第12話 王宮への招待


「わぁ、凄い数の人ですね」


「お嬢様、離れないようにして下さいね」


「もう、エリスったら! 私、迷子になる年齢じゃありませんからね」


 頬を膨らませるリリア嬢に、クスリと笑みを浮かべるエリス殿。

 僕も苦笑しながら、護衛としてリリア嬢から目を離さないようにしている。


 今日、聖王都は多くの人々で溢れ返っていた。彼等は、ある一団を一目でも目にしようと集まっている。


 人々から、注目を浴びているのは聖王国騎士団――その中でも、精鋭騎士と名高い“守護騎士”達。この国で騎士を目指す者なら、誰もが憧れる存在だ。


 守護騎士達の中心には、馬を駆る威風堂々とした人物の姿が見られる。

 聖王国の現国王エルド陛下……ノエル殿下の御父上だ。


 あの御方もアストリア陛下とグラン隊長の子孫。なるほど、確かにグラン隊長によく似ている。隊長が年齢を重ね、更に貫禄を増した風貌に見える。


「ディゼル先生!」


 声を掛けられ、振り返るとライリー嬢の姿があった。彼女も騎士団の見物にやって来たようだ。


「ライリー嬢も来られていたんですね」


「はい! 守護騎士を目指す身として、先輩方の勇姿を目に焼き付けたくて」


 ああ、そうか。彼女は守護騎士になるのが夢だったな。

 憧れの騎士達が集っている、この場に駆けつけるのは当然か。


 ふと、僕は顎に手を当てた。そういえば、今日は一体何の式典なのだろうか?


 元の時代、守護騎士や王族の方がこのように聖王都内を行進するのは何らかの式典が催された時だった筈だ。


 ということは、今日は何らかの式典の日ということになるけど……。


「ライリー嬢、今日は何の式典かご存じですか?」


「あれ、知らないんですか? 今日は、天の騎士様の慰霊式です」


 一瞬、思考が停止した。自分の慰霊式と聞かされて。


 ああ、そうか――今日は、僕が隊長と共に深淵の王に挑んだ日。そして、戦死したとされる日か。


 まぁ、実際は死なずにこうして生きてはいるんだけど、戻ってきた時代が300年後では死亡扱いされてるよな。


「ディゼルさん、どうしま――あ、ライリーさん」


「リリアさん、こんにちは」


「ライリーさんもいらっしゃったんですね」


 リリア嬢がエリス殿と共にやって来る。

 丁度、守護騎士達が僕達の近くを通っていた。先頭の方には、ロイド殿やファイ殿の姿が見えた。ルディア殿は彼等より、少し後方を歩いている。


 不意に視線を感じた。誰かに見られている……?


 僕に視線を向ける相手は――馬を駆る国王陛下だった。

 しかし、陛下は直ぐに視線を前に向けられた。

 

 どうして、僕に視線を向けたのだろう?


 国王陛下とは面識は無い筈だけど……先日、僕が深淵の軍勢の撃退に加勢したことを、ロイド殿達やノエル殿下に窺ったのかな?






「ロイド、ファイ」


「「はっ、お呼びでしょうか」」


 国王エルドに呼ばれ、すぐさま馬を駆る国王の傍に寄るふたりの守護騎士。


「先ほど、赤髪の青年を見かけた。報告にあった、そなた達に加勢した若者ではないかと思う」


「彼が近くに来ていたのですか?」


「うむ……私も一目見たが、只者ではないな。それに――」


「陛下、如何なさいました?」


「いや、何でもない。確か、その若者はレイナード伯爵家令嬢の護衛を務めているそうだな?」


「間違いなく」


「ふむ……一度、会って話をしたいものだ。すまぬが、今日の慰霊式の後に王立学園に赴いてくれ」


「「御意」」






 慰霊式は滞りなく終了し、僕達は王立学園に戻って来た。

 すると、学園の正門付近に3人の騎士らしき人間の姿が。


「あれは……」


「しゅ、守護騎士の方達ですっ!」


 ライリー嬢が興奮気味に、3人を見つめていた。


 正門付近に居たのは、ロイド殿、ファイ殿、ルディア殿――先日のノエル殿下の視察に護衛として共にやって来た守護騎士の方々だ。


 代表として、ロイド殿が前に出る。


「ディゼル殿、先日は御助力感謝する」


「いえ、王女殿下が御無事で何よりでした。しかし、今日はどのような御用件でこちらに?」


「実はこれをディゼル殿に渡すよう、勅命を受けたのだ」


 そう言って、ロイド殿は招待状を手渡してきた。受け取ったその招待状の封には、聖王家の刻印が刻まれていた。もしや、これは――。


「エルド陛下が、ディゼル殿とお会いしたいそうだ」


「こ、こここ国王陛下が、でぃ、ディゼル先生にっ……!?」


「ライリーさん、静かに」


 大声を出すライリー嬢を、リリア嬢とエリス殿が抑える。

 まぁ、驚かない方がおかしいかな。国の重鎮や国賓でもないのに、国王陛下の招待状を受け取るなんて。


 しかし、まさか国王陛下から招待されるなんて。ということは、聖王宮に行くことになるのか。正直、気が重い。


『兄様、必ず帰って来て下さい』


 脳裏を過る、深淵の王との決戦に赴く際の姫との誓い。

 あの時の誓いを果たせなかった僕が、聖王宮に行く資格などあるのか……?

