第19話 始源の柄

 

 16歳になって間もない頃――その日、僕は聖王宮の図書室に赴いた姫の御傍に居た。姫は本を読まれており、侍女のセレス殿は何時ものように、姫の身の回りの御世話をしていた。


 僕は姫の御身に気を配りつつ、魔法剣の柄の手入れをしていた。手入れと言っても、布で磨き上げているだけだ。


「あの、兄様」


 柄の手入れをしていると、姫に話し掛けられた。


「姫、如何なさいました?」


「いえ、その……気になっていたんですけど、兄様が使ってらっしゃる魔法剣の柄には紋章が刻まれていませんよね?」


 姫はどうやら、僕が持っている柄に紋章が刻まれていないことが気になったみたいだ。魔法剣の柄には、使う人間の家系の紋章が刻まれていることが多い。


 アークライト家にも家系を示す紋章が存在する。父さんが使っている魔法剣の柄には、アークライト家の紋章が刻まれている。僕が天剣を使うこの柄には、紋章は刻まれていない。


 何故なら、これは――。


「姫、私が使うこの柄はある御方から賜った品です」


「ある御方?」


「ええ、あれは2年ほど前になります――」


 ――聖王国歴724年、僕の飛び級卒業と守護騎士就任が決まってから2ヶ月が過ぎようとしていた頃。僕は、聖王宮の守護騎士の訓練場で魔法剣の訓練を行っていた。


 王立学園に居た時から、不完全ながらも魔法剣を扱うことは出来た。しかし、不完全な魔法剣を実戦に使うのは心許ない。守護騎士隊長グランの指導の下、僕は魔法剣の習熟訓練に取り組んでいた。


 グラン隊長の指導もあり、魔法剣の刃の歪さは矯正されていき、歪みのない虹色の刀身を形成出来るようになった。しかし、大きな問題に直面する。今まで使用していた魔法剣の柄に罅割れが生じたのだ。


 魔法剣の柄には、魔法鉱石と呼ばれる魔力に感応する鉱石が使用されている。


 職人の手によって、柄に加工されるわけではない――魔法鉱石は、持ち主の魔力を受けることで形状変化する特性を持っており、魔法剣を用いる騎士の魔力を受けることで、柄の形状に形成される。


 柄の形状は魔力を送る者のイメージによってそれぞれ異なっている為、全く同じ魔法剣の柄は滅多に無い。


「隊長……」


「ふむ……ディゼル、その柄に使われている魔法鉱石の種類は?」


雷魔石らいませきです」


 魔法鉱石にも種類が存在し、それぞれの属性に分かれている。

 火の力を秘めた炎魔石えんませき、水の力を秘めた水魔石すいませき、地の力を秘めた地魔石ちませき、風の力を秘めた風魔石ふうませき、雷の力を秘めた雷魔石らいませき、光の力を秘めた光魔石こうませきの6種類。


 隊長は、罅割れた僕の魔法剣の柄をじっと観察する。


「この柄に使われている雷魔石は、高純度の魔法鉱石だな。これほどの魔法鉱石でも、お前の天の力を受け止める事が出来ないとは……」


 魔法鉱石は非常に強固で、そう易々と破損するような代物ではない。

  

 アークライト家の人間は、火か雷の力を宿して生まれてくる人間が多い。父さんは雷の力、姉さんは火の力を宿している。アークライト家には、雷魔石と炎魔石が保管されている。僕は父さんから雷魔石を渡され、それに魔力を込めて今使っている柄に形状変化させた。


 しかし、魔法鉱石は自身の属性と噛み合っていないと色々と不都合な事が起きてしまう。水の力を宿す人間が、炎魔石で作り出した柄で水の魔法剣を発動させた場合、本来の威力の半分しか出せないという事例がある。


 僕の力は天の力であり、雷魔石とは属性が噛み合っていない。その上、天の力に耐え切れず、柄に罅割れが生じてしまった。柄が破損すれば、魔力の暴発を引き起こし、大怪我――最悪の場合は命が危うい。


 グラン隊長は、腰のホルダーから自身の魔法剣の柄を手に取る。


「私が使うこの柄には最高純度の光魔石が使われているが、これでも天の力に耐えられるかどうか……」


 ……天の力に耐えられる魔法鉱石なんて存在するのだろうか?


