第55話 古の闘技場
親善試合が行われる闘技場に、僕はライリー嬢とファイ殿、氷雪国からの任務から帰還したルディア殿達と共に足を踏み入れる。
闘技場の入り口の先は、受付がある広間となっている。広間には各国から参加者達が集まっていた。
何だか、懐かしい気分になる。僕が守護騎士に任命されて間もなく参加した親善試合を思い出す光景だ。
ルディア殿が僕に話し掛けてくる。
「ディゼル殿、第一試合の選手達は何方ですか?」
「イリアス殿とリナ嬢――あちらに居る彼と、極東国の衣装を纏った彼女です」
第一試合の選手であるイリアス・エルトハイムとリナ・クドウの両名は、緊張した面持ちだ。闘技場に観戦に訪れるであろう大勢の観客の前で無様な試合は出来ないと、何とか気を落ち着けようとしているのだろう。
「あ、聖王国からの参加者の人達が来たよ!」
イリアス殿の隣に居るテナ嬢が、僕達の方を指差す。各国の参加者達の視線が、一斉に僕達の方に向けられる――開催国からの参加者である僕達は注目の的みたいだ。
と、何やらロイド殿の表情に変化が……帝国から参加するザッシュ殿を見るなり、顔を顰めた。
「あ、あの……ロイド殿? ど、どうされたのですか?」
「ああ、いや――あまり会いたくない奴が居たからな」
「え?」
もしかして、ザッシュ殿と知り合いなのかな。 ザッシュ殿がヒラヒラと手を振って、ロイド殿に話し掛ける。
「や、久し振りだね、ロイドくん」
「さん付けしろ、馬鹿者。俺の方が年上だ」
「えー、そりゃないんじゃない? 久々に会う従兄弟に対して冷たくない?」
……は? い、今何と?
ロイド殿とザッシュ殿が従兄弟? よく観察してみるとふたりとも同じ金髪で、顔立ちも何処となく似ている……性格は全く正反対みたいだけど。
どうやら血縁関係があるのは間違いなさそうだ……ロイド殿は心底嫌そうな顔をしているけど。ルディア殿も驚いた表情で、ふたりを見つめていた。
「え……せ、先輩、そちらの方って先輩の従兄弟なんですか?」
「ああ、帝国の騎士の家系であるシャルフィド家に嫁いだ叔母の息子――俺の従弟だ」
「そうなんですか。何か、先輩をチャラくした感じ――んごぉおおおおおおおおおおっ!?」
ルディア殿は最後まで言葉を紡ぐ事が出来なかった。ロイド殿が右手の人差し指と中指を彼女の鼻腔に突っ込んで持ち上げたからである。
僕も各国からの参加者達も目を丸くした。ルディア殿はジタバタしながらロイド殿に抗議する。
「先輩ィィィィィィィィ! うら若き乙女を鼻フックするなんて、先輩は鬼ですかァァァァァァァッ!?」
「やかましい、イノシシ娘。俺をこの年中色ボケ男と一緒にするな」
「ロイドくん、そりゃないよ! 帝国騎士団きっての伊達男の僕に失礼じゃない!?」
「アトスくん――何か今、幻聴が聞こえなかった? 何処の誰が帝国騎士団きっての伊達男なのかしら?」
「さぁ……何処の何方でしょうかね?」
「リューちゃんとアトスくんまで、ヒドイ!」
……ザッシュ殿って、本当に騎士なのかな。僕も元の時代で守護騎士に任命されてから、色々な騎士を見てきたつもりだけど、こんな騎士は見た事がない。
彼はロイド殿の叔母上の息子なのか……ロイド殿の家系であるグラスナー家も騎士の家系であると、ファイ殿に教えて頂いた。
グラスナー家は、アークライト家が断絶して暫くしてから頭角を現し始めたそうだ。なるほど、僕が守護騎士だった頃にグラスナー家の名を聞いた事が無かったのも頷ける。
ロイド殿は火の力を宿しているけど、ザッシュ殿は雰囲気からして異なる力を宿しているように見えるな……彼は第五試合で創世神国から参加するユーノ殿と戦う事になっている。どんな戦いをするか、じっくりと観戦させて頂こう。
リュー殿とアトス殿に食って掛かるザッシュ殿、それを呆れた表情で見つめるロイド殿達の傍から離れ、僕はイリアス殿とリナ嬢のところに赴く。
「イリアス殿、リナ嬢、もうすぐ試合ですね」
「は、はい……恐縮です!」
「こ、このような立派な闘技場で試合をさせて頂くことを光栄に思います」
ふたりとも、なかなか落ち着けないようだ。それはそうだろう、僕も初めてこの闘技場で聖王国騎士団が定期的に行う剣術試合に参加した際、彼等と同じような心境だった。