 

 しかし、国王陛下からの御招待を断ることなど出来ない。かつて、守護騎士だった身としてそのような非礼など出来よう筈も無い。かくして、僕は聖王宮へ行くことになった。


 ロイド殿達が帰った後、僕は招待状の封を切り、中身を確認する。すると、そこには――。


「どうやら、リリア嬢も招待されているようですね」


「わ、私もですかっ!?」


 あわあわした表情で、彼女は僕が持つ招待状を覗き込む。


 招待状の招待者の欄には、僕とリリア嬢の名前が記載されていた。

 もしかして、僕が彼女の護衛ということを察して、彼女の傍から離れないようにと配慮して下さったのかもしれない。


 ふと、寒気を感じた。凍りつくような視線を感じる。恐る恐る、後方を振り返るとそこには絶対零度の眼差しのエリス殿が。


「え、エリス殿――」


「お気になさらず、どうかおふたりで心ゆくまで楽しんでらして下さい♪」


 凄まじい圧力を感じる笑顔に、身体中から汗が噴き出そうになる。


 ああ、そうか――彼女は招待されていない。リリア嬢の傍に居られないのが不満なのだろう。僕を見る瞳が少し怖い……本当に、気が重いなぁ。


 聖王宮……かつて、守護騎士として僕が務めた聖王国の王城。再び、そこに足を踏み入れる日が来ようとは。300年も過ぎている、僕が知っている王宮とは大分異なっているだろう。


 果たして、何が待ち受けているか――。

 





 ディゼル先生が、聖王宮に招待されるなんて……騎士科学生寮の自室に戻った私は、ベッドの上で枕を持ってゴロンゴロンと転がっていた。


 彼が聖王宮に招待される理由はおそらく、深淵の軍勢から王女殿下を守ることに尽力した為だと言われている。


 ちなみに、私が駆けつけた時には既に深淵の軍勢は撃退されていた。守護騎士の方達やディゼル先生の勇姿を見たかったぁ……。


 ブレイズフィール侯爵家の護衛を務めるグレイブ殿も助太刀したという話も聞いている。グレイブ殿も、御家の事情さえなければ守護騎士になっていたかもしれないほどの逸材と言われている――くう、本当にその時に駆けつけていれば、彼等の大活躍を目に焼き付けられたのに!


 王女殿下が襲撃された時、私は魔法剣の鍛練に励んでいた。ディゼル先生のお陰で魔法剣の歪さは改善され、整った形状の魔法剣を維持出来る時間が長くなった。教官からも魔法剣が上達していると認められた。守護騎士になる夢に、少しずつだけど近付いていることが実感出来る。


「(そういえば、ルディア先輩も来てたなぁ……。うう、守護騎士の任務中だから話し掛けられなかったのが、残念の極み!)」


 正門付近に赴いていた守護騎士の中には、ルディア先輩の姿もあった。

 ルディア先輩は、騎士科を優秀な成績で卒業して騎士団入りした。

 先輩が騎士科に在籍していた時には、鍛練に付き合って貰ったりと大変お世話になったものだ。


 そして、もうひとり――ファイ・ローエングリン殿の姿を見た時は、意識が飛びそうになった。彼女は、私が目標にしている方だ。

 

 ファイ殿は、女性ながらも現在の守護騎士の中では上位に入る実力者として名が知られている。彼女は水の力を宿しており、水の魔法剣“水剣”を駆使した華麗な剣術は、見る者を魅了する。


 ルディア先輩もそうだけど、女性の守護騎士はそう多くない。その数少ない女性守護騎士でありながら、上位の実力を有していることに私をはじめとした騎士科の女生徒は彼女に強い憧れを抱いている。


 ――ハッ!? と、ということは、ディゼル先生は聖王宮でルディア先輩やファイ殿に会える可能性が高いってこと!?


「ふにゃーーーーーーーーっ! 羨ましいよぉ!!」


「ちょっと、ライリー!大声出さないでよ!!」


 そう言って、私の部屋にひとりの少女が入って来た。同じ騎士科に在籍している友人であるティナだ。部屋が隣なので、ちょくちょくやって来ることが多い。


「だって、ディゼル先生が聖王宮に御招待されるって聞いて……羨ましくて」


「ハァ……何で、アンタみたいのが騎士科のトップ3のひとりなのかしらねえ」


「努力してるからでーす」


 フフフ、こう見えて私、騎士科の中じゃ常に3位以内の成績を修めています。守護騎士になる為なら、どんな努力も惜しみません!


「ああ、それにしてもディゼル先生が羨ましい! 私も聖王宮に行きたい!」


「いやいや、無理に決まってんでしょ……。大人しく、騎士団入りするまで我慢しなさいよ」


 聖王宮に入るには色々条件があるけど、その中のひとつは聖王国騎士団に入団すること。私もティナも最終学年なので、騎士団入りはそう遠くない。


「ああ、今から待ち遠しい!絶対に守護騎士になってやるんだから!!」


「だから、大声を出すんじゃないっての!!」


 ……この後、巡回に来た教官に怒られ、正座させられた私達であった。





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