第37話 恐れないで


「待て、ルディア! 彼女の言葉が聞こえなかったのか!?」


 ロイド先輩の制止の声が聞こえる。だけど、私はそれを無視してシルクという少女の傍に寄り添う。彼女は、突然傍にやって来た私に驚いた表情に変わる。


「お願い、来ないで!」


 シルクの身体から、凄まじい冷気が発せられる。周囲が凍りついていく……何て、強い魔力なの。こんな強い魔力の持ち主、聖王国でもそうそう居るものじゃないわ。


 ロイド先輩は結界を張って、傍に居るリーナを冷気から守ってくれている。先輩、そのままリーナを守ってて下さい。


 私はシルクの手を取る――途端、私の手が指先から凍り始める。あちゃー、こりゃ想像以上にヤバイかも。


「お願い、離して……あなたを凍らせてしまう!」


 家の中に、シルクの悲痛な声が響く。だけど、私は――。


「甘ったれたこと言ってんじゃないわよ!」


「ッ!?」


 拒絶の姿勢を取るシルクに、私は怒鳴り声を上げる。シルクはビクリと、身体を震わせて涙目になっていた。いきなり怒鳴った事に罪悪感は感じるけど……私は正面から彼女と向き合う。


「今日初めてあなたと会う私が言っても説得力が無いかもしれないけど……自分の力を恐れてばかりじゃ何も変わらないわ。そうやって逃げ続けて、何かが変わると思ってるの?」 


「……だけど、私、力が制御出来なくて……」


 彼女は強い魔力を制御出来ず、周囲を凍りつかせてしまう……なら、私がやるべき事はひとつ。私は身体から魔力を発して、シルクの身体に自分の魔力を纏わせていく。


 それを目の当たりにした先輩は、私が何をしようとしているかに気付いた。


「ルディア……まさか、お前の魔力で彼女の魔力を制御するつもりか!? 自身の魔力制御はともかく、他者の魔力を制御するのは至難の業なんだぞ!」


 魔力制御は大きく二種類に分かれている。ひとつは自分自身の魔力を制御する術、もうひとつは他者の魔力を制御する術だ。


 自分自身の魔力を制御することは、時間を掛けて訓練さえ積めば何時かは出来るようになる。だけど、他者の魔力を制御することは先輩の言う通り至難の業。


 何せ、自分の魔力で他人の魔力を抑え込む――制御するのだ。相手の魔力量が大きければ大きいほど、制御は困難になる。


「(だけど――このまま見過ごすなんて真似は出来ないわ)」


 深淵の軍勢を斃すだけが私の仕事? 違うわ、目の前で苦しんでいる人を救えないで何が守護騎士よ!


 私自身の魔力でシルクの身体を包み込んで、彼女の魔力を抑え込んで制御を試みる。


「……ッ」


 なんて、凄まじい魔力量なの……改めて目の前の白い少女の魔力に圧倒される。これを制御するのは難しいなんてものじゃないわ。


 指先だけではなく、腕まで凍りついていく。その光景を見たシルクが震える。


「お願い、離して……私のことはいいから、ここから逃げて……」


「シルクさんって、呼んでいいかしら? お願い、私の後ろを見て」


「え……」


「シルクお姉ちゃん!」


 結界術を張るロイド先輩の後ろから、リーナが必死にシルクの名前を呼んでいる。


「リーナちゃんは、あなたに会う為にここに来たのよ。あなたとずっと会えなくて、あなたに何かあったんじゃないかって心配して来てくれたのよ?」


「リー、ナ……」


 シルクは自分の為に来てくれたリーナをじっと見つめる。


 そうこう言っている内に、氷は私の身体全体に広がっていく。あまりの冷たさに身体中の熱が奪われていく。


 あらら、こりゃホントにヤバイかも。意識が朦朧とする……その時、背後からロイド先輩の怒声が飛ぶ。


「しっかりしないか、ルディア! ドジでマヌケで空回りしてばかりとはいえ、それでも守護騎士か!!」


「ちょ、先輩! 応援するか罵倒するかのどっちかにしてくれませんか!?」


 先輩のあんまりな言い草に、ムキになって反論する。


「やかましい! 毎度毎度、お前に振り回されるこっちの身にもなれ! 背筋を伸ばせ、しっかりと目の前の相手と向き合え! 彼女を救いたいのなら、最後までやり遂げろ――守護騎士ルディア・クロービス!!」


 もう、こんな時までお説教することないじゃないですか、先輩のバカ!


 ――でも、お陰で朦朧としていた意識がハッキリしてきました。先輩の口うるさいお説教も役に立つことがあるもんですね!


 私はシルクと向き合う。しっかりと、彼女の瞳を見つめる。


「恐れないで。もっと、自分のことを信じて――私も手伝うから」


「自分を信じる……」


 シルクも私の瞳をしっかりと見つめてくれた。彼女はすっと、瞳を閉じると深呼吸し始めた。彼女の肉体に変化が生じる――放出されている凍気が少しずつ治まり、不安定だった彼女の魔力が安定してきた。


 私の魔力で抑え込んでいることもあるけど、彼女が自ら魔力制御に意識を集中している証拠だ。私の身体を覆うとしていた氷も氷解していく。


 10分以上過ぎただろうか、彼女の身体から垂れ流しになっていた魔力はしっかりと抑え込まれていた。


 全く……やれるば出来る子じゃない。身体がふらついた。


「(あ、ヤバイかも、倒れそう……)」


 と、倒れそうになった身体を後ろから支える手が――ロイド先輩だった。


「お前という奴は……無茶をするな」


「すみません、だけど、きちんとやり遂げましたよ!」


「ああ、そうだな。あ、そういえば――」


「何ですか?」


「お前、鼻水垂れてるぞ」


「は、はうっ!?」


「ほら、これを使え」


 そう言って、ロイド先輩はポケットティッシュを渡してくれた。


 ティッシュでずんびょろろろ~と鼻をかむ。


「……何とも気の抜ける音だな」


「大きなお世話です!」


 うがーと口から火を噴きそうな勢いで、ロイド先輩に食って掛かる。


 そんな私と先輩のやり取りを見ていたシルクとリーナがクスクスと笑っていた……は、恥ずかしい。仮にも守護騎士とあろう者が、こんな姿を見せてしまうなんて。 


「シルクお姉ちゃん、大丈夫なの?」


「ええ、騎士様のお陰で何とか力を抑えることが出来たみたい。あの……騎士様」


「ルディア・クロービスです。で、こっちの口うるさい人が――あだっ!?」


「誰が口うるさい人だ。俺はロイド・グラスナー、これと一緒に聖王国で守護騎士を務めている」


「ちょ、これって何ですか!? 可愛い後輩をこれ扱いしないで下さい!」


「ん? 今、幻聴が聞こえたな。誰が可愛い後輩だって?」


「ロイド先輩、ヒドイ!泣きますよ、私泣いちゃいますよ、泣く一歩手前だけどいいんですか!?」


「泣くなら勝手にしろ。シルク嬢でいいだろうか――我々がこの国に派遣された理由を説明しよう」


 うぬぬ……私をスルーしないで下さいよぉ。恨めしそうに見つめる私を無視して、先輩はシルクに私達が氷雪国に来た理由を説明し始めた。





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