第53話 夜会3
第一回戦のそれぞれの対戦相手が決定した。各国の選手たちは、それぞれの対戦相手のところに向かう。
極東国から参加するライカ・クドウは、真っ赤になって会場の隅の方に避難していた。彼が第一回戦で戦う相手は、砂漠連合から参加するマイラ・レイラントである。
露出が多い恰好をしている女性が苦手なライカ――よりにもよって、最初の対戦相手が自分の苦手なタイプなのだ。砂漠連合出身のマイラは、非常に露出が多い恰好をしており、ライカからすれば目に毒だ。
そんな彼の心情とは裏腹に、マイラは明るい表情でライカに声を掛ける。
「明日の試合、よろしくね」
「よ、よよよよよよよろしくお願いします……」
「???」
ガチガチに緊張しながら、返事をするライカ。マイラ当人は、首を傾げる。
ライカの妹リナは、自身の対戦相手であるイリアスにお辞儀する。
「どうぞ、よろしくお願い致します」
「う、うん……よろしく頼むよ」
幼馴染のテナと違って、淑やかなリナの所作にイリアスは思わず見惚れてしまいそうになる。その隣ではライリーとテナが握手している。
「明日はよろしくだよ!」
「は、はひ……」
ブンブンと手を振るテナに、困惑するライリー。このパワフル娘のテンションの高さについていけない模様。
「お互い、全力を尽くそう」
「はい」
アトスとカイルはごくごく普通に握手を交わす。
学生枠の選手達が自分の対戦相手と会話しているのと同じく、騎士団枠からの選手達もそれぞれの対戦相手と言葉を交わしていた。帝国騎士のひとり、ザッシュは対戦相手である神殿騎士ユーノの前に跪いていた。
「ユーノ殿、不肖ザッシュ・シャルフィド――第一回戦の貴女のお相手を務めさせて頂きます」
「は、はい……よ、よろしくお願いします」
瞳をキラキラさせながら、ユーノを見つめるザッシュ。当然の如く、ユーノは困惑している。美女に目が無いザッシュからすれば、最初の試合の相手が美女のユーノである事は光栄である模様。
と、同じ帝国騎士のリューがユーノに助言する。
「ユーノ殿、そいつが何かおかしな事をしてきたら息の根を止めて構いませんから」
「ちょっと、リューちゃん! 何、物騒な事企んでんの!? 僕が死んだりしたら、僕のファン100万人が泣いちゃうよ!!」
「何処におのれのファンが100万人も居ると言うんじゃい!」
ギャーギャーと言い合うふたりと、苦笑しながらそのやり取りを見ているユーノ。少し離れた位置から、呆れた非常でその光景を見つめるのはソラス。
「(やれやれ、相変わらず騒がしい奴等だぜ。ま、それはそうとして――俺も運が無い男だな。初っ端からとんでもない相手に当たっちまったかもしれねぇな)」
ソラスは、赤髪の青年――聖王国の特別枠から参加するディゼルの姿を捉えていた。会場に入って来た彼を一目見た瞬間、只者ではないと見抜いた。
騎士団枠からの参加者である自分よりも年下のようだが、雰囲気や立ち振る舞いが非常に洗練されている。幾つもの死線を潜り抜けた者だけが纏う風格のようなものを、あの赤髪の青年から感じ取れた。
「――ソラス殿」
当のディゼル本人が、ソラスのところにやって来て一礼する。
「若輩者ですが、第一回戦の相手として競わせて頂きたいと思います。どうか、よろしくお願いします」
「ああ、こっちこそな」
握手を交わすディゼルとソラスから少し離れた場所では、ファイとラウラが談笑しながら明日の試合への意気込みを語り合い、ザッシュと言い争っていたリューがソウマへ挨拶している。
明日、いよいよ親善試合が開幕する――。
第一回戦の対戦相手であるソラス殿への挨拶を終え、僕はリリア嬢とエリス殿のところに戻る――白金の髪の少女と少年がリリア嬢と会話していた。
彼女と会話しているのは、この国の王女と王子であらせられるノエル殿下とヨシュア殿下のおふたりだ。そいうえば、ノエル殿下はリリア嬢に随分と懐いておられたからなぁ……会えて嬉しそうな御顔をされている。
ノエル殿下が僕に気付いたのか、こちらにやって来る。ヨシュア殿下も一緒だ。
「ディゼルおにーさん、お久し振りです!!」
「ディゼル殿、御久し振りです」
「ノエル殿下、ヨシュア殿下、御久し振りにございます」