 頭を悩ませる僕と隊長。丁度、その時だった――訓練場の扉が開いたのは。


「失礼、お邪魔でしたか?」


「あ、アストリア陛下!?」


 思わず、驚きの声を上げてしまう。訓練場の扉が開き、やって来たのはアストリア陛下だった。隊長と僕は、陛下の御前に跪く。


「どうか、楽になさって下さい」


「はっ、恐縮にございます――陛下、こちらにはどの様な御用件で御越しになられたのでしょうか?」


「ディゼル殿の魔法剣の柄についてです。おそらく、現在使用している柄では天の力に耐えられないのではないかと――」


「……その通りにございます」


 アストリア陛下は見抜いていたみたいだ。今の僕が使っている柄では、天の力に耐えられないことを。


「そのことで大切な話があります。私について来て頂けますか?」


「え……は、はい」


 僕と隊長は、アストリア陛下の案内で聖王宮の宝物庫まで足を運んだ。

 ここは、当然ながら陛下の許可が無ければ立ち入る事が出来ない場所であり、希少な魔道具などが保管されているという。


 辿り着いたのは、宝物庫の最奥……巨大な扉の前。扉には、大きな魔法陣が刻まれていた。


「この中に、ディゼル殿が求める物がある筈です」


「私が求める物……もしや、天の力に耐え得る品があるという事ですか?」


「ええ、ですが……伝承によると、天の力を持つ者でなければこの扉が開くことは無いと。ディゼル殿、扉に触れてみて下さい」


 天の力を持つ者――僕でなければ、開くことが無い扉か。深呼吸して、左手で扉に触れてみる。すると、扉が虹色に発光して大きな音を立てながら開いていく。


 ほ、本当に開いた……開かなかったらどうしようと、不安になっていた。


 扉の先には、清浄な空気に満ちた広い空間が広がっていた。部屋の中央には、石造りの台座があり、その上に魔法剣の柄が安置されていた。もしかして、あの柄が僕の求める……?


「あれこそが、“始源の柄”――最古の魔法剣の柄であると伝え聞いています。私も実物を見るのは、今日が初めてです」


「最古の魔法剣の柄……つまり、一番最初に作られたという事ですか?」


「はい、今から700年以上前――」


 アストリア陛下は語り始めた。かつて、魔法剣は現在のように魔法鉱石を用いた柄を使わずに、自らの掌に込めた魔力をそのまま剣の形状にしていたという。


 しかし、魔法剣の刀身を作り出す為に使用する収束魔法による反動は使用者の肉体に大きな負担を与え、長時間の魔法剣の使用は命を削る行為だった。


 700年以上前、深淵の扉が大きく開き、深淵の軍勢との戦いが激化する暗黒時代が訪れた。多くの騎士や魔術師達が命懸けで戦い、疲弊する毎日。


 特に魔法剣を使う騎士達は、傷つき倒れる事が多かった。魔法剣による肉体への負担を軽減する方法は無いものか……と、誰もが頭を悩ませていた。


 厳しい状況が続く中、ひとりの魔術師が魔法鉱石を発見した。魔術師は、魔法鉱石が魔力によって形状変化する特性を突き止める。


 魔法剣を使う者の魔力を込めたら、魔法剣による負担を軽減する道具が作れるのではないだろうか――そう考えた魔術師は、友人である騎士に魔法鉱石を用いる事を相談した。


 魔術師の友人だった騎士は、魔法鉱石に自らの魔力を込めて柄の形状に変化させた。それこそが今、僕の目の前の台座に安置されている品だという。


「魔術師の名はユリウス、騎士の名はアヴェルと伝えられています。ふたりも、彼等の事は御存じですよね?」


 陛下の御言葉に、僕と隊長は頷く。

 ユリウスとアヴェル……聖王国の人間にとって、その名は特別な意味を持つ。


 魔術師ユリウス・ラングレイ――聖王国建国に協力したという世界最高の魔術師。本来ひとりひとつの属性しか宿さないこの世界に於いて、天と光を除いた5つの属性を宿して生まれてきたという異端の天才。


