魔法都市ラングレイ編

第20話 魔法都市ラングレイ


 聖王国上空――今、僕はリリア嬢をはじめとした術士科の生徒達と共に空の上に居る。無論、鳥のように羽ばたいて飛んでいるわけではない。


 僕達が居るのは飛行船の中だ。この船は風の魔法石で浮力を生み出し、船体を浮かせて空を飛行する乗り物だ。


 風の魔法石とは、風の魔法鉱石“風魔石”を参考にして人工的に作られた魔力感応石のことだ。その名の如く、風の力が込められた魔法石であり、飛行船にこの石を複数搭載していることで飛行を可能としているようだ。


 それにしても、凄いな……僕の時代では空を飛ぶ乗り物はまだまだ研究途上だったのに。これも、この船の行き先である都市の技術力のお陰だろう。


 この船の向かう場所は、世界最高の魔術師と謳われたユリウス・ラングレイが魔法技術向上の為に築いたという魔法の都――魔法都市ラングレイ。大陸で最も魔法技術の研究が盛んな、正に魔術師の聖地と呼べる場所だ。


 今回、術士科の生徒達は校外学習の為に聖王都から遠く離れたこの都市を訪れることとなった。


 生徒と言っても、全学年の生徒が飛行船に乗っているわけではなく、リリア嬢達最終学年の生徒達だけだ。卒業前に、魔法都市で様々なことを学ばせようという学園側の計らいらしい。


 当然、護衛である僕とエリス殿、グレイブ殿も同じ飛行船内に居る。グレイブ殿の隣にはロゼ嬢の姿が――瞳を輝かせながら、窓の外を見つめている。


「ロゼ御嬢様、落ち着いて下さい」


「これが落ち着いていられますか! 夢にまで見た魔法都市に漸く来られたんですのよ!?」


「(ああ、そうか……ロゼ嬢は姉さんの子孫だからなぁ。これも血筋かな)」


 姉さん――レイン・アークライトは、魔法のことになると人が変わったように研究に打ち込む人だった。姉さんの血を受け継ぐロゼ嬢にも、そういった一面があるみたいだ。


 ……姉さんは、ブレイズフィール侯爵家に嫁いだ後はどんな生活を送ったんだろうか? 平穏無事に天寿を全うしてくれたのならいいけど――。


「あ、見えてきましたわ!」


 ロゼ嬢が窓の外を指差す。飛行船の窓の外から見える光景に他の生徒達も瞳を輝かせる。魔法都市ラングレイ――飛行船は無事に目的地に到着した。


 飛行船から降りる術士科の生徒達。勿論、僕はリリア嬢の隣を歩く。

 彼女を狙う不逞の輩は居ないようだけど、用心するに越したことはない。


「(ん? あれは――)」


 こちらに、ひとりの少女が駆け寄って来る。魔術師らしきローブを纏っていることからラングレイの魔術師かな? 色素の薄い水色の髪が目を引く。


「はうっ!」


 魔術師風の少女は何かに躓いて、転びそうになる。距離が近かったグレイブ殿が少女をすぐさま支えて、彼女は転倒せずに済んだ。


「お怪我は?」


「だ、大丈夫です。ありがとうございます」


 少女はグレイブ殿に一礼し、生徒達の方に向き直る。


「王立学園術士科の生徒の皆さん、魔法都市ラングレイへようこそ。私は、皆さんのご案内を務めさせて頂くエリシャ・レインフィールと申します」


 お辞儀する少女――エリシャ殿。どうやら、生徒達の案内役として来て下さったようだ。彼女の案内で、ラングレイの街へと足を踏み入れる生徒達。


 多くの魔術師達が大通りを歩いている。ある者は同じ魔術師と会話し、ある者は魔道具を使って何らかの作業を行っている。聖王都にも魔術師は居るけど、住民全てが魔術師なのはこの街くらいなものだろう。


