第46話 特別枠
聖王宮の執務室で国王である私――エルド・リュミエール・ディアスは頭を悩ませていた。執務室の机の上にある書類、そこには親善試合に出場する選手の詳細が記載されている。
「ふむ……騎士団枠はファイ、学園枠はライリー嬢に決まったが、特別枠の参加者は誰にすべきだろうか」
開催国である聖王国からは3人の選手が出場するのだが、3人目は騎士団と学園からの参加者ではない。3人目は特別枠――開催国の国家元首が推挙した人物が出場する事になっている。
つまり、国王である私が推挙すれば、騎士団の騎士や学園の生徒でなくとも参加出来るのだ。
これまでの親善試合でも開催国には特別枠が設けられ、騎士団や学園以外の人間が出場してきたという経緯があるのだが……私には、パッと思い当たる人物が誰も居ない。
誰か適任な人物は居ないものだろうか……悩んでいると、執務室の扉を叩く音が聞こえてきた。
「陛下、入ってもよろしいですか?」
「うむ、構わぬよ」
入室を許可する。執務室に入って来たのは、王妃でもある妻ロマリーと娘のノエルのふたり。
「父上、ずっと出て来られないから心配してたです」
「すまないな、ノエル」
「陛下、何か御悩み事ですか?」
流石はロマリー、私が悩んでいる事に直ぐ気付いた。
「うむ……親善試合に参加する特別枠の選手を誰にするか悩んでいるのだ。生憎と、私には騎士団と学園の生徒以外に思い浮かぶ人材が居なくてな」
「母上、特別枠の選手って何ですか?」
「ノエル、特別枠とは騎士団や学園の生徒以外の方が参加する出場枠の事です」
「えーと……騎士や生徒以外の人じゃなきゃダメってことですか?」
「簡単に言えば、そうですね」
ノエルはうーんと唸り、考え込む。いや、別にこの子が頭を悩ませる事ではないのだが……と、ノエルがポンと手を叩く。
「父上、ディゼルおにーさんはどうですか? ディゼルおにーさん、凄く強いですし、騎士や学園の生徒じゃないですよね?」
……一瞬、思考が停止しそうになった。ディゼル殿に特別枠の選手として、親善試合に参加してもらう?
いやいや、それは不味いだろう。彼の正体を知るのは私を含め、極一部のみ。
何せ、かつて深淵の侵攻から世界を救った英雄“天の騎士”本人なのだ。以前に彼と魔法剣による試合を行ったが、私と互角の勝負を繰り広げた。
……いや、違うな。あれはあくまで試合、真剣勝負ではなかった。
もし、本気で斬り結べば、私ではディゼル殿には勝てないだろう。17歳という若輩でありながら、あれだけの強さを身に付けているとは驚嘆に値する。
300年前の守護騎士は、歴代でも屈指の実力者揃いだったと記録にある。守護騎士隊長を務めた我が祖先――聖王グランもその内のひとりだった。
ディゼル殿は、その猛者達の中でも最年少……学園を飛び級で卒業の上に14歳で守護騎士に任命されるという事例は、後にも先にも彼ひとりだけ。
しかも、彼は肉体的に全盛期に到達していない状態。まだまだ伸びしろがある身体なのだ。研鑽を続ければ、今よりも更に実力は向上するだろう……考えるだけで末恐ろしい逸材だ。
その彼を失ったがゆえに、当時のアークライト家の当主だったウェイン・アークライトはアークライト家の歴史を閉ざす道を選んだ。
自慢の息子を失ったという耐え難い喪失感に加え、ウェイン殿の奥方がディゼル殿を失ったショックで衰弱死した事が、ウェイン殿にアークライト家の断絶を決意させたのだろうな。
「父上ー? どうしたんですか?」
ノエルの呼び掛けにハッとする……いかん、何時の間にやら、彼の実力とは全く異なる事柄に思考が向いてしまっていた。
ディゼル殿は、他の参加者と比較してもあまりにも実力が突出し過ぎている。今回出場する選手の中で、彼とまともに戦える相手は――極東国の侍衆から参加するソウマ殿くらいではないだろうか。
ソウマ殿は今年23歳になったばかりだが、実力経験共に優れ、今回行われる親善試合の優勝候補だ。彼と一回戦で戦う相手は不運としか言えないだろう。
尤も、学園の生徒達がいきなり騎士団枠からの参加者とぶつかるような事は無い。一回戦の組み合わせは騎士団枠の選手同士、学園枠の選手同士の組み合わせになっているからだ。
「父上、もしかしてダメですか……?」
涙目になるノエルを見て、うっと言葉が詰まる。ノエルの後ろでニコニコしているロマリーの笑顔が恐ろしい――目が笑っていないからだ(汗)。
試合を見に来てくれる者達も大番狂わせを期待している部分があるだろう。ふむ……ディゼル殿に出場を頼んでみるのも面白いかもしれないな。
……何よりも、ノエルを泣かせたらロマリーに何をされるか分かったものではないからなぁ。
「ノエル、とりあえずディゼル殿に参加してもらえるかどうか――彼に聞いてみるとしよう。もし、彼が出場すると言ってくれたら、その時は出場してもらおう」
「ホントですか!?」
明るい笑顔に変わるノエル。後ろに立っているロマリーも普通の笑顔になってくれた……よ、よかった、妻を怒らせるという危機は避けられたようだ。
さてはて、ディゼル殿が参加してくれるかどうかだが――もし、不参加だったらノエルが泣いてしまいそうだ。頼む、ディゼル殿……身勝手な願いだがどうか参加して欲しい。
ディゼル殿への伝言を伝える為に、王立学園に使者を向かわせる事にした。彼と面識がある者がいいだろうな――。
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