 彼の詳しい出生については、歴史書には記されていない。単に伝わっていないのか、それとも彼自身が自身にまつわる記録を改竄したのか。判明しているのは、彼が他の魔術師とは一線を画す能力を有していたこと、聖王国を建国した英雄と聖女の友だったということ。


 ユリウスは様々な功績を残しているが、その中でも“付与魔法”を編み出したことは、彼の功績の中でも特に有名だ。


 付与魔法とは、魔道具を作る際に使われる魔法。魔道具は、魔力を付与された道具のことだ。水を温めてお湯にする火の魔道具、汚れを洗い落とす水の魔道具など、今では生活に欠かせない必需品であるこれらの魔道具には、この付与魔法が使われている。


 魔道具には、ユリウスが魔法鉱石を分析して人工的に作り出す事に成功した魔法石が使用されている。但し、天然資源である魔法鉱石は半永久的に力を失わないのに対して、人工物である魔法石は使用時間が長ければ長いほど徐々に力を失って、最後は砕け散る。


 故に、生活に使う魔道具には人工的に作られた魔法石が用いられ、重要な働きを行う魔道具には魔法鉱石が用いられている。


 深淵の軍勢との戦いで活躍しただけではなく、民の生活の向上にも尽力した彼は聖王国で魔術師の道を志す者達から賢人と讃えられている。


 そして、ユリウスの友人である騎士――アヴェル・ディアス。聖王国の前身となった小国の騎士の家系に生まれ、類稀な剣の腕と忠誠心から王国の第二王女の護衛を務めた。


 深淵の軍勢が侵略を開始した暗黒時代。彼が仕えた小国は壊滅に陥り、王族の殆どが命を落とした。生き残ったのは、自身が護衛を務めた第二王女ただひとり。


 数々の苦難を乗り越え、深淵の侵略を退けたアヴェルは英雄として名を馳せ、人々から、何よりもずっと守り続けてきた王女に望まれて新たな国の王として迎えられた。


 聖王国初代国王アヴェル――彼と王女は結ばれて、現在の聖王家の始祖となったと歴史書に記されている。


「あの台座に安置されている柄こそが、アヴェル陛下が戦いで用いた物。そして、これは聖王家に伝わる言い伝えなのですが……アヴェル陛下は、ディゼル殿の先代にあたる御方なのです」


「先代……まさか!?」


「そう、アヴェル陛下はあなたと同じ天の力を持つ選ばれし者。光の力は、彼の妻となった王女が宿していた力なのです。ふたりの間に跡継ぎである王子が生まれても、受け継いでいたのは光の力――天の力を受け継いではいませんでした」


 初代国王陛下が、僕の前に天の力を宿していた御方……。ということは、アヴェル陛下の死後、数百年という長い間、天の力を持つ人間は現れていなかったという事なのか。


 台座に置かれている魔法剣の柄は、アヴェル陛下が使われていた物。彼が天の力を宿していたのなら、使用していた魔法剣は僕と同じ“天剣”だった筈。

 ならば、あの魔法剣の柄は、天の力に耐えられる魔法鉱石が用いられているということになる。


「始源の柄に使われている魔法鉱石は“統魔石とうませき”。天光雷地水火風の7つの力全てを統べる、この世に一握りしか存在しない魔法鉱石なのです」


 統魔石……初めて聞く名前の魔法鉱石だ。そんな物が存在していたなんて。


「アヴェル陛下が遺した古い文献を読む限り、天の力に耐えられる物はあれしか存在しないと。ディゼル殿、あの柄で魔法剣を試してみて下さい」


「分かりました」


 正直、緊張してしまう。何せ、台座に置かれている柄は初代国王陛下が使っておられた品なのだから。この聖王国の至宝と言っていい。

 

 台座の前まで赴き、安置されている柄に触れると、柄から虹色の光が溢れ出す。

 僕も、アストリア陛下とグラン隊長も突然の出来事に驚く。しかし、更に驚くべき事態が起きる。柄から溢れ出した虹色の光が、人の姿を象る。

 

