第14話 聖王エルド
――ルディア殿に案内された僕とリリア嬢は、聖王宮の謁見の間に到着した。
再び、ここに足を踏み入れる機会が訪れるとは思わなかった。当然ながら、僕が知っている謁見の間とは内装が異なっている。
無理もない、僕の記憶にあるのは300年前、アストリア陛下が統治されていた頃の聖王宮の謁見の間なのだから。
謁見の間には、護衛の守護騎士の姿があった。ロイド殿、ファイ殿。
玉座にはこの国の現国王であらせられる聖王エルド陛下が座していた。
陛下のすぐ近くには、初めて見る守護騎士が控えていた。年齢はロイド殿達よりも10歳以上は上に見える。相当の手練れだろう。歴戦の騎士であると、本能で察した。おそらくは、彼が現代の守護騎士隊長なのだろう。
僕とリリア孃は、陛下の御前で跪いた。まず、リリア嬢から挨拶する。
「レイナード伯爵家の次女、リリア・レイナードと申します」
「リリア孃の護衛を務めるディゼル・アークスにございます」
「此度の招待を受けてくれたことを感謝する。ふたりとも、顔を上げて欲しい」
顔を上げ、陛下の御顔が瞳に映る――やはり、よく似ていらっしゃる。白金の髪と瞳はアストリア陛下と同様に聖王家の証といえる特徴。顔立ちは、僕が尊敬していたグラン隊長の面影がある。
「ディゼル殿、王立学園では守護騎士達に加勢してくれたことを感謝する」
「若輩者に勿体なき御言葉、光栄にございます。王女殿下の御身が御無事で何よりでした」
「リリア嬢、負傷したルディアの治癒に尽力してくれたことを感謝する」
「滅相もございません。治癒魔法しかお役に立てなくて……」
リリア嬢は、国王陛下の前もあってか緊張しているようだ。
「そんなことはない。そなたの治癒魔法が無ければ、ルディアは深刻な状態に陥っていたやもしれぬ。そうであろう、ルディア?」
「はい、リリア殿の治療のお陰で後遺症もなく、守護騎士の責務を果たすことが出来ます。心より、感謝しております」
「い、いえ……そんな」
真っ赤になって俯くリリア嬢。彼女は大したことはしていないと思っているかもしれないけれど、負傷によっては手遅れになってしまう者は少なくない。
この世界で負傷を治す方法は限られている。ひとつは治癒魔法――最も効果的な治療ではあるが、同時に最も希少な治療手段。治癒魔法は、光の力を持つ人間にしか使えない魔法だからだ。
もうひとつは、回復薬による治療。回復薬とは、治癒魔法と同じ効果を持つ薬草から作られる薬のことだ。回復薬に使用する薬草は聖王国の各地で栽培されており、負傷の治療には欠かせない。
欠点は、治癒魔法ほど早期の回復は見込めないことだ。治癒魔法は術者の技量が高ければ高いほど効果が増すが、回復薬は誰が作っても効果は変わらない。負傷が酷い場合は、大量の回復薬が必要になる。
最後のひとつは、自然治癒に任せることくらいしかないけど……それは、かすり傷程度の場合。この前のルディア殿の負傷は、自然治癒に任せていたら治るのに相当の期間を要しただろう。
「――ディゼル殿」
「はい」
陛下に話し掛けられ、僕は返事をする。陛下は、真っすぐ僕を見つめていた。
「客人のそなたに対し、不躾なのだが……ひとつ、頼みがある」
「何でございましょうか?」
「うむ、それは――」
エルド陛下の言葉が放たれる、正に直前。謁見の間の扉が開かれた。
扉を開いたのは、ひとりの少女。この聖王国の第一王女であらせられるノエル殿下その人だった。
「リリアおねーさんとディゼルおにーさんが来たって、本当ですか!?」
「……ノエルよ、そなたはこの国の王女なのだ。もう少し、慎みというものを身に付けなさい」
「はう……ご、ごめんなさい」
