第29話 怒り


 ラングレイ地下区画――メルトディス市長が、通信球に話し掛ける。


「アレッサくん、エリシャくん、応答してくれ。何があった!?」


 先ほどの揺れを調べに行ったまま、アレッサ殿達との通信が途絶えてしまった。


 異常事態が発生しているのは明らかだった。もし、深淵教団の別動隊がラングレイの中央省庁に既に侵入しているのなら、学園の生徒達に何らかの危害を加えている可能性も否定出来ない。


 ならば、僕が取るべき手段はひとつ。僕はメルトディス市長とグレイブ殿に視線を向ける。


「おふたりとも、申し訳ありませんが僕の肩に手を掛けて頂けませんか?」


「……? ディゼル殿、何をする気だ?」


「ディゼルくん、何か名案でもあるのか?」


「すみません、説明は後でします。中央省庁に深淵教団が侵入しているのならば、急がなくてはなりません。リリア嬢や学園の生徒達が気掛かりです」


 ふたりは困惑しながらも、僕の肩に手を掛けた。なりふり構っていられる状況じゃない、一気にリリア嬢の居る場所まで空間転移する。


 精神を集中し、僕は感知術を発動させる。僕がリリア嬢に渡した首飾りは、彼女の身に危険が迫った時に感知術を発動させる付与を施している。


 また、首飾りには僕の魔力が込められている為、感知術を用いて首飾りに込められた魔力さえ感知出来れば、その場所に空間転移で転移する事が可能だ。


 中央省庁の大まかな場所は地図を見た事で知っているものの、それでも感知術で特定するには多少の時間を要した。


「(――見つけた)」


 リリア嬢に渡した首飾りの反応を感知する。位置的にも、地図上のラングレイ中央省庁に間違いない。彼女は確実に中央省庁の建物内に居る。


 僕は肉体から虹色の魔力を発する――。


「これは……!?」


「虹色の魔力色、だと……」


 精神を集中し、空間転移を発動させる。向かう先はラングレイ中央省庁。


「(リリア嬢、今行きます――)」


 




 紫髪の少女から放たれた閃光で、私と姉さんは眩んだ目がようやく開けるようになる。今の閃光は、一体何だったと――。


 瞳を開くと異変が生じる事に気付いた。空中に出現した筈の深淵の扉が形状を失い、霧散していくのを確認する。


「姉さん、深淵の扉が……!」


「消えていく……」


 視線を紫髪の少女に向ける。彼女は、まるで祈りを捧げるように両手の指を絡めて身体から白い光を発していた。白い光の魔力――光の力?


 あの子、光の力の持ち主だというの?


 光の力は、選ばれし者の力である天の力を除けば全ての属性の頂点に立つ力だと言われ、世界でも数えるほどしか使い手が居ない希少な力の筈だけど……。


「馬鹿な……扉が消えるなど!」


「あの小娘、何をした!?」


 深淵の扉が霧散していく様を見て、深淵教団の魔術師達が狼狽える。


 姉さんを睡眠魔法で眠らせた魔術師が、紫髪の少女を見つめて舌打ちした。


「――浄化魔法かッ!」


 浄化魔法……確か、前に光魔法に関する文献で目にした事がある。光の力を持つ人間だけが使える魔法の一種だ。


 闇の力、悪しき魔法を浄化して正常な状態にする効果を持つという。床に描かれていた闇の力の魔法陣が、徐々に薄れていくのが見て取れる。


 忌々し気に少女を睨む深淵教団が構える。いけない、彼女を攻撃するつもりだわ!


「あの小癪な小娘を殺せ!」


 深淵教団の魔術師達の掌から各々の魔法が放たれようとする。私と姉さんは、結界術で少女を守るべく、急いで駆け寄ろうとするけど……間に合わない!


