親善試合 集結編
第43話 追憶の夢
聖王国歴727年、大陸各地で深淵の軍勢との戦いは激化の一途を辿っていた。
各国の協力の下、結成された連合軍の活躍もあって、戦況は徐々に人類側の優勢へと傾きつつあったが……。
聖王宮、謁見の間――僕とグラン隊長は、アストリア陛下の御前に跪いた。
「守護騎士隊長グラン・アルフォード、参りました」
「守護騎士ディゼル・アークライト、参りました」
「御苦労様です、ふたりとも顔を上げて下さい」
顔を上げ、アストリア陛下の御顔が目に映る。陛下は穏やかな表情をされていたけど、疲労が溜まっていらっしゃるのか少し顔色が優れない。
グラン隊長もそれを察し、陛下に進言する。
「陛下、もう少しお休みになられた方がよろしいのでは……陛下が御昏倒されるようなことがあれば、皆が不安になりましょう」
「気遣い感謝します。ですが、今は非常時です――この戦いに終止符を打つ為にグラン殿とディゼル殿の力が必要なのです」
「……と、申されますと?」
「数日前の出来事は記憶に新しいでしょう」
陛下のその言葉に僕と隊長の表情も引き締まる。数日前に起きた異変……大陸全土に広がった暗雲に突如、亀裂が生じた。
亀裂からは漆黒を纏った巨人が出現し、大地に降り立った。
漆黒の巨人の両の足によって踏みしめられた大地には肺が咽ぶような瘴気が噴き上がり、周辺の草木はあっという間に枯れ果てた。地面からは毒沼が湧き上がり、この世の終わりを思わせるような光景が広がった。
その巨人こそが“深淵の王”――伝承にある深淵の支配者。深淵に住まう悪しき異形達の頂点に立つ存在。
これまで戦ってきた深淵の軍勢とはまるで比較にならない脅威。あまりの瘴気に、並の人間では近付くだけで命を失いかねないだろう。
「深淵の王が出現した以上、深淵の軍勢の勢いは増々活発になるでしょう。これ以上、戦いが長引けば勝機は望めません――ゆえに、深淵の王を封印する必要があります」
「深淵の王を封印する術を見出されたのですね」
「ええ――聖王家に代々伝わる秘術のひとつである“破邪法陣”を展開させます」
アストリア陛下の話に耳を傾ける――聖王家には代々、門外不出の秘術が存在する。陛下はその秘術のひとつである破邪法陣を用いることを決めた。
破邪法陣は深淵の力を弱める効果を持つ魔法陣。僕が扱う天の力による魔法陣たる“天陣”と同じ効果を持つ秘術だ。
万一、深淵の軍勢の侵攻が起きた際に天の力を持つ者が居ない場合を考慮して、初代国王アヴェル陛下が同等の効果を発揮する魔法陣を展開する術を編み出していたようだ。
破邪法陣の展開するには、幾つかの条件が存在する。まず、光の力を持つ術者の存在が必要不可欠。天の力の魔法陣である天陣と同じ効果を持つ破邪法陣を発動出来る術者は、天の力と力の性質が近い光の力を宿した者でなければならない。
もうひとつが、破邪法陣を展開する周囲に7つの“聖石”を埋め込むこと。聖石は光の魔法鉱石である光魔石を凝縮して作られた魔道具。長い年月、光の力を蓄え続ける石――破邪法陣を展開させる為の要とされている。
「無論、破邪法陣が展開されて斃れるような深淵の王ではありません。どうやっても弱体化させるのが関の山でしょう。そこで、弱体化した深淵の王にもうひとつの秘術である“送還術”を施し、深淵の彼方へ押し戻して封印します」
送還術――これも、聖王家に伝わる秘術のひとつ。深淵から出現した悪しき異形を、深淵側へと強制的に送還する秘術だ。
但し、送還術は送還する相手の力が強大であるほど発動までに時間を要する術だという。深淵の頂点に立つ深淵の王を送還するにはかなりの時間が掛かる。
「グラン殿とディゼル殿には、送還術発動までの時間を稼いでもらいたいのです」
なるほど……僕が天陣を発動させた場合、僕は身動き出来なくなってしまう。そうなると、隊長ひとりで王に挑まなくてはならない。
流石の隊長でも、ひとりで深淵を統べる支配者に挑むのは危険過ぎる。ゆえに天陣と同じ効果を持つ破邪法陣をアストリア陛下が発動させ、僕と隊長のふたりで深淵の王に挑むというわけか。
「あなた達には申し訳ないと思っています。本来ならば、もっと多くの守護騎士と共に向かわせたいのですが……」
「承知しております。深淵の王の放つ瘴気は凄まじい――天の力を宿すディゼルと、光の力を宿す私でなければ耐えられないでしょう」
厳しい研鑽で心身を鍛えている守護騎士は深淵の瘴気に対し、高い抵抗力を持っている。しかし、深淵の王の瘴気となれば猛者揃いの守護騎士達でも一溜まりも無いだろう。
深淵の王の瘴気に強い抵抗力を持つのは天の力と光の力……現在の守護騎士の中で該当するのは僕と隊長のふたりだけだ。
「破邪法陣展開まで、ふたりは休息を取って下さい」
「お心遣い感謝致します、陛下」
謁見の間を後にした僕と隊長は、聖王宮の廊下を歩きながら会話する。
「破邪法陣と送還術……そのふたつが、聖王家に伝わる秘術なのですね」
「ああ、私も以前に先王陛下とアストリア陛下から聞かされたことがある。聖王家に伝わる秘術に関してな。しかし……」
グラン隊長の表情が曇る。
