第15話 時を超えた邂逅

 

 守護騎士の訓練場。私達が、鍛練や試合を行う時に使うこの場所でエルド陛下とディゼル殿が魔法剣による試合を行っている。


 眼前で繰り広げられる戦いに、私は目を離せなかった。ロイド先輩やファイ先輩も同様に、おふたりの戦いの戦いを食い入るように見つめていた。

 

 エルド陛下は光剣を用いた剣術の達人として知られている。その陛下の剣を、ディゼル殿は全て捌いている。


 王立学園で彼が鉄人を一撃で斃した姿を見たけど、あの時はまるで本気じゃなかったんだ。陛下と互角に渡り合うなんて……。


「信じられん……彼は、本当に何者だ?」


「陛下とあそこまで戦える相手なんて、ダイン隊長だけの筈よ……」


 ロイド先輩とファイ先輩は、守護騎士の中でも上位に入る実力者。そのふたりでも、陛下と剣を剣を交えれば、数分足らずで敗北するだろうと語っていた。

 

 ここに居る守護騎士の中で、冷静に戦いを観戦しているのはひとり――守護騎士隊長を務めるダインだけだった。ダイン隊長は、ディゼル殿の戦いを観察しながら感想を述べた。

 

「あのディゼルという若者、大したものだ。陛下の魔力の流れを読んで、次の行動を予測しているとは……」


 魔力の流れを、読む――? ダイン隊長の口から放たれた言葉に私やロイド先輩達は息を呑む。それは、守護騎士が鍛練することで体得する技術の筈。先輩達はともかく、2ヶ月前に守護騎士になったばかりの新参者である私は、当然ながらまだ体得出来ていない。


「(ディゼル殿が、魔力の流れを読むその技術を体得しているというの?)」


 なら、彼は守護騎士――いえ、そんな筈はない。ディゼル殿を聖王宮で見かけたことなんて一度も無い。そもそも、彼が守護騎士なら陛下がディゼル殿のことを知らないわけがない。


 私と同年代でありながら、彼は光の魔法剣を扱え、あれほどの戦闘技術を備えている。どう考えてもおかしい……ロイド先輩も言ってたけど、彼は一体何者なの?


 やがて、おふたりは互いに距離を――間合いを取った。陛下は、ディゼル殿の魔法剣を見つめていた。陛下の口から放たれた言葉は……。


「……やはり、そうか。そなたの魔法剣――“光剣”ではないな」


 ……え? 光剣じゃないって、どういうこと?


 だって、あれは何処からどう見ても、光の力を収束した魔法剣じゃ……。

 疑問を抱く私とは対照的に、ファイ先輩が何かに気付いたように呟く。


「まさか……魔力を調整して刀身の色を、魔法剣の外観を変えている?」


 私もロイド先輩も、ハッとした。魔法剣は、魔力を調整することで外観を変えることが出来るという。しかし、あくまで外観が変わるだけで魔法剣の本質が変わるわけではない。


 つまり、ディゼル殿の魔法剣は光剣以外の魔法剣ってことになる。だけど、どうしてわざわざ魔法剣の外観を変えているのか理解出来ない。外観を変えたところで、何かメリットがあるわけじゃないし……。


「知られては、大事になるのだろうな……」


「ダイン隊長……?」


 知られたら大事になるって、どういうこと?隊長に尋ねようとしたら、陛下の御言葉が聞こえてきた。


「この場に居る守護騎士達に厳命する。これから起きることは、決して口外してはならぬ――守護騎士として、誓えるか?」


「「「「はっ」」」」


 陛下の御命令に、私達は即座に跪いて返事をした。一体、これから何が起きるというの……?


「ディゼル殿」


「……はい」


 陛下に名を呼ばれ、頷くディゼル殿。彼が左手に握り締めている白色の魔法剣に変化が生じる。眩い輝きが発せられる――。


「あれは……」


 その光景は、例えるなら塗装が剥がれるとでも言えばいいのか。白色の魔法剣に罅割れが生じていき、その下から見たことも無い虹色の輝きを放つ魔法剣が出現する。


 あれが、ディゼル殿の魔法剣の本当の姿? だけど、何なのあの色は……虹色の魔法剣なんて見たことが無い。光、雷、地、水、火、風のどれにも当てはまらない色の魔法剣だとでも――。


「まさか、そんな……」


「“天剣”――天の力の魔法剣……!?」


「え?」


 天の力って、確か昔話に出てくる英雄……天の騎士が使う力のこと?


 ちょっと、待って……頭が混乱してきた。どうして、ディゼル殿がその力を持っているの? それじゃ、まるで彼が――。


「こうして、深淵の王を封印した英雄に会えるとは……人生は何が起きるか予測出来ないものだ。幾星霜を経て、よくぞ故郷に戻って来てくれた――天の騎士ディゼル・アークライトよ」


 天の騎士――その名前が陛下の口から紡がれた瞬間、私の心臓は大きく脈打った。天の騎士と言えば、300年前に深淵の侵略から世界を救い、若くしてその命を散らしたという、この聖王国が誇る英雄。


 ディゼル殿が、深淵の王を封印したあの伝説の英雄騎士……!?


 考えてみれば、昔読んだ本や学園の授業で習った歴史に出てくる天の騎士の名前が“ディゼル・アークライト”であることを今更ながら思い出した。


 だけど、どうして300年前の英雄が目の前に居るの? 天の騎士は、深淵の王を封印する戦いで命を落とした筈なんじゃ……。


「陛下、私は英雄などではございません。あの御方との誓いを守ることが出来なかった騎士です」


「あの御方というのは……」


「はい、かつての聖王国の第二――」


 ディゼル殿の言葉が途中で止まった。その表情が強張った。

 何事かと、その場に居る全員が困惑するも、彼は、虹色の魔法剣の刀身を消して柄をホルダーに納める。


「陛下、お話の途中失礼します――リリア嬢に何かあったようです!」


「何……!?ディゼル殿、どういうことだ?」


 リリア嬢に何かあったって……ここは聖王宮、守護騎士達が護衛している。

 仮に侵入者が居ても、彼等なら大抵の相手は拘束出来る筈……。


「陛下、聖王宮内で魔法を使う非礼をお許し下さい」


 ディゼル殿は一礼したのち、身体から虹色の魔力を発し――その場から瞬時に姿を消した。彼の気配は、訓練場から跡形もなく消える。


 私も、ロイド先輩やファイ先輩も周囲を感知術で探るも彼の気配は何処にも感じられなかった。


「き、消えた……!?」


「“空間転移”――離れた空間座標に一瞬で移動するという、天の力を持つ者だけが使える固有魔法よ。まさか、この目で見る機会が訪れるなんて」


「陛下」


「うむ……リリア嬢に何かあったということは、傍に居るノエルにも何かあった可能性が高い。皆、急いでノエルとリリア嬢を捜してくれ」


「「「「御意!」」」」


 ディゼル殿が天の騎士ということを知っただけでも、困惑しているこの状況下で、今度は何が起きているというの?


「ルディア、色々気になっているのは理解出来なくもないけど、今は守護騎士の責務を果たしなさい」


「は、はい!」


 ファイ先輩に注意され、私は気を引き締める。そう、私は守護騎士なんだ。

 ディゼル殿の話も気になるけど、今はノエル殿下達を見つけなくては――。





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