第41話 主従契約
私とロイド先輩、シルクの3人は王城内に案内される。
氷雪国は、一年を通して雪が降り続ける寒冷地帯。寒波を遮る為に強力な結界を王都に張り巡らせている。
それゆえに、騎士以上に魔術師の存在が不可欠な国として有名だ。結界は時間が経過すると薄れて効果を失っていくものだ。
定期的に結界術に長けた魔術師達が、結界を張り直したり綻びを修正する必要がある。王城には、王都全域に張り巡らせているものより強力な結界が張られているようだ。
聖王宮に張られている結界にも勝るとも劣らない強度と密度。相当優れた魔術師でなければ、こんな凄い結界は張れないんだろうなぁ。
王城内も騎士よりも、魔術師の数の方が多いように見える。彼等は外を指差している……結界に問題は無いかどうか話しているみたい。
ふと、視線を隣を歩くシルクに向ける。彼女はフードを被って顔が見えないようにしている――僅かに露出している顔には緊張の色が見える。
ま、無理もないか。何せ、この国のお城の中を歩いているんだもの。
ずっと、森の中で暮らしていた彼女に縁も所縁も無い場所なのだ。緊張しない方がどうかしているわよね。
やがて、謁見の間に到着。私達は跪いた。
玉座には氷雪国の国王――セルディ陛下が座していらした。本来なら当に隠居されてもおかしくない御高齢。
セルディ陛下が高齢の身でありながら、国政を担い続けているのには理由がある――10年前に氷雪国を襲った流行病が原因だ。
流行病は氷雪国全土に多大な被害を齎し、特に王家に致命的な被害を出してしまった。王位を継がれていたゼルディ陛下の御子息が、特効薬完成前に命を落としたのだ。
つまり、セルディ陛下は正確には先王陛下にあたられるのだけど、王位を譲り受けた御子息がお亡くなりになった為に、再び玉座に座すことになったのだ。
幸いにも亡くなられた王には王妃との間に儲けた王子が誕生しており、王家の血が途絶えるという最悪の事態だけは免れた。
現在、セルディ陛下は御子息の忘れ形見でもある孫――王子殿下の成長を見守りつつ、国政を担っている。近年は、体調が芳しくないという話も聞くけど……。
「セルディ陛下、御依頼の御報告に参りました」
「うむ、御苦労だった。面を上げて欲しい」
私達は面を上げる。セルディ陛下は、穏やかな表情をされている。
威厳と温かみのある眼差し。御高齢ながらも、国王陛下の責任感の強い人柄が伝わってくる。
ロイド先輩が代表として、今回の件に関する報告を行う。ここに居るシルクが深淵の軍勢を氷漬けにしていたこと、自らの魔力が制御出来なかったこと、私が彼女の魔力の暴走を止めたこと……。
セルディ陛下がシルクに視線を向ける。シルクは緊張しているようだ。
「シルク嬢、ひとつ訊きたいことがある――そなたの祖母殿の名はルミナで間違いないだろうか?」
「え……おばあ、いえ、祖母を御存知なのですか?」
「うむ、ルミナ殿は恩人だ。10年前の流行病の特効薬開発に協力してくれた」
驚いた……まさか、この国を襲った流行病の特効薬の開発にシルクの御婆様が関わっていたなんて。
そういえば、王都に到着するまでの馬車の中で彼女がどんな生活を送っていたかを聞かせてもらったっけ。一緒に暮らしていた御婆様に薬草学や薬に関する知識を学んでいた、と。
恐ろしい流行病の特効薬を開発したところを見る限り、彼女の御婆様は薬に関する知識に相当精通していたことが窺える。
「ルミナ殿から、そなたのことも聞き及んでおる。強い魔力を秘めているがゆえに、魔力抑制術を付与したペンダントを身に付けさせなくてはならないことに気を病んでいたようだ」
「……!」
シルクがハッとした表情に変わる。そう、これも彼女に聞いた話だけど……彼女は御婆様に渡されたペンダントを何時も首から下げていたという。
どうやら、それには魔力抑制術が付与されていたらしい。
魔力抑制術とはその名の通り魔力を抑制する、抑える効果がある魔法だ。それが付与されたペンダントを身に付けていたお陰で彼女の魔力は抑えられ、これまでは周囲が凍りつくような現象が発生しなかったのだろう。
そのペンダントが壊れてしまった影響で、周囲を凍りつかせてしまうようになったと言っていた。
