第21話 忍び寄る影1


 ――魔法都市ラングレイ、宿泊施設。時刻は午前5時前。


「(朝か……)」


 術士科の生徒達は、それぞれ用意された寝室でまだ眠りの世界に居るだろう。


 僕の意識は覚醒し、身体を起こした。場所は宿泊施設のリリア嬢の寝室の前。

 宿泊施設の方に頼んで、就寝用の長椅子を用意して頂いた。


 施設の方からは、部屋を用意すると言われたけど、何か起きた場合、直ぐにリリア嬢の下に駆けつけなければならない。ゆえに学園の寮と同じように、彼女の寝室の前で就寝していた。


 感知術を発動して、周辺を索敵する。寝室内の反応はリリア嬢と、エリス殿が彼女の傍で就寝している。僕が室外の護衛、エリス殿は室内の護衛を務めている。


 念の為、リリア嬢が泊っている部屋には感知結界も張り巡らせている。何者かが侵入を試みた場合、即座に感知して僕に知らせてくれる。目を覚ますまでその反応は無かったので、侵入した者は居ないようだ。

 

 洗顔と歯磨きを終え、僕は宿泊施設の外に出る。リリア嬢達が起きるまで、日課である鍛練を行う。鍛練開始から1時間が経過――呼吸を整える。


「(さて、肉体鍛練はこれくらいにして……“あの魔法”の練習をするかな)」


 僕は精神を集中し、魔力を身体全体に漲らせる。これから、ある魔法の習得の為の鍛練を始めようという、正にその時だった。


「ふむ、こんな早朝から熱心だな」


「――!」


 声を掛けられ、思わず身構えた。相手は長い黄髪と瞳を持つ青年だった。

 何者かが近くに接近している事には気付いていたけど……。


「急に声を掛けてすまなかった。何やら、強い魔力を感じたものでな」


「いえ……こちらこそ、失礼しました」


 何者だろう、途轍もない魔力を感じる。この都市に住む人間の殆どは魔術師だけど、この人はその中でも別格と言ってもいい。僕が知る限り、最も強い魔力を持つ御方――アストリア陛下に迫るかもしれない。


 黄髪の青年は、自らの名を名乗る。


「私はメルトディス・ラングレイ――若輩者だが、この都市の市長を務めている」


「――! もしや、大魔術師ユリウス・ラングレイの……?」


「いや、私にはユリウス・ラングレイの血は流れていない。彼に実子は居なくてな、私はユリウスからラングレイの姓を与えられた弟子の子孫にあたる」


 ユリウス・ラングレイの弟子の子孫か……それにしても、凄まじい魔力だ。おそらく、この都市で一番の魔力の持ち主に違いない。


 いけない、僕も自己紹介しなくては――メルトディス市長に一礼する。


「申し遅れました。レイナード伯爵家令嬢リリア・レイナードの護衛を務めるディゼル・アークスです」


「レイナード伯爵家令嬢……そうか、光の力を有するという御令嬢か」


 リリア嬢のことを御存じのようだ。確かに、滅多に居ない光の力の持ち主となると魔術師達からも注目の的だろう。


「ところで、話は変わるんだが――先ほど、魔法の鍛練を行おうとしていたな。君の魔力の流れから察して、共通魔法の一種と見た」


 流石、としか言いようがない。僕の魔力の流れを見ただけで使う魔法の種類を看破してしまうとは。魔法技術の最先端を行くこの都市の市長だけあり、魔力の流れを読む研鑽も相当積んでいらっしゃるのだろう。


 研鑽を積んだ騎士や魔術師は、魔力の流れを“見る”ことが出来るようになる。

 守護騎士だった僕も、グラン隊長との鍛練や実戦を通じて魔力の流れを見ることが出来るようになり、魔力の流れを読んで相手の次の行動を予測することが可能となった。 


 ふむ、と顎に手を当てて、メルトディス市長は何やら思案している。


「結界術や感知術の類ではないな。練り込まれた魔力の密度からして、より高度な魔法の鍛練……習得を目指しているようだな。もしや――君がやろうとしているのは“回想魔法”の習得か?」


