時を超えた騎士編

第1話 目覚めた場所は……


 ――意識を取り戻した時、目の前にあったものは闇だった。


 暗い、辺り一面に漆黒の闇が広がっている。ここは、一体何処だ?


 僕は確か、深淵の王の放った“昏き門”と呼ばれる黒い球体に吸い込まれて……ここは死後の世界なのだろうか?


「……ッ!」


 身体を動かそうとすると、痛みが走る。

 痛みがあるということは、まだ僕は生きているということか。


『“昏き門”――それに吸い込まれたものが何処に行くかは我も知らぬ。いずれにせよ、生きて帰れるとは思わぬことだ』


 あの時の深淵の王の言葉が蘇る。ここは、昏き門というあの黒い球体に吸い込まれたものが辿り着く場所なのだろう。


 生きて帰れない――確かに、こんな漆黒の闇の中で何処を目指せばいいのか。


「……!」


 ふと、左手に何かを握っていることに気付く。それは、魔法剣に使う剣の柄だ。


 深淵の王と戦闘している最中だったのだ。剣の柄を握ったままだ。


 ――そうだ、僕の使う魔法剣“天剣”。天剣はあらゆる全てを斬り裂くことが出来る。


 ならば、この漆黒の闇が広がる空間に亀裂を入れることも出来るのでは――?


 このまま、この空間に居ても朽ち果てるのを待つばかり。生きているのなら、足掻いてみよう。


 精神を集中し、剣の柄に魔力を送り込む。剣の柄から虹色の輝きを放つ刀身が出現した。


「天剣一閃――ッ!」


 天剣を前方に振り下ろした。漆黒の闇に亀裂が生じる――光が見えた。手を伸ばして、亀裂から生じる光に触れてみる。光から暖かさを感じる。


 ここから出られるだろうか。いや、考えている余裕はない。


 今の一撃で魔力を殆ど使い果たしてしまった。このままでは、また意識を失う。


 その前に、この空間から脱出しなければ。


 意を決して、亀裂の先へと一歩踏み出した。眩しさを感じる――そこは、光溢れる世界。時刻は昼間のようだ。


 広い道が広がっていた。ここは、街道か……?


 周囲を見回そうとするも、膝をついてしまう。駄目だ、体力の限界らしい。


 ふと、耳に何かが聞こえて来る。これは、馬車の車輪の音だろうか。視線を凝らすと、前方から馬車がやって来ている。


 いけない――街道から離れないと。しかし、身体が言うことを利かない。


 馬の鳴き声が聞こえた。馬車の車輪の音が止まる。


 目の前に馬車が止まっていた。御者が止めたようだ。


「おい、君――大丈夫か!?」


 御者が馬車から降りて、僕の傍に駆け寄って来た。すると――。


「どうされました?」


「怪我をしている若者が居まして……」


「怪我を……?私が治します」


 馬車からふたりの女性が降りてきた。


 ひとりは侍女らしき女性。もうひとりは、気品を感じさせる少女――何処かの御令嬢だろうか?


 御令嬢と思われる少女が、僕の傍にやって来る。顔を上げてその少女の顔を見て、思わず、息を呑んでしまう。


 何故なら、その顔は僕が良く知っている方と同じ顔――。


「ひ、め――」


「え?」


 そう、その少女の顔は僕が護衛を務めたアリア姫と瓜二つだった。


 グラリと、視界が歪んだ。駄目だ、もう意識が保て――。


「きゃっ……!?しっかりして下さいっ!」


 少女の驚くような声が聞こえてくるが、僕の意識はそこで途切れた――。






 綺麗な花が咲き誇っている場所に僕は居た。広がる花畑の中心に、美しい少女の姿が見える。白金の髪と瞳を持つ美しい少女。


 そう、守護騎士として僕が御守りしなくてはならない御方――アリア姫だ。


「兄様」


 姫が呼んでいらっしゃる、行かなければ。

 僕は姫の所に向かおうとする――が、おかしなことに気付く。


 ……何だ?足を前に動かしても、全く先に進めない……?


 駆け足になるも、全く姫の所まで行けない。それどころか、姫の姿がどんどん遠ざかっていく。


「兄様っ!」


「姫!」


 姫が手を伸ばし、僕も手を伸ばす。距離がどんどん遠くなっていく。


 やがて、一面を漆黒の闇が包み込み、姫の姿が完全に見えなくなった。


 姫、姫――何処に居られるのですか?返事をなさって下さい――。


「姫っ!」


 僕はベッドから身体を起こした。息を切らし、頬からは汗が滴り落ちている。


 今のは夢、か?


 見慣れない部屋、ここは何処だ――?僕は、生きているのか?


 落ち着いて状況を整理してみよう。


 確か僕は、漆黒の闇が広がる空間に居た筈だ。天剣の力で闇を斬り裂いて、外に出ることが出来た。


 あの空間から脱出した後、何処かの街道らしき場所に出た記憶がある。


 街道の向こうから馬車がやって来て、御者に助け起こされて――どうなった?


 こうして、ベッドの上で目を覚ましたということは、誰かに保護されたのか?


 あれこれ考えていると、カチャリという扉を開くような音が聞こえてきた。


 視線を向けると、この部屋の扉が開いて誰かが入って来た。服装からして、侍女らしき女性だ。


 その人は、ベッドから起きている僕の姿を確認すると、後ろを向く。


「お嬢様、怪我人の方が目を覚まされたようです」


「本当? よかった……」


 どうやら、扉の向こう側にもうひとり居るようだ。


 お嬢様と呼ばれていることから、何処かの御令嬢だろうか?


