第34話 御伽噺


 氷雪国で発生している異変の調査の為、俺とルディアはこの極寒の国を訪れていた。正直な話、ファイにも来て欲しかった……騒がしい後輩の相手は疲れる。 


 雪原を歩き続けていた俺達は、氷雪国内にある町のひとつに辿り着いた。宿に到着早々、暖房用魔道具の前に直行する後輩に呆れてしまう。


「あぁ~~~~~~生き返るぅぅううううううううう(*´Д`)」


 その締まりの無い顔をどうにかしてくれ……守護騎士になったのだから、少しは品性を見せて欲しいものだ。


 溜息交じりに頭を掻いていると……。


「ふえっふえっふえっ……寒い中、御苦労じゃな」


「……? 失礼、あなたは――?」


 宿の隅にある椅子に腰掛ける御老体に話し掛けられた。見た目や雰囲気からして、相当の御高齢のようだ。


「ワシはこの町で一番の長生きじゃよ。お前さん達、見たところ聖王国の騎士のようじゃな」


 この町の長老か。一礼し、身分と目的を明かす。


「聖王国から派遣された守護騎士です。最近、深淵の軍勢が氷漬けにされた事件がこの国で多発しているとの報告を受け、調査に参りました」


「ほう、お前さん達がなぁ」


「長老殿、何か氷漬け事件に関して心当たりなどは無いでしょうか?」 


「うむ……誰も信じてはくれんが、ワシは“氷雪の乙女”の仕業ではないかと思ってのう」


「“氷雪の乙女”……? 何ですか、それは?」


 俺の質問に長老が口を開こうとした時、宿の主人がやって来た。


「長老、折角調査に来て頂いた騎士様達に迷信を伝えないで下さい」


「何じゃい、お前さんはこの国の出身なのに信じとらんのか?」


「当たり前でしょう。迷信に決まっているじゃないですか――騎士様、長老の話を鵜呑みにしないで下さいね」


 この後、長老は自宅に帰された。宿の主人の話では、長老は退屈なので話し相手が欲しくて、町の色んな家に滞在する事があるらしい。


 今日は、この宿に滞在して話し相手を探していたようだ。しかし、どうにも気になるな……俺は宿の主人に訊ねる事にした。


「店主殿、先ほど長老が話そうとされた“氷雪の乙女”とは何ですか? よろしければお聞かせ願いたい」


「はぁ……古くから伝わる御伽噺に出てくる存在でして――」


 宿の主人が語るには、この氷雪国が国として成り立つ以前から伝わる御伽噺が存在するという。長老が口にした““氷雪の乙女”とやらは、その御伽噺の中で出てくる女性だとされる。


 雪を連想させる真っ白な髪と透き通るような白い肌、深い青色の瞳を持つこの世のものとは思えない美しさの持ち主。強大な魔力をその身に宿し、あらゆるものを凍てつかせる力を持つとの事だ。


 ……そんな女性が実在するのか? 宿の主人が迷信と言っているのも分からなくもない。


「先輩、そんな美人さんが存在するなら会ってみたいですね!」


 暖房用魔道具を占拠する後輩が、瞳を輝かせている。お前はさっさと、そこから離れろ。

 

「さて、そろそろ行くとするか」


「えー? もうちょい温まりましょうよー」


「我々は、任務でここに赴いている事を忘れるな」 


「あの……」


 声を掛けられ、視線をそちらに向けると若い娘が立っていた。宿の主人の娘だろうか?


 彼女は盆を持っている。盆の上にはカップが置かれて、湯気が立っていた。


「温かいお飲み物を御用意したんですけど……」


「お気遣い感謝しますが、我々は任務の最中ですので」


「そ、そうですか……美味しいココアなんですけど」


「いただきます」


 俺は一礼し、盆の上からカップを取って口をつける。うむ、実に美味い。


 温かく甘いココアの味が、冷えた身体を癒してくれる。そんな癒しの時間の真っ最中に喧しい後輩の声が聞こえてくる。


「先輩、何飲んでるんですか! 任務の最中じゃなかったんですか!?」


「何を言う、お前はこちらのお嬢さんの御厚意を無視するつもりか?」


「もう! 先輩のスイーツ男子!」


「馬鹿者! 俺はココアを飲んでいるだけであって、スイーツを食べているわけではない!!」


 騒がしい後輩の相手は本当に疲れる。暫しの休息の後、俺達は調査を再開すべく宿から出た。






 ――とある雪原地帯。漆黒を纏う異形の怪物達が、ひとりの少女を取り囲んでいた。少女は真っ白な髪と透き通るような白い素肌の持ち主、深い色の青い瞳はまるで宝石のようだった。


 怪物達が奇声を上げ、鋭い牙と爪で少女に襲い掛かる。普通の少女ならば、恐怖の染まった表情で震えるものだろう。


 しかし、怪物達の牙と爪は彼女の眼前で止まった。


 怪物達が止めたわけではない。怪物達はその体躯を氷の塊の中に閉じ込められ、身動きひとつ出来ない状態となっていた。


「お願い、ほっといて……私に、関わらないで……」


 少女は悲し気な瞳でその場から去っていった。






 私とロイド先輩は、再び任務の為に雪原を歩く――って言うか、寒ッ!