「緊張されるのも無理はありません。この闘技場は千年以上の歴史を誇る――初めて目の当たりにする人間は圧倒されますからね」
「え……この闘技場、千年以上も前からあるのですか!?」
「ええ、聖王都が築かれた頃に建造された物だと伝え聞いています」
この闘技場は聖王都が築かれて間もなく建造されたと、王立学園の授業で習った。製作者はユリウス・ラングレイ――史上最高と謳われる伝説の魔術師が手掛けた物であると伝えられている。
非常に強固な造りをしており、大規模な魔法を使用しても、闘技場の壁には傷ひとつ付かないほどだ。僕が守護騎士を務めていた時代、更に300年の月日が流れたこの時代の技術力でもこの闘技場と同じ物を建造するのは至難の業だろう。
「言い伝えではこの闘技場――たった“一晩”で建造されたと」
「「一晩……!?」」
驚くふたり――いや、驚かない方がどうかしているだろう。伝承によると、聖王国建国の際に盟友であった聖王アヴェル陛下への祝いとして、ユリウス・ラングレイはこの巨大な闘技場を一晩で建造したという。
一体、どんな手段を用いれば一晩でこれほど巨大な闘技場を造り上げる事が出来るのだろうか……この伝承は長年に渡って数多の歴史研究家達の頭を悩ませ続けている。
聖王国騎士団の剣術試合、今回のように親善試合が開催される場合は必ずこの闘技場が使用されている。グラン隊長が父さんと試合したのもこの闘技場だと聞かされた。
僕自身も、守護騎士になってから定期的に行われていた剣術試合の際にこの闘技場に何度も足を運んだものだ。
ここで最後に剣術試合をしたのは、深淵との戦いが始まる前――姫の王立学園への視察に護衛として同行する少し前だったな。守護騎士8人でトーナメント形式で試合を行い、決勝で僕はグラン隊長と激突……勝者は隊長だった。
「(結局、最後まで隊長から一本取る事は出来なかったな……)」
守護騎士になってから幾度もグラン隊長に挑んだけど、一度も勝利を掴む事は出来なかった。守護騎士は精鋭揃いだけど、隊長の強さはその中でも更に別格と言っていい。
一度でもいいから、あの人に勝ちたかったものだ。
「ディゼル殿?」
「あの、どうされました?」
「え――ああ、いえ、何でもありません」
「「???」」
イリアス殿とリナ嬢に話し掛けられ、現実に引き戻される。今は過去に想いを馳せている時ではない、親善試合の参加者に推挙して下さったエルド陛下の御期待に応えなければ。
「皆さん、もうすぐ開会式の時間です――参りましょうか」
ファイ殿の言葉に、各国参加者達が頷く。
聖王都の闘技場の観客席に私とエリスは腰掛けていた。周囲には、私達と同じく親善試合を観戦する為に訪れた大勢の観客……ほ、本当に凄い数だわ。
観客の中には聖王都では見られない衣装を身に纏った人達の姿も見られた。きっと、他の参加国から来られた人達――自分が住む国の参加選手への応援に駆けつけたのね。
「リリアさん、エリスさん、お待たせしましたわ」
「ロゼさん、グレイブさん」
私達の隣の席にロゼさんとグレイブさんがやって来た。彼女達もディゼルさんの応援の為に駆けつけてくれた。
ロゼさんは頬を膨らませて、少し不機嫌そうな表情をしていた。
「それにしても、エルド陛下もお人が悪いですわ。グレイブさんを特別枠に推挙して下さってもよろしいのに……」
「ロゼ御嬢様、国王陛下がお決めになられた事ですよ」
「う……そ、そうですわね」
グレイブさんに宥められ、シュンとしてしまうロゼさん。国王陛下のなさる事を批判したら、祖母であるカトラ学園長に叱られるからでしょうね……。
「お嬢様、ディゼル殿達が参られたようです」
エリスに話し掛けられ、私は視線を試合が行われる円形リングに向けた。ディゼルさんや各国から参加される皆さんが入場し、観客席から歓声が上がる。
ディゼルさんと目が合う――え、ま、まさか、この距離に居る私を見つけたって言うの?
彼は優しい微笑を浮かべる。心配しないで、見守っていて欲しいと言っているように見えた。
ギュッと、胸元に手を押し当てる。
「(ディゼルさん、頑張って――)」
やがて、エルド陛下と護衛の守護騎士達が参られ、開会式が始まった。
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