両殿下に一礼する。そう言えば、僕を親善試合に参加するように頼まれたのはノエル殿下だそうだけど……。
「ノエル殿下、その……此度の親善試合に私を参加するように勧められたのはノエル殿下であるとエルド陛下から窺いました。何故、私を親善試合に?」
「ふえ? ディゼルおにーさんが強くてカッコいいからじゃ理由になりませんか?」
「……は、はぁ、こ、光栄です」
そ、そんな理由だったんだ……隣にいらっしゃるヨシュア殿下が、頭を下げられた。
「ディゼル殿、姉上が御迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした……」
「い、いえ! ヨシュア殿下、決してそのような事は――」
謝罪されるヨシュア殿下に恐縮してしまう。王子殿下にこのような事をさせてしまうなんて。
「あ、あの……」
後方から聞こえてくる声――ライリー嬢の声だ。振り返ると、そこには緊張している表情のライリー嬢の姿が。
無理もない、直ぐ近くに王女殿下と王子殿下が居られるのだ。学生の身分である彼女は畏れ多いと思っているのだろう。
それはそうと、何の用だろう?
「ライリー嬢、どうしたのですか?」
「そ、その……ディゼル先生の出場を内密にされるよう進言されたのは王女殿下と窺いまして……」
僕の出場を黙っているように進言されたのもノエル殿下だったのか? 一体、どうしてなのか、とノエル殿下に訊ねようとしたところ――。
「ふえ? 今夜の夜会で判明した時にびっくりするからじゃ理由になりませんか?」
「「は、はぁ……」」
……やはり、深い意味は無かった模様。こういう茶目っ気のある部分はアストリア陛下に似ていらっしゃるなぁ、これも血筋かな。
「全く……ノエル、少しは慎みというものを身に付けなさい」
「母上」
ノエル殿下に声を掛けたのは、落ち着いた佇まいの貴婦人――ノエル殿下の母上という事は、この御方が王妃様。
「陛下からディゼル殿の事は窺っております。ノエルとヨシュアの母ロマリーと申します」
「ディゼル・アークスと申します」
「王立学園視察の際、ノエルの危機を救って頂いて心から感謝します」
「微力ながら守護騎士殿達と共に戦わせて頂きました。ノエル殿下の御身が御無事で何よりでした」
「此度の親善試合も期待しております――あら、どうやらライリー嬢の御家族がこちらに来られたみたいですね」
えっ、と驚きの声を出すライリー嬢。彼女の父上と母上が僕達のところに歩み寄って来た。
ライリー嬢の御両親は王妃様に挨拶して、少し会話された後に僕とライリー嬢のところに彼女の御両親が来られる。
会話の邪魔をしては悪いと思われたのか、王妃様は殿下達を連れてその場を離れた。ノエル殿下は、再びリリア嬢と談笑し始めたようだ。
ライリー嬢の御両親が挨拶をされる。
「初めまして、私はベルハルト・フォーリンガー――ライリーの父です」
「ナターシャ・フォーリンガー――ライリーの母です」
「ディゼル・アークスと申します。レイナード伯爵家令嬢リリア・レイナードの護衛を務めております」
「ディゼル……?」
僕の名前を耳にしたベルハルト殿の表情に変化が見られた。
「如何されました?」
「ああ、いや……聖王国で騎士に身を置く者にとって、その名前は特別な意味を持っているのでな」
もしかして、天の騎士と同じ名前だから反応したのだろうか。一応、本人なんだけど……黙っておいた方がいいかな。
隣に立つナターシャ殿が深々と頭を下げられる。
「ライリーに剣術の稽古をつけて頂いていると耳にしております。娘が何か粗相をしていないでしょうか?」
「いえ、そのような事はありません。ライリー嬢は筋がよろしい――より鍛錬を重ねれば、何れは守護騎士に選ばれるやもしれません」
ライリー嬢の剣才、魔法剣の習熟速度は目覚ましいものがある。このまま、直向きに研鑽を続ければ守護騎士になれる日もそう遠くは無いだろう。
そう言えば、気になっている事がある。ライリー嬢が使っている魔法剣の柄はアークライト家の家宝、僕の父ウェインが使っていた物だ。
アークライト家の柄は“雷魔石”で作られており、雷の魔法剣である雷剣を発動させるのに使用される。彼女の父上であるベルハルト殿が所持していないところを見ると、ベルハルト殿は雷の力を有していないのか?
