第51話 夜会
――いよいよ、明日は親善試合。その前日である今日、各国の参加者の人達が一堂に会する夜会が催される事となっています。
私こと、ライリー・フォーリンガーも試合参加者のひとりとして、夜会に出席する事に。現在、聖王都西区の屋敷で衣装選びの真っ最中……なのですが。
実家であるフォーリンガー邸には、多くの侍女達が務めてくれています。彼女達はバチバチと目線で火花を散らしていました……(汗)。
「お嬢様にこのドレスを!」
「いいえ、こちらの方が似合います!」
「何言ってるんですか、こっちの衣装の方こそが!」
彼女達の手には、それぞれが選んだドレスが握られています。どうやら、今夜の夜会で私が着ていく衣装の件で揉めているようです。
いや、私はどれでもいんですけど……溜息交じりに彼女達を見つめていると扉を叩く音が聞こえてきました。
「私です、入りますよ」
「奥様!」
入って来たのは、母であるナターシャでした。母上は部屋に入るなり、ドレスを持っている侍女達を見てやれやれと呆れ顔に変わります。
「あなた達、ライリーは着せ替え人形ではありませんよ」
「「「も、申し訳ございません……」」」
母上の言葉に、しゅんとなる侍女達。
「ここは、母である私が衣装を選んで差し上げましょう――ライリー、いいですね?」
「は、はい。お願いします、母上」
「では――」
「待ちなさい!」
大声を上げて部屋に入って来た男性がひとり――父であるベルハルトだった。
「ライリーの衣装を選ぶなどズルいぞ! ここは、父である私も衣装選びに参加させて――ぬおっ!?」
父上が悲鳴を上げる。父上の直ぐ横の壁に、万年筆が突き刺さったからだ。
万年筆を投げたのは母上だった……母上は、ウフフフと笑みを浮かべながら父上を見つめていました。
「あなた――年頃の娘が着替えをしようとしている部屋に入って来るとはいい度胸ですね♪ 覚悟は出来ていますか?」
「あ、あい……しゅ、しゅみませんでした(((( ;゚Д゚)))」
蛇に睨まれた蛙とは、正にこういう時に使う言葉でしょうか。母上に睨まれ、父上は震えながら退室しました。
……昔から、父上が怒った母上に勝ったところを見た事はありません。まぁ、この母上に逆らえるわけありませんし。
この後、母上が選んで下さった衣装に着替えて、侍女の皆さんに髪を結って頂きました。髪を結っている最中、母上に訊ねられました。
「そういえば、ライリー。特別枠の参加者は何方かしら?」
「私も知らないんです。ファイ殿が今夜の夜会で紹介すると仰ってました」
聖王国からは3人の参加者が出場する。学園枠からは私、騎士団枠からはファイ殿、そして特別枠の参加者。
だけど、特別枠から誰が参加するかはまだ発表されていない。特別枠からの参加者はエルド陛下直々の推挙だから、相当の実力者が選ばれる筈だけど……。
やがて、日が暮れて夜会が開かれる時間帯に。父上と母上は暫くしてから向かうと仰り、私はひとりで会場に入った。
会場内には、騎士団の関係者が沢山――親善試合は各国騎士団の交流を深める為に行われるので、騎士が多いのも当然かも。
あ、騎士とは違う恰好をした人が居る。黒髪の女の子……彼女のあの恰好、もしかして極東国の衣装の“着物”かな?
とすると、彼女は極東国の関係者かもしれない。意を決して話し掛けてみる。
「あの、もしかして親善試合の参加者の方ですか?」
「え? はい、そうです。極東国から参加するリナ・クドウと申します」
黒髪の女の子――リナさんという名前らしい。まるでお人形みたいな愛らしさに、思わず息を呑んでしまう。
「ライリー・フォーリンガーと申します。聖王国の王立学園からの参加させて頂きました」
「ああ、ファイ殿が仰っていた学園からの参加者の方ですね。兄上、兄上もご挨拶――兄上?」
リナさんの視線の先には黒髪の少年の姿が……兄上って事は、リナさんのお兄さんなのかな? 顔立ちもよく似ているし、もしかして双子?
彼女の兄上はかなり遠距離で真っ赤になって、視線を逸らしていた。ど、どうしたのかな?
「あ、あの……」
「ど、どうも……ら、ライカ・クドウと申します」
リナさんの兄上――ライカさんは、真っ赤な顔で挨拶して距離を取る。
「すみません、兄上は着飾ったり素肌を晒している女性が苦手でして……」
「そ、そうなんですか」
特定の女性に対して、シャイな人なのね。極東国の人って、あまり素肌を晒さない服装をしている人が多いみたいだし、無理もないかも。
私が今着ている衣装も、割と肌が見えているからライカさんには刺激が強いのかもしれない。
あれ、ライカさんの隣に立っている人も極東国からの参加者かな?
「兄上の隣にいらっしゃるのは、極東国の侍衆から参加されるソウマ・リュウドウジ殿です」
ああ、やっぱりそうなんだ。極東国では侍と呼ばれる剣士が騎士に相当すると、授業で習った記憶がある――きっと、凄く強いんだろうなぁ。
「うーん、こういう恰好ってあんまり好きじゃない……」
「我慢しろよ、今日くらい。折角の夜会なんだから、料理でも楽しんだらどうだ?」
「イリアスにしてはいい事言うじゃん!」
賑やかな声が聞こえ、視線を向けると――青みがかった黒髪の少年と黄緑髪の少女の姿が。あの人達も参加者かな?
