第56話 第一試合開始 


 聖王国闘技場――古の大魔術師ユリウス・ラングレイが建造したという歴史ある建造物。今日と明日の2日間に渡って、ここで各国の騎士と各国騎士科に所属する学生達による親善試合が行われる。


 聖王エルド陛下からの推挙もあり、僕も親善試合に特別枠の選手として参加する事となった。リリア嬢の護衛が僕の務めだけど、国王陛下直々の依頼を断るわけにはいかない。


 そんな僕とは対照的に、もうひとりの護衛であるエリス殿は――。


『御心配なく、お嬢様のお傍には私が居りますので』


 何やら、身体に炎のようなオーラを纏わせているように見えた。き、気合が入ってますね、エリス殿……。


 エリス殿は観客席に居る――リリア嬢の事は任せましたよ。


「ここに、親善試合の開幕を宣言する!」


 エルド陛下の開幕宣言に、闘技場内に歓声が響き渡る。本当に凄い数の観客だな……僕が元の時代で参加した親善試合を思い起こす光景だ。


 闘技場の周囲には、巨大な鏡のような物が複数設置してある。それは鏡ではなく、映像魔道具と呼ばれる物だ。


 鏡のような表面には各国の王族の方々の姿が映っている。映像魔道具を会場と各国に設置することで遠く離れた国同士であっても試合を観戦出来るそうだ。


 かつての親善試合では、各国の王族の方々は直接試合会場に赴いたけど、今はその必要はないのか……技術の進歩は凄いものだ。


 また、各国に住まう人々が観戦出来るように公共の場に同じ映像魔道具を設置しているらしい。それでも、直接この目で試合を見たい人間は多いようで、闘技場の観客の中には明らかに他国からやって来た人々の姿が見られる。


 エルド陛下の開幕宣言の後、闘技場の周囲に設置された映像魔道具に映る各国の王族の方々が御挨拶される。


 最初に御挨拶されたのは、黒髪の帝国の若い皇族。灰色の双眸は、強い意志を感じさせる。


『帝国の皇太子デュークです。皇帝である父が病床に伏している為、此度の親善試合の観戦を任されました』 


 帝国の皇太子殿下――年齢は20歳を少し超えられたくらい。病床の御父上の代わりに政務に励んでおられるのだろう、まだ御若いが人の上に立つ者としての威厳を感じた。


 皇太子殿下のお傍には、ふたりの女性の姿がある……ひとりは、リリア嬢より少し背丈が高いくらいの女性。もうひとりは、ノエル殿下と変わらないくらいの少女。


 年若い皇太子殿下の奥方と御息女には見えない。高貴な雰囲気から妹君――皇女殿下達だろう。


「(あれ……?)」


 僕はふと、ある事が気になった――ふたりいらっしゃる皇女殿下の内、姉にあたるであろう皇女殿下は顔を隠すようにヴェールを掛けており、どのような顔立ちをされているのか分からない。妹にあたる皇女殿下は素顔を晒しているのに、姉君の方だけどうして御顔を隠されているのだろうか?


「(まぁ、考えたところで仕方ないか。何らかの事情があるのだろう)」


 デューク皇太子殿下の挨拶が終わり、続いて氷雪国の国王陛下、創世神国の教皇猊下、極東国の帝、砂漠連合の首長が挨拶していく。


 現在の時間は――午前9時45分、第一試合は、午前10時からだったな。第一試合から第四試合は、学生枠の参加者達の試合が行われる。彼等の戦いを見学させてもらうとしよう。


 僕は、リリア嬢達の居る観客席に向かった。あ、ロゼ嬢とグレイブ殿も来られていたんだ。


 彼女達も僕がやって来た事に気付いたみたいだ。


「ディゼルさん、こちらに来ても大丈夫なんですか?」


「ええ、僕の試合は第六試合ですからまだ大丈夫です。ロゼ嬢、グレイブ殿も観戦に来られていたんですね」

 

「ええ、応援に駆けつけましたわ」


「ディゼル殿、しかと見届けさせてもらうぞ」


「はい、頑張ります。あ、そろそろ第一試合が始まるみたいですね」


 闘技場の円形リングに足を踏み入れる男女――氷雪国から参加するイリアス殿と、極東国から参加するリナ嬢の姿を見て、観客達が一斉に歓声を上げた。

 

 ふたりは一礼した後、各々の得物を構える。イリアス殿はやや幅広な大剣を、リナ嬢は対照的に薄い片刃剣を手にしている。


 親善試合にはルールが設けられており、勝利条件は対戦相手の武器の破壊、対戦相手を場外に落とす、対戦相手を気絶させるの3つ。使用出来る魔法は身体強化術と感知術、結界術といった類のものだけで、攻撃魔法の使用は反則――失格となる。


 まぁ、これまでの親善試合の歴史で攻撃魔法を使った無粋な人間は誰も居ない。そんな事をすれば、国家の威信に関わるからだ。


『イリアス・エルトハイム対リナ・クドウ――試合開始!』


 闘技場に設置されている放送用魔道具から、試合開始の合図が聞こえてきた。




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