第13話 聖王宮


 ディゼルさんが国王陛下からの招待状を受け取り、数日後が過ぎた。今日は、天の日――この日は王立学園の授業は無い。国王陛下も、私の学業のことを考えてこの日に招待して下さったのだろう。


 私とディゼルさんは、聖王宮の城門前に赴いていた。当然だけど、私は緊張していた。この国を治める国王陛下から王宮に招待されたのだから。


「リリア嬢、少し落ち着きましょう。緊張されるのは分かりますが……」


「は、はい……」


 そ、そう言われても、目の前に聳える城門を目の当たりにしただけで頭がクラクラしてしまう。お姉様は、聖王宮には何度か赴いたことがあると仰っていたけれど、私は今日が初めてだし……。


 ディゼルさんが城門の警備をしている兵士に、招待状を渡す。


「暫し、お待ち下さい」


 やがて、兵士と共に黒髪の女性騎士がやって来た。守護騎士を務めるルディア・クロービス殿――グレイブさんの妹さんだ。


「おふたりとも、ようこそ。僭越ながら、私が案内役を務めさせて頂きます」


「感謝します、ルディア殿」


「今日は、よろしくお願いします」


「は、はい。恩人であるおふたりを御案内出来ることを光栄に思います」


 恩人だなんて……私は、怪我を治すくらいしか役に立っていない。

 私にも、ディゼルさんやルディア殿みたいに戦う力があれば……。


 ルディア殿に案内され、私達は聖王宮へと足を踏み入れる。

 そして、王宮内に入った途端――空気が変わったような気がした。外とは違う神聖な雰囲気を感じる。


 強い光の力を持つ、聖王家の方々が住まうゆえにこれほどの神聖さ、清らかさを醸し出しているのかもしれない。頬から伝う汗を拭うことも出来ず、聖王宮内の空気に圧倒されてしまう。


 そんな私の様子を察してか、ルディア殿が話し掛けてきた。


「リリア嬢、今の心境は何となく理解出来ます。私も、騎士団入りして初めて聖王宮に足を踏み入れた時は、同じ心境でしたから……」


 ルディア殿もそうだったんだ。確かに、この空気に当てられて緊張しない方がどうかしている。


 ディゼルさんは……特に変わった様子はない。聖王宮内に目を配っている。

 そういえば、ディゼルさんは元の時代では守護騎士――聖王宮に務めていたから、この空気に慣れているのかも。


 ――と、ディゼルさんが足を止める。何かを見つめている。

 一体、何を見ているのかしら? 気になって、私も視線をそちらに向ける。


 彼の視線の先には、大きな肖像画が飾られていた。白金の髪と瞳の美しい女性と銀髪の勇ましい男性が描かれている。


「どうしま――あ、そちらの肖像画は……」


「ルディア殿、こちらの肖像画に描かれている方々は……」


「300年前、深淵の戦い当時の女王アストリア陛下と守護騎士隊長を務め、戦後に国王となられたグラン陛下の肖像画です」


 アストリア女王と聖王グラン――その名を知らない人間など、この聖王国には存在しない。300年前に起きた、深淵の戦いで大きな活躍をした女王陛下と国王になられた守護騎士隊長は、この国の誉れ。


 ディゼルさんは、優しい微笑みを浮かべながら肖像画を見つめている。


「ええ、よく知っています――僕が、尊敬してやまない方々です」


「ディゼル殿……あの?」


「ああ、失礼しました。案内をお願いします」


「は、はい」


 ああ、そうか――肖像画に描かれたあの方々は、守護騎士時代のディゼルさんがお仕えしていた主君と尊敬されていた上官なのね。


 肖像画とはいえ、尊敬されていた方達の御姿を見ることが出来て、ディゼルさんはとても嬉しそう。


「(だけど……どうしてかしら。アストリア陛下の御姿を見ていると――)」


 私は、肖像画のアストリア陛下の御姿を見て、堪え切れないほどの懐かしさを感じていた。本などでアストリア陛下の名前や功績は知っているけれど、御姿を見るのは目の前にある肖像画が初めての筈なのに。


 まるで、家族と再会したような不思議な気分になっていた……一体、何故?


