第25話 忍び寄る影5


 ――時刻は、間もなく正午に差し掛かろうとしていた。私とエリス、ロゼさんをはじめとした王立学園術士科の生徒達は、放送魔道具から聞こえた避難勧告に従い、指定された避難施設へと向かっていた。


 向かっている先に見える建物は、街の中枢といえるラングレイ中央省庁。この都市で重要な施設のひとつであり、本来は許可なく入る事は許されない。


 この都市に到着してから渡された資料によると重要施設であるが為、非常に強力な結界を張り巡らせているという。

 

「う~ん……」


「ロゼさん? どうしたんですか?」


 ふと、ロゼさんが何か考えて唸っている事に気付いて声を掛けた。彼女は魔法都市ラングレイに関する資料に目を通している。どうやら、避難施設に関するページを見ているみたい。


「避難施設に関するページを読んでいるんですけど、どうして生徒全員をここに集めるのか気になって。この街の各区画にも避難所がありますから、わざわざ生徒全員をここに集める必要があるのかと……」


 言われてみれば……私も魔法都市ラングレイの資料に目を通す。先ほどまで居た区画や他の区画にも避難所が設けられている旨が記載されていた。

 

 どうして、わざわざ生徒全員をこの施設に誘導したのかしら。各区画に居る生徒をその区画にある避難所に誘導した方が効率が良いと思うけど……。


 頭を捻る私達に、エリスが声を掛ける。

 

「おふたりとも、深淵教団という危険な集団が迫っているからではないでしょうか? 生徒の皆さんの身の安全の為に、強力な結界を張れる施設に誘導しているのでしょう」


「そうですわね……危険な集団から身を守るには最適の場所でしょうし」 


「確かに……」


 そうよね、考え過ぎだわ。深淵教団という危険な人達がこの都市に侵入しているんだもの。


 さっきの放送魔道具で避難勧告してくれた補佐官の方も、私達の安全を考えて強力な結界で守られた中央省庁へ避難するように促してくれたに違いない。


 暫く歩いていると、大きな建物が目に映る――ラングレイ中央省庁。術士科の生徒達の避難所として指定された場所に私達は到着した。


 中央省庁の入り口には、術士科の生徒を誘導する為の魔術師達の姿が見える。彼等は私達の姿を確認すると、入口の扉を開いてくれた。

 

「……ッ?」


 私は生徒達を誘導する魔術師達に、悪寒を感じた。一体、どうして?


 彼等はフードを深く被っていて、表情がよく分からない。ふと、視線を彼等の腕に向ける――彼等は黒い腕輪をはめていた。


「(あの腕輪……魔道具の一種かしら?)」


 見るからに怪しげな腕輪。何か嫌な感じがする……見ているだけで心がざわつくような、気味が悪い腕輪だった。


「お嬢様、どうされました?」


「リリアさん、魔術師の方達が誘導されてますわ。急がないと」


「え、ええ……」


 不安感を胸に抱きつつも、私はエリスとロゼさん、避難してきた他の生徒達と一緒に中央省庁の中へと入っていった。






 ――もうすぐ、正午か。地下区画の奥深くにある魔法鉱石の鉱脈で、僕は侵入者である深淵教団の魔術師達を制圧。捕縛された彼等を、ラングレイ魔術師団団員のひとりが尋問している。


「答えろ、ここで何をしていた」


「全ては深淵の為に――」


「深淵の支配の為に――」


 しかし、尋問しても深淵教団の魔術師達は同じようなことしか口走らない。まるで会話が成立しない――深淵の事を讃える言葉しか口にしないなんて、本当に狂気に犯されているとしか思えない。


 尋問する魔術師団員以外は、魔法鉱石が採掘された痕跡があるかどうかを調べている。現状、何の報告も無いところをみると採掘されていないようだ。


 魔術師達と一緒に鉱脈を調べている市長に、グレイブ殿が声を掛ける。


「メルトディス市長、どうですか?」


「心配ない、我々が来るのが早かったのか――魔法鉱石は採掘されていないようだ」


 それを聞いて、一安心した。彼等のような危険思想の集団に利用されたら、それこそ一大事だ。


「……」


「市長、どうされました?」


「いや、本当に彼等の目的は魔法鉱石だったのか? 魔法鉱石が目的なら、もっと手練れの魔術師達を送り込むと思ってな」


「確かに……」


 市長とグレイブ殿も疑念を抱いているみたいだ。決して、弱いというわけではないけど無力化した深淵教団の魔術師達の実力はさほどのものではない。


 魔法鉱石が採掘出来る鉱脈という、重要な場所への侵入者なら手練れの実力者を送り込んだ方が成功する可能性は高いだろうに。


「何だ、これは……?」


 ふと、耳に入る声に僕達は視線をそちらに向ける。声の主は深淵教団に尋問していた魔術師団員。彼は深淵教団のひとりの腕を手に取っていた。


「どうしたんだ?」


「あ、市長……この魔術師の腕を見て下さい。何でしょうか、この腕輪は」


 僕達は、深淵教団の魔術師の腕に視線を向けた。その魔術師の腕には不気味な黒い腕輪がはめられていた。


 何だろう、この腕輪は……? 心がざわつくような、嫌な雰囲気を感じさせる。

 魔道具の一種だろうか。腕輪には、黒い魔法石が埋め込まれているみたいだ。


「何だ、この腕輪は……? 黒い魔法石など、見た事も無いが……」


 魔法技術の最先端を行くこの都市の市長を務めるメルトディス市長ですら、見た事も無い品物のようだ。


 魔法石は人間が発する魔法色と同様に、属性の色に対応している。火は赤色、水は青色、地は灰色、風は緑色、雷は黄色、光は白色となっている。


 黒い魔法石……黒色といえば、思い浮かぶのは闇の力――深淵の軍勢が発する忌まわしい力の色。


 先ほどから、黒い腕輪を見て感じるこの嫌な感じは深淵の軍勢が発するあの忌まわしい闇の力を感知しているからなのでは……?