考え込む僕にライリー嬢が話し掛けてきた。
「ディゼル先生、どうしたんですか?」
「ああ、いえ――不躾な質問になるのですが、ベルハルト殿は雷の力を有されていないのですか? ライリー嬢の魔法剣の柄は雷魔石で作られた物と見受けますが……」
「うむ、その通りだ。私は、私自身の魔法剣の柄を所持している」
僕の質問に、ベルハルト殿は腰のホルダーに納めている物を手に取った。それは魔法剣の柄だった――火の力を宿す魔法鉱石“炎魔石”で作られた物のようだ。
「私は火の力を宿している。ここ100年近く、我が家に雷の力を有する者は生まれていなくてな。ライリーは久方振りに生まれた雷の力を宿す子なのだ」
そうだったのか……この世界に生まれる人間は、天光雷地水火風の何れかの力を宿して生まれる。7つある力の内、天の力は一時代にひとりのみ、光の力は非常に希少とされている。
雷の力も光の力ほどじゃないけど、希少な力として有名だ。血筋の中に雷の力を宿す人間が居ても、必ずしもその力を受け継げるわけじゃない。
そう考えると、アークライト家はかなり特殊な家系といえる。跡目となる代々の当主は必ず雷の力を宿して生まれてきたと、父さんが子供の頃に話してくれた。
ならば、天の力を宿して生まれてきた僕はアークライト家の中で異分子のような存在かもしれない……自分だけ、突然変異種みたいで少し気が滅入るなぁ。
僕の家族の中で雷の力を宿していたのは父さんと末の妹のユーリのふたりだけだった。ユーリは雷の力を宿していた為、父さんからアークライト家の柄を託されたのだろう。
……僕が、深淵の王との戦いから無事に帰還出来ていればどうなっていただろう。 もし、そうなっていれば、何れは誰かと結婚してアークライト家を継ぎ、生まれてくる子供にアークライト家の柄を受け継がせたかもしれないな。
「ディゼル先生?」
「どうかしたかね?」
「ああ、いえ――何でもありません」
「「?」」
首を傾げるライリー嬢とベルハルト殿。
親善試合は2日間に渡って行われる。明日は、第一回戦と第二回戦。
第一回戦の僕の試合は、第六試合。第五試合までは、各国参加者達の試合を見学させて貰おう。
「ディゼルさん」
ノエル殿下達と談笑していたリリア嬢がやって来る。殿下達と王妃様は、他国の参加者達と御話しされているみたいだ。
流石の参加者の皆さんも、王妃様や殿下達に御声を掛けられる事に緊張しているようだ。
「ディゼルさん、試合頑張って下さいね」
「ええ、推挙して下さったエルド陛下に恥じない戦いを心掛けます」
元の時代で親善試合に参加した時は、準決勝で敗退してしまった。今回の親善試合では、決勝戦まで勝ち進めるよう全力を尽くそう――。
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