第9話 聖王家の姫(前編)

 

 早朝――王立学園内がざわついている。何事かあったのだろうか?

 リリア嬢も興味があるのか、ざわついている場所に視線を向ける。


「何かあったのでしょうか?」


「お嬢様、皆さんはあの掲示板を見ているようですね」


「掲示板……?あれは――」


 エリス殿が指差す先には、掲示板がある。生徒達はそこに集まっているようだ。


 僕は、生徒達が見ている掲示板に視線を集中する――共通魔法のひとつ“遠隔視”を使う。主に遠くにある物を見る時に使う魔法だ。


 ここから掲示板までの距離はそれなりにあるが、はっきりと見える。


 掲示板に張り出されている一枚の紙。内容は『聖王家第一王女ノエル殿下が視察に来られる』とのことだった。


 聖王家の視察、か……。僕も姫と共にこの学園に視察に来たことを思い出す。

 現代でも、同じように王家の方が視察に来られるというわけか。

 

「リリア嬢、エリス殿、どうやら王女殿下が学園の視察に来られるようです」


「お、王女殿下がいらっしゃるのですか?」


「ええ、掲示板の張り紙によれば、数日後にお越しになられるようですね」


 第一王女ノエル殿下――おそらくは、アストリア陛下とグラン隊長の子孫。


 かつてお仕えした女王陛下と、尊敬していた上官の血を受け継ぐ御方。こんな形とは言え、おふたりの子孫の姿を見られるとは……人生とは何が起きるか分からないものだ。


 生徒や教官達の顔も、緊張しているように見える。当然だろう、王族の方が視察にいらっしゃるのだ。粗相のないように心掛けようとしているに違いない。


「(王女殿下が来られるということは、護衛に守護騎士が来るだろうな……)」


 僕がアリア姫の護衛を務めたように、ノエル王女の護衛を務める守護騎士が居る筈だ。一体、どんな方達が来るのだろう?






 ――聖王家。千年以上の歴史を誇る聖王国を統べる家系。


 現在の国王夫妻の間には、王女と王子の二子が居る――第一王女ノエルと第一王子ヨシュア。聖王家の血を引くゆえ、強い光の力を有している。


 聖王国王城――聖王宮、国王の執務室。現国王エルドは宰相と話をしていた。


「今回の王立学園の視察にはノエルが行くことになった」


「はっ、くれぐれも王女殿下から目を離さぬよう、護衛を務める守護騎士達に厳命します」


 王族による視察。聖王家の人間は、時折城下の視察に出掛けることがある。

 当然、護衛として騎士が同行することになっている。主に守護騎士が王族の護衛を務めることが多い。


 今回、護衛に就く守護騎士は3人――ロイド・グラスナー、ファイ・ローエングリン、ルディア・クロービス。


 3人の中で、一番の年少であるルディアはガチガチに緊張した表情で聖王宮の廊下を歩いていた。ロイドが溜息交じりに、ルディアの頭にポンと手を置く。


「ルディア、少しは落ち着け」


「そ、そそそんなこと言われましても……わ、私、守護騎士に抜擢されたばかりの、まだ新米ですよ?」


 彼女――ルディアは、17歳とまだ年若い。2ヶ月前に守護騎士に抜擢されたばかりである。


 守護騎士とは、聖王家を守る精鋭騎士。まだ年若い自分が選ばれるとは思わず、守護騎士就任が決まった時、ルディアは思わず卒倒しそうになった。


「そんなんじゃ、ノエル殿下に笑われるわよ?」


「ふぁ、ファイ先輩……」


 苦笑しながら歩く女性騎士――ファイを見て、真っ赤になるルディア。


 彼女はファイ・ローエングリン。かつて存在したアークライト家と共に双璧と称された騎士の名家の出身。水魔法に長け、水の魔法剣“水剣”を用いた剣術の使い手として女性騎士達の尊敬の的である。


「そういえば、王立学園にはルディアの兄上が居るんだったな」


「は、はい。兄はブレイズフィール侯爵家の護衛を務めていまして……」


「グレイブ殿のことね。てっきり騎士団に入るものばかりと思っていたのだけど……」


 ブレイズフィール家令嬢ロゼの護衛を務めるグレイブは、ルディアの実の兄。

 彼も王立学園騎士科の卒業生なのだが、彼が選んだのはブレイズフィール侯爵家の護衛となる道。


 学生時代に父が戦死し、母が重病を患った際――クロービス家に救いの手を差し伸べてくれたのがブレイズフィール侯爵家だった。その恩を返すべく、グレイブはロゼの護衛を務めている。


