第27話 教団の目的


 地下区画から地上に戻る最中、メルトディス市長が持つ通信球に通信魔法による念話が届いた。通信してきたのは、エリシャ殿だった。


 彼女はラングレイ中央省庁で、姉であり市長の補佐官を務めるアレッサ殿と合流した旨を伝えてきた。だが、どうにも様子がおかしい。


 アレッサ殿は、王立学園の生徒達をラングレイ中央省庁に避難するように放送を掛けたそうだが、エリシャ殿の話によると放送室内で気絶していたそうだ。


 意識を取り戻したアレッサ殿は、困惑している様子。まさか、彼女は放送室にやって来て、生徒達に避難を呼び掛けた記憶が無いのか……?


『そうだわ……』


 通信球からアレッサ殿の声が聞こえてきた。


『姉さん?』


「アレッサくん、どうした?」


『思い出しました! 私、市長が爆発に巻き込まれたと聞いて放送室に向かおうとした時――』


 どうやら、何か思い出したらしい。彼女は語り始める。


 メルトディス市長が爆発に巻き込まれたと聞いた彼女は、市長の指示通りに王立学園の生徒達を各区画の避難所に誘導するべく、放送室に向かおうとした。


 しかし、その直後に緊急の報告があるという人物が執務室の扉を叩いた。アレッサ殿が扉を開くと、ローブを纏った魔術師が掌を向けて立っていたという。


 市長が爆発に巻き込まれた件で気が動転していた彼女は咄嗟の判断が出来ず、魔術師の掌から放たれた魔法の餌食となった。強烈な睡魔が襲い掛かって来た事から、相手を眠らせる睡眠魔法の類を掛けられたようだ。


 彼女を眠らせた魔術師の腕には、黒い腕輪がはめられていた。そう、僕達が地下区画で遭遇した深淵教団に洗脳されていた彼等の腕にはめられていたあの黒い腕輪だ。


「市長、それは……」


「ああ、間違いない――深淵教団の魔術師だろう。まさか、既に中央省庁に侵入していたとは……不覚だ」


『市長、申し訳ございません……』


「気にするな、アレッサくんの責任ではない。そうなると、アレッサくんの放送はその魔術師に洗脳されて行った可能性が高いな」


 おそらく、市長の推測は正しいだろう。睡眠魔法でアレッサ殿の意識を奪った後、何らかの術で彼女を洗脳して避難勧告の放送を行わせたと見るべきだろう。


 しかし、何の為に学園の生徒達を中央省庁に……? メルトディス市長が、彼女達に指示を出す。


「ふたりとも、すまないが生徒達が何処に誘導されたか至急調べてくれ」


『はい、分かり――きゃっ!?』


 通信球からエリシャ殿の悲鳴が聞こえてきた。


「どうした!?」


『きゅ、急に建物が揺れて――』


 何だ……何が起きようとしているんだ?







 魔道具の設置が終わり、魔術師の方達が魔道具に魔力を込め始めて30分が過ぎた。ホールのほぼ中央に、術士科の生徒達と教官達は集まっていた。


 魔術師達が強力な結界術を発動させる。結界術が展開されれば、その中に居る私達の安全は確保される。


 だけど……私の胸には不安感が広がっていた。何か、良くない出来事が起きそうな気がした。この街に危険な人達が侵入したと聞いて神経質になり過ぎているのかしら……?


「おかしいですわね……」


「ロゼ様、如何なさいました?」


「ああ、エリスさん――いえ、魔術師の方達が魔道具に魔力を込めているんですけど……ひとりなら兎も角、数人も居るのなら結界術の展開には数分と掛からない筈ですわ」


 ロゼさんとエリスの会話が耳に入る。確かに時間が掛かり過ぎているような気がする……数人も居れば結界術の展開にそこまで時間は掛からないと思う。


 結界を覆う場所が建物全体なら相応の時間を要するけど、結界を展開するのはこのホールの中央だけなのだ。大規模な魔法を行使するなら、時間が掛かるのも理解出来るけど……。


 教官のひとりが、魔術師に話し掛けた。どうやら、時間が掛かり過ぎている事に教官も疑念を抱いたみたい。


「魔術師殿、申し訳ありませんがこれはどういう事か説明して頂けませんか? 数人も居れば、このホールに結界を展開するには然程時間は要さない筈……何故、こんなに時間が掛かって――」


「結界術ではないからだ」


「!?」


 直後、私達の足下から黒い光が発せられた。何事かと、生徒全員が床に視線を向けると床に歪な形状の紋様が――これは、魔法陣!?


 床に黒い光を発する禍々しい魔法陣が展開され、ホールの中央に居た生徒達や教官達が膝をつく。みんな、苦しそうな表情をしている。


「あ、うぅ……っ!」


「っ……」


「ロゼさん、エリス!」


 ロゼさんとエリスも胸を押さえて、膝をついた。頬からは汗が伝い、真っ青な表情をしていた。私は少し気だるさを感じるけど、みんなほど深刻な状態には陥っていない。


「む……、ひとりだけ立ったままだと……?」


「一体、みんなに何をしたんですか!? どうして、床に魔法陣が――」


「必要だからだ――“扉”を作り出す為に、上質な魔力を持つ人間が大量にな」


「“扉”……?」


 扉って、一体何の事? 作り出す為に上質な魔力を持つ人間が大量に必要って……。


「ラングレイ魔術師団の魔術師も上質な魔力を持っているが隙が少ない。そこで、ターゲットをお前達に変更した。学生レベルではこの魔法陣に対して抵抗する術はないだろうからな」


「まさか、貴方達は……」


「左様――」


 魔道具に魔力を込めていた魔術師達のローブが、漆黒の色合いの不気味なローブに変貌する。これは……偽装魔法!?


