第10話 聖王家の姫(後編)


「あの、王女殿下がこちらに来られるみたいですけど……」


「え?」


 王女殿下が、僕達の所に駆け寄って来ようとしていた。一体、どうして――?


「あの――きゃっ」


 と、王女殿下が眼前で転ぶ。慌てて、僕とリリア嬢は駆け寄る。

 守護騎士達もすぐさま駆けつけた。


「殿下、お怪我は!?」


「いたた……大丈夫です。ちょっと転んだだけです」


「――殿下、失礼致します」


「え?」


 リリア嬢が殿下の前に両手を広げた。身体から優しい光が発せられる。

 光は殿下の身体を包み込む――治癒魔法の光だ。


「ふえ……痛くなくなりました」


「御無礼をお許し下さい。殿下に治癒魔法を施させて頂きました」


「おねーさん、光の力を持っているんですか?」


「はい」


 守護騎士達が驚いた表情に変わる。無理も無いだろう、光の力の持ち主は滅多に居ない。聖王国では、聖王家の人間くらいなものだ。


「――申し遅れました、リリア・レイナードと申します」


「侍女を務めるエリスと申します」


「護衛を務めるディゼル・アークスと申します」


 リリア嬢、エリス殿、そして僕は殿下に御挨拶する。


「はい、よろしくなのです!」


 ……見た目は幼いアストリア陛下だけど、中身は全然違うなぁ。

 無邪気、天真爛漫という言葉がよく似合うというか。


「ディ……ゼル……」


 ん……? 誰かに名前を呼ばれたような――呼んだのはルディア殿?

 どうしたんだろう、僕を見つめている?


「あの、どうかされましたか?」


「え? い、いいいいえ、何でもありません!」


「?」


 ルディア殿は真っ赤になって、頭を下げた。

 な、何だろう?僕、何かしたかな?


 どうやら、王女殿下はリリア嬢に親近感を感じて近付いて来たらしい。


 騎士科時代、授業で同じ力を持つ者は何か通じ合うものがあるという話を教官がしていたのを記憶している。


 王女殿下は、本能的にリリア嬢が同じ力を持つ者だと感じたのかもしれない。


「ん~~~……でも、同じ光の力を持つだけじゃないです。おねーさんを見ていると、何か懐かしいというか。何処かで会ったことありませんか?」


「い、いえ……王女殿下とお会いするのは今日が初めてです……」


 リリア嬢、緊張してるなぁ。相手が王女殿下じゃ無理もないけど。

 まぁ、僕も姫の護衛を務め始めた頃は似たような感じだったか。


 一国の王女殿下と接するなんて、緊張しない方がどうかしている。


 それにしても、今回が初対面の筈なのに殿下がリリア嬢を懐かしいと思っていらっしゃるのはどういうことだろう?

 