「……! はい、その通りです」


 驚いた、あっという間に僕が習得しようとしている魔法を見抜くとは……。

 そう、僕が習得しようとしている魔法は“回想魔法”。


 特定の物や場所に施すことで、過去に何が起きたかを知る事が出来る魔法。

 誰でも習得可能な共通魔法の中でも、特に習得難易度が高い魔法として知られている。


 回想魔法は、主に古い遺跡調査などで過去にそこで何が起きたのかを調べたり、犯罪者の罪を暴く為に使われたりする。


 僕はこの魔法をどうしても習得したかった。これを習得出来れば、聖王宮の封印の間と呼ばれるあの部屋――姫の寝室で起きた出来事を知ることが出来るかもしれない。


 僕が宿す天の力は、共通魔法の効果を高める作用を持つ。回想魔法も共通魔法の一種、僕が使えば300年前に起きた出来事をより鮮明に再現出来る可能性が高い。


 しかし、この魔法は結界術や感知術とは比較にならないほど習得難易度が高い魔法だ。実際、僕が守護騎士を務めていた時代でも使用出来る人間はそう多くは無かった。


 聖王宮の一件以来、習得の努めているけど、まだまだ完全習得には時間が掛かるだろう。


「私も魔術師の端くれとして、出来ればアドバイスしたいが……この魔法に関しては地道に鍛練することで習得するしかない。すまないな、力になれなくて」


「い、いえ……滅相もございません!」


 申し訳なさそうな表情をされる市長に、思わず慌ててしまう。


「そういえば、魔法剣の柄を所有しているが……魔法剣を体得しているのか?」


「はい」


 市長の視線は、僕の腰のホルダーに納めている魔法剣の柄に向けられていた。

 魔法剣の使い手は、殆どが研鑽を積み重ねた騎士だ。僕も守護騎士だったけど、今の時代でそれを知る人間は一握りだ。


 彼は、護衛である僕が魔法剣の柄を所有していることが気になったのだろうか?


「ん……ああ、分かった。今、行く」


 突然、市長は右側頭部に手を当てて、誰かに返事をした。


「(――通信魔法か。誰かが、メルトディス市長に何かを伝えている)」


 通信魔法とは共通魔法の一種で、離れた相手や通信用の魔道具である“通信球”などで連絡を行う魔法だ。距離が近ければ直接通信魔法は届き、距離が遠い場合は通信球が用いられる。


 メルトディス市長には、通信相手が直接通信魔法で連絡してきたみたいだ。比較的、近い距離に居る相手なのだろう。


「鍛練中に声を掛けてすまなかった。ディゼルくん、機会があればまた会おう」


「はい」


 去っていく市長に一礼する。まさか、市長にお会い出来るとは思わなかった。

 それにしても、こんな早朝から何をされていたんだろうか? 市長ともなれば多忙な身――そう易々と、街中を出歩くことは無いと思うけど……。






「(どうやら、彼は“例の集団”と関係は無いようだな)」


“例の集団”が、妙な動きをしているという創世神国からの警告が綴られた手紙を受け取った私は、何か異常は起きていないか直接確かめるべく、早朝の人気の少ない時間帯の街に繰り出した。


 そして、早々に強い魔力を感知してその場に赴いた。そこに居たのが、レイナード伯爵家令嬢の護衛を務めるという、ディゼル・アークスという青年だった。


 淀みのない洗練された魔力――彼が只者ではないと、一目で理解した。見たところ、年齢は10代後半……17歳ぐらいか。その若さで私に勝るとも劣らない魔力を有している。


 並外れた才覚、そして、それ以上の血の滲むような努力と研鑽が無ければあれだけの魔力をあの若さで身に付けることは出来ないだろう。しかも、魔法剣の柄を所有している事と、彼の雰囲気から察すると魔術師よりも騎士に近いようだ。