「すみません、彼の腕からその黒い腕輪を外して頂けませんか?」


「え?」


「ディゼル殿?」


「ディゼルくん、どうした?」


「お願いします」


「は、はい」


 僕に促され、ラングレイ魔術師団の団員は深淵教団の魔術師の腕から黒い腕輪を抜き取った。すると、腕輪を取られた魔術師に異変が生じた。


 魔術師はブルブルと身体を震わせ始めた。目は血走り、口元からは涎を垂らす。明らかに正常ではない。突然の変化に、僕達は思わず息を呑んだ。


「がぁあああああああああああああああっ!」


 まるで獣ような咆哮を上げる魔術師に、思わず身構える。魔法鉱石の鉱脈を調べていた他の魔術師団員達も何事かと、現場に駆けつける。


 深淵教団の魔術師の身体から黒い光が発せられる。これは……深淵の軍勢が放つものと同じ闇の力? どうして、人間の魔術師が闇の力を発しているんだ?


 闇の力は深淵の軍勢だけが発するものの筈、闇の力を宿している人間なんて見た事も聞いた事も無い。


 まさか、確認されていないだけで闇の力を宿す人間が居たのかと思案していると、深淵教団の魔術師から発せられた闇の力が魔術師の肉体から離れていく。


 魔術師から分離した闇の力は天井に向かって飛んでいき、影も形も見えなくなった。一体、これは……どういう事なんだ?


 同時に、黒い腕輪に埋め込まれていた黒い魔法石が罅割れて砕けた。まるで役目を終えたかのように。


「……う、こ、ここは?」


「市長、魔術師の様子が――」


「ああ、我々の言葉が分かるか?」


 深淵教団の魔術師の瞳が僕達を捉える。先ほどまで、深淵を讃える狂気に満ちた瞳ではない。戸惑いの色が見える。


「ここは、一体……? 私は、何をして……確か、私は自宅でレポートの整理をしていた筈なのに」


「レポートの整理……何を言っている? 貴様、こんな大事を起こしておきながら何を言っている!?」


「待て!」


 魔術師団員が顔を真っ赤にして、その魔術師に掴み掛かろうとしたがメルトディス市長がそれを制した。市長は魔術師に声を掛ける。


「失礼だが、あなたの名前と身分をお聞きしたい」


「わ、私は帝国北部で魔法研究家をしているウィリアム・ローエンと申します」


「ウィリアム・ローエン……?」


「市長、どうされました?」


「1年ほど前に消息を絶ったという、帝国の魔法研究家の名前と一致する」


「何ですって……?」


「まさか、他の深淵教団の者達も――彼等の腕を調べろ!」


 メルトディス市長の言葉に従い、捕縛した他の魔術師達の腕を調べると同じ黒い腕輪がはめられていた。彼等からも腕輪を取り外すと、先ほど同じ現象が発生した。


 腕輪を外された魔術師達は、困惑した様子で周囲を見回していた。演技をしている様子はない。彼等は、自分達が何をしていたのか全く記憶に無いようだ。


 メルトディス市長が、黒い腕輪をまじまじと見つめる。


「まさか、この黒い腕輪には装着者を洗脳する効果があるというのか? いや、正確には埋め込まれていた黒い魔法石の方か」


 黒い魔法石は彼等の腕から腕輪を取り外すと、砕け散って透明色の破片と化していた。通常の魔道具に使用されている魔法石を使い切った時と同じ状態だ。


 魔道具に埋め込まれている魔法石は、魔道具を使用する毎に摩耗して最後は砕け散ってしまう。しかし、黒い腕輪に埋め込まれていた腕輪は外すだけで砕けてしまった。


 何か細工が施されていたのだろうか。腕輪の黒い魔法石を調べられないようにする為、腕輪を取り外したら魔法石が砕ける仕組みになっているのかもしれない。


 メルトディス市長が、腕輪を外した魔術師達に質問すると何れもが消息を絶っていた魔術師達だという事が判明した。住む国はバラバラで、それぞれに面識は無い。


 彼等は、あの黒い腕輪を装着されて――つまり、洗脳されてこの様な大事を起こしたのではないかと、メルトディス市長は判断した。


 ここに侵入した彼等は、体のいい捨て駒というわけか。一体何処の誰だ、こんな事を考えるのは……絶対に許せない。


「……」


「メルトディス市長、如何されましたか?」


「彼等は、私をここに誘き寄せる為の陽動役かもしれん」


「!」


 陽動役……そうだ、その可能性が高い。黒い腕輪で洗脳されていたと思われる彼等は、メルトディス市長をここに誘き寄せる役目を負わされていた。


 という事は、他の場所で何事かを為そうとしている連中が居るのでは?


 市長は、懐から何かを取り出した――通信魔法に用いる通信球だった。





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