 と、金髪の守護騎士――ロイド殿が王女殿下に話し掛ける。


「殿下、そろそろ参りましょう。学園長への御挨拶のお時間が近付いています」


「むー……もう少し、お話したかったです……。リリアおねーさん、またいつかお会いしましょう!」


「は、はい」


 ノエル殿下達は、守護騎士達と共に去っていく。

 リリア嬢がふらっとなる。即座にエリス殿が肩を支える。


「お嬢様、お疲れさまでした」


「き、緊張しました……お、王女殿下にお声を掛けて頂けるとは思いませんでしたから……」


 緊張の糸が切れたみたいだ。直ぐに反応して、リリア嬢を支えたエリス殿は流石としか言いようがない。


 殿下達は学園長に挨拶があると言っていたから、もう少ししたらお帰りになられるだろう。何事もなく視察が終わられるといいけど――。







 学園長を務めるカトラ様への御挨拶と対談を終え、私達は聖王宮に帰還する為に学園前の馬車に乗り込もうとしていた。


 特に問題なく、視察が終わってよかった。後は、聖王宮に帰還するだけだ。


「ルディア、気を抜くな。こういう時こそ、周囲への警戒を怠るな」


「は、はい」


 ロイド先輩の言葉に身体が強張る。そう、まだ安心する時じゃない。

 何時、何が起こるか――気を抜いてはいけない。

 ノエル殿下、ファイ先輩が馬車に乗り込もうとした……その時だ。


「ルディア、結界術だ!」


「!」


 ロイド先輩の声に反応し、私は結界術を発動する。ロイド先輩も結界術を展開した。


 馬車の周囲を二重の結界が覆う。と、同時に上空から何かが落下してきた。

 落下してきたのは複数の黒い塊。黒い塊が結界に激突する。


 耳障りな奇声が響き渡る。黒い塊の正体は――漆黒を纏う異形の怪物。


「深淵の軍勢……何故、聖王都内に!?」


 漆黒を纏う怪物は、深淵の軍勢と呼ばれるこの世界とは表裏一体の世界からの侵略者――どうして聖王都内に居るの!?


 聖王都には結界が張られていて、そう簡単に奴等は侵入出来ない筈なのに……。


 って、ボサッとしてる場合じゃない!殿下を御守りしないと!!


