第26話 忍び寄る影6


 私は懐から取り出した通信球に魔力を込め、通信魔法を発動する。流石にこれほど地下深くにまで赴けば、私でも通信球無しで地上と連絡を取るのは困難だ。


 通信する相手は、私の補佐官を務めるアレッサくんだ。


「アレッサくん、聞こえるか? メルトディスだ――アレッサくん?」


 ……おかしい、連絡が取れない。彼女、中央省庁の通信球の前に居ないのか?

 

 アレッサくんには、私に何かあった場合は放送用魔道具を通じて王立学園の生徒達を各区画に設けられている避難所に誘導するように指示している。という事は、今は放送用魔道具がある放送室に居るのか?


 私は通信相手を切り替える。地上に居る魔法師団の魔術師に連絡を試みた。


「こちら、メルトディスだ。私の声が聞こえるか?」


『市長、御無事でしたか!』


「その声はエリシャくんか?」


 私の通信魔法に応えたのは、魔術師団第6部隊に所属するエリシャ・レインフィールだった。アレッサくんの実の妹で、姉同様に優れた魔法の才を持つ……が、少々ドジな一面がある。


『地下で爆発に巻き込まれたと聞いて……』


「大丈夫、私は無事だよ。ああ、そうだ――アレッサくんと連絡が取れないんだが、彼女に何かあったのか?」


『姉さんと連絡が取れないんですか? おかしいですね……さっき放送で王立学園の生徒達を中央省庁に避難するよう呼び掛けてましたよ?』


「そうか……」


 どうやら、彼女は放送室に行っているようだな。私に何かあった場合は学園の生徒達の避難誘導の放送を――ん? 待て……私の聞き間違いか?


 今、エリシャくんは何と言った?


「エリシャくん、今何と言った? アレッサくんは生徒達に何処へ避難するように放送で呼び掛けた?」


『は、はい……学園の生徒達は中央省庁に避難するようにと』


「私はそんな指示は出していない。アレッサくんには、生徒達を各区画の避難所に避難するように放送で呼び掛けて欲しいと指示した」


『え? 姉さんは、中央省庁に避難するように指示してましたよ?』


 ……どういう事だ、アレッサくんが私の指示を無視したのか?


 いや、そんな筈はない。私の補佐官になって日は浅いが、アレッサくんの人柄はある程度把握しているつもりだ。彼女はこちらの指示を無視したり、勝手な行動を取るような女性ではない。


「エリシャくん、すまないが大至急中央省庁に向かってくれ。アレッサくんと合流したら、直ぐにまた連絡して欲しい」


『わ、分かりました!』


 通信魔法を切る……アレッサくんに何があったというのだ?


 何故、私の連絡に出ないのか。何故、王立学園の生徒達を中央省庁に避難誘導したのかと、彼女に訊かなければならない。


 何よりも嫌な予感がする。何か良からぬ事態が起きそうな……ここでじっとしてはいられない。


 私は、魔術師団に指示を出す。


「すまないが、皆は深淵教団……いや、 正気に戻った彼等を頼む。ディゼルくんとグレイブ殿は、私と共にラングレイ中央省庁に来てほしい」


「分かりました」


「参りましょう」


 ディゼルくん、グレイブ殿を伴い、私は地上へ向かう――何事も起きなければ良いが……と願いながら。






 ラングレイ中央省庁内――私達術士科の生徒達は、広いホールに案内された。ホール内には、校外学習に訪れている生徒全員と教官達が揃っている。


 魔術師らしき人達がホールの四方で何らかの魔道具の設置作業を行っている。ロゼさんが、案内してくれた魔術師の方に質問する。


「あの、何の魔道具を設置されているのですか?」


「結界術を高める為の魔道具です。窮屈とは思いますが、安全が確認されるまで結界の中で過ごして頂きます。この建物にも強力な結界が張り巡らせてありますが、用心の為です」


 結界術を高める魔道具……確かに、強化された結界の中なら安全かも。だけど、さっきから感じる不安感は一体何?