 もしや、“例の集団”の関係者かと思い、接触してみたが……私の杞憂だった。

 彼には、些かも悪意や狂気の感情は感じられない。誠実さと直向きさを備えた芯の強い若者だ。“例の集団”とは無関係だろう。


 ただ……少し気に掛かるのは、彼に空虚な部分が見られた事だ。何か、大切なものを喪失したような、心に傷を負っているような気がした。


『メルトディス市長、聞こえますか?』


 頭に通信魔法による念話が届く。秘書を務めるアレッサくんからだ。


「ああ、聞こえている」


『こんな早朝からお出掛けにならなくても……多忙なのですから、もう少し睡眠を摂られて下さい』


「気遣い感謝するが――私は市長だ。この街に住む皆を守る義務がある」


『市長……』


「ところで、アレッサくん。私に何か用件があって通信魔法を行使したのではないか?」


『そ、そうでした――市長、直ぐに総合病院に来て頂けませんか? 実は、大変な事になっていて……』


 総合病院――魔法都市ラングレイで、最も大きな病院だ。


「……すまない、既に大事が起きていたのか。直ぐに向かう」


 暫くして、私はラングレイ総合病院に到着した。病院の受付の前にアレッサくんの姿があった。隣は看護師の女性の姿も。


「遅れてすまない。何が起きたんだ?」


「こちらへ」


 病院の看護師に案内され、私とアレッサくんは隔離病棟に向かう。隔離病棟にある一室へと足を踏み入れる。そこには、拘束用の魔道具で身動きひとつ出来ない魔術師の青年の姿が――。


「どうぞ、お通り下さい……どうぞ、お通り下さい……どうぞ、お通り下さい……どうぞ、お通り下さい……どうぞ、お通り下さい……」


 魔術師は、同じ言葉を何度も繰り返し呟いていた。明らかに正常な精神状態ではない。この症状は――。


「おそらく、一種の洗脳によるものではないかと。彼はこの街の出入りを管理している魔術師です」


「間違いない、これは“例の集団”の仕業だろう。連中がこの都市に入る為に、彼を何らかの方法で洗脳して、都市への侵入を果たしたのだ」


「そ、それでは……」


「ああ、奴等は既にこの都市の何処かに潜伏している。狂信者の集い――“深淵教団”の者達が」


 “深淵教団”――近年、大陸各地に出没する宗教団体。彼等が信奉するものはただひとつ……この世界に仇なす不倶戴天の敵“深淵”。彼等は、深淵の支配こそが世界を変えると豪語する。


 はっきりと言わせてもらうが、正気の沙汰とは思えない。この世界と深淵は決して相容れない存在同士。深淵に支配された世界など、それこそ地獄と何ら変わりないではないか。


「アレッサくん、魔術師団第1部隊を招集してくれ。深淵教団の身柄を拘束する」 


「わ、分かりました!」


この街の防衛を務める魔術師団は、第1部隊から第7部隊の7つの部隊で構成されている。これから招集する第1部隊は放出魔法、戦闘に長けた者が多く所属している。


 出来るなら、拘束するだけで済ませたいところだが……場合によっては、戦闘行為も辞さない。こちらの話が通じる相手とは思えないからだ。


 私はこの街の市長。この街に住む人々、魔法を学ぶ為に訪れる人々を守る義務がある。相手が誰であろうと、立ち向かうまでだ――。






 ――同時刻、魔法都市ラングレイ某所にその集団は集まっていた。彼等は、ラングレイの魔術師のローブを身に纏っていた。しかし、その集団はラングレイの魔術師達ではない。違法な手段を使って、この都市に侵入した招かれざる客なのだ。


「皆、準備は出来ているか?」


「御意」


「仰せのままに」


「では、赴こうか。全ては深淵による支配の為に」


 ――全ては、深淵による支配の為に。





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