エルド陛下は、眉間を押さえながら溜息を吐かれた。注意されて、縮こまるノエル殿下。おそらく、僕とリリア嬢が招待されたことをお聞きになって会いに来て下さったのだろう。
「でも、恩人であるおふたり――特にリリアおねーさんには、また会いたいと思って……」
「……ふむ。リリア嬢、すまぬが暫くノエルの話し相手をしてくれぬか?」
「わ、私がでございますか?」
「どうやら、ノエルはそなたにもう一度会いたかったようなのだ」
ノエル殿下は、リリア嬢に会いたがっていたのか。同じ光の力を持つ者として、彼女に何か惹かれるものがあるのかもしれない。
「わ、わかりました。僭越ながら、ノエル殿下のお話のお相手を務めさせて頂きます」
「父上、ありがとうございます!」
「うむ……くれぐれも聖王宮から出てはならぬぞ」
ふたりは一礼して、謁見の間から出て行く。
「すまぬな、ディゼル殿。念の為に、ノエルとリリア嬢には王宮内を警護している守護騎士達に見守らせるように命じておこう」
聖王宮には強力な結界が張られているものの、何が起こるか分からない。王宮内の守護騎士達に見守って頂けるなら、僕も安心出来る。
「ありがとうございます。ところで、先ほどの話なのですが……」
「うむ、話が脱線してすまなかった。ディゼル殿――私と魔法剣を用いた試合をして貰いたい」
「……は? へ、陛下――今、何と?」
「私と魔法剣を用いた試合をして貰いたいのだ」
突然の国王陛下の頼み。陛下御自身と剣を交えて欲しいとのこと。
困惑する僕。いや、僕だけではなく、ルディア殿、ロイド殿やファイ殿も驚いた表情を浮かべていた。
「陛下、そのような御無礼は――」
「どうか頼む」
国王陛下と剣を交えるなんて、無礼はしたくはないけれど……陛下たっての願いを断るなんてことは出来ない。
「わかりました。陛下がそうお望みであれば――」
「感謝する――ダインよ、ディゼル殿を守護騎士の訓練場に案内してくれ」
「はっ」
陛下の傍に控える守護騎士が返事をする。ダイン……それが彼の名前か。
「ディゼル殿、訓練場に御案内する」
「よろしくお願いします」
暫くして、ダイン殿の案内で僕は守護騎士達が使う訓練場に赴いた。
ルディア殿をはじめとした謁見の間に居た守護騎士達も一緒だ。
エルド陛下により、他の者は決して訓練場に近付いてはならないという命が下された為、今いる面々以外の人間は誰も居ない。
「すまぬ、待たせたな」
エルド陛下が訓練場に入って来る。その服装は、守護騎士が纏う物とよく似た戦闘衣に変わっていた。僕と試合する為に、着替えていらっしゃったのだろう。
陛下の右手には、魔法剣の柄が握られている。その柄には見覚えがあった。僕が騎士として誰よりも尊敬した、グラン隊長が使っていた魔法剣の柄だ。やはり、子孫であるエルド陛下が受け継いでいたのか。
「いえ……陛下、ひとつお聞かせ願いたいのですが――何故、私と試合を?」
「……確かめたいことがあるのだ」
陛下の身体から魔力が発せられる。魔力は陛下が握る魔法剣の柄に伝わり、白色の刃を生み出す。光の力を収束した魔法剣“光剣”。僕には眼前に立つ陛下の御姿が、グラン隊長と重なって見えた。その光景に、心に動揺が走る――。
『如何なる状況でも、油断してはならない。一瞬の迷いが命取りになる』
隊長からよく言われた言葉を思い出し、心を静める。
僕も左手に魔法剣の柄を握り、魔力を通して白色の刃を生み出す。陛下は、僕の魔法剣を注視していた。
「では、ディゼル殿――始めようか」
「はい」
訓練場内の空気が一変する。嵐の前の静けさが消え、今にも暴風雨が襲い来るかのような空気が包み込む。ほぼ同時に、僕と陛下は地面を蹴って距離を詰めた。