「わぁ――ディゼルさん、見て下さい」


 リリア嬢が指差す方向に視線を向けると、そこには空を飛んでいる魔術師の姿があった。


 その魔術師は、風の魔法石が装着されたブレスレッドと変わった形状のブーツを履いている。おそらく、単独で空を飛ぶ為の魔道具なのだろう。


 空を飛んでいる魔術師はある程度の高さまで浮遊すると、近場の家の屋根に降り立った。そして、紙とペンを取り出してメモをしている。


 なるほど……浮遊出来る高さと時間を計測しているのか。飛行船ほどの高度を浮遊し、長距離を飛行する時間は無いみたいだ。


 魔術師が使用している魔道具に装着している魔法石と、飛行船に使われている魔法石では大きさや込められた魔力に差がある。

 飛行船に搭載されている魔法石は人の頭ひとつ分くらいの大きさ、対して魔術師の浮遊魔道具の魔法石は掌に乗るガラス玉くらいの大きさしかない。


 魔法石は、大きい物ほど魔力を多く蓄積して長時間の使用が可能となる。ガラス玉くらいでは、蓄積出来る魔力も少なく、短時間しか使用出来ないだろう。

 それでも魔術師は何度も実験を行っているようだ。小さな魔法石で、効率的に魔道具を使う方法を模索しているのだろう。


 この後、エリシャ殿の案内で僕達はラングレイ中央図書館に入った。圧巻の光景だった――そこは本の都とでも言えばいいのか、希少な文献の数々が本棚に納められている。


「ここには、大陸各地から100万冊以上の書籍が集められています」


 100万冊以上……これだけの数、一生懸けても読み切れないだろうな。早速、何人かの生徒は本を読み始めている。ロゼ嬢も目を輝かせながら、文献に目を通していた。


 リリア嬢は……本棚の前に立っている。本を手に取ってはいない。


「リリア嬢は、何か読まれないんですか?」


「う~ん……これだけあると、何から読もうか迷ってしまって」


 確かに、この数じゃ迷うよなぁ。何せ、100万冊以上もある。

 どれも魔法関連技術の書籍、術士科の生徒達にとっては魅力的な資料ばかりだ。


「あ、あれを読んでみましょう」


 リリア嬢は、脚立を使ってかなり高い場所の本棚まで上がる。どうやら、光魔法関連の書籍のようだ。彼女は光の力を有しているから、光魔法の知識を知りたいのだろう。


 しかし、大丈夫だろうか? 滑って落ちたりしないか心配……。


「きゃっ!?」


 予感的中――彼女は本を取ることには成功したが、足を滑らせてしまう。僕は跳躍して、彼女を抱きかかえて着地した。


「お怪我は?」


「……」


「ど、どうしました?」


 まさか、何処か怪我でもして――。


「ディゼル殿……お嬢様を早く下ろして下さい」


「エリス殿?」


「周囲を見て下さい」


 エリス殿に促され、周囲を見回すと術士科の生徒は勿論、図書館に赴いている魔術師達も僕とリリア嬢に視線を向けていた。えっと……な、何かしたかな?


 溜息交じりに、エリス殿が額に手を当てる。


「お嬢様が恥ずかしがっていらっしゃいます」


 ……あ、そういえば、今僕はリリア嬢を抱きかかえている。しかも、周囲には大勢の人間が居て、こちらを見ている。確かに、これは恥ずかしいよな……。


 とりあえず、僕はリリア嬢を下ろす。彼女は顔を真っ赤に染めて俯いていた。


「すみません、リリア嬢……思慮が足りませんでした」


「いえ……こ、こちらこそ、助けて頂いてありがとうございます……」


 ――と、周囲からこんな声が聞こえてくる。


「リリアさん、いいなぁ……」


「だ、駄目……甘い空気で倒れちゃいそう……」


 術士科の女生徒達が、羨望の眼差しでこちらを見つめていた。男子生徒からもこんな声が聞こえてくる。


「う、羨ましい。学年一の美少女をお姫様抱っこ……」


「コンチクショー、二枚目はイベントにも恵まれているってのか!?」


 ……男子生徒からは、何やら恨みがましい声が聞こえてきたような気がする。


 ともかく、リリア嬢を怪我させなくて良かった。僕がホッと胸を撫で下ろしていると、エリス殿がジト目で僕を見ていることに気付く。


 声を掛けようとするも、プイとそっぽ向かれた。前から思ったけど、僕ってエリス殿に嫌われているんだろうか?


