第23話 忍び寄る影3
時刻は午前10時――朝食を終え、僕達は魔法都市ラングレイ市内を見物していた。今日は自由行動、午後6時までは自由に都市内を歩き回れる。術士科の生徒達は、都市の各地に散って各々の余暇を楽しんでいる。
僕はリリア嬢とエリス殿と共に、第4区画の大通りを歩いていた。大通りには多数の露店があり、魔道具がずらりと並んでいた。
「こ、これは……素晴らしいですわ!」
「ロゼ御嬢様、あまり高価な物を購入されてはカトラ様に叱られますよ」
「はう……そ、そうでしたわ」
向こうに見える露店では、ロゼ嬢が目を輝かせながら魔道具を手に取って見つめている。どうやら、購入を検討しているようだけど、グレイブ殿に釘を刺される。あまり高価な物を購入すると、カトラ学園長に怒られてしまうみたいだ。
リリア嬢に近付く不審者は居ないか気を配りつつ、僕も露店に並ぶ魔道具に視線を向ける。髪の乾燥に使う魔道具、調理に用いる魔道具など、日常生活に使われている魔道具が目に入る。
僕が居た時代にもこういった生活に使われる魔道具はあったけど、あの頃の物よりも品質や性能は格段に向上している。やはり、300年という時の流れは技術を進歩させるものだ。
「(――ん?)」
ふと、視線にある一団が目に入る。他の魔術師とは異なるローブを纏った団体が、周辺を警戒しながら歩いている。あれは、感知術を使用しているようだ。
雰囲気や立ち振る舞いからして、戦闘経験のある魔術師達……。
リリア嬢がポツリと呟く。
「あのローブは……ラングレイの魔術師団の方々ですね」
「ラングレイの魔術師団……ですか?」
「ええ、この都市の防衛を務める方達だと学園の授業で習いました。何かあったのでしょうか?」
確かに……何やらピリピリとした空気を彼等から感じる。この街の防衛を務める人間が、感知術を用いて周辺を警戒しながら巡回している。
もしかして、何か大事が発生しているのでは――そう思案していた時、突如として地面が大きく揺れた。
「きゃっ!?」
「お嬢様!」
転びそうになるリリア嬢をエリス殿が支える。僕は周囲を見回す。
「(今のは地震……いや、違う)」
これは、地震による揺れではない。何かが地面の下で爆発した……?
「地下区画で爆発……しかも、市長が調査に向かっている最中にだと!? これから、市長の安否確認に向かう!」
「――!」
魔術師団の魔術師のひとりが、水晶玉のような魔道具に話し掛けている。あれは……通信球か。通信魔法で会話している。
どうやら、この都市には地下施設が整備されているらしい。今の話を聞く限り、メルトディス市長が地下に調査に向かっている最中に爆発が起きて、巻き込まれてしまった可能性が高い。
これはまずい……万一、市長の身に何かあればこの街に多大な影響を及ぼす。
市長とは、早朝に顔を合わせただけの間柄だけど……どうする、救助に向かうべきだろうか? しかし、リリア嬢の護衛を放棄するわけにもいかない。
葛藤する僕に、リリア嬢が話し掛けてきた。
「ディゼルさん、その……今朝、メルトディス市長とお会いになられたんですよね。 救助に向かって頂けませんか?」
「リリア嬢……し、しかし、あなたの護衛が僕の務めです。それを放棄するわけには――」
「ディゼル殿、護衛があなただけではないということをお忘れですか?」
リリア嬢の隣に立つエリス殿が、凄まじい笑顔で圧力を掛けてきた。そ、そうでした……あなたも彼女の護衛でしたね。
――足音が聞こえる。振り返ると、ロゼ嬢とグレイブ殿が僕達のところに駆け寄って来た。
「メルトディス市長が事故に遭われたというのは本当ですの!? 」
「ええ。魔術師団の方の話ではそのようです。リリア嬢から、救助に向かうように頼まれました」
「では、グレイブさんも一緒に連れて行って下さい」
ロゼ嬢の申し出に面食らう僕。グレイブ殿も同様だ。
「ロゼ御嬢様、それは……」
「お願いします、グレイブさん」
「……分かりました、御嬢様がそう仰られるのなら。ディゼル殿、よろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします」
ロゼ嬢から直々に頼まれては、流石のグレイブ殿も断り切れないようだ。僕とグレイブ殿は魔術師団の方達のところに赴き、市長救出の協力を申し出た。
