親善試合 激闘編
第54話 親善試合、開幕
う、ん…… 瞼が重い。何とか瞼を開き、視界に入ってきた光景。
私と同じ藍色の髪の幼い少女が、何処かの邸宅の玄関に座り込んでいた。後ろには同じ藍色の髪を持つ瓜二つの少女と、これまた藍色の髪を持つ10歳くらい年上の女性の姿があった。
空は曇り、ザーザーと雨が音を立てて降り続けている。座り込んでいる少女はその場から動こうとしない。
年上の女性、おそらくは姉と思われる彼女が座り込む少女の肩に手を掛ける。
『■■■……家の中に入りなさい。このままでは、風邪をひいてしまうわ』
『……やだ』
『■■■、お兄ちゃんは……』
『お兄ちゃんは帰ってくるもん! お兄ちゃんは嘘なんてつかないもん!!』
座り込む少女は、いやいやと首を振りながらその場から動こうとしない。その子の瞳からは大粒の涙が零れていた。
その涙を見て、私の胸に痛みが走った。痛い……鋭い痛みに、胸を押さえる。
涙を流す少女と同じように、私の瞳からも涙が零れる。どうして、どうして涙が出てくるの?
あの少女……前に見た夢に出て来た少女? 彼女はお兄さんの帰りを待っているの?
あの子のお兄さん――赤髪の青年、姫の護衛騎士というあの青年の事?
『■■■……■■■■は、もう帰って来ないのよ』
姉と思われる女性が、辛そうに俯く。座り込む少女と瓜二つの少女も、胸元に手を添えて、必死に涙を堪えている。
座り込んでいた少女が、顔を膝に当てる。
『嘘、つき……お兄ちゃんの、嘘つき……絶対、帰って来るって、約束したのに……』
震えながら嗚咽する少女を、姉と思われる女性が後ろから抱き締める。
――雨が降っていた。音を立てて、降り続けていた。
「……ん」
騎士科の自室の天井が視界に映る。身体を起こして、時計に目を配る――時刻は午前6時前だった。
夢を見ていたみたい……不思議な夢だった。はっきりと記憶している。
私と同じ藍色の髪の幼い少女がふたり、同じ藍色の髪の年上の女性が出て来た夢……まるで、“現実”に起きた出来事を夢として追体験したような気分だった。
それに、前に見た夢の続きのような――そんな気がした。
「……っ、いけない。今日は親善試合当日なのに」
今日は、いよいよ親善試合が行われる。私の試合は第二試合――対戦相手は、氷雪国から参加するテナさんだったわね。
いざ、本番が間近に迫ると緊張するなぁ。手早く着替えを済ませると――。
「ライリー、起きてるー?」
部屋の扉がノックされ、同じ騎士科の親友であるティナの声が聞こえてくる。
「うん、起きてるよ」
「入るわよ」
ティナが部屋に入って来る……なにやら、色紙のような物を持っている。彼女はそれを私に差し出す。
「後輩の子達が、アンタに渡して欲しいって」
彼女から渡された色紙には沢山の寄せ書きが書かれていた。
『親善試合出場おめでとうございます!』
『ライリー先輩、応援してます!』
『目指せ、優勝!』
「みんな……」
後輩の子達の温かいメッセージに、勇気が湧いてくる。
「確か、アンタの試合は第二試合だったわね?」
「うん、氷雪国のテナさんって人なんだけど」
「……何か、あたしと名前が似てるわねその人」
「た、確かに……」
そういえば、ティナとテナさんって一字違いだわ。うっかり、言い間違えちゃいそう。ちなみに、ティナは本当はマルティナって名前なんだけど、私を含めて周囲からはティナの愛称で呼ばれるのが定着している。
「ま、選手に選ばれた以上は頑張りなさいよ。あたしも応援に行くから」
「うん、ありがとう」
午前9時前の聖王都。氷雪国での任務を終えた私――ルディア・クロービスは、先輩であるロイド・グラスナーと魔術師見習いとして聖王国に留学する事となった少女シルクと共に馬車から降りた。
ん~、ようやく故郷に帰って来たわ。あ、そうだ――シルクは大丈夫かしら?
