第35話 制御出来ない力


 氷漬けにされていた深淵の軍勢を魔法剣で完全に斬り裂いて処理した後、俺とルディアは調査を再開する。先ほど見た真白い少女は、町で聞いた御伽噺に登場する氷雪の乙女と呼ばれる女性と瓜二つと言っていいほど特徴が一致している。


  宿の主人は迷信と言っていたが、御伽噺通りの容姿をした少女の姿を見た事、氷漬けになった深淵の軍勢を発見した事で単なる迷信とは思えなくなった。


  直接、目撃したわけではないが、確信している――あの少女が、深淵の軍勢を氷漬けにした、と。それほどまでに、神秘的な雰囲気を纏っている少女だった。


 雪のように白い髪と肌、深い青色の瞳……この世のものとは思えない美貌に思わず息を呑んでしまった。


「先輩、見て下さい――」


 ルディアに話し掛けられ、ハッと我に返る。いかん、俺は何を考えているんだ。


 この国には、守護騎士の任務で赴いてるというのに。雑念を抱くなど……騎士としてあるまじき行為だ。


「どうした、ルディア?」


「あそこに子供が居るみたいですけど……」


 子供……? 目を凝らすと、前方に深い森が広がっている。


 土地勘のある人間でないと確実に迷いそうなほど深そうな森だ。そんな森の中に入ろうとしている子供の姿があった。


 何故、こんな場所に子供が居るのだ? このまま、行かせれば間違いなく遭難するだろう――俺とルディアは急いで森に入ろうとする子供の傍に駆け寄る。


「待って!」


「君、止まってくれ!」


 子供は俺達に話し掛けられて驚いたのか、びくりと震えてこちらに振り返った。


 年齢は10歳くらいだろうか。こげ茶色の髪の少女だった。


 俺はルディアに目を配る。彼女は俺の意図を察して、頷いてくれた。


 ルディアが少女に話し掛ける。相手は幼い少女、俺があれこれと質問しては怖がられる可能性が高い。女性であるルディアの方が警戒心は薄いだろう。


「こんなところで何をしてたの? ひとりで森の中に入ったら、危ないでしょ?」


「……シルクお姉ちゃんに、会いたくて」


「シルクお姉ちゃん?」


「うん、この森に住んでる真っ白なお姉ちゃん」


「「――!」」

  

 その子の口から紡がれた言葉に、俺とルディアは顔を見合わせた。

 





 怪物達を氷漬けにした後、その場から去ろうとしたら……人の気配を感じた。振り返ると、私のところに駆け寄って来る人達の姿が。


 来ないで……どうして、私をほっといてくれないの? 私に近寄らないで、私に関わらないで――怖い、怖い怖い怖い怖い怖い。


 私の感情に応えるように、身体から魔力が“勝手”に溢れ出す。溢れ出した魔力は強い吹雪を呼び起こした。吹雪いている間に、私はその場から離れた。


 雪原を抜けて、辿り着いたのは深い森の中。森の中を歩くと、煙突の付いた家が見える――私の家。家の中に入ると、その場でへたり込む。


 息が荒くなって、身体が震える。よかった……“吹雪”を起こすくらいの魔力で。


 駆け寄って来た人達は怪物じゃくなて、人間だった。もし、魔力が強過ぎたらあの人達を氷漬けにしたかもしれない。


 恐ろしい怪物を氷漬けにする事には、何の抵抗感も無い。でも、人間や普通の動物たちを氷漬けにするのは嫌。


「(もう嫌……私、どうして、こんな力を持って生まれてきたの……)」


 ベッドに倒れ込んで、シーツをきつく握り締める。握り締めたシーツが少しずつ凍りつく。 


 いけない――深呼吸しながら、感情を抑える。ベッドは何とか凍結せずに済んだ。


「助けて、おばあちゃん……」


 もう、この世に居ない祖母の事を想いながら、私は涙を流した。






 私とロイド先輩、そしてこげ茶色の髪の少女は森の中を歩いていた。こげ茶色の少女――名前はリーナという。この森近辺にある村に住んでいる少女だ。


 リーナはこの森に住む、シルクという名の真っ白な髪を持つ少女に会いに来た。何でも、以前にこの近くで怪我をした時に助けてくれたらしい。


 彼女は村の人達には内緒で、度々この森を訪れていたそうだけど……1ヶ月前から、シルクという少女は姿を見せなくなったという。心配になったリーナはシルクに会うべく、この森に入ろうとしたのだ。


