第31話 一夜明けて


 ――私はグレイブ・クロービス。ブレイズフィール侯爵家の令嬢であらせられるロゼ御嬢様の護衛を務めている。今、私は魔法都市ラングレイの宿泊施設のロゼ御嬢様がお泊りになられている部屋に居る。


 室内に備えられたベッドの上で、ロゼ御嬢様は天井を見つめていた。


「グレイブさん……お、起こして下さい! 折角、魔法都市ラングレイに来たというのに、このまま街を観光出来ないのは……!」


「ロゼ御嬢様、心中お察ししますが……どうか、ご自愛下さい。他の生徒の方々も室内待機なのですから」 


「ぐぬぬ……おのれ、深淵教団! 絶対に許しませんわ……!」


 悔しそうな表情で天井を睨むロゼ御嬢様。これだけ元気があれば、街を観光出来そうなものだと、内心苦笑してしまう。


 深淵教団が起こした騒動から一夜が明けた。王立学園の生徒達は、闇の魔法陣に魔力を吸収された影響を考慮して、今日は全員が室内待機。自由に出歩けるのはこの宿泊施設内に限定された。


 私やメルトディス市長も闇の魔法陣に魔力を吸い取られたが、心身に悪影響は出ていない。アレッサ殿、エリシャ殿の御姉妹も影響は少ないようだ。


 学園の生徒や教官達も疲労などはあるようだが、命に関わる大事には至らなかったようだ。これも、ディゼル殿とリリア嬢のお陰だろう。


「(しかし、彼のあの力は――)」


 今回の件で、ディゼル殿が持つ力が光の力とは全く異なるものであるという事実を私は知った。 


 私とメルトディス市長を伴い、一気に地下区画から中央省庁にまで空間を飛び越えた魔法、深淵の力を退ける魔法陣、そして何よりも――虹色の魔法剣。


 私は彼が見せた虹色の魔法剣の正体を知っている。王立学園に在籍していた頃、授業で習ったからだ。かつて、この世界を深淵の侵略から救った“天の騎士”が振るったとされる天の力の魔法剣――“天剣”。


 歴史資料に記載されている天の騎士の名は『ディゼル・アークライト』。その昔、聖王国に存在した騎士の名家アークライト家の生まれとされる。


 ディゼルという名前、そして天の力を持っている事から導き出される答えはひとつしかないのではないか?


「(やはり、ディゼル殿本人に訊ねてみるべきか?)」


 実を言うと、深淵教団との一件が終えたあの後直ぐにディゼル殿と話をしようとした。しかし、彼は現場を目の当たりにした私やメルトディス市長達にこう告げた。


『申し訳ありませんが、僕の力の事は他言無用でお願いします。“今”の僕はディゼル・アークス――リリア嬢の護衛です』


 そう言った彼の真剣な眼差しに、私や市長達は何も言えなくなった。暫くすると、現場に駆けつけたラングレイ魔術師団の手によって、王立学園の生徒と教官達は運ばれていった。


 気にはなるが……ディゼル殿本人が話さない限りは、彼の力に関しては口出ししない方が良いのかもしれないな。


「グレイブさん、どうしたんですの?」


「……申し訳ございません、御嬢様。護衛でありながら、御嬢様の窮地に駆けつけるのが遅くなり……」


「それは、グレイブさんの責任ではありませんわ。まさか、深淵教団が避難場所で罠を仕掛けてくるなんて思いもしませんでしたわ」


 あの時、御嬢様に頼まれて地下区画に向かったものの、その間に御嬢様が危機に陥ってしまった。護衛として、やはり離れるべきではなかったのでは――。


「グレイブさん、暗い顔をされては私まで滅入ってしまいますわ」


「は……申し訳ございません」


「そういえば、今回の件でリリアさんが浄化魔法で私や他の生徒達を救って下さったと聞きましたけど?」


「ええ、リリア嬢の浄化魔法で闇の魔法陣が浄化されました」


 実際は、更に強まった闇の魔法陣の前にリリア嬢の浄化魔法の力は及ばなくなった。ディゼル殿の力で展開された魔法陣と、それによって増幅された彼女の浄化魔法で打ち破った……というのが真実だ。


「闇の魔法陣が無力化された後、メルトディス市長や我々で深淵教団を拘束しようとしたのですが――」


「……教団の人達は死んだのですね」


「ええ、彼等が装着していた不気味な黒い腕輪。おそらくは特殊な魔道具の一種と思われるのですが、腕輪から這い出てきた触手のようなものに突き刺されて、強引に魔力を吸い出されたようです。メルトディス市長の見解では、口封じの機能が腕輪に施されていたのではないかと……」