 同じリリア嬢の護衛同士、何とか友好的な関係を築きたいんだけどなぁ……。






 ――またしても、出番がありませんでした。滑り落ちそうになったお嬢様を助けようとした瞬間、ディゼル殿が跳躍してお嬢様を抱きかかえて救出しました。


 お嬢様にお怪我が無いことに安堵しましたが……自分の無力さに打ちのめされしまいます。


 侍女ではあるものの、私はお嬢様の護衛も務めています。だけど……最近は、ディゼル殿にその立場を奪われがちです。


 そもそも、私と違って彼は元守護騎士――それも、深淵の王を封印した英雄騎士なのだから私よりも遥かに強いのは当然です。


 けれど、納得は出来ません。私もお嬢様の護衛である以上、彼に護衛の立場を奪われ続けるのはあまり面白くありません。


 その為、ついディゼル殿に冷たい態度を取ってしまいます。


「(子供染みた嫉妬とは理解してはいるんですけどね……)」


 自己嫌悪に陥ってしまいます。お嬢様を助けてくれたことへの感謝の念と、ディゼル殿に対して向ける複雑な感情が心の中で渦巻いています。


 ただ、ひとつ言えることがあります――それは。


「(私の目が黒い内は、お嬢様と一線を越えることは許しませんからね!)」


 ギラリと、瞳を光らせながらディゼル殿の背中を見つめる。視線に気付いたのか、バッと彼がこちらを振り向く。


「あ、あの……エリス殿? 今――」


「何でしょうか?」


「い、いえ、何でもありません……」


 ふふ、私の営業スマイルを甘く見ないことです。そう簡単に、私の心の内を見透かすことは出来ませんよ?


「グレイブさん、エリスさんが怖いですわ……」


「……ディゼル殿の無事を祈りましょうか、ロゼ御嬢様」


 ロゼ様とグレイブ殿が何やらひそひそ話をしているようですが、私の決意は揺らぎません!


 メラメラと闘志を燃やす侍女、ディゼルの運命や如何に……?






 ――魔法都市ラングレイ中央省庁、市長室。


 長い黄髪と瞳を持つ青年が、机の上にある書類に目を通しては、サインする作業を延々と繰り返している。


 彼こそが、魔法都市ラングレイの市長――メルトディス・ラングレイ。彼はユリウス・ラングレイの子孫……ではない。


 大魔術師ユリウス・ラングレイに実子は居ない。ユリウスは、自ら育て上げた弟子にラングレイの姓を与えた。メルトディスはその子孫にあたる。

 

 彼は、今年27歳――まだ30歳にもならない年齢でありながら大陸でも屈指の魔術師としてその名を馳せている。


 それゆえに、彼は多忙を極める。山のようにある書類を捌いていく彼の姿に、傍に仕える秘書は毎度毎度息を呑む。


「(何時も思うけど、本当に市長は凄い方だわ。書き漏らしや間違いが一枚も無いなんて……)」


「アレッサくん」


「は、はい! 何でしょうか、市長」


 アレッサと呼ばれた若い秘書――まだ20歳と若輩だが、優れた魔法の腕とサポートでメルトディスの補佐を務めている。


「王立学園の生徒達が校外学習に赴いているが、何か問題は起きていないか?」


「はい、特に問題があったという報告はございません」


「ふむ、それは何よりだ。何れ彼等の中から、この都市に学びに来る人間も居るだろう。魔法技術の最先端をゆく都市として、有望な若者達を失望させないようにしなくてはな」


 メルトディスは山のようにあった書類をあっという間に片付け終えると、机の引き出しから手紙らしきものを取り出す。封筒の封を切り、中身を確認する。


「ふむ……厄介なことになったな。アレッサくん、見てくれ」


 そう言って、メルトディスはアレッサに手紙を手渡す。彼女がそれを手に取り確認すると、驚きの声を上げてメルトディスに視線を向ける。


「し、市長……これは」


「今朝、創世神国から届いた手紙だ――“例の集団”が何かよからぬ事を企てているらしい」


 ――創世神国。大陸中央に位置する小国、この世界を創世した“女神”を信仰する宗教国家である。創世の女神を信奉する者は、大陸各地に数多く居り、毎年多くの人間が女神に祈りを捧げに訪れている。


 メルトディスが受け取った手紙は、創世神国から届いた物。不届きな集団の何らか企てについての警告が書かれている。


「“深淵教団”……一体、何を企んでいる?」


 魔法都市ラングレイに、不穏な空気が立ち込めつつあった――。





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