付与魔法を施していたのがシルクの御婆様だとしたら、同じ物は彼女にしか作れない。御婆様が亡くなったこともあって、魔力を抑える術を彼女は完全に失ってしまったのだ。
だから、溢れる魔力で深淵の軍勢を氷漬けにするような事態になったのだろう。正直な話、人間が巻き込まれなかったのは奇跡かもしれない。
「陛下、多大な御迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした……」
「民に被害は出ておらぬ、そこまで気に病むこともない。して、これからのそなたの身の振り方についてなのだが――」
「陛下、お話中失礼致します」
陛下の言葉を遮る声。皆が、声の主に視線を向ける。
眼鏡を掛けた知的そうな女性だった。年齢は20代後半くらいに見える。
「どうしたのだ、フリージアよ?」
「いえ、失礼ながら……シルク殿の魔力が他者と繋がっているようでして」
「何……?」
フリージアと呼ばれた眼鏡の女性が、シルクの傍までやって来て一礼する。
「氷雪国の筆頭魔術師を務めるフリージアと申します。シルク殿、失礼ですが御手を握らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「え? は、はい……」
シルクの手を握ると、フリージア殿は瞳を閉じて何やら詠唱を始めた。彼女の肉体から魔力が発せられ、それに呼応するようにシルクの身体からも魔力が発せられる。
すると、ある変化が起きた。シルクの魔力の一部が細い糸のような形状となり、私の方に伸びてきた。
突然の出来事に困惑する私だけど、細い糸状のシルクの魔力は私の右手の辺りに絡まった。何かが巻き付いたような感覚はないけど……これは、一体?
「ふむ、間違いないようですね――ルディア殿」
「は、はい!」
「あなたとシルク殿の間に主従契約が結ばれています。あなたがシルク殿の主です」
「……は?」
その言葉を聞いて、私はポカンと口を大きく開けた。主従、契約……え?
頭が混乱してきた。フリージア殿の口から放たれた事実に理解が追いつかない。
言葉の意味を知らないわけじゃない。主従契約というものについては多少なりとも知識はあるつもりだ。
主従契約とは、主となる者と従者となる者が結ぶ魔法契約のことだ。この契約を結んだ者達は、精神的な繋がりで結ばれて距離が離れていてもお互いのことを感知術無しでも認識し合うことが出来る――という話を、王立学園時代に授業で習ったことがあった。
……って、ちょっと待って! な、何でそれが私とシルクの間に結ばれているっていうの!?
主従契約って確か、契約の儀式を行わないと結ばれない筈なんじゃなかったっけ……!?
「ま、待って下さい! ど、どうして私とシルクさんの間に主従契約が結ばれているんですか!? そんなものを結んだ記憶は――」
「あなたがシルク殿の魔力の暴走を止める際、自らの魔力を用いて魔力制御を行ったと言いましたね? 実はそういった自分と他者の魔力を干渉させる行為で、契約の儀式を行わずとも、極稀に主従契約が結ばれてしまうという事例がありまして……」
「ええっ!?」
そ、それって……私の魔力でシルクの魔力を制御したあの時に、主従契約が偶然結ばれてしまったってこと!?
ロイド先輩に視線を向ける。先輩は顔に手を当てて、大きな溜め息を吐いていた。
「す、すみません、先輩……」
「いや、それについては怒っていない。あの時は、お前のあの行動が最善だっただろうしな……しかし、どうしたものか」
私と先輩は聖王国の守護騎士、聖王国に帰還しなくてはならない。だけど、シルクは氷雪国の人間だ。
他国の人間である彼女と、偶然とはいえ主従契約を結んでしまうなんて……。
ロイド先輩がフリージア殿に訊ねる。
「フリージア殿、彼女達の主従契約を解呪することは可能ですか?」
「……正直難しいですね。主従契約は一度結ぶと、最低でも数年は継続します。それに、無理に解呪しようとすると双方の心身に多大な悪影響を及ぼす可能性があります」
「ふむ……では、私から提案がある」
「「「「え?」」」」
セルディ陛下の御言葉が聞こえ、私達は一斉に視線を陛下に向ける。陛下からの提案とは――。
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