「リーナちゃん、そのシルクさんはひとりで森の中に住んでるの?」


「おばあちゃんと暮らしてるって言ってたよ。わたしは、会ったことないけど」


「しかし、どうして森の中に住んでいるんだ? 人が住むには不便だと思うんだが……」

 

 歩きながら、森の中を見回すロイド先輩。確かに、こんな深い森の中で生活するなんて大変だと思う。何か理由でもあるのかしら?


 リーナに理由を訊ねてみるも、彼女も分からないと首を横に振る。人目に付いてはいけない“何か”を抱えている……?


 私と先輩は感知術を発動させて、周辺を警戒しながら森の中を歩く。深淵の軍勢が居たら、真っ先に狙われるのは何の抵抗も出来ないリーナだ。子供のこの子を危険に晒すわけにはいかない。


 今のところ、深淵の軍勢や危険な野生動物の気配は微塵も感じないけど――。


「ルディア、見ろ」


「!」


 前方に煙突の付いた家が見えた。もしかして、あれがシルクという少女が住んでいる家?


 シルクに会いたいという逸る気持ちから駆け出そうとするリーナを宥めて、まずは私とロイド先輩が家の前に立つ。深呼吸して、私は扉をノックする。


「ごめん下さい、何方かいらっしゃいますか?」


 返事は返ってこない……だけど、人の気配はする。感知術にも反応があるから間違いなく、家の中には誰かが居る。


 いや、それ以上に気になるのは家の中から感じる魔力だ。家の中から凄まじい魔力を感じ取った。ゴクリと、喉を鳴らして汗が噴き出してしまうほどに。


 この魔力量――聖王国魔術師団に所属する上級魔術師を軽く上回っているのではないだろうか。


「シルクお姉ちゃん、リーナだよ! 居るなら返事をして!」


 リーナが声を上げて呼び掛けるけど、やはり返事は返ってこない。


 扉のドアノブに手を掛ける――鍵は掛かっていないみたいだわ。意を決して、私は扉を開いた。






 ――外から聞こえる声で、目を覚ました。何時の間にか眠っていたみたい。


「(誰……? どうして、この家を訪れる人が居るの?)」


 この家に来る人なんて誰も居ない筈なのに。だって、こんな深い森の中にある家にわざわざ訪ねて来る理由なんてあるわけないもの。


 扉が開く音が聞こえる。しまった、鍵を掛けるのを忘れていたみたい。


「寒ッ……ここ、家の中ですよね?」


「ああ、この冷気は普通じゃないな……」


 足音が近付いて来る。やめて、来ないで、来ないで――。


「来ないでっ!」


 感情が昂ぶり、溢れ出した魔力が家の中に放出される。


 魔力は冷気となって家に入って来た人達を襲う。お願い、ここから出て行って……でないと、あなた達を凍らせてしまう。


「きゃっ!?」


「くっ……!」


「シルクお姉ちゃん!」


 聞き覚えのある声が聞こえた。恐る恐るベッドから顔を出して、侵入してきた人達の姿を捉える。私と変わらないくらいの女性と少し年上の男性、そしてこげ茶色の髪の少女。


「(リー、ナ……?)」


 こげ茶色の髪の少女はよく知っている顔。以前、森の近くで助けた少女リーナ。怪我をしていた彼女を、おばあちゃんから教わった薬草学の知識で作った薬を塗って手当てをした。


