第11話 地剣の守護者


 聖王国第一王女ノエル殿下の視察――聖王宮に帰還する馬車に乗り込んだ直後、深淵の軍勢の襲撃を受けた王女殿下は護衛を務める守護騎士と加勢に入った僕とグレイブ殿の手によって危機を脱した。


 僕とグレイブ殿は、学園長に王立学園上空の結界に綻びが生じていることを報告し終えると、学園の周囲を巡回する。万一、深淵の軍勢が居た場合、生徒達が襲われる危険があるからだ。


 精神を集中して周囲の感知を行う。共通魔法のひとつ“感知術”。主に殺気や敵意を持った存在を感知する為に使う魔法。


 騎士科の授業で最初に学ぶ魔法で、必ず習得することが義務付けられている。


 深淵の軍勢との戦いに身を置く騎士達には、必須の魔法といえる。奴等は、何時何処から襲撃してくるか分からない。


 学園の周囲を一通り巡回し終える。特に異常は見当たらないようだ。


 視線を上空に向ける。結界に生じていた綻びが、少しずつ修復されていくのが見て取れる。学園長と結界術に長けた術士科の教官達が、結界の修復作業を行っているのだろう。


「もう、深淵の軍勢の反応は無いようですね。グレイブ殿、王女殿下達は――」


「そろそろ、聖王宮に御到着されている頃だろう」


 王女殿下達は、襲撃が終結してから馬車で聖王宮に帰還された。時間的に、もう到着しているだろう。


 そういえば、グレイブ殿は妹のルディア殿を助ける際に魔法剣を使っていた。


 灰色の魔法剣……彼は地の力の持ち主、おそらくは“地剣”だろう。


「グレイブ殿、ルディア殿を助ける際に魔法剣を使っていましたね。地の魔法剣と見受けますが……」


「うむ、私が使うのは地剣だ。300年前の先祖が、双方ともに聖王国に仕えていた騎士でな。夫は地の力、妻は風の力を有していた。私は地の力を受け継いで生まれた」


 ――やはり、間違いなさそうだ。僕の友人だった、ジャレット・クロービスは地の力を有していた。そして、もうひとりの友人のアメリー・フュンリーは風の力の持ち主。


 グレイブ殿とルディア殿は、ジャレットとアメリーの子孫だ。疑う余地も無い。


 しかし、そうなると気になるのは、何故グレイブ殿が聖王国騎士団に所属していないのか、という点だ。彼の実力なら、守護騎士になっていてもおかしくない。


「ディゼル殿、どうやら私が騎士でないことに疑問を抱いているようだな」


「え?い、いえ、その――」


「まぁ、そんな疑問を抱くのも無理はない。実際、私もこの学園の騎士科の卒業生だからな」


 グレイブ殿も、この学園の騎士科に在籍していたのか……。


「私もゆくゆくは騎士団に所属し、守護騎士になることを夢見ていた……父が戦死しなければ、な」


「……!」


 グレイブ殿は、淡々と語り始めた。過去に何があったのかを。


 ――11年前、聖王国と帝国の境に深淵の軍勢が大量に出現する事件が発生。


 帝国の国境警備を行っていた騎士達は、すぐさま出撃し応戦を開始したが数が多く苦戦していたらしい。


 そこに救援要請を受けた聖王国騎士団が駆けつけた。この時、救援に来たのがグレイブ殿の父上が率いる騎士中隊だった。


 グレイブ殿の父上は、この戦いで多くの深淵の怪物を討ち果たすも部下のひとりを庇って戦死してしまった。


 そのショックで、グレイブ殿の母上は病に臥せってしまった。当時、まだ騎士科に在籍していた14歳のグレイブ殿、6歳の子供だったルディア殿が途方に暮れたのは言うまでもない。


 そんな彼等に、救いの手を差し伸べたのがブレイズフィール侯爵家。当時から王立学園の学園長を務めていたカトラ殿だった。


 ブレイズフィール家の援助もあって、ふたりの母上の病状は次第に快復。騎士科を卒業したグレイブ殿は、恩に報いるべく騎士団入りせずにブレイズフィール家に仕えることを願い出た。


 カトラ殿は、彼の才覚を騎士団で活かして欲しかったようだが、グレイブ殿は頑なに固辞し、その意志の強さに折れた彼女は彼をブレイズフィール家の護衛として迎えた。


 まだ幼かったルディア殿も、護衛を願い出たそうだけど、グレイブ殿が自分の代わりに守護騎士になる夢を叶えて欲しいと諭したようだ。


 ――きっと、ルディア殿は死に物狂いの努力をしたに違いない。そうでなければ、守護騎士になることなんて出来ない。


「……グレイブ殿は、後悔していないのですか?守護騎士を諦めたことを」


「後悔が全くないと言えば嘘になるな。だが――」


 グレイブ殿は、自らの魔法剣の柄を手に取って灰色の魔法剣の刃を生み出す。


「今の私は、ブレイズフィール侯爵家の護衛。ロゼお嬢様を御守りする地剣の守護者――そのことに誇りを持って生きている」


「そうですか――」


 地剣の守護者……彼からは、揺らぐことの無い不動の心を感じる。


 姫のことで、心ここにあらずなところがある僕とは大違いだ。僕も、彼の心意気を見習わなければ――。


「ああ、そういえば、この間のゴーレム騒動の時は素手でしたけど……」


「……私としたことが、魔法剣の柄を学園の廊下に落としていたらしい。ゴーレム騒動の後、学園の遺失物保管室に回収されていた」


「は、はぁ……」


 魔法剣の柄を紛失するって、大問題なんだけどなぁ……。


 彼の意外な一面を知った瞬間だった。





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