 ルディアも護衛を願い出ようとしたが――。


『守護騎士がお前の夢だろう?俺の分まで、自分の騎士道を貫いてくれ』


 という、兄の後押しの言葉もあって、ルディアは王立学園の騎士科に入学した。


 女生徒ながら優秀な成績を修め、騎士団に入ってから直ぐに頭角を現した。

 そして、遂に守護騎士になる夢を見事叶えた――当の本人は、緊張でガチガチであるが。


 やがて、彼等が到着したのは聖王宮内の応接室。ロイドが先頭に立ち、扉をノックする。


「守護騎士ロイド・グラスナー、ファイ・ローエングリン、ルディア・クロービス、勅命により参りました」


「どうぞ」


「失礼します」


 応接室に入る守護騎士3人。室内には、椅子に腰掛ける美しい少女と傍らに控える侍女らしき女性の姿があった。


 ロイド、ファイ、ルディアは少女の前に跪く。この少女こそ、聖王国の第一王女ノエルその人である。


「ノエル殿下、此度の王立学園への視察に我々が護衛として同行致します。如何なる時も、殿下の御身を御守りすることを誓います」


「はい!よろしくお願いします!」


 少女――ノエル王女は屈託のない笑顔で、守護騎士達に返事する。

 その笑顔に、ルディアは見惚れていた。


「ルディア、どうしたの?殿下の前でボーッとしては駄目よ」


「し、失礼しました……」


 ファイに声を掛けられ、ハッと我に返るルディア。彼女の今の心境は――。


「(な、ななななな何て愛らしい笑顔!私、今凄い幸せっ!!)」


 ルディア・クロービス、彼女は大の可愛いもの好きであった。王女殿下の愛らしい笑顔に一発で撃沈した。






 王立学園は朝から慌ただしかった。何せ、今日は聖王家の王女殿下が視察に参られる日。学園の教官達の顔にも緊張の色が見られる。


 さて、そんな雰囲気の中、僕はリリア嬢の教室に居た。何時も通り、リリア嬢の護衛としての務めを果たしている。


 この教室内でも、王女殿下の視察の話題で持ち切りだ。


 ふと、視線をある人物に向ける――ロゼ嬢だ。彼女は物凄く緊張しているのか、頬から汗を垂らしていた。


 一体、どうしたんだろう? そんな疑問を抱いていると、彼女の護衛であるグレイブ殿が話し掛けてきた。


「カトラ様が、くれぐれも王女殿下の前で粗相のないようにと、お嬢様に釘を刺されたのだ」


「な、なるほど……」


 学園長を務めている祖母殿から釘を刺されたとあっては、ロゼ嬢が緊張するのも頷ける。何せ、ゴーレム騒動の際に避難せずに立ち向かうような御令嬢だからなぁ。


「そういえば、グレイブ殿。お尋ねしたいのですが、王女殿下はどのような御方でしょうか? 僕は、御姿を拝見したことがありませんので」


「ノエル王女殿下は、今年12歳を数えられたばかりだ。聖王家の血を受け継いでおられるだけあって、強い光の力を持っていらっしゃる」


 聖王家の血を引く者は、強い光の力を持っている――今日、お越しになる王女殿下も例外ではないようだ。


 光の力――その言葉を聞いて、僕の頭の中に真っ先に思い浮かぶ人物は、やはりアリア姫だった。怪我をした人々を治癒魔法で癒す姫の姿は、今でも瞼の裏に焼き付いている。


 人々を癒す姫の優しさには感銘を受けつつも、あまり無理をなされないようにと進言したものだ。


『私は姉様と違って、治癒魔法にしか特化していませんし、これくらいしかお役に立てません』


 姉君であるアストリア陛下が、若くして世界屈指の術士として名を馳せているのに、自分は治癒魔法しか取り柄が無いことを姫は気にしている様子だった。


「ディゼル殿、どうした?」


「え……ああ、すみません」


 グレイブ殿に話し掛けられ、現実に引き戻される。何時の間にか、姫のことに思いを馳せていた。


 ……まだ、心が割り切れていないみたいだ。姫がもう居ないということに。


 深呼吸して、心を落ち着ける。今の僕はリリア嬢の護衛なんだ。

 気を引き締めて、彼女の護衛を務めなければ――。


 それから暫く、何事もなく時間は流れて正午に。 


 王女殿下は先に騎士科の校舎から視察されている。もうそろそろ、術士科であるこちらの校舎に見えられる筈だ。


「王女殿下達が見えられたぞ!」