何せ、生まれて初めて来る国だから気候が身体に合わなかったら大変だわ。
「シルクさん、氷雪国より気温が高い国だけど身体は大丈夫?」
「うん、平気。ここがルディアさん達の住んでる国の首都なのね」
「ええ、千年以上前に築かれた都よ」
「歴史ある都なのね。それにしても、随分賑やかみたいだけど……お祭りでもあるの?」
そういえば、随分と賑やかな雰囲気ね。何か大きな行事でもあるのかしら?
首を傾げる私に、溜息交じりにロイド先輩が話し掛けてきた。
「お前、忘れたのか? 今日と明日は親善試合が行われるんだぞ」
「あ」
そ、そうだわ! 氷雪国での任務に集中していた所為か、親善試合が行われる事をすっかり忘れていたわ。
「ルディアさん、親善試合って何?」
親善試合についての知識が無いシルクが訊ねてくる。
「各国の騎士団が数年に一度行う交流試合の事よ。今年は、この聖王国で開催されるの」
「ルディアさんもその試合に参加するの?」
「ううん、私は出ないよ。ファイ先輩っていう、ロイド先輩って違って優しい先輩が参加す……んがっ!」
ゴンッという音と共に、強烈な拳骨が私の頭に叩き込まれる。勿論、拳骨を叩き込んだのはロイド先輩である。
「誰と違って優しいだと、んん? 俺が優しくない先輩だとでも?」
「あたた……優しいなら拳骨かまさないで下さいよ!」
「先輩を敬わん後輩への教育的指導だ」
「もう! 先輩のスイーツ男子!」
「甘党と呼べ、馬鹿者! 第一、今は何も甘味類は口にしとらんわ!!」
「ふ、ふたりとも、落ち着いて」
言い争う私と先輩、オロオロしながら仲裁に入るシルク。
「まったく……帰還早々に喧嘩するのはやめなさい」
「ファイ先輩!」
いがみ合う私とロイド先輩に声を掛けてきた女性――ファイ先輩だった。直ぐ後ろにはライリーの姿も。
「ルディア先輩、お疲れ様です。任務で氷雪国に行ってたそうですね」
「うん、大変だったけど新しい出会いもあったわ」
「新しい出会い……そちらのお嬢さんの事かしら?」
ファイ先輩とライリーの視線が、シルクに注がれる。彼女は緊張しているのか、真っ赤になってお辞儀する。
「は、初めまして、シルクと申します」
「ファイ・ローエングリンと申します、ルディアとロイドと同じく守護騎士を務めております」
「ライリー・フォーリンガーです、ルディア先輩の後輩で王立学園騎士科に所属しています」
「シルクさん、このふたりが聖王国からの参加者よ」
「そうなんだ――頑張って下さいね」
「ええ、ありがとう。ところで……ライリーさん、“彼”はまだかしら?」
「そろそろ来られると思いますけど……」
「“彼”? あの、ファイ先輩――“彼”って?」
「特別枠からの参加選手よ。ルディアとロイドも知っている人よ」
特別枠といえば、開催国にのみ設けられている参加枠の事よね? そういえば、任務で氷雪国に出発する前はまだ決まっていない状態だったけど……私とロイド先輩も知っている人って事は、顔見知りの誰かなのかな?
「あ、来ましたよ!」
ライリーの声に、私とロイド先輩は特別枠の選手がやって来る方角に視線を向ける。
「えええええ!?」
「何……ッ!?」
思わず、声を出して驚いてしまう私とロイド先輩。だ、だって、やって来たのはディゼル殿だったから!