 少女に手を伸ばそうとした瞬間、今度は虹色の輝きが室内に広がった。


「(こ、今度は何が……?)」


 少女に向って放たれた深淵教団の魔法は、結界術で遮られた。非常に洗練された練り込まれた魔力による強力な結界。この結界を張れる人間を私と姉さんは知っている。


「「市長!」」


 少女の前に、掌を前方に向けて結界を展開するメルトディス市長の姿があった。直ぐ隣には、赤髪の男性と黒髪の男性の姿も。


 姉さんは涙ぐんだ瞳で市長の後ろ姿を見つめていた。


「市長……よく、よく御無事で……! でも、どうやってこの場に……?」


「そこの赤髪の彼のお陰だよ。まぁ、それは後回しだ……」


 市長は、険しい表情で周囲を見回す。その顔が怒りの色に染まっているのは、誰の目にも明らかだ。何せ、王立学園の生徒達が倒れているのだから。


「ロゼ御嬢様!」


 黒髪の男性が桃色の髪の女子生徒を抱き起こす。彼は女子生徒の脈を取る。


「グレイブ殿、ロゼ嬢は……」


「――無事だ。生きておられる」


「よかった……」


 赤髪の男性が私達に声を掛けてきた。


「おふたりが、アレッサ殿とエリシャ殿でしょうか?」


「はい、私がアレッサです」


「え、エリシャです……」


「ここで、何が起きたのですか? 何故、生徒や教官達が倒れているのですか?」


「今は薄れていますが、床に闇の魔法陣が刻まれていたんです。その魔法陣の力で生徒達は魔力を吸い取られて……」


「闇の魔法陣だと……どうやって?」


 メルトディス市長も困惑の表情で床を見つめられている。無理もない話だ。


 闇の力の魔法陣が使用された事実に驚いているみたい。闇の力を扱えるのは、深淵に住まう悪しき存在のみというのがこの世界に住む私達の常識なのだから。


 深淵教団の魔術師達が再び、攻撃魔法を仕掛けてくる。しかし、市長の張り巡らせた結界には傷ひとつ付かない。


 流石は市長の結界。並大抵の攻撃では突破は不可能だろう。


「無駄だ、その程度の魔法では私の結界は小動もしない。諦めて投降しろ」


「おのれ……!」


「メルトディス市長、どうやらあの連中は我々が地下で拘束した人達と異なり、自我を保っているようです」


「なるほど、つまりここに居る彼等が本隊というわけか」


 やっぱり、魔法鉱石の鉱脈を狙って地下に向かった深淵教団も居たのね。言動から察するに、既に拘束したみたいだけど……。


 ――と、深淵教団の魔術師達が何やら右袖を捲り上げる。彼等の腕には黒い腕輪が装着されていた。心がざわつく……嫌悪感のようなものが伝わってくる不気味さを醸し出している。


「あの腕輪は……!」


 市長達の顔色が変わる。あの腕輪が何か知っているの?


 魔道具の一種だと思われるけど……明らかに異質な“何か”を感じさせる。


「――皆、覚悟はいいか」


「「「「「承知」」」」」


 深淵教団の魔術師達が頷く。黒い腕輪からどす黒い光が発する……これは、闇の力!? あの黒い腕輪には闇の力が込められているの?


 黒い腕輪から発する闇の力により、ホール内に再び異変が生じる。薄くなりつつあった闇の魔法陣が再び濃くなり、魔力吸収現象が再開された。


「きゃあっ!」


「あう、ぅ……!」


 ――いえ、それだけじゃない。 さっきよりも魔法陣の力が強くなっている、魔法陣の外に居る私達の魔力まで吸い取られていく!


 魔力を吸い取られ、力が抜ける感覚に私と姉さんは膝をつく。駄目、こんなのを続けられたら……。


「くっ……!」


「ぬ、ぐ……!」


 結界を展開していた市長と黒髪の男性も膝をつく。おふたりは、魔法陣の中に居る。魔法陣の外に居る私達以上に影響を受けているみたい。


「ああっ……うぅ!」


「リリア嬢!」


 紫髪の少女も、膝をついてしまう。闇の魔法陣がより強力になった事で、彼女が発動させていた浄化魔法の力が魔法陣を抑え込めなくなったのだろう。


 赤髪の男性が、少女の肩を抱いて支える。


 あの黒い腕輪には闇の力が込められていて、闇魔法を強化する作用があるというの? このままじゃ、まずい……!


「 切り札は取っておくものだな、これで深淵の扉を開く事が出来る!」


「深淵の扉だと……!?」


「馬鹿な……そんなものを開けば、どんな事態になると……っ」

 

 市長と黒髪の男性の表情が驚愕に染まる。無理も無いだろう、先ほど聞いた私達ですら信じられなかったのだから。


 何とかしないと、生徒達や市長を含めた全員が死んでしまう……でも、どうすればいいの?


「――今、何と言った?」


「え……」


 赤髪の男性が、紫髪の少女を床に座らせてから立ち上がる。赤髪の男性の左手には柄が握られていた。あれは、もしかして――魔法剣に使う柄?


 彼は何事もないかのように、自然体のまま闇の魔法陣の中心点に立っている。一体、どういう事なの……彼は魔力を吸収されているようには見えない。


「馬鹿な……貴様、この魔法陣の力が効いていないのか!?」


「質問に答えろ、何を開くと言った?」


 赤髪の男性は、感情が籠っていない声で深淵教団に問う。深淵教団の魔術師達の顔には、明らかに動揺の色が見られる。 


 動揺しない方がどうかしている。闇の力、それも魔法陣を用いた大規模な魔法が目の前の彼に効いていないのだから。


 ――怒り。赤髪の彼の表情から読み取れる感情は、激しい怒りだった。


 見ている私や姉さんまで、思わず身震いしてしまうほどの怒気。一体、何が彼に激しい怒りを抱かせているというのだろう?


「く……何者かは知らぬが、深淵の扉を開く邪魔はさせん!」


 深淵教団の魔術師達の魔力が高まる。いけない、これ以上魔法陣の力を底上げされたら取り返しのつかない事に……!


 すると、赤髪の男性が左手に握っている魔法剣の柄に変化が生じた。柄に魔力が込められ――美しい虹色の刀身が出現した。





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