第28話 導き


 私はアレッサ姉さんと一緒に、ラングレイ中央省庁内を走っていた。先ほど、建物を襲った揺れの原因を突き止める為だ。おそらく、王立学園の生徒や教官の方達が居ると思われる場所が関係しているのではないだろうか。


「それにしても……」


「姉さん、どうしたの?」


「エリシャ、深淵教団の魔術師達はどうやって中央省庁に侵入したのかしら? 中央省庁の入り口に設置されてある感知魔道具には何の反応も無かったみたいだし……」


 言われてみれば……中央省庁に入るには、感知魔道具が設置された入り口を必ず通る必要がある。感知魔道具は、建物に入る人間が危険物などを所持している場合に感知術が発動する。


 また、感知魔道具は初めて建物に入る人間に対して厳重な感知を行い、許可した人間以外が通ろうとすると警報が鳴る仕組みとなっている。


 深淵教団の魔術師達が侵入しているにも関わらず、警報が鳴った形跡は無かった……彼等はどうやってこの建物の中に入ったというの?

 

「……色々と気になる事が多いけど、今は学園の生徒や教官達の安否確認を優先しなきゃ」


「うん」


 確かに気になるけど、今はそれ以上に王立学園の方達の安否確認が重要だわ。深淵教団が侵入している事、先ほどの建物の揺れ――嫌な予感しかしない。


 感知術で魔力や気配を感知しながら走っていると、ある場所に多数の魔力を感知した。現場に急行した私達が目にしたものは……。


「術士科の皆さん、一体何が――!?」


「こ、これは!?」


 広いホールに倒れた王立学園の方達と、床に刻まれた禍々しい魔法陣――これは、闇の力による魔法陣!?


 目を凝らすと魔法陣内に居る術士科の生徒や教官の殆どが倒れている中、ひとりだけ立っている少女の姿があった。紫髪の美しい少女……彼女は平気だというの?


「ラングレイの魔術師か、随分と遅い到着だな」


 少し離れた場所に不気味な黒いローブを纏った魔術師達の姿が。あの人達が、深淵教団……。


「あ……あなたは!」


「ほう、誰かと思えば私に眠らされた間抜けな女か」


 姉さんが深淵教団の魔術師のひとりを睨みつける。どうやら、あの魔術師が姉さんに睡眠魔法を掛けた張本人らしい。


「ここで、一体何をしているのですか!?」


「何をしているか、だと? 決まっている――我等の目的は深淵による支配。ここで、深淵の扉を開く為の実験を行っている」


 深淵の扉という言葉を聞いて、背筋がゾッとした。文献でその名を目にしただけで実物は見た事が無いけれど、その名はこの世界にとって忌むべきものだ。


 表裏一体に存在するもうひとつの世界“深淵”。そこに住まう悪しき怪物達が、こちらの世界に現れる際に通る扉にその名称は使われている。彼等は、そんな危険なものを開こうとしているの!?


「深淵の扉は数百年間隔でしか開かない……しかし、大量の魔力を用いれば疑似的な扉を作り出す事も可能なのだ」


 私も姉さんも息を呑んだ。深淵の扉を魔力で作り出す――?


「そんな……そんな話は如何なる文献にも記載されていません! 一体、どうやってそんな方法を見つけたと――」


「我らが教皇猊下が齎して下さったのだ。ふむ……吸魔陣によって良質な魔力が集まっているな」 


 吸魔陣……それが、床に刻まれている闇の魔法陣の名称。名前から察するに、その効果は魔力を吸い上げるに違いない。


 倒れている生徒や教官達の顔色がどんどん悪くなっている――このままでは、彼等の命が危うい、何とかしなければ。


 闇の魔法陣を作り出す要となっているのは周囲の魔道具のようだ。だったら、私達の取るべき手段はひとつしかない。あの魔道具を破壊するのみ。


「エリシャ、あの魔道具を破壊しましょう!」


「ええ、姉さん!」


 私は水を収束魔法で圧縮させた強烈な水撃を、姉さんは身の丈ほどある巨大な火球を掌から放つ。ふたつの魔法は魔道具に向かって飛んでいくも、途中で遮られてしまう。


 深淵教団の魔術師達が、結界を展開して私達の魔法を防いだのだ。


「小娘ふたり程度で我々の結界を突破出来るかな?」


「……っ」 


 悔しいけど、この魔術師達……並の魔力じゃない。私と姉さんも魔術師としての鍛練を怠っているわけじゃないけど、目の前に立つ深淵教団達の魔力は私達を上回っている。


 せめて、ラングレイ魔術師団の団員が何人か居れば――と、思案していると空中に異変が生じる。黒い扉のようなものは、ぼんやりと出現した。


 まさか、あれが深淵の扉!?