「酷過ぎますわ……っ」 


 嫌悪感に満ちた表情で御嬢様は、ベッドのシーツをきつく握り締める。御嬢様がこのような表情をされるのも無理は無いだろう。


 実際に見ていた私や市長達ですら、吐き気を催してしまいそうな光景だった。ミイラのように朽ち果てた深淵教団の魔術師達の姿が瞼に焼き付いて離れない。


 何故、あんな酷い事を平然と出来る? あの黒い腕輪の製作者には人の心というものが無いとしか思えなかった。


 




 ――ラングレイ中央省庁、放送室。僕はメルトディス市長とアレッサ殿、エリシャ殿と共にこの場所に赴いていた。アレッサ殿に頼まれたからだ。


 リリア嬢達に中央省庁へ向かう旨を放送用魔道具で呼び掛けたのはアレッサ殿だという。しかし、彼女のその辺りの記憶が曖昧らしい。


 十中八九、深淵教団が何らかの方法でアレッサ殿を洗脳したのだろう。


 メルトディス市長が放送室に入るといきなり魔力を発して、精神統一を行う。何をなされるのかと、思わず面食らう。


 市長は詠唱を始める――その詠唱を耳にして、僕はハッとする。彼が使用する魔法がどのような効果を持つのかを理解しているからだ。


 市長の魔力が放送室内に広がる……すると、半透明のアレッサ殿の姿が出現した。無論、アレッサ殿本人ではない。


 彼が発動させた魔法は、過去に何が起きたのかを再現する魔法“回想魔法”。現在、僕が体得しようとしている魔法だ。やはり、この方ほどの術者ともなれば扱いこなせるみたいだ。


 半透明のアレッサ殿――回想魔法で出現した、放送室で起きた過去の出来事の再現を僕達は注視する。回想のアレッサ殿が放送魔道具を起動させる。


『王立学園術士科の生徒の皆さん、市長補佐官を務めるアレッサと申します。先ほどの揺れは地震ではなく、深淵教団による破壊工作の一環であることが判明しました。万一の為、これから指定する避難所への避難をお願いします』


 回想のアレッサ殿は確かに、中央省庁に向かう旨を告げている。しかし、目は虚ろで明らかに正常な状態でない事は誰の目にも明らかだった。


「あ……!」


 声を上げたのはエリシャ殿だった。放送を終えた回想のアレッサ殿の背後から、深淵教団の魔術師が姿を現した。魔術師はアレッサ殿の腕を取る――虚ろな瞳の彼女の腕には、あの黒い腕輪が装着されていた。

 

 魔術師は彼女の腕から腕輪を抜き取る。回想のアレッサ殿は、気を失って床に倒れ、魔術師は足早に放送室から去っていった。


 回想魔法が途切れる。これが、ここで起きた真実か……。


「黒い腕輪を一時的にアレッサくんの腕に装着させていたのか」


「我々が地下区画で遭遇した、あの洗脳されていた方々と同じ状態になっていたという事ですか」


「姉さん、身体は大丈夫なの……?」


「ええ、疲労はあるけど……そこまで深刻じゃないわ」


 エリシャ殿は心配そうに姉を見つめていた。無理もない、深淵教団達はあの黒い腕輪によって命を奪われたのだから。 


 深淵教団が死んだのは、黒い腕輪から這い出てきた不気味な触手に魔力を根こそぎ吸い取られたからだろう。アレッサ殿は洗脳の為に、一時的に装着されて直ぐに取り外されたから問題なかったのだろう。


 僕は気になっている事を思い出し、メルトディス市長に訊ねた。


「メルトディス市長、確認しておきたい事があります。死亡した深淵教団が身に着けていた黒い腕輪に関してなのですが……」 


「私も気になって、回収した黒い腕輪を調べた。しかし……腕輪には吸収したであろう魔力は全く残っていなかった」


 あの後、市長は例の黒い腕輪を回収した。深淵教団の魔力を吸収した後、砕けて残骸と化した腕輪の回収は慎重に行われたようだ。


 何せ、目の前であんなおぞましい光景を目の当たりにしたのだ。慎重にならない方がどうかしているだろう。


 ラングレイの魔道具研究局で、魔道具制作に長けた魔術師達と共に市長は腕輪を調査するも……吸い取られた筈の魔力は残っていないという。

 

 一体、どう言う事なんだ……? それでは、あの黒い腕輪に吸収された深淵教団の魔力は“何処”に消えたのだろう?


 それ以上に気になるのは、あんな物を誰が作ったのかという事だ。あの黒い腕輪に纏わりつく忌まわしい感覚は、紛れもなく深淵の軍勢が扱う闇の力。  


 アレッサ殿達の話では、深淵教団を束ねる教皇が今回の事件を引き起こした元凶ではないかとの事だ。


 ……その人物を、深淵教団の教皇を僕は絶対に許さない。リリア嬢達の命を危険に晒した者への怒りで拳をきつく握り締めていた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る