「リリア嬢、どうしました?」


「ご、ごめんなさい」


 ディゼルさんに声を掛けられ、私は彼の後に続く。いけない、今日は国王陛下が直々の御招待して下さったというのに。ルディア殿を先頭に、私達は聖王宮の廊下を歩く。


 聖王宮内には、警護の兵士や騎士が歩いている。その中でも最も人目を引くのは、守護騎士の方達。彼等は、聖王家の方々を御守りすることが責務。


 彼等は、守護騎士だけが身に纏える戦闘衣を纏っているので、他の騎士と見分けやすい。


 そういえば、保護した時のディゼルさんも彼等と同じ戦闘衣を着ていたことを思い出す。ボロボロだったので、今は私の実家に保管している。


 現在、修復しているとお姉様から送られた手紙に書かれていた。

 守護騎士の纏う戦闘衣は、特殊な素材で出来ているので修復には時間が掛かるとのこと。元通りになったら、ディゼルさんにお返ししないと。


 ふと、聖王宮で働くメイドの方達の声が耳に入る。


「あら、お客様かしら?」


「赤髪の方、素敵ね……。もうひとりの御令嬢も美しいわ」


「恋人同士かしら?お似合いね」


 ――恋人同士。その言葉が耳に入った途端、私の身体の奥底から熱が湧き上がってきた。胸が高鳴って、苦しくなる。


 ディゼルさんと私が恋人同士だなんて……私は隣にいる彼を見つめると、彼と目が合った。途端、心臓が大きく跳ね上がる。


「リリア嬢、大丈夫ですか?何処か御身体の具合でも悪いのでは……」


「だ、大丈夫です!」


 思わず、声を上げてしまう。周りの人達が驚いて私達に注目する。恥ずかしい……。真っ赤になって、俯いてしまう。






 ――みなさん、こんにちは。聖王国の守護騎士を務めるルディア・クロービスです……って、誰に自己紹介しているかしら、私。


 今日は、ディゼル殿とリリア嬢が聖王宮に招待される日。城門を警備していた兵士から、彼等が参られたと知らされた私は、おふたりを聖王宮へと御案内した。


 途中、ディゼル殿が肖像画の前で立ち止まった。肖像画に描かれている300年前の女王陛下と守護騎士隊長を務めた国王陛下の御姿を見つめる彼は、とても嬉しそうな顔をしていらした。


「ええ、よく知っています――僕が、尊敬してやまない方々です」


 尊敬は分かるけど……よく知っているってどういうことかしら? 300年前の女王陛下達のことは、文献に記されているくらいなものだけど……。


 不思議に思いながらも、私はおふたりの案内を続ける。やがて、聖王宮の廊下を歩いてるとメイドさん達の会話が聞こえてくる。


 どうやら、ディゼル殿とリリア嬢を注目している模様。ふたりが、恋人同士に見えているみたい。恋人同士……おふたりは護衛契約の関係だそうだけど、確かにそう見えなくもないわね。


 ……あ、リリア嬢が赤くなってる。メイドさん達の会話が聞こえてみたい。


 対するディゼル殿は特に変化は無い。ディゼル殿は今のところ脈無しみたいだけど、彼女の方は――。


 あ、甘い……何か甘い空気を感じる。身体がむず痒い。

 ほ、欲しい、苦いものが欲しい――。


「ぶ、ブラックコーヒー!何方か、ブラックコーヒーを!!」


「る、ルディア殿、どうしました!?」


「――ハッ!?」


 ディゼル殿に声を掛けられ、正気を取り戻す。


 し、しまった……つい、思っていたことを口に出してしまった!

 お客人を御案内している最中だというのに、何たる失態!


「ルディア殿」


 ディゼル殿、リリア嬢とは違う声が聞こえてくる。声の主に視線を向ける。


 視線の先には、ひとりのメイドが立っていた。いかにも、出来る女という雰囲気を醸し出している彼女は、聖王宮のメイド長ハンナ殿。


 ハンナ殿はトレイを持っていた。トレイの上にはコーヒーカップが置かれ、ブラックコーヒーが注がれていた。


「は、ハンナ殿」


「どうぞ」


「お、おふたりとも、暫し失礼します」


「「は、はぁ……?」」


 私は、ハンナ殿が用意したコーヒーカップを手に取り、熱々のブラックコーヒーを飲み干す。


「(嗚呼、苦い……甘い空気に侵食された身体が正常になっていく)」


「る、ルディア殿……あの?」


「も、申し訳ありません。急性甘味中毒に冒されまして」


「「きゅ、急性甘味中毒……?」」


 聞いたことも無い中毒症状に顔を見合わせるおふたり。


「お見苦しいところをお見せしました。さ、参りましょう」


「「は、はい……」」


 ハンナ殿、感謝します……彼女に一礼する。声にこそ出していないけど、お構いなくと彼女はペコリとお辞儀する。


 心に思ったことを口に出すなんて、私もまだまだ未熟だわ。後で、ロイド先輩やファイ先輩にキツイ鍛練をお願いしなきゃ!


 やがて、私達はエルド陛下が居られる謁見の間に到着した――。





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