「これは……」


 人の姿を象った虹色の光は、徐々に本物の人間と同じ姿に変化する。現れたのは黒髪の騎士。力強さを感じさせながらも、優しい光を宿した瞳の持ち主。

 

『この柄を手にするとは、私と同じ力を持つ者が現れたということか――』


 同じ力を持つ者……もしや、この黒髪の騎士。この御方は――。


『我が名はアヴェル・ディアス。天の力を宿す者』


「この御方が、アヴェル陛下……」


「どうやら、アヴェル陛下御本人が生前に魔法剣の柄に自らの魔力を込めていたようですね。おそらく、後世に言伝を伝える為に」


 共通魔法の中に、自らの魔力を物や場所に込めて言伝を残すものが存在する。付与魔法から派生した魔法だと、学園の授業で習った記憶がある。


 アヴェル陛下は生前、御自分が使っていたこの柄に魔力を込めて、後世への言伝を残していたようだ。


『天の力を宿す、新たな選ばれし者よ。君がこれから歩む道は険しく、困難なものとなるだろう。その時の為に、この柄を後世に遺した。これを手に取る君が、正しき道を歩むことを心から願っている――』


 アヴェル陛下は、優しい微笑を浮かべて消えていった。ほんの僅かな時間だけしかお会い出来なかったけれど、陛下の激励の言葉に僕の心は震えていた。


 深呼吸した後、台座の上の魔法剣の柄を手に取る。自らの魔力を送り込むと、柄の先から虹色の刀身が出現した。刀身の形状は安定しており、柄には何ら異常も見られない。


 正しき道を歩むことを心から願うという、アヴェル陛下の想いに応えなくては。この魔法剣の柄を持つ者として、守護騎士の責務を全うすることを誓う――。


 この柄を手にする経緯を話し終え、ふと図書室の窓の外に視線を向けると夕日が見えていた。意外と長話になってしまったようだ。姫は真剣に話を聞いて下さっていた。


「そんなことが……初代国王陛下が使われていた品なんですね」


「身に余る光栄だと思っています。初代国王陛下がお使いになられていた品を、若輩者の私が託されたことに」


 この柄だからこそ、僕は天剣を振るうことが出来る。守護騎士として、姫を御守りすることが出来る。そのことが、何よりも誇らしい。


 いつか、僕もアヴェル陛下のような騎士になれるだろうか――。






「……ん」


 意識が覚醒して、周囲を見回す。王立学園のリリア嬢の寝室前――就寝に使う長椅子に寝転がっていた。どうやら、夢を見ていたようだ。


 僕は腰のホルダーに納めている魔法剣の柄を手に取る。始源の柄……アヴェル陛下が使われていた聖王国の至宝。


 実は、聖王宮から帰る前にエルド陛下にこの柄を返還することを申し出た。今の僕は守護騎士ではなくリリア嬢の護衛だ。この柄を持つ者に、相応しくないのではないかと思ったからだ。しかし、エルド陛下はこう仰られた。


『そなたの力に耐え得る物はそれひとつしかあるまい。ならば、そなたが天寿を全うする前に返還して貰えればそれでよい』


 エルド陛下のご配慮に感謝した。現状、この柄でしか天剣を振るうことは出来ない。体術の研鑽も怠っていないが、魔法剣を使わずに倒すことが困難な敵が出現したら、素手だけでは心許ない。

 

 じっと、魔法剣の柄を見つめる――姫が亡くなったという記録を見た時、僕はこの柄で天剣を発動させて喉を貫いて自害しようと思った。


 今考えると、あまりにも愚かな行為を行おうとした。あの時のアヴェル陛下の激励の御言葉をすっかり忘れてしまっていた。


『正しき道を歩むことを心から願っている――』


 これから先どうなるかは、僕には分からない。今は、ただ真っすぐ歩くだけだ。

 リリア嬢の護衛として、彼女を守ることが今の僕が歩く道なのだから。


 時計に目を配る――時刻は午前5時前。リリア嬢は、まだ眠っているだろう。

 彼女が起床するまで、日課である鍛練と“あの魔法”の習得に努めなければ。僕は手早く洗顔などを済ませると、鍛練の為に外に出た。





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