第36話 白き少女


 シルク――それが、私の名前。物心ついた頃から、私はこの深い森の中で暮らしてきた。お父さんとお母さんと過ごした記憶は殆どない。私はお母さんのお母さんであるおばあちゃんに育てられた。


 まだ小さかった頃、私は小さな疑問を抱いた。どうして、私の髪は真っ白なんだろう、と。森の外に出る時は、フードを深く被って出掛けなさい――と、おばあちゃんからはきつく言われていた。


 ある日、思い切っておばあちゃんに聞いてみた。どうして、私の髪は真っ白なのかと。おばあちゃんは、少し考え込んだ後に語り出した――私達の一族に関する古い古い昔話を。


 古代王国と呼ばれる、この大陸を統一していた国が存在していた時代……私達の一族は、貴族として古代王国に仕えていたという。


 ある時、一族の中に私と同じ真っ白な髪の女の子が生まれた。“ネーヴェ”と名付けられたその子は生まれながらに強い魔力を秘めており、成長するにつれて優れた魔法の才を発揮するようになった。

 

 ネーヴェの魔力色は青色、水の力を宿している者の証。しかしながら、彼女が発動させる放出魔法は全てを凍てつかせる冷却魔法。本来ならば、純粋な水魔法が発動する筈なのに、あまりにも強過ぎる魔力が過程を飛ばしていきなり冷却魔法を発動させるという異常事態を引き起こした。


 更には、感情の起伏によって溢れた魔力が周囲を凍りつかせてしまう。自らの力を危険と判断したネーヴェは、家族に何も告げずに姿を消した。家族の必死の捜索も空しく、彼女が家族と再会する事は二度と無かったという。


 もしかしてと、恐る恐るおばあちゃんの顔を見ると、おばあちゃんは頷いた後に答える――自分達はネーヴェの末裔だと。


 消息を絶ったネーヴェが、どのような人生を送ったかは分からない。しかし、こうしてネーヴェと同じ特徴を受け継ぐ私が存在している。つまり、ネーヴェは誰かと結ばれて血筋を遺したのだ。


 おばあちゃんやお母さんは、ネーヴェの特徴や強い魔力を受け継がなかった。私は先祖返りでネーヴェの特徴と強い魔力を受け継いだのではないかと、おばあちゃんは語る。


『シルクや、だからこそ人前ではフードを深く被りなさい。お前がネーヴェの子孫である事が知られたら、悪い人に狙われてしまうよ』


 おばあちゃんが、私にフードを深く被るように言った理由を理解する。ネーヴェは“氷雪の乙女”と呼ばれ、この国に古くから伝わる御伽噺に出て来る存在。


 その子孫であり、ネーヴェの力を色濃く受け継ぐ私の力を悪い事に利用しようとする人が居るかもしれない。そして、おばあちゃんは念の為にと手作りのペンダントを渡してくれた。


 不思議な事にそのペンダントを身に着けていると魔力が溢れず、周囲を凍りつかせる事は無かった。詳しい事は分からないけど、私の力を安定させる御呪いを掛けているんだとか。


 森の中で生活しているとはいえ、それだけで生きていけるほど世の中は甘くない。私はおばあちゃんから薬草学を学んで、病気や怪我に効く薬の作り方を教わった。


 そして、時折森の外に出ては薬を売って日々の糧を得る事が出来た。おばあちゃんの薬の効能は抜群で、昔から薬を購入してくれる常連さんも居るくらいだ。


 薬を買いに来た人の中にはおばあちゃんと一緒に居る私が、何時もフードを被って顔を見せない事を不思議がられたけど、おばあちゃんの人柄を知っている人が多かったから、理由は特に聞かれなかった。


 ――そのおばあちゃんが、先月亡くなった。そして、それから異変が起きた。


 魔力が不安定になり、おばあちゃんがくれたペンダントが砕けてしまった。魔力が溢れ出し、周囲を凍りつかせてしまうようになった。


 おばあちゃんはもう居ない。魔力を抑える力を持っていたペンダントは壊れてしまった。もし、人前に出れば誰彼構わず凍らせてしまう。


 ……もう、嫌。どうして、こんな力を持って生まれてきてしまったの。普通の女の子として生まれたかった。そうすれば、友達だって出来たかもしれないのに。


 今日、私の家にやって来た人たちが居る。


 ひとりはリーナ――以前、怪我をしているのを助けた女の子。時々、おばちゃんにも内緒でこっそり会っていた。他のふたりは男の人と女の人。どちらも、本で読んだ騎士様のような恰好をしていた。


 私は彼等の来訪を拒んだ。近付けば、凍りつかせてしまうかもしれない。


 お願い、来ないで。ここから立ち去って、あなた達を凍らせたくない。


 だけど――そんな私の願いとは裏腹に、騎士のような恰好の女性が傍に寄って来た。






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