 侍女の後ろから、その御令嬢と思われる少女が入室して来る。


「目を覚まされて安心しました。御身体の方は大丈夫ですか?」


「――」


「あ、あの……?」


 少女は僕の身体の心配をしてくれているようだ。しかし、僕はそれどころではなかった。


 目の前に居る少女から目を離せなかった。

 綺麗な紫髪、透き通るような白い肌、神秘的な赤い瞳を持つ美しい少女。


 何よりも、その顔立ちは僕が守ると誓ったアリア姫と同じ顔立ちだった。


 そうだ、思い出した。この少女は、意識を完全に失う前に見た少女だ。髪と瞳の色以外は姫と瓜二つだ。思わず、息を呑んでしまう。


「あの……だ、大丈夫ですか?」


「――! し、失礼しました。その、お仕えしていた方に似ていらっしゃったので」


 いけない、いくら姫に似ているとはいえ見惚れてしまうなど。


 僕がこうして無事なのは、おそらく彼女が保護してくれたお陰だろう。


 そういえば、身体の痛みを殆ど感じない。怪我も治っているところをみると、治癒魔法が施されたのか?


 そうすると、光魔法の使い手が居るということになる。


 治癒魔法は光魔法に属する。光の力を持つ者は非常に希少で、聖王家の血筋かそれに連なる人間以外では滅多に居ない筈だけど……。


 ああ、そうだった。まずは恩人である彼女に御礼を述べないと――。


「危ない所を救って頂き感謝致します。私はディゼル・アークライトと申します」


「ディゼル……?」


 紫髪の令嬢は、僕の名前を聞くと胸元に手を当てた。どうしたのだろう?


「どうされました?」


「あ、いえ――子供の頃に読んだ本に出て来た『天の騎士』様と同じ名前でしたから」


 ……『天の騎士』様?


 天の騎士とは、深淵の軍勢と戦う僕に付けられた渾名だ。


 いや――それ以上に気になっているのは、彼女の言っていた子供の頃に読んだ本という言葉。


 僕が天の騎士と呼ばれるようになったのは、ここ最近の筈だ。


 彼女は、僕とそう変わらないくらいの年頃に見える。その彼女が、子供の頃に読んだ本に天の騎士が登場している……?


『“昏き門”――それに吸い込まれたものが何処に行くかは我も知らぬ』


 深淵の王の言葉が脳裏を過る。全身の血の気が引いた。昏き門に吸い込まれたものが何処に行くかは分からない。


 奇跡的に、昏き門に吸い込まれた先にあったあの漆黒の闇が広がる空間から出られても、その先が自分の知っているのと同じ場所、同じ時代とは限らない。


 恐る恐る、僕は目の前に居る御令嬢に質問してみた。


「失礼、お尋ねしたいことがあるのですが――今は聖王国歴何年でしょうか?」


「今ですか?今は聖王国歴1027年ですけど……」


 一瞬、頭の中が真っ白になった。


 僕が、深淵の王と戦っていたのは聖王国歴727年。つまり、ここは――300年後の聖王国ということになる。


 あの昏き門の先にある世界から出られたけど、帰って来たのは遠い未来……。


 300年も経っているのなら、僕を知る人間なんて誰も生きていない。


 家族や友人、尊敬していた女王陛下も守護騎士隊長も生きていない。


 何よりも、僕が守りたかった人――姫も、もうこの世には……。


『兄様、必ず帰って来て下さい。帰って来たら、兄様に伝えたいことがあるんです』


 姫、申し訳ありません。僕はあなたの護衛騎士失格です。必ず帰るという約束を守ることが出来ませんでした……。


 俯く僕に、御令嬢が話し掛けてきた。


「あの、どうされました?」


「……いえ、お仕えしていた方との約束を守れなかったので」


「……?」


 ふと、あれこれ考えていると気付いたことがあった。そうだ、まだ目の前の彼女の名を聞いていない。


 経緯はどうあれ、命の恩人の名を聞き忘れるなど礼を失するではないか。


「失礼しました――色々と思案して、命の恩人であるあなたのお名前をお伺いしていませんでした」


「あ、はい……私はリリア・レイナードと申します」


 レイナード……?聞き覚えがある家名だ。

 そう、確か聖王国辺境を治める伯爵家の名が、レイナード家だった筈だ。


 ということは、ここはレイナード伯爵領内ということなのか?


「……あ、れ――?」


 目の前がクラクラした。何だ、急に眩暈が――。


「だ、大丈夫ですか!?」


「す、すみません……まだ、体調が万全ではないようです」


「ゆっくりお休みになられて下さい――エリス」


「はい、お嬢様。ディゼル殿、どうか今しばらくお休みになられて下さい」


「ありがとう、ございます――」


 そう言って、リリア嬢とエリスと呼ばれた侍女は退室した。


 色々と考えたいことがあるけれど、体力がまだ戻っていない。今は休息が必要な時か。


 それにしても、リリアか――あの御令嬢の名前、姫と一文字違いか。顔立ちも姫と似ているし、もしかしたら……いや、考え過ぎかな。


 彼女は伯爵家の令嬢、姫の子孫とは考えにくい。姫は聖王家の王女――公爵家の方か他国の王家の方に嫁がれただろう。


 そうだ、体調が回復したら色々と調べてみよう。この300年で聖王国がどう変わったかを――。






 

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