 薬の効果は覿面だったようで、リーナの怪我は大事には至らなかった。それから、たまにこの子とは森の外で会うようになった。


 おばあちゃんからは、外の人と関わり合いにならない方がいいと釘を刺されていたけど、友達が居なかった私にはリーナと過ごす時間が楽しかった。


 だけど、最近はリーナと顔を合わせる事は殆どない。理由はひとつ――私の力に巻き込まない為。私の力は周囲のものを関係なく凍りつかせてしまう。


 子供のあの子を巻き込むわけにはいかない。だからこそ、交流を絶っていたのに……どうして、来てしまったの。


 駄目、来ないで……逃げて、早く、ここから逃げて――。






 深い森の中に一軒だけ建つ煙突付きの家の中に、俺達は足を踏み入れた……正直、ノックして返事のない家に入る事に躊躇してしまう。


 しかし、鍵が掛かっていないとはこの家の家主は警戒心が薄いのだろうか。内部は特に散らかっておらず、整理整頓がきちんとしている。


 扉を開いた張本人であるルディアがガクガクと震えていた。


「寒ッ……ここ、家の中ですよね?」


「ああ、この冷気は普通じゃないな……」


 彼女が震えたのは、この家の中の気温が影響している。雪が降り積もっている外よりも強い冷気によるものだ。


 暖炉は使用されていない……それを差し引いても、異常なほどの冷気が室内を支配していた。まるで、冷凍保存用の魔道具の中にでも入ったような気分だ。


 室内を見回し、奥の方にベッドが見えた。ベッドの上には毛布に包まった何かが――明らかに、誰かが寝転がっている。


 おそらく、あそこで寝転がっている人物がリーナの尋ね人に違いない。俺とルディアは頷いて、ベッドに近付こうとした。


「来ないでっ!」


「きゃっ!?」


「くっ……!」


 拒絶の声が響いた。同時に凄まじい冷気が発生した。


 何という凄まじい冷気。迂闊に近付けば、氷漬けにされてしまうだろう。どうすべきか思案している中、動いた小さな影がひとつ――リーナだった。


「シルクお姉ちゃん!」


 リーナがベッドに向かって叫んだ。その声に反応してか、毛布に包まっているであろう人物が顔を出した。


 真白い髪と透き通る白い肌、深い青色の瞳の美しい少女……間違いない、俺とルディアが雪原で目撃した少女だ。やはり、同一人物だったか。


「シルクお姉ちゃん、 そこから出て来て。リーナ、会いに来たんだよ」


「リーナ……お願い、今すぐここから逃げて。そこの人達も……でないと、私、みんな凍らせてしまう……」


 真白い少女は自らの肩を抱いて涙を流していた。溢れ出す魔力が冷気となって、彼女の瞳から零れ堕ちた涙を氷の結晶に変える。


 これは、まさか――自身の魔力を制御出来ていないのか? 彼女は、自らの魔力を制御出来ずに全てを凍てつかせてしまうというのか。


「お願い……怪物はともかく、人間や普通の動物を氷漬けになんてしたくないの……私の事はほっといて……」


 やはり、そうか……深淵の軍勢を氷漬けにした人物は彼女か。彼女は制御出来ない魔力で発生した冷気で深淵の軍勢を凍てつかせたのだろう。


 あらゆるものを凍てつかせる力。しかも制御出来ない力ならば、誰彼構わずに氷漬けにしてしまうのだろう、彼女の意思とは関係なく。


 だからこそ、彼女はリーナとの交流を絶ったのか。この子を自分の力に巻き込みたくないゆえに。


 迂闊に近付けば、氷漬けになって――ルディア?


 ルディアがシルクの傍まで歩いていく。


「待て、ルディア! 彼女の言葉が聞こえなかったのか!?」


 俺の制止を聞かず、彼女はシルクに寄り添う。一体、何をするつもりだ?





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