 ひとりの生徒の声で、他の生徒達も一斉に振り返る。


 3人の守護騎士に囲まれた少女の姿が見える。白金の髪と瞳、聖王家の特徴を持つ少女。あの御方が、アストリア陛下とグラン隊長の子孫……。


 今年で12歳になられたという王女殿下の御姿――アストリア陛下を幼くしたような感じだった。


 これも血筋だろうか、よく似ていらっしゃる。もう数年も経てば、求婚者が大挙して押し寄せそうだ。


 護衛する守護騎士達にも目を配る。


 先頭に立つのは金髪の青年。年齢は20代前半くらい、意志の強い眼差しだ。


 王女殿下の後方を歩く守護騎士はふたり。青髪の女性と黒髪の女性……ん?


 一番若いと思われる黒髪の女性騎士の顔立ちに見覚えがあった。


「(アメリー……?)」


 黒髪の女性騎士……おそらくは、僕と同年代と思われる彼女は、友人だったアメリーと同じ顔だ。もしかして、アメリーの血縁者だろうか?


「ディゼルさん、どうしたんですか?」


 隣に立つリリア嬢が話し掛けてきた。


「え? ああ、いえ、あちらの黒髪の守護騎士の女性が友人によく似ていたので」


「あの方はルディア殿ですね。グレイブ殿の妹さんです」


「グレイブ殿の御家族なのですか?」


 エリス殿から放たれた言葉に面食らう。あの黒髪の女性、グレイブ殿の妹だったのか。もしかして、ジャレットとアメリーは結婚したんだろうか?


 グレイブ殿とルディア殿はふたりの子孫なのか?ジャレットとアメリー、よく喧嘩していた間柄なんだけどなぁ……。人生どう転ぶか分からないものだ。


 ――あれ、王女殿下が僕を指差してるみたいだ。一体、どうしたんだろう?






 うう……緊張する。今、私はロイド先輩、ファイ先輩と共に王女殿下の護衛という重大な任務を遂行中。


「ルディアおねーさん、どうしました?」


「え?い、いえ……な、何でもありません!」


 緊張している私に、無邪気に尋ねられるノエル殿下。ああ……何て愛らしいのでしょうか。お、お持ち帰りしたい……。


 ――ハッ! い、いけない、王女殿下をお持ち帰りしたいだなんて、打ち首にされてしまうわ!


 漸く、守護騎士になるという夢を叶えたというのに、17歳の若さで人生を終わらせたくない!


 平常心、平常心――せ、先輩達を見習わないと。

 何時、何処から殿下を狙う不届き者が出現するか――気を引き締めないと。


「あ、カッコいいおにーさんが居ます!ルディアおねーさん、ほら!」


「え?」


 カッコいいお兄さん? あ……あの人かな、確かに見事な赤髪の――。


「――」


「ルディアおねーさん?」


 私は、ノエル殿下が指差した赤髪の青年に視線が釘付けになっていた。

 燃えるような赤い髪と端正な顔立ちの青年――初めて見る筈なのに、私は彼と何処かで会ったことがあるような気がした。


「 ……ッ 」


 胸にズキリとした痛みが走る。この胸の痛みは何……?

 込み上げてくる切ない感情は一体――?


「ルディア、集中しなさい。自分の責務を忘れないで」


「……は、はい!」


 ファイ先輩に声を掛けられ、私は正気を取り戻した。あの人……気になるけど、今は殿下の護衛に専念しなきゃ。


「あの赤髪の彼に見惚れていたの? あら、美男子さんね♪」


「そ、そそそそそんな、そんなことは……」


「……」


「ロイド先輩?」


 ロイド先輩は、赤髪の青年を鋭い眼差しでじっと見つめていた。


「何者だ、あの赤髪の青年。隙が無い」


 隙が、無い……? 守護騎士としてまだまだ未熟な私には、ごく自然に立っているようにしか見えないけど、ロイド先輩には違って見えるみたい。


 ファイ先輩も真剣な眼差しで赤髪の彼を見つめる。


「確かに、只者じゃないわね――術士科の生徒の制服を着ていないところを見ると、生徒じゃないのは確かね」


「悪人には見えないが、殿下に近付けないようにせねば」


 ロイド先輩の言う通り、悪い人には見えないけど……万一ということもある。

 殿下をしっかり御守りしないと。


「あ、ロゼおねーさん!」


 ノエル殿下が、誰かを見つけたみたい。桃色髪の御令嬢……って、ちょ、あ、あそこに居るのは!?


