家の歴史を終わらせてしまった。
無事に戻ることが出来ていれば、アークライト家は今も存続していたかもしれないのに。
父さんは、姉さんやミリー、ユーリに婿を取らせてアークライト家を存続させようとはしなかった。
それほどまでに、自分自身を責めていたというのか。父さんの責任じゃない、悪いのは帰って来れなかった僕なのに……。
複雑な心境で資料を読み進めていく。300年前から、現代に至るまでの歴史に目を通す。
深淵の戦いの後、各国は3年に一度に世界会議を開催、話し合いの場を設けているらしい。
僕の時代でも国同士が集まる合同会議は行われていたけど、主に聖王国と帝国と幾つかの国ぐらいだった。世界規模の会議が行われたことは無かった。
何時か、深淵の王が再びこの世界に出現するかもしれない。各国が手を取り合うのは大切なことだと思う。
記述を見るに、世界会議の必要性を説いたのは国王に即位されたグラン隊長のようだ。流石は隊長――改めて尊敬に値する方だ。
聖王家に関する記述が目に入る。そうだ、姫に関する記述をまだ見ていない。姫も何方かと御結婚されている筈だ。幸福な人生を送って下さっただろうか?
「……え」
頭の中が一瞬、真っ白になった。自分が見ているものが、理解出来ない――いや、理解したくなかった。
聖王家第二王女アリアに関する記述を目にし、資料を手にする僕の指先は震えていた。記述には、こう書かれていた。
聖王家第二王女アリア――聖王国歴727年病死。享年15歳。
……姫が、姫が死んだ……? 僕が居なくなって、そう間もなく……?
「嘘、だ……」
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……ッ!
「あ、ちょっとっ……!?」
司書の声が聞こえたようだけど、僕は構わず図書館から駆け出していた。
認めたくない事実を知り、心が大きく搔き乱されている。今、誰の声も耳に入って来ない。
僕は走った、認めたくない事実から逃げるように――。
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