 私とロイド先輩は魔法剣に使う柄を握る。柄に魔力を通し、刃を構成――ロイド先輩は赤い刀身の炎剣、私は緑の刀身の風剣を作り出す。


 ロイド先輩が炎剣を振るう。斬られた漆黒の怪物の一体が、全身を炎に包まれて焼き尽くされた。炎剣は斬った敵を炎で焼き尽くす魔法剣。高い攻撃力を誇る。


 私は風剣を前方から迫る数体に向かって、振り下ろす。凄まじい風圧と共に複数の風の刃が怪物達を切り刻む。風剣は攻撃範囲に秀でている。複数の敵を相手に有利な魔法剣。


「ファイ先輩、殿下は――」


「馬車の中よ。大丈夫、私の結界で馬車を包んでいるから」


 ファイ先輩は、今回の護衛の中で特に結界術に長けている。殿下をお任せしても大丈夫だろう。


 残る深淵の軍勢を掃討しないと――。


「ルディア、そこから離れろ!」


「……ッ!?」


 その声に即座に反応出来たのは幸いだった。私がその場から跳躍して離れたのと同時に、轟音が鳴り響いた。


 舞う土埃に目が眩みそうになる。大きな影が眼前に姿を現す――漆黒を纏う鋼鉄の巨体を持つ異形が。


「鉄人……!? 馬鹿な、上位種が聖王都内に……!!?」


 上位種とは、その名の通り深淵の軍勢の中でも上位の戦闘能力を持つ怪物だ。

 目の前に現れたのは、鉄人と呼ばれる鋼鉄の巨体を持つ上位種。私も目の当たりにするのは初めてだ。


 私は風剣を鉄人に向かって振るう――。


「待て、ルディア!そいつに遠距離攻撃を仕掛けるな!」


「――え」


 ロイド先輩の制止の声が響く。しかし、既に遅かった。


 鉄人の漆黒の鋼体がどす黒い光を発する――私の風剣から放たれた風の刃が、そのまま私に向かって跳ね返って来た。


「あ、ぐぅう……っ!」


 私は咄嗟に結界を張った。反応出来たのは奇跡だったとしか思えない。

 身体中に、自身の放った風の刃による裂傷が刻まれる。


 致命傷にならなかったのは、結界術を使ったお陰だ。そうでなければ、命が危うかったかもしれない。


 ――迂闊だった。深淵の軍勢の中には、こちらの攻撃を反射する敵が居るということを忘れてしまっていた。目の前の鉄人も、遠距離攻撃を反射する能力を有していたのだ。


「ルディア、後ろ――!」


 ファイ先輩の必死な声に反応する。背後に気配が――まだ仕留めていなかった深淵の怪物が、爪を振り下ろしてくる。


 駄目、結界が間に合わな――。


「全く、世話が焼ける妹だ」


 轟音と共に、私に襲い掛かろうとした深淵の怪物が大きな灰色の刃に押し潰されて、塵となる。


 唖然としている私の前に、灰色の魔法剣“地剣”を持つ兄さんの姿があった。


「に、兄さん……」


「まだまだ一人前の守護騎士には程遠いな」


 ……ぐうの音も出ない。助けられたから、文句を言える立場じゃない。


「どうやら、招かれざる客が来訪したらしいな。彼と共に助太刀に来た」


「え……彼って?」


「あそこに居る」


 兄さんが指差す先に目を向けると、鉄人と相対する赤髪の青年の姿が。

 ディゼル殿……そう、レイナード家の護衛を務める彼だ。


 鉄人がディゼル殿に向かって、拳を繰り出す。けれど、彼は全く動じない。

 繰り出される拳に自らの掌をかざす。白い結界が展開され、鉄人の拳を防ぐ。

 結界に触れた鉄人の拳に罅割れが生じた。


「途轍もなく強力な結界だわ……私以上かもしれない」


 ファイ先輩が驚いた表情で、ディゼル殿の結界を評価する。結界術に長けた彼女にそこまで言わせるなんて。


 ロイド先輩は……馬車に近付こうとしている深淵の軍勢を斬り伏せていた。


 ディゼル殿が結界を解く。彼は左手に魔法剣の柄を握っていた。柄から白色の刀身が作り出される。


「白色の魔法剣……」


「“光剣”だと……!?」


 私とロイド先輩は、彼の持つ魔法剣から目が離せなかった。


 白色の刃――光の魔法剣“光剣”。光の力を持つ者が作り出せる魔法剣。

 私が知る限りでは、光剣の使い手は国王陛下や公爵家の血筋の方しか居ない。


 一閃――ディゼル殿の光剣が鉄人を真っ二つに斬り裂いた。ゴトンという鈍い音を立てて、ふたつに分かれた巨体は塵となって消えた。上位種の鉄人を一撃で斃してしまうなんて……。


 ロイド先輩に目を配る。彼は私に向かって首を横に振った。

 今回の護衛の中でも、一番腕が立つロイド先輩でも鉄人を斃す力量はあるけれど、それでも今のディゼル殿のように一撃では無理なようだ。


 ディゼル殿が私のところにやって来る。


「ルディア殿、大丈夫ですか?」


「は、はい……大した怪我ではありません」


「ですが、出血が酷い。直ぐにでも止血を――」


「私に任せて下さい」


 視線を学園の方に向けると、リリア嬢とロゼ嬢、エリス殿の姿が。

 リリア嬢は私の傍まで来ると、両手を広げた。ノエル殿下にも施した治癒魔法の暖かな光が、私の身体を包む。痛みが消えていく――。


「傷は塞がりました。他に痛むところはありませんか?」


「大丈夫です、ありがとうございます」


「御無事で何よりです。ディゼルさんが、大急ぎでこちらに向かった時は何事かと心配しました」


 ディゼル殿、深淵の軍勢の気配に気付いて駆けつけてくれたんだ。

 ということは、気配を感知する感知術にも長けているんだ。


「殿下、御無事ですか?」


「大丈夫です!」


 馬車から、ノエル殿下が顔を出している。御無事でよかった。


 ……あれ、ディゼル殿が空を見上げている?


「ディゼル殿、どうしたんですか?」


「どうやら学園上空の結界に、僅かながら綻びが生じているようですね。深淵の軍勢は、そこから侵入したのでしょう」


 結界の綻び……? 私もディゼル殿と同じ場所を見つめる。

 あれ、かな――確かに、少し違和感を感じる部分がある。


「もうひとつ、理由があるとすれば強い光の力を持つノエル殿下の気配を察知して、奴等は出現したのでしょう」


 ――そうか、奴等は王女殿下の力を察知して来たんだ。

 深淵の軍勢にとって、光の力は忌むべき力だから。不倶戴天の天敵を消す為に、襲い掛かって来たのね。


 あ……殿下が馬車から降りていらっしゃる。ディゼル殿の所に向かっている?

 ディゼル殿は殿下の前に跪く。


「ディゼルおにーさん、ありがとうなのです!」


「殿下の御身が御無事で何よりです」


 ……ディゼル殿の立ち振る舞い、凄く洗練されている。


 まるで、本物の騎士みたいに見える。彼は、一体何者なの?

 あの魔法剣や結界術の腕前から守護騎士だと言われても、全く違和感を感じないんだけど……。


 こうして、新米守護騎士の私の濃密な1日は幕を閉じた。ほ、本当に疲れた。

 今日は色々な出来事が起こり過ぎて、忘れられない1日になりそう。


 そして、この出来事からそう間を置かず、私は再び彼――ディゼル殿と再会することになる。





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