「お、御久し振りです、ノエル殿下」


 殿下に一礼する御令嬢――ブレイズフィール侯爵家のロゼ嬢。そして、その隣に立つのは私がよく知っている顔。兄であるグレイブ・クロービス。


「(に、兄さん……)」


 まさか、こんな時に兄さんと会うなんて。どうやら、殿下はロゼ嬢とお知り合いみたいだけど、何処かでお会いしたのかな? 


「この前開かれた誕生会に来て下さってありがとうございます!」


「い、いえ……侯爵家の娘として、姫様のお祝いに駆けつけるのは責務かと……」


 ああ、なるほど。聖王宮で開かれたノエル殿下のお誕生会に出席されていたのね。侯爵家の御令嬢なら、出席していてもおかしくないわ。


「ノエル殿下」


 ロゼ嬢の隣に居た兄さんが、殿下の前に跪いた。


「え、と……?」


「ロゼ御嬢様の護衛を務めるグレイブ・クロービスと申します。殿下の護衛のひとりを務める、ルディア・クロービスの兄にございます」


「ルディアおねーさんのおにーさんなんですか?」


「はい。妹が粗相をしていないでしょうか?」


 も、もう! 兄さんったら、殿下の前で何てこと言うの!?


「そんなことないです、ルディアおねーさんもロイドさんとファイさんも一生懸命に私を守ってくれてます!」


「その御言葉を聞き、安心しました。妹が何か問題を起こした場合は、何時でも私をお呼び下さい――叱りますので」


 に、兄さんのバカ……! 恥ずかしいじゃないの!


「ルディア、妹想いのお兄さんね♪」


「ふぁ、ファイ先輩……!」


「ふむ……しかし、惜しいな。グレイブ殿も相当の手練れと見た。騎士団入りしていれば、守護騎士になっていたやもしれんな」


 ロイド先輩は、少し残念そうな表情をしていた。おそらく、その見解に間違いはないと思う。兄さんは、騎士科に在籍していた頃の成績は主席。飛び級卒業もあり得るのではないかと言われていた。


 ……だけど、父さんが、深淵の軍勢との戦いで命を落としたのを切っ掛けに、兄さんの運命は大きく変わることになる。


 父さんが死んだショックで、母さんは体調を崩して重い病に罹ってしまった。

 そんな私達家族に救いの手を差し伸べてくれたのが、ブレイズフィール家のカトラ様だった。


 ブレイズフィール家には、騎士の名家アークライト家の血が流れている。

 300年ほど前のクロービス家の人間とあの英雄――天の騎士は同じ騎士科の学友同士だったとか。


 ブレイズフィール家には天の騎士の姉上が嫁いだという話で、クロービス家とは相応の交流を持っていた。カトラ様から受けた恩に報いるべく、兄さんは騎士団入りせずにブレイズフィール家に仕えることを決めたのだ。


「……あれ?」


「殿下、如何なさいました?」


「あの綺麗なおねーさん……」


「え?」


 殿下の言葉に、守護騎士一同、ロゼ嬢や兄さんも視線をある人物に向ける。

 綺麗な紫髪の息を呑むほどの美貌を持つ少女の姿があった。ロゼ嬢同様、貴族の御令嬢ではないかと思う。


「彼女は、レイナード伯爵家のリリアさんです」


「ロゼおねーさんのお友達なんですか?」


「ち、ちちちち違います!宿命のライバルです!」


 しゅ、宿命のライバル……? ロゼ嬢のライバルって、とてもそんな感じには見えない穏やかそうな御令嬢なんだけど……。

 

「殿下、あちらの御令嬢がどうしました?」


「うーん……親近感を感じます」


「親近感……ですか?」


「ちょっと、お話してみます!」


「あ、殿下!?」


 殿下が御令嬢の方に向かって駆けていく。私とロイド先輩、ファイ先輩は慌ててその後を追い掛けた。





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