声を掛けようかと思った矢先、彼等の方もこちらに気付いたみたい。向こうからやって来てくれた。
「もしかして、聖王国からの参加者かな?」
「はい、ライリー・フォーリンガーと申します」
「おれはイリアス・エルトハイム。氷雪国雪嶺学園からの参加者だよ」
「テナ・フラットだよ! テナも雪嶺学園から来たんだよ」
ああ、氷雪国から参加される人達なのね。そう言えば、氷雪国からは学園枠からの参加者だけだって話だったわね。
「ふんふんふふふ~ん♪」
……って、うわ!? テナさん、何時の間にか大量の料理をお皿にのっけてる!!
す、凄い量だけど……食べ切れるのかな? イリアスさんが、溜息を吐く。
「お前、少しは遠慮しろよ……」
「えー。料理を楽しんだらって言ったのは、イリアスじゃん」
「いや、確かに言ったけどさ……」
「ごちそうさま! おかわり行って来るね」
「「って、早ッ!?」」
思わず、イリアスさんと声がハモってしまう。あ、あっという間にお皿の上にあった大量の料理をテナさんは平らげてしまった。
しかも、おかわりって……あ、あの身体の何処に入るっていうのかしら?
「ぎゃあああああああああああっ!」
「!?」
――突如として、聞こえてきた悲鳴に私は困惑する。夜会が催されているこの会場で、何か良からぬ事が起きているというの?
気になって、悲鳴が聞こえてきたであろう現場に急行する。そこに広がっていた光景は――。
「あだだだだだだだだっ! リューちゃん、やめて!!」
「やかましいわ、こんな時ぐらい自重せんかァァァァァァァァ!!」
……長い金髪を結んだ男性が眼鏡を掛けた女性に関節技を極められていました。な、何があったのかな……?
その疑問に答えてくれたのは、セミロングの緑髪の少年。
「ああ、お気になさらず。ザッシュさんが、侍女の方を口説いていたのでリューさんにお仕置きされているだけですから」
「は、はぁ……えーと」
「あ、ぼくはアトス・ロンド。帝立学院から今回の親善試合に参加させて頂きました。あちらのふたりはザッシュ・シャルフィド殿とリュー・トライアングル殿、帝国騎士団からの参加者です」
「そ、そうなんですか……私はライリー・フォーリンガー、聖王国からの参加者です」
あの関節を極められている人と関節を極めている人って、帝国騎士団の方達なんだ。帝国騎士団って、質実剛健なイメージがあったんだけどなぁ……。
「随分、賑やかね」
「本当ね」
「そうですね」
「やれやれ、ザッシュの野郎は相変わらずだな」
「あはは、ソラ兄から聞いてた通りの人だね」
後方から聞こえてくる声に振り返ると、ドレス姿の橙髪の女性と茶髪の女性、その後ろには銀髪の少年と黒髪と褐色肌の青年と少女の姿が。
雰囲気からして、創世神国と砂漠連合からの参加者の方達に違いない。一礼して、自己紹介する。
「あの、聖王国から参加するライリー・フォーリンガーです」
「創世神国神殿騎士団所属、ラウラ・シュトレインです」
「私はユーノ・ラシェル」
「ボクは女神の庭騎士科所属、カイル・ハーツィアです」
「俺はソラス・レイラント、砂漠連合騎士団所属の騎士だ。んで、こっちは従妹の――」
「マイラ・レイラント、砂塵の学園から来たの」
これで、参加者の皆さんとは一通りご挨拶出来たかな?
「皆さん、お揃いのようですね」
「ファイ殿――」
ドレス姿のファイ殿が私達のところに歩み寄って来た。誰もが彼女の姿に見惚れていた……はぁ、素敵だなぁ。
「ファイ殿、僕とダンス――ぐぉっ!?」
「だから自重せんかい!」
リュー殿に間接技を極められていたザッシュ殿がファイ殿に声を掛けようとしたら、今度は逆エビを極められました(汗)。
ああ、そうだった。ファイ殿に聞きたいことがあったんだ。
「あの、ファイ殿――特別枠からの参加者の方は見えられていないんですか? 私、まだ会っていないんですけど……」
「そろそろ来られる頃でしょうね。あら、ライリーさんの御両親も見えられたようね?」
あ、父上と母上が会場に来られたわ。な、何だか父上の御顔が随分と険しいけど……各国参加者の男性陣は父上から発せられる威圧感に冷や汗を流している。
「え、えらい威圧感のある御仁が来たねえ」
「見た感じ、騎士団のお偉いさんみてぇだが……」
「ぼ、ぼく達何かしましたか?」
「ボクは何も……」
「右に同じく……」
「え、えっと……私の父です」
私の言葉にその場に居る全員が、私に視線を集中する。
「ああ、なるほどね」
「あれだな、可愛い娘に悪い虫がつかないか目を光らせてんだな」
ザッシュ殿とソラス殿が納得したように頷く。もう、父上ったら……。
――と、各国の騎士団枠からの参加者の皆さんの表情が変わった。全員が会場の入り口付近に視線を向けた。
私や各国の学園枠からの参加者達は、何事かと首を傾げる。
「あ、あの……どうしたんですか?」
「どうやら、彼等はここに来る人物の気配に気付いたようね」
「え? ファイ殿、それって――」
「特別枠からの参加者の御到着よ」
特別枠からの参加者……その人物の気配をザッシュ殿やソラス殿達は逸早く察知したというの? 一体、どんな人が来るって――。
「……って、えぇええええええええええええっ!?」
会場の入り口に姿を現した特別枠からの参加者の顔を見て、私は素っ頓狂な声を上げた――何故なら、その人は私がよく知っている人だったから。
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