第24話 忍び寄る影4
――午前11時前。ディゼルさんとグレイブさんが、メルトディス市長の救助に向かって、およそ1時間が過ぎた。私とエリス、ロゼさんは第4区画の大通りにあるベンチに腰掛けていた。
「メルトディス市長、大丈夫でしょうか。御無事ならいいんですけど……」
「ロゼ様は、メルトディス市長を尊敬されていらっしゃるのですね」
「当然ですわ、エリスさん! 術士を志す私の目標ですもの!」
瞳をキラキラと輝かせるロゼさん。彼女の言う事も一理ある。
メルトディス・ラングレイ市長といえば、王立学園術士科きっての天才術士と名高い。術士科に在籍する生徒なら、彼の名を知らない人間は居ない。
市長は、光に次いで希少な属性である雷の力を有しているという。2年前にこの魔法都市ラングレイを襲撃した深淵の軍勢を巨大な雷の一撃であっという間に討伐したという話は記憶に新しい。
ロゼさんは、以前からずっとこの魔法都市ラングレイに行きたいと話していた。王立学園を卒業したら、彼女はきっとこの街に遊学するに違いない。
「(ロゼさんが羨ましいな……)」
将来に関して不透明な私と比べて、憧れによるものだけど自分のやりたい事に情熱を注げるロゼさんが眩しく見える。私も何か、自分のやりたい事や夢が見つかるかな……?
「お嬢様、どうされました?」
「え? ううん――何でもないわ、エリス。ああ、そういえば……ロゼさん、グレイブさんを行かせてもよかったんですか?」
ちょっと、心配になっていた事があった。ロゼさんは、護衛を務めるグレイブさんをメルトディス市長の救出に向かわせた。私にはディゼルさんとエリスが護衛を務めてくれるから、どちらかが抜けてももうひとりが護衛をしてくれる。
だけど、ロゼさんの護衛はグレイブさんしか居ない。危険が迫った時に、彼女は大丈夫なのか――心配になる。
「フフフ……ご心配なく。万一の為に、グレイブさんから体術の心得を学んでいますわ!」
「そ、そうですか……」
た、体術を学んでいるって――ロゼさんの意外な一面に少し驚く。彼女は魔法技術に瞳を輝かせていることが多いから、肉体鍛練といったことには無縁だと思っていた。
「……興味深いですね。ロゼ様、具体的にどのような体術を学んでいるかお聞きしてもよろしいですか?」
「え、エリス?」
何時の間にやら、エリスが真剣な表情でメモ帳とペンを手に持っていた。い、一体、何処に持っていたのかしら……?
ロゼさんは、グレイブさんから学んでいると思われる体術に関する話をして、エリスは感心しながらメモ帳にペンを走らせていく。
「ありがとうございます、ロゼ様。とても参考になります……これらの技術を体得出来れば、ディゼル殿にも後れは取りません」
何やら、エリスの背後にメラメラと炎が燃え盛るようなオーラが見えたような……き、気のせいかしら?
ディゼルさんに後れを取らない……か。ディゼルさんは守護騎士を務めていらしたから、エリスよりも戦闘技術に秀でている。エリスも護衛のひとりとして、私を守る為の努力をしてくれている。
――私って、守られてばかりだわ。私にも、何か出来る事って無いのかな……。
気分が沈んでいる最中、街に設置されている放送用魔道具から女性の声が聞こえてきた。
『王立学園術士科の生徒の皆さん、市長補佐官を務めるアレッサと申します。先ほどの揺れは地震ではなく、深淵教団による破壊工作の一環であることが判明しました。万一の為、これから指定する避難所への避難をお願いします』
聞こえてきた放送に、周囲がざわつく。
深淵教団……近年、大陸各地で破壊活動といった危険な行為を行っている集団。そんな危険な人達がさっきの揺れを起こしたというの?