陛下の振るわれる魔法剣と僕の魔法剣が激突する――訓練場内に、激突による衝撃が伝わる。
一撃、二撃、三撃……互いの魔法剣がぶつかり合う。魔法剣が激突する度に、訓練場内に閃光が奔る。
エルド陛下の実力は相当のものだ。流石にグラン隊長には及ばないけど、僕が居た時代の守護騎士の上位実力者と遜色ない。国王という多忙な身でありながら、この実力を維持する為に鍛練を欠かさず行っているに違いない。
陛下は、光剣による連撃を繰り出してきた――素早い四連撃。僕は、それらの斬撃を全て受け流し、陛下の魔力の流れを読む。
光の力を持つ陛下の魔力の流れは、淀みなく清らかな流れだ。戦闘中だというのに、これほど穏やかな魔力の流れをしているとは……。
守護騎士は、魔力の流れを見ることで次の行動を読むことに長ける。具体的に説明するならば、相手が次に攻撃、防御、回避のどの行動を取るのかを予測する。
そして、その逆――自らの魔力を制御することで、魔力の流れを抑制する。戦う相手にこちらの次の行動を読ませないようにすることも可能だ。どちらかといえば、自らの魔力の流れを抑えることの方が難しい。
魔力の流れというものは、ふとしたことで大きく乱れてしまうものなのだ。特に精神や心が不安定な人間の魔力は乱れやすい。
戦闘中という感情が昂ぶりやすい状況で、魔力の流れを乱れさせないのは至難の業だ。エルド陛下は、魔力制御の鍛練を相当積まれているのだろう。
僕が知る限りで、最も魔力制御に長けた騎士はグラン隊長だ。隊長はさざ波ひとつ起こさない魔力の流れをしており、次に何を仕掛けてくるのか、まるで先が読めなかった。今の僕では、隊長と同じ境地に辿り着くのはまだ先になるだろう。
エルド陛下の魔力の流れに、僅かながら動きが――仕掛けてくる。
光剣による上段からの振り下ろし。左に跳躍して躱し、続けざまに放たれた突きも回避する。
互いに、間合いを取る。陛下は、僕の魔法剣に視線を向けていた。
「……やはり、そうか。そなたの魔法剣――“光剣”ではないな」
「――!」
……見抜かれてしまったか。今の僕の魔法剣が、魔力の調整で外観を変えていることに。陛下ほどの実力者ならば、見抜いてもおかしくはない。
僕の本来の魔法剣は天の力を収束した“天剣”。陛下は、確かめたいことがあるとおっしゃられた。僕が“光剣”の使い手ではないと気付いていたのだろう。
僕が宿しているのは、天の力であって光の力ではない。陛下は、僕が光の力を宿していないと察したのだろう。同じ光の力を持っている者同士であれば、何か通じ合うものがある筈だから。
「ディゼル殿――そなたの魔法剣の真の姿を見せて欲しい。私の想像通りであれば、そなたの力はおそらく……」
……これは、隠し通すことは出来そうにない。だが、ここで天剣を見せてしまってもいいのだろうか? 僕にリリア嬢の護衛を依頼したフローラ殿、何よりもリリア嬢に迷惑が掛からないだろうか?
そんな僕の心情を察して下さったのか、陛下は守護騎士達に視線を向ける。
「この場に居る守護騎士達に厳命する。これから起きることは、決して口外してはならぬ――守護騎士として、誓えるか?」
「「「「はっ」」」」
ダイン殿を筆頭に、ロイド殿、ファイ殿、ルディア殿が跪く。
守護騎士達にとって、主君たるエルド陛下の御命令は絶対。誓いを破るような不忠者は、この場に存在しない。
「ディゼル殿」
「……はい」
この場で真実を知るのは、陛下と守護騎士である彼等のみだ。ここまで気を遣わせてしまっては、僕も覚悟を決めるしかないようだ。
魔法剣を握り締める手に魔力を通す。魔法剣が眩い輝きを放つ――。
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