「お待たせしました。ルディア殿にロイド殿、御久し振りですね」
彼は私とロイド先輩に一礼する。
「あ、ああ、久し振りだな、ディゼル殿」
「ちょ、ちょちょちょちょ! どういう事なんですか、ファイ先輩!? ディゼル殿が親善試合に参加するって言うんですか!!?」
「ええ、エルド陛下の御推挙で」
「は、反則もいいところじゃないですか! だって、ディゼル殿は――んごぉおおおおおおおおおおっ!?」
私は最後まで言葉を紡げなかった。ロイド先輩にアイアンクローをかまされたからである。ジタバタしながら、持ち上げられる私。
「すまない、ディゼル殿。このイノシシ娘が失言を」
「ロイド先輩ィィィィィィィィ! 可愛い後輩にアイアンクローをかますなんて、先輩は鬼ですかァァァァァァァァ!?」
「……あの、ルディア殿は大丈夫なんですか?」
「ああ、気にしないでくれ。こいつへの教育的指導は日常茶飯事だ」
突然のロイド先輩の行動に、ディゼル殿、シルク、ライリーは驚いているみたいだった。そりゃ、目の前でこんな可憐な乙女がアイアンクローされてる光景を見れば、誰だって驚くわよね。
「うう……あたた」
「る、ルディア先輩、大丈夫ですか?」
「あんま大丈夫じゃない……」
3分後、漸く解放された私は唸りながら顔を押さえる。恨めしそうにロイド先輩を睨むけど、先輩には華麗にスルーされた。
「ディゼル・アークスと申します」
「し、シルクです……///」
初対面のディゼル殿とシルクが軽く挨拶を交わしている。シルク、少し赤くなってるなぁ……ディゼル殿って美男子だから無理もないかも。
と、ディゼル殿がロイド先輩に質問する。
「そういえば、ロイド殿は今回の親善試合に参加されようとは思わなかったのですか?」
「俺は3年前に行われた親善試合に参加した。今回は辞退させてもらった」
そう、ロイド先輩は3年前の親善試合に参加した過去がある。3年前の親善試合は、大陸中央に位置する創世神国で開催された。
当時、王立学園の学生だった私も学生枠の参加者になりたかったんだけど、その時は最終学年で一番優秀な先輩が選ばれた。
3年前の親善試合でロイド先輩は準優勝、学生枠に選ばれた騎士科の先輩はベスト4まで勝ち残った。私も出場したい……次は必ず出場してみせるんだから!
「さて、そろそろ行きましょうか」
「第一試合は10時からでしたっけ?」
「ええ、氷雪国から参加するイリアスくんと極東国から参加するリナさんの試合よ」
氷雪国からの参加者が第一試合に出るんだ。ちょうど、氷雪国から戻ったばかりだから何だか運命的なものを感じるなぁ。
「ああ、そういえば――ロイド、ルディア。エルド陛下が氷雪国の報告は後日でいいから、親善試合を見物しなさいって仰られていたわ」
「え、本当ですか……!?」
「陛下の御配慮に感謝しなくてはならないな――ファイ、ライリー嬢、ディゼル殿、しっかりと見届けさせて貰うぞ」
ふふ、何だかワクワクしてきた! 他の国からはどんな選手達が出場するんだろう?
ファイ先輩達と共に、私達は試合会場へと歩き出した。その道中で、私はロイド先輩を肘で軽く小突く。アイアンクローをかまされた事で、一言文句を言わなくては気が済まなかったからだ。
「(先輩、いくらなんでもアイアンクローはヒドイんじゃないですか?)」
「(馬鹿者、お前という奴は自分が何を言おうとしたのか理解していないのか? ディゼル殿の素性を危うく口にするところだったんだぞ)」
「(あ……)」
そ、そうだった……ディゼル殿が親善試合に参加するという旨を聞いて、私は思わず彼が天の騎士である事を口に出そうとしてしまった。
彼が天の騎士である事は他言無用であると、エルド陛下から厳命されている事をすっかり忘れていた! もし、口に出そうものなら厳罰を受けるところだったわ……(汗)。
アイアンクローをかまされたのは腹が立つけど、あのまま勢い任せでディゼル殿の事を口走っていたらと思うと背筋がゾッとする。
「(後輩想いの先輩に感謝するんだな)」
「(うぬぬ……)」
「ふたりとも、さっきからどうしたの?」
小声で会話する私達が気になったのか、シルクが話し掛けてくる。
「え? ううん、何でもない何でもない♪」
「?」
「あ、見えてきましたよ!」
ライリーが指差す方向に見える巨大な建造物――親善試合が行われる闘技場である。聖王国騎士団の剣術試合等も定期的行われている場所だ。
いよいよ、親善試合の幕が上がる――。
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