魔術師の方達は、少々困惑していたけれど、少しでも人手があればと了承して下さった。僕とグレイブ殿は、彼等と共にこの街の第4区画へと向かう。
地下区画への入り口は3ヶ所あり、ここから最も近場にあるのは正に僕達が今居るこの第4区画。報告によると、他のふたつは瓦礫で埋まって地下区画に向かおうにも瓦礫の撤去が必要とのことだ。完全に入り口が塞がっていないのは、第4区画にある入り口のみ。
第4区画にある地下区画への入り口から、地下区画に向かう。先頭を歩く魔術師団の方が照明用の魔道具で、明かりを照らしてくれる。本来なら、地下区画の天井にも照明用の魔道具が設置されているけど、爆発の影響からか地下区画の照明は完全に消えていた。
「(何者かが潜んでいる気配は無いな……)」
暗闇に乗じて、何者かが襲ってくるのではないかと思ったけど、今のところその気配は無い。グレイブ殿も周囲を警戒している。
やがて、開けた場所に到着する――そこには、光り輝く巨大な結界が張り巡らされていた。結界の上にある瓦礫が、ずり落ちて地面に叩きつけられる。
僕達と共に赴いた魔術師団の団員のひとりが、結界に近付く。
「市長、御無事ですか!?」
「ああ、問題ない」
結界を展開しているのはメルトディス市長だった。彼の周囲には、共に調査に赴いた魔術師団のメンバーの姿もある。市長は爆発が起きた際に、誰よりも早く結界を展開したのだろう。
どうやら、怪我人はおらず、全員無事のようだ。市長は、僕とグレイブ殿の存在に気付いた。
「ディゼルくんか……すまないな、君も救助に来てくれたのか。そちらの君とは初対面だな」
「ブレイズフィール侯爵家令嬢ロゼ・ブレイズフィールの護衛を務める、グレイブ・クロービスと申します。御無事で何よりでした」
市長に一礼するグレイブ殿。天井から、これ以上の瓦礫が落ちてくる気配は無いようだ。市長は結界を解除する。
「メルトディス市長、一体何が? 市長自らが何らかの調査に赴くとは、何か大事が発生しているのですか?」
「うむ……この街に敵が侵入しているのだ。狂信者の集まり――“深淵教団”がな」
「それは、真でございますか!?」
グレイブ殿が血相を変える。“深淵教団”……? そんな宗教聞いたことも無い。
少なくとも、僕が守護騎士だった時代にそのような名前の宗教団体など存在しなかったけど――。
というよりも、名前に深淵という名称が入っていることが気に掛かる。深淵と聞いて思い浮かぶのは、忌まわしき存在である深淵の軍勢が住まう世界だ。
「グレイブ殿、深淵教団とは?」
「知らないのか、ディゼル殿? 近年、大陸各地で破壊活動を行っている危険な宗教団体のことだ」
グレイブ殿が簡潔に説明してくれる。深淵教団とはここ数年、大陸各地に出没する危険思想を持つ団体だと。彼等が信奉するものは“深淵”。忌まわしい深淵の軍勢が住まう世界を崇めているという。
彼等は、この世界が深淵に支配されることを望んでいる……冗談じゃない、正気とは思えない。深淵の支配を望むなんて、まともな人間が考えることじゃない。狂信者の集まりと市長が仰るのも頷ける。
「都市の各区画を魔術師団に捜索させているが、発見に至っていない。そこで地下区画に潜んでいるのではないかと考えて調査に向かっていたのだ」
「なるほど……その最中に爆発が起きたのですね」
「天井に、爆破解体に用いる火の魔道具が設置されていたのだ。危うく生き埋めになるところだった」
生き埋めとは悪辣な……深淵教団とやらのやり方に怒りが込み上げてくる。
「ということは、連中は更に奥に進んでいると?」
「うむ、その可能性がある。ディゼルくん、グレイブ殿、外部の人間である君達にこんな申し出をするのは心苦しいが……連中の捕縛に協力してもらえないか?」
「ええ、協力させて頂きます」
「右に同じく」
「感謝する」
深淵教団……市長を亡き者にしようとするとは許し難い所業だ。そんな危険な連中を放置するわけにはいかない。メルトディス市長と魔術師団と共に、僕とグレイブ殿は地下区画の更に奥へと足を進めた。
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