 偽装魔法とは、その名の通り姿を変える効果がある魔法――犯罪に使われる事が多い為、習得には特別な許可が必要な魔法。それを堂々と使っているこの人達は魔法を犯罪目的で使っている人達……つまり、この人達こそが。


「我等は深淵教団――深淵の支配を望む者なり」


「!」


 何て事……私達は、深淵教団が仕掛けた策略に嵌められてしまったというの。


 教官達も苦虫を潰したような顔で、深淵教団の魔術師達を睨んでいた。教官のひとりが呟く。


「この、魔法陣は……まさ、か」


「“吸魔陣”――魔力を吸い上げる闇の力による魔法陣だ。今、お前達の魔力を吸い上げている」


 魔力を吸い上げる魔法陣……そうか、さっきからみんなが苦しそうな顔をしているのは魔力を吸い上げられているから……。


「馬鹿、な……闇の力の魔法陣だと。闇の力は深淵の軍勢の力、人間に行使出来るわけが……」 


「我等が教団の教皇猊下の御助力によるものだ。偉大なる猊下の御力ならば、造作もない事」


 深淵教団には、闇の力を扱える人が居るって言うの……? 闇の力を扱える人間なんて聞いた事も無い。


「術士科の皆さん、一体何が――!?」


「こ、これは!?」


 背後から声が聞こえた。振り返ると、ふたりの女性の姿がホールの入り口にやって来ていた。


 ひとりは見覚えがあった、この都市に到着した時に街の案内役をしてくれた魔術師のエリシャ・レインフィールさん。もうひとりは初めて見る顔だけど、何処となくエリシャさんに似ている。


「ラングレイの魔術師か、随分と遅い到着だな」


「あ……あなたは!」


「ほう、誰かと思えば私に眠らされた間抜けな女か」


 挑発する深淵教団の魔術師を睨みつける女性。どうやら、何かあったみたいだけど……。彼女は深淵教団に問い掛ける。


「ここで、一体何をしているのですか!?」


「何をしているか、だと? 決まっている――我等の目的は深淵による支配。ここで、深淵の扉を開く為の実験を行っている」


「っ……!」


 深淵の扉――その名前を聞いて、私は本で読んだ事や授業で習った事を思い出す。この世界と表裏一体に存在する、悪しき怪物達が住まう世界“深淵”。


 深淵の軍勢と呼ばれる怪物達は、深淵の扉と呼ばれる扉を通じてこの世界に出現するとされる。深淵の扉は常に開いているわけではなく、深淵の軍勢は隙間を通って少しずつこの世界に現れると、授業で習った。


 しかし、数百年間隔でその扉が大きく開く時期がある。そういった時期には、この世界に住む者達と深淵との間で激しい戦いが繰り広げられてきたと、古い歴史資料などに記されている。


「深淵の扉は数百年間隔でしか開かない……しかし、大量の魔力を用いれば疑似的な扉を作り出す事も可能なのだ」


「そんな……そんな話は如何なる文献にも記載されていません! 一体、どうやってそんな方法を見つけたと――」


「我ら深淵教団を束ねる、偉大なる教皇猊下が齎して下さったのだ。ふむ……吸魔陣によって良質な魔力が集まっているな」


「ああっ……!」


「う、ぅ……」


「ロゼさん、エリス!」


 ロゼさんとエリス、術士科のみんなや教官達が次々と意識を失っていく。おそらく、吸魔陣と呼ばれる魔法陣に魔力を吸い取られている影響だろう。


 このままじゃ、いけない……術士科の授業で大量の魔力を一気に消耗すると命に関わるという話を教官が教えてくれた事を思い出す。この状態が続けば、みんなの命が危ない。

 

「エリシャ、あの魔道具を破壊しましょう!」


「ええ、姉さん!」


 エリシャさんともうひとり――どうやら、エリシャさんのお姉さんと思われる女性は魔法陣を展開する要である魔道具に向かって攻撃魔法を仕掛ける。


 エリシャさんは水を収束魔法で圧縮させた強烈な水撃を、エリシャさんのお姉さんは身の丈ほどある巨大な火球を掌から放つ。


 しかし、それを黙って見ている深淵教団ではない。彼等は結界術を展開して、彼女達の魔法を防ぐ。


「小娘ふたり程度で我々の結界を突破出来るかな?」


「……っ」 


 彼女達も決して弱い魔術師というわけじゃない。私達、術士科の生徒達よりも強い魔力を感じるけど……深淵教団の魔術師達の方が彼女達より強い魔力を持ち、人数も多い。


 倒れているみんなの顔色がどんどん悪くなる。このままじゃ、みんなが――私に何か出来る事はないの……? 光の力を持っている私なら、闇の力のこの魔法陣をどうにか出来ないの?


「!?」


 空中に異変が生じる。黒い扉のようなものがぼんやりと見え始めた。


「おお……これが深淵の扉か。さぁ、こ奴等の魔力を吸い尽くして開くがいい」


 駄目……そんな事したら、みんなが死んでしまう。駄目、駄目――


「駄目ぇえええええええええええええええええええっ!!」


「!?」


「な、何……この光はっ!?」


 私が叫んだ瞬間、ホール内に閃光が迸った。





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