「どうしました? 何か懸念事項でも?」
「秘術をふたつも使用されては、陛下への御負担も大きいと思ってな。しかも、この聖王宮から遠く離れた戦場に向けて発動させるのだから、離れ業もいいところだ」
確かに……秘術となれば相当の魔力を消耗するだろう。ましてや、この聖王宮と深淵の王が居る戦場まではかなりの距離がある。
そんな遠方まで術を発動可能なアストリア陛下の魔術師としての技量も凄まじいけど、陛下の御身体が心配だ。ただでさえ、魔力の消耗が大きい秘術をふたつも使用して、何かあったら――。
「……まぁ、止めたところで言うことを聞いて下さる陛下ではないがな」
「は、はぁ……確かに」
「それはそうと――私は退散するとしよう。ディゼル、前を見ろ」
「……あ」
僕と隊長が歩く進行方向に、白金の髪の少女が居ることに漸く気付いた。隊長と話していることに気を取られ、気付くのに遅れるなんて。
隊長は微笑を浮かべると、僕から離れていった。隊長がその場から完全に居なくなってから、少女は僕の傍に駆け寄って来た。
「兄様!」
この聖王宮に、アストリア陛下と同じ白金の髪と瞳を持つ少女はひとりしか居ない――即ち、陛下の妹君であり、僕が護衛を務めるアリア姫。姫は心配そうな表情で僕の手を取った。
一国の姫君が、自らの御手で護衛騎士に過ぎない僕の手を優しく包み込んで下さる……身に余る光栄に、少しばかり萎縮してしまう。
「兄様、御無事でよかったです。最後に会ってから、もう1ヶ月以上……心配しました」
そうか、姫と最後にお会いしてから1ヶ月以上も経ってしまっていたのか。深淵との戦いが激化してから、殆どの時間を戦場で費やすようになった。
……姫に心配を掛けてしまったことに心が痛む。
「姫、御心配をお掛けして申し訳ございませんでした。出来れば、聖王宮に戻り次第、直ぐにでも姫の下に参りたいと思っていたのですが……」
「あまり無理をなさらない下さい。兄様は命懸けで戦って、疲れが溜まってらっしゃるのですから」
「御心遣い感謝します」
「……姉様に御呼出しを受けたと聞きました。もしかして、兄様とグラン隊長は深淵の王と――」
「……はい」
アストリア陛下の勅命で、グラン隊長と共に深淵の王を送還するまでの時間を稼ぐべく、王に戦いを挑むことを姫に伝える。
姫は俯いて、両手をギュッと握り締められた。
「姉様は、聖王家の秘術を使われるんですね……それも、ふたつも」
「ええ、グラン隊長もそのことを懸念されておりました。陛下の御身体に多大な御負担を齎すのではないかと……」
「姉様は、強情なところがありますから絶対に自分の意志を貫き通す人です。せめて、婚約者のグラン隊長の前では弱みを見せればいいのに……」
アストリア陛下は聖王国に住まう……いや、深淵に命を脅かされる無辜の人々の為ならば、御自身の身も顧みない御方だ。だからこそ、グラン隊長も僕も心から陛下に忠誠を誓っているのだ。
「もし、“禁術”まで使うようなことにでもなったら……」
「……“禁術”?」
禁術……とは、何のことだろうか? 名前からして、使用してはならない術を指す言葉のように聞こえた。
「姫、その“禁術”と呼ばれるものも秘術のひとつなのですか?」
「私も詳しくは知らないんですけど――以前に姉様から、聖王家の秘術の中に絶対使ってはならない術があると聞かされたことがあるのです。何でも、生死に関わる術だそうで……」
生死に関わる術……術者本人の生命を代償にする秘術なのだろうか。自らの生命に影響があるとなると、使用が禁じられてもおかしくはない。
駄目だ、もしそれが本当ならば絶対にそれを陛下に使わせてはならない。アストリア陛下は姫にとって唯一の身内。
陛下が御命を落とされるようなことになれば、姫が悲しまれる。それに、陛下の婚約者であるグラン隊長も……。
僕は姫の前に跪いた。
「姫、必ず深淵の王を封印することをお約束します。陛下に、御命に関わるような術は決して使わせません」
「兄様……兄様もグラン隊長も、必ず戻って来て下さいね」
「はい、必ず――」
「……ん」
瞼を開くと、そこは王立学園術士科の寮――リリア嬢の寝室前。僕は就寝に使う長椅子の上で目を覚ました。
時計を見ると、時刻は午前5時前。夢を見ていたのか……それも、深淵の王に挑む直前の夢を。
さっきまで見ていた夢は、僕からすればほんの少し前の出来事なのに、この時代からすれば300年も前の出来事なんだな。改めて、自分が過去の時代から来た人間であることを実感させられる。
「(それにしても……)」
あの時、姫が仰っていた“禁術”とはどんな術だったのだろうか。アストリア陛下はグラン隊長と御結婚されて、無事に子孫を残されているところをみると、禁術とやらを使うことは無かったのだろう。
陛下が御命を落とされなくて安心した。もし、その禁術を使う事態となっていたら、姫と隊長が悲しまれていただろう。
リリア嬢が起床するまで、まだ時間がある。僕は洗顔と歯磨きを終えると、日課となっている鍛錬の為に外に出た。
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