街を見物していた生徒達が、移動を開始している。避難所に向かおうとしているに違いない。
「お嬢様、ロゼ様。私達も避難所に向かいましょう」
「むう……もう少し街を見物したかったのに。おのれ、深淵教団……ッ!」
「ロゼさん、落ち着いて下さい……。何か問題でも起こしたら、学園長に怒られますよ?」
「そ、それは御免ですわ! い、急いで避難しますわよ!」
ロゼさん、本当に学園長には頭が上がらないのね。苦笑しながらも、私達は避難所へと向かった。
同時刻、ラングレイ中央省庁放送室。放送用魔道具に、自らのメッセージを伝えたアレッサ。しかし、彼女は明らかに普通の状態では無かった。瞳は虚ろで生気が無い。
腕には不気味な黒い腕輪を装着している。彼女の背後には、黒いローブを纏った怪人物が立っていた。
黒いローブの怪人物は、アレッサの腕から黒い腕輪を抜き取る。糸が切れた人形のように、彼女は床に倒れ伏した。倒れた彼女を気にも留めず、黒ローブの人物はその場から立ち去った。
――今は、午前11時くらいだろうか。僕とグレイブ殿は、メルトディス市長や魔術師団の方々と一緒に魔法都市ラングレイの地下区画の奥を進んでいた。
これは……奥に進んでいくと雰囲気が変わっていくことを実感する。この先は普通の場所ではないと肌で感じる。グレイブ殿に視線を向けると、無言で頷いた。
彼もこの先に何かがある事を察したようだ。
更に数分ほど歩くと、開けた場所に到着する。そこに広がっている光景に、思わず息を呑んだ。天井や地面、壁に至るまで赤色、青色、緑色、灰色、黄色、白色様々な色を発する岩石が存在していた。
その岩石が何であるか、理解出来ない僕ではない。そう、それは魔法鉱石。
僕やグレイブ殿も使っている魔法剣の柄などに使用される鉱石が、この場所には無数にあるのだ。もしや、ここは――魔法鉱石が採掘出来る鉱脈?
「ディゼルくん、グレイブ殿。察しているとは思うが、ここは魔法鉱石の鉱脈だ。この場所は私や一部の者、各国の国王陛下や重鎮しか存在は知らない。すまないが、他言無用で頼む」
メルトディス市長の言葉に首を縦に振る僕とグレイブ殿。当然だろう、この場所の事が外部に漏れれば、悪意ある者が手を伸ばす可能性が高い。
「(いや……既に悪意ある者が侵入している。深淵教団と呼ばれる達が)」
深淵を信奉するという、常人には理解出来ない思想を持つ集団が何らかの目的の為にこの都市に侵入している。
市長がこの鉱脈の調査に訪れたという事は、連中は魔法鉱石を悪用するつもりなのだろう。そのような悪行を見過ごすわけにはいかない。
「――!」
僕は身構えた。ここに来るまでの間に、既に感知術は発動させている。今まで全く反応は無かったが、漸く敵意や害意といったものを感知する。グレイブ殿も腰にある魔法剣の柄を手にしていた。
風を切る音が聞こえる――風の力によって生み出された真空の刃がこちらに向かって飛んできた。魔術師団に所属する団員のひとりが、結界を展開して風の刃を防いだ。
間髪入れず、今度は複数の火球が飛来する。魔術師達の結界と火球がぶつかり合う中、僕とグレイブ殿は動き出す。敵が潜んでいる場所を目指して駆け出す。
当然、それに気付かないほど敵も馬鹿ではない。僕とグレイブ殿にも魔法攻撃が一斉に放たれる。魔法剣の柄に魔力を込め、刀身を作り出す。飛来する火球や風の刃を魔法剣で捌きながら、前進する。
敵の放出魔法……それなりに威力はあるようだけど、大した事はない。
正直、グラン隊長や父さんと鍛練してた頃の方が生きた心地がしなかった。あのふたりから課せられた鍛練と比較すると、子供の遊びみたいな攻撃だ。
グレイブ殿も余裕みたいだ。実力的に見ても、守護騎士と遜色ない能力を有している。もし、彼が聖王国騎士団に入団していれば、間違いなく守護騎士になれていただろう。