「おお……これが深淵の扉か。さぁ、こ奴等の魔力を吸い尽くして開くがいい」


 いけない、このままじゃ生徒達が死んでしまう! でも、一体どうすれば……。


「駄目ぇえええええええええええええええええええっ!!」


「!?」


「な、何……この光はっ!?」


 吸魔陣の中で、唯一倒れていなかった紫髪の少女が叫んだ。彼女の身体からは閃光が奔った――な、何が起こったというの?






 このままではみんなが死んでしまう。感情が昂った私は叫び声を上げていた。


 そして、次の瞬間……何処かのお城の中庭のような場所に私は立っていた。


「(……え、ここは何処? 私、どうしてこんな所に居るの?)」


 急に場所が変わった事に戸惑いが隠せない。周囲を見回して、気付いた――ここは、聖王宮なのでは?


 少し前にディゼルさんと共に赴いた聖王国の王城に間違いない。どうして、ここに来てしまったの……?


「(あれは――?)」


 王宮の中庭で白金の髪の少女が、両手を広げて魔法の詠唱を行っている姿を見つける。あの少女……もしかして、前に聖王宮の“封印の間”と呼ばれる部屋に入った時に頭の中に流れ込んできた記憶に出てきた少女?


 彼女は何度も詠唱しながら両手から何らかの魔法を解き放とうとしていたけれど、掌から魔法が放たれる事は無かった。


 彼女は、息を切らしながら肩を落としていた。彼女の背後に騎士の戦闘衣を纏った人物がやって来る。姿がよく見えない……体格からして、男性かしら?


 騎士は少女に話し掛ける。


『姫、あまり御無理をなされては……』


『私、やっぱり放出魔法の資質が無いんですね……』


 放出魔法の資質が無い。その言葉を聞いて、胸にズキリと痛みが走る。この少女と同じく、私にも放出系統の魔法――攻撃魔法には全く資質が無いからだ。


 落ち込む彼女の眼前に騎士は跪いて、優しく語り掛ける。


『姫、攻撃魔法が使えずとも、貴方には優れた治癒魔法の才がございます。姫の御力で多くの人々の命が救われているではありませんか』


『■■……』


『貴方の御身を御守りする事を、誇りに思います』


『ありがとうございます、■■』


 少女は騎士に感謝の言葉を述べる。


 姫……あの少女、やっぱり聖王家の方みたい。それにしても……よく聞き取れない。彼女は、目の前の騎士を何と呼んでいるのかしら?


『姫、何も放出系統――攻撃魔法に拘る事はございません。光魔法には攻撃魔法以上に重要な魔法があるではありませんか 』


『え……』


『僭越ながら、姫にお力添えしたいと思います。姫、御覧になられて下さい』


 騎士はそう言うと、姫から少し離れた場所に立つ。そして、深呼吸すると身体から魔力を発し始めた。とても綺麗な虹色の魔力が輝いて……え、虹色?


 虹色の魔力色といえば――そう、思考していると周囲の変化に気付く。中庭の空気が、変わった。聖王宮には強力な結界が張り巡らせているのとは関係なく、より清浄な空気になったといえばいいのだろうか。


『これは……』


『私が持つ力は姫や陛下が持っておられる光の力と性質が似ています。今見せたものは、光魔法の一種を私の力で疑似的に再現したものです。これは、攻撃魔法ではありません――姫の御力でも行使出来る魔法です。大切な人を守りたい、救いたいという意思を込めて魔力を解き放つのです』


『守りたい、救いたい意思……』


 姫は、両手の指を絡めて祈るような姿勢に入る。先ほどの騎士と同じように、深呼吸して身体から魔力を発した。


 白い魔力――光の力を宿す者が発する魔力。魔力は、姫の身体を中心に周囲に広がっていった。


『出来た……出来ました!』


『姫、この魔法は深淵の力から大切な人を救う魔法です。きっとお役に立つと思います』


『はい!』


 よく見えなかった騎士の顔がはっきりと見えた。守護騎士の戦闘衣を纏った、優しい微笑を浮かべた赤い髪の青年の姿が。


「(ディゼル、さん――)」


 姫と呼ばれた少女に魔法を教えていたのは、ディゼルさんだった。あの姿は、もしかして彼が守護騎士を務めていた頃の姿? 今、私が見ていた光景は300年前の光景だったというの?


 どうして、自分が生まれる前の光景が見えているのだろう。だけど、今はその事を考えている場合じゃない――私は姫と同じように両手の指を絡めて、祈るような姿勢を取る。


「(守りたい、救いたい――みんなを悪しき力の魔法陣から)」


 身体から魔力を発する。相手を攻撃する為の魔法じゃない、今の私に必要なものはみんなを守る魔法。闇の魔法から救う魔法。


 祈るように込めた魔力を、身体から解き放った。





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