第17話 封印の間(後編)


 守護騎士の訓練場で、エルド陛下との試合を終え、話をしている最中――リリア嬢の異変を察知した。僕が渡した首飾りには、彼女の身に何か起きた時に感知術が発動する付与魔法を付加している。


 ――今、その首飾りの感知術が発動した。彼女の身に何かが起こったのだ。


「陛下、お話の途中失礼します――リリア嬢に何かあったようです!」


「何……!?ディゼル殿、どういうことだ?」


 陛下には無礼と思われるかもしれないけど、僕はリリア嬢の護衛。彼女に何かあれば、全力で守らなくてはならない。陛下に一礼した後――。


「陛下、聖王宮内で魔法を使う非礼をお許し下さい」


 僕は精神を集中して、身体から虹色の魔力を発し――天の力を持つ者だけが使える固有魔法“空間転移”を行使した。


 リリア嬢が居る場所に空間を超えて、瞬時に到着……場所は、聖王宮内の何処かの部屋と思われる。室内にはリリア嬢とノエル殿下、白金の髪の少年……もしや、王子殿下だろうか?


 殿下達は、僕がここに現れたことにまだ気付いていないようだ。


「リリアおねーさん、しっかりして下さい!」


「誰か、誰かここに――!」


 王子殿下と思われる少年の呼び掛けで、聖王宮を警護していた守護騎士達が殿下達の下に駆けつける。彼等は、僕の姿を見つけるなり身構えた。


「何者!?」


「え……ディゼルおにーさん!?」


「だ、誰……?」


 漸く、殿下達は僕が居ることに気付いた。守護騎士達が、殿下達を守るようにして、僕に魔法剣を向けるも――。


「おやめなさい!その方は父上に招かれたお客様です!!」


 ノエル殿下が守護騎士達に一喝する。困惑しながらも、王女殿下の命令に背くことなど出来ない。守護騎士達は魔法剣を納め、殿下の前に跪く。


 思わず、息を呑んだ。守護騎士達を制止したノエル殿下の表情に、アストリア陛下の面影を見た。天真爛漫な部分に注目してしまうが、やはりあの御方の子孫だけあって、よく似ていらっしゃる。これも血筋か――。


「あ、姉上、お知り合いですか?」


「リリアおねーさんの護衛を務めるディゼルおにーさんです。でも、どうしてここに?父上とお話しされていた筈なんじゃ……」


「驚かせた非礼をお許し下さい、リリア嬢の異変を察知して駆けつけました」


 視線をリリア嬢に向ける――彼女は、虚ろな瞳をして僕が渡した首飾りを握り締めていた。彼女の肩を掴んで呼び掛ける。


「リリア嬢、しっかりして下さい」


「……ディ、ゼルさん……?」


 虚ろだった彼女の瞳に光が戻り、僕の姿を認識したようだ。


「大丈夫ですか? 一体何が――」


「来て、くれたん、ですね――」


「リリア嬢っ!?」


 彼女は微笑んで、そのまま意識を失った。慌てて、彼女の身体を支える。

 殿下達も、守護騎士達も困惑している。


 そこに――新たな来訪者達が、ルディア殿とロイド殿、ファイ殿の3人だ。


「ノエル殿下、御無事――よ、ヨシュア殿下まで!?」


「おふたりとも、御無事ですか!?」


「一体、ここで何を――」


 来訪者は、更に増える。エルド陛下がこの部屋に入って来た。すぐ後ろにはダイン殿が控えている。国王陛下が現れたことで、守護騎士全員が跪く。


 陛下は驚いた表情で、部屋の中を見回していた。


「まさか……この“封印の間”の扉が開いたというのか?」


“封印の間”――聞いたこともない名前だ。聖王宮に、そのような場所などあっただろうか? いや……少なくとも、僕が守護騎士だった時代には無かった筈だ。


 ということは、僕が居なくなってから何らかの理由で封印された場所……?


「色々と気になるが、今はリリア嬢のことが気掛かりだ。誰か、ディゼル殿を客間に案内してくれ。それと、寝台を用意するように侍女に伝えよ」


「はっ!」


 僕は、意識を失ったリリア嬢を抱きかかえて部屋から出た。


「――!?」


 ハッとなり、周囲を見回す。この廊下、この位置……“封印の間”と呼ばれる部屋が誰の部屋だったのかを思い出す。間違いない、この部屋は――。


 だけど、今はリリア嬢を休ませることが先決。逸る気持ちを抑え、守護騎士の案内を受けて、客間へと向かった。


 客間に到着すると、侍女の方達が寝台を用意して下さっていた。リリア嬢を寝台に寝かせる。椅子に座って、暫くの間、彼女の様子を見守る――特に苦しそうな様子は無い。


 室内には、僕以外にルディア殿達3人の守護騎士の姿も。彼等になら、リリア嬢のことをお任せしても大丈夫だろう。僕は椅子から立ち上がる。


「皆さん、申し訳ありませんが……リリア嬢のことを暫くお任せしてもよろしいですか?」


「え? ええ、構いませんが……ディゼル殿、どちらへ?」


「国王陛下に、お伺いしなくてはならないことがあります」


 どうしても、エルド陛下にお伺いしなくてはならないことがあった――“封印の間”と呼ばれている、あの部屋についてだ。


 何故……あの御方の部屋が“封印の間”などと呼ばれているのか。


 謁見の間の前に到着すると――。


「国王陛下がお待ちです」


 扉の前で護衛をしていた守護騎士達が、扉を開ける。どうやら、陛下は僕が来ることを察して下さったようだ。守護騎士に一礼し、僕は謁見の間に入る。


 謁見の間――玉座に座すエルド陛下の御前で僕は跪く。陛下の隣には、護衛としてダイン殿の姿もある。


「ディゼル殿、顔を上げてくれ」


「はい――陛下」


「うむ、“封印の間”について訊きに来たのだな」


「……何故、そのような名称で呼ばれているのでしょうか?あの場所は――アリア殿下の御寝室だった場所です」


 ……そう、あの部屋はアリア王女――姫の寝室だった場所だ。決して間違えようがない。僕が姫の護衛騎士だった頃、あの部屋の前で夜間の護衛を務めた。


 尤も、中に入ったことは一度も無い。王女殿下の寝室に入室するなど、守護騎士であっても許されるわけがない。姫の寝室に入室を許されるのは、姫の侍女を務めたセレス殿などの一部の人間のみ。