正直、彼が守護騎士でないのは惜し過ぎる。彼は恩返しの為に、ブレイズフィール侯爵家に奉公する事を決めたのだから、第三者である僕が口出しするのは権利は無いのだけど……。
「(――居た!)」
攻撃してきたであろう敵を視界に捉えた。黒いローブを纏う魔術師らしき人間の姿が6人。フードを深く被っている為、顔はよく見えない。
「攻撃を止めろ――大人しく投降するなら、こちらから攻撃はしない」
グレイブ殿が、黒いローブの魔術師達に呼び掛ける。しかし、そんな彼の呼び掛けに魔術師達は応じない。
「深淵の支配を受け入れない者達に制裁を――」
「深淵の齎す世界こそが至高――」
「深淵を受け入れよ――」
黒いローブの魔術師達は、感情の籠っていない声で深淵を讃える言葉を発して魔法攻撃を仕掛けてきた。僕とグレイブ殿は、結界術を発動させて敵の魔法を防ぐ。
これが、深淵教団か――メルトディス市長が、狂信者達の集まりと言うのも頷ける。深淵を讃える言葉を発するなんて……耳にするだけで悍ましい。
この世界に住む僕達と深淵に住まう深淵の軍勢は、相容れない存在同士。その支配を受け入れろ? 聞いているだけで吐き気がしてくる。
元の時代で深淵の軍勢と戦ってきた僕には、絶対に受け入れられない。彼等が一般人に危害を加えるのなら、斬って捨てるのも辞さない覚悟だ。
人を斬った経験が無いわけじゃない。姫の護衛をしていた時に、不逞の輩から姫を御守りする為に相手を斬った経験は幾度かある。正直、人を斬るのは気分が悪くなる――何よりも、姫御自身が斬られた相手に悲し気な瞳を向けられるのを見るのが辛かった。
「ディゼル殿、戦闘中に考え事か?」
「……失礼」
グレイブ殿に声を掛けられ、現実に引き戻される。いけない、今は目の前の戦いに集中しなくてはならないというのに。戦場では、ほんの少しの隙が命取りだ。
「(……こんな時にまで、姫の事を思い出してしまうなんて)」
気持ちを切り替えよう。魔法剣の柄に込める魔力を調整する。結界を解除して、黒いローブの魔術師達に向かって駆け出す。雨嵐のように飛んで来る敵の魔法を紙一重で躱していく。
守護騎士として鍛練を積んだ僕には、敵の魔力の流れを読める。次に相手が何をするのか手に取るように分かる。深淵教団の魔術師達は、放出魔法による攻撃一辺倒――回避するのは容易い。
敵魔術師達の懐にまで辿り着いた僕は、魔法剣を一閃。彼等の両手足の腱を斬った。呻き声を上げて、彼等は地に伏した。
ラングレイの魔術師団の方達が駆け寄ってくる。彼等は指先から魔力を発して、光る縄を作り出すと、その縄で倒れている深淵教団の者達を縛り上げる。
彼等が使ったのは共通魔法の一種である拘束魔法。魔力で編まれた縄で敵を拘束する魔法だ。
感知術で周囲を索敵するも、他に敵は潜んでいないようだ。
メルトディス市長が傍にやって来た。
「感謝する、ディゼルくん。本来なら我々だけで捕縛しなければならなかったのだが」
「いえ、お役に立てて何よりです」
市長に一礼し、視線を深淵教団の魔術師達に向ける。僕は、ある疑念を抱いていた。
「(それにしても、妙だな……この程度の実力しかない魔術師達が、こんな重要な場所への侵入を任されたのか?)」
ハッキリと言わせてもらうが、魔法鉱石が採掘可能な鉱脈に送り込む刺客にしてはあまりにも実力が伴っていない。メルトディス市長をはじめとした魔術師団の方達だけでも簡単に制圧出来ていただろう。
嫌な予感がした。何か、異なる思惑が別の場所で行われているのではないか、と胸中に不安が渦巻いた。
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