 少し吹雪いてるし、このまま歩いてたら遭難しちゃいそうなんですけど!?


「先輩ぃぃぃいいいい~~~。火炎魔法で暖をぉぉオオオオ~~~……」 


「我慢しろ、俺だって寒いんだ。ん……?」


「先輩、どうしたんですか?」


「いや、あそこに誰か居ないか?」


 先輩が指差す方向に視線を向ける。ぼんやりとしか見えないけど、人影みたいなものが見えた。私達以外に、誰かが雪原を訪れているのかな?


「ふむ……ルディア」


「はい」


 私と先輩は目に魔力を集中して、遠くの物を見る遠隔視の魔法を発動させる。あの人影が何者であるか、見極めないと。


 遠隔視で人影がはっきりと見える――私とそう変わらないくらいの年齢の女の子の姿が。


 どうして、こんなところに女の子がひとりだけで歩いているのかしら? ひとりじゃ、危ないわ。


 それにしても、綺麗な子。真っ白な髪と透き通るような白い肌、宝石のような青い瞳……まるでこの世の人とは思えな――え?


 ちょ、ちょっと待って……何か、あの女の子ってさっきの町で聞いた話に出て来た女性と特徴が一致しない?


「せ、先輩……あ、あの子って」


「……俺も驚いている。さっきの町で聞いた御伽噺に出てくる“氷雪の乙女”と呼ばれる女性の特徴と、ものの見事に一致するな」 


「ま、ましゃか、実在したって事ですか!?」


「落ち着け、単なる民間人の可能性もある。民間人だった場合は、こんな場所にひとりだけでは危険だ――安全な場所まで誘導しよう」


「そ、そうですね」


 ま、まずは話し掛けてみないと。先輩の言う通り、民間人だったら危険な目に遭うかもしれない。


 私と先輩は女の子のところに駆け寄ろうとした――瞬間、いきなり強い吹雪が周囲に吹き荒れる。


「きゃっ!?」


「何だ、急に吹雪が強く……! ルディア、離れるな!」


 吹雪があまりに強く、私達はその場に蹲る。下手に動くと先輩と離れ離れになる恐れがある。吹雪が弱まるのをじっと待つ。


 暫くして、 吹雪が弱まって周囲の視界が見れる状態になった。居ない、さっきの女の子の姿が何処にも見えない。


 精神を集中し、感知術を発動させる。周辺に潜んでいる生き物は居ないか探る……駄目、全く反応が無いわ。


「先輩……」


「駄目だ、俺も感知術を使ったが空振りだ」


「一体、何処に……あれ? せ、先輩――あそこにあるのって!?」


「!」


 先輩も気付いたようだ。少し先に大きな氷の塊のような物が見えた。


 氷の塊のある場所まで、一気に駆ける。そこには氷漬けの怪物達の姿が。


 思わず、息を呑む。氷塊の中に閉じ込められているのは、言うまでもなく深淵の軍勢と呼ばれる異形の怪物だ。


 牙や爪を剥き出しにしている事から、“何か”に襲い掛かる途中で氷漬けにされたと見るべきだろう。深淵の軍勢が襲い掛かるものと言えば、この世界に生きる生命に他ならない。


 だけど、その牙や爪は届く事は無かった。こうして、氷漬けにされたのだから、


 では、何者がこれが行ったのか――脳裏に浮かぶのは、先ほど見えた真白い少女の姿。やっぱりのあの女の子……例の御伽噺に出て来る女性と何か関係あるんじゃないのかな。


「ルディア、考えるのは後だ。まずはこいつ等を始末する」


「はい」


 そうだった、氷漬けになっているとはいえ油断してはいけない。深淵の軍勢の中には生命力に優れた個体が居る。氷塊に閉じ込められていても生き永らえている可能性は否定出来ない。


 魔法剣の柄を手に取り、私は風剣、ロイド先輩は炎剣と、それぞれの魔法剣を作り出す。氷塊に封じられた深淵の軍勢達に向け、一気に魔法剣を振り下ろした。





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