 魔術師の人達が腕にはめている黒い腕輪……あれを見ていると、心がざわつく。まるで、深淵の軍勢が目の前に現れた時に感じる恐ろしい雰囲気が伝わってくる。


「お嬢様、どうしました? お顔の色が優れないようですけど……」

 

「え……ううん、何でもないわ」


 エリスが心配そうな瞳で見つめている。不安が顔に出ていたみたい。


 暫くすると、魔道具の設置が終わり――魔術師の方達が魔道具に魔力を込め始めた。






「――さん、起き……」


 声が聞こえる。私がよく知る声が聞こえてくる。


「姉さ……をして……」


「ん……」


「姉さん!」


 重い瞼を開くと、誰かに膝枕されていた。膝枕してくれているのは、私のよく知っている顔――妹のエリシャだった。


 妹は目に涙を溜めて、今にも泣き出してしまいそうな顔をしていた


「エリシャ……私、どうしたの……?」


「どうしたのじゃないでしょ!? 市長の執務室に居なかったから、放送室に来てみれば姉さんが倒れてるんだから!」


「放送室……?」


 周囲を見回すと、自分が今居る場所が市長の執務室ではなく、放送用魔道具が設置されている放送室である事に気付いた。


 どういう事……? 私、何時の間に放送室に来ていたの?


 何時、執務室を出て放送室に――それに、エリシャの話を聞く限りではこの場所で倒れていたそうだけど……。


「あ、そうだ! 連絡しないといけないんだった!」


「エリシャ?」


 エリシャは、懐から通信球を取り出して通信魔法を発動させた。通信球から声が聞こえてきた。


 声の主は――。


『エリシャくんか?』


「市長、姉さんと合流しました!」


『ご苦労だった。アレッサくん、私の声が聞こえるか?』


 通信球から聞こえてきたのは、市長の声だった。心の底から安堵した。


「市長……よかった、御無事だったんですね」


『心配を掛けてすまなかった。ああ、そうだった――訊きたい事があるんだが、いいだろうか?』


「は、はい……何でしょうか?」


『何故、放送で王立学園の生徒達を中央省庁に避難するように呼び掛けたんだ?』


「え……?」


 放送で王立学園の生徒達を、中央省庁に避難誘導した……私が?


 待って、一体どういう事なの? 私、そんな事した記憶なんて全く無い……。


「……ッ!?」


 ズキリと、頭に鋭い痛みが走る――側頭部を片手で押さえる。


「姉さん、大丈夫!?」


『どうしたんだ? エリシャくん、アレッサくんに何が――』


「今、放送室に居るんですけど……ここに着いた時、姉さん倒れて気を失っていたんです」


『何……それは、本当か? アレッサくんに怪我は?』


「怪我は無いみたいです。ただ、何と言えばいいのか、困惑しているみたいな……」


 エリシャと市長の会話が聞こえてくる。だけど、それ以上に自分の身に何が起きたのかが気に掛かる――必死になって記憶を辿る。






 そう、あれは確か――午前10時、ラングレイ中央省庁。各区画からの報告に対応していた私は、突然の揺れに驚いた。何事かと身構えた。


 すると、机の上に置かれている通信球から声が聞こえてきた。


『こちら第3区画巡回中の第5部隊! アレッサ殿、今の揺れは!?』


「わ、わかりません。地震ではないようですが……」


『こちら第1区画巡回中の第3部隊! 地下区画への入り口が塞がっている! どうやら、爆発が発生して瓦礫で埋もれている模様!!』


「そ、そんな……今、地下区画にメルトディス市長が調査に赴いているんですよ!?」


『地下区画で爆発……しかも、市長が調査に向かっている最中にだと!? これから、市長の安否確認に向かう!』


 今、通信魔法に出たのは第4区画を巡回していた第2部隊の魔術師のようだ。市長の捜索は、第2部隊の方達に任せるしかない。


「(そうだ……! 市長に言われた通りにしないと!!)」


 市長は自分に何かあった場合、王立学園の生徒達を各区画の避難所に誘導するように言っていた。急いで行動を起こそうとする私の耳に、扉をノックする音が聞こえてきた。


「失礼、至急報告しなければならないことがあって参りました――」


「は、はい……」


 私は返事をして、扉を開いた――この時、市長が爆発に巻き込まれたと聞いて、気が動転していた私は他の事に頭が回らなかった。訪れた者が、本当に何らかの報告でやって来た者であるかどうかなど……。


 扉を開けた先に立っていたのは、ローブを着た魔術師。フードまで被って顔がよく見えない。その魔術師は、私に向かって掌を向けていた。


 突然の事に、私は反応出来なかった。魔術師の手から発せられる魔力――こ、これは、睡眠魔法……強烈な眠気が襲い、意識が保てなくなる。


 意識が完全に途切れる直前に見えた物は、魔術師の腕に填められた黒い腕輪。見るからに、不気味な雰囲気を漂わせる腕輪だった。


「(ま、まさか……この魔術師は侵入者……、市長、申し訳ござい……)」


 私の意識は、深い深い眠りの世界へと落ちていった。


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