「私も詳細については分からぬ。何故、あの部屋が封印の間という名称を付けられたのか……ただ、ひとつ言えることがある。今日まであの部屋の扉は300年の間、一度も開いたことは無かった」


「一度も……でございますか?」


「アストリア女王が遺した古い文献があるのだが、どうやらアストリア女王自らがあの部屋に封印術を施したようだ」


「アストリア陛下が……?」


 封印術――主に、危険な場所などを封鎖する際に使う魔法。最高峰の術士として名を馳せたアストリア陛下が施せば、並の術者では解くことは出来ないだろう。

 

「それと、ノエルとヨシュアに確認を取ったのだが――リリア嬢が扉に触れたことで、封印が解けたとのことだ」


「本当でございますか?」


 リリア嬢が触れたら、封印術の封印が解けた。ということは、光の力を持つ者が触れれば解ける封印……いや、おかしい。光の力を持つ者が触れて封印が解けるのなら、陛下や殿下達が触れても封印は解ける筈だ。


 陛下の話では300年間、一度もあの部屋の扉は開いていないという。 どうして、リリア嬢が触れたら封印は解けたのだろう?


「ディゼル殿、共に封印の間に来て欲しい」


「はい」


 僕はエルド陛下、ダイン殿と共に封印の間――姫の寝室に赴いた。何もない、ガランとした空間が広がっている。何故、アストリア陛下はここに封印術を施す必要があったのだろう?


「ディゼル殿、床を見てほしい。ノエルが見つけたのだ」


「これは……」


 部屋の床には、何らかの魔法陣が刻まれていた。長い年月の影響で消えかかっており、どのような魔法陣であるかは完全には判別出来ない。姫の寝室の床に、どうして魔法陣が……?


 魔法陣を用いた術は、非常に難易度が高い。深淵の王との戦いで、アストリア陛下が行使した聖王家に伝わる秘術――破邪法陣などが該当する。あれは、術士として最高峰の技量を誇るアストリア陛下だからこそ使うことが出来た秘術。


 まさか……姫の寝室で、魔法陣を用いた秘術が使われたというのか?

 聖王家には門外不出の秘術が存在し、破邪法陣もそのひとつ。ならば、破邪法陣以外にも何らかの秘術があるのでは……。


「陛下、まさか……」


「私も同じこと考えていた。我が聖王家に伝わる何らかの秘術が、この部屋で行使されたのだろう」


 一体、この部屋で何が起きたのだろう。もしかして、床に刻まれたこの魔法陣で行使された魔法が姫の死と何か関係があるのか?


「ディゼル殿、ひとつ訊きたいのだが……アリア王女と貴殿にはどのような関わりがあったのだ?」


 どうやら、天の騎士としての功績の方が大きく、僕が姫の護衛を務めていたことは後世には伝わっていないようだ。


「……深淵の戦いが始まる前まで、私はアリア殿下の護衛を務めておりました」


「そうか……すまぬ、不躾な発言を許してくれ」


「いえ、滅相もございません……」


 封印の間の床に刻まれた魔法陣については、聖王宮の魔術師達に調べるよう陛下が勅命を与えた。ただ、長い年月で魔法陣が消えかかっていることから、調査には相当の時間を要するだろうと仰られた。300年も前のものだ、直ぐには分からないだろう。


 陛下のご配慮に感謝した後、僕は客間に戻った。リリア嬢はまだ眠っており、ルディア殿達が見守ってくれていた。


「ん……」


 僕が戻って来て間もなく、寝台で眠っていたリリア嬢は意識を取り戻した。瞼を重そうに開く。


「私……? ディゼルさん、それに守護騎士の皆さん……」


「リリア嬢、大丈夫ですか?」


「ごめんなさい、御迷惑をお掛けして……」


「いえ……無事で何よりです」


 彼女に大きな怪我が無くて何よりだ。暫くして、体調が戻ったリリア嬢と共に陛下に別れの御挨拶をした後、聖王宮を出ようとすると、ノエル殿下に引き止められる。


「うう、もっとお話ししたいです!リリアおねーさん、お城にお泊り――」


「姉上、リリアさんは学園の授業があるんですから……」


「むう……リリアおねーさん、またお会いしましょうね」


「はい、またお会いする御機会があれば必ず――」 


 殿下達にも別れの御挨拶をして、僕達は王立学園への帰路につく。何だかとても濃密な1日だった。


 学園の正門が見えてきた。僕は、ピタリと足を止める。全身から汗が噴き出してきた。心配そうな表情になったリリア嬢が話し掛けてくる。

 

「ディゼルさん、あの……どうしたんですか?」


「いえ……その、あ、あそこに――」


「え?」


 学園の正門には、エリス殿の姿があった。何やら身体からオーラの様なものが見えて……げ、幻覚だろうか? 瞳を擦ってもう一度見ると、オーラらしきものは彼女の身体から消えていた。


「あ、あのエリス殿――」


「お帰りなさいませ、お嬢様。ディゼル殿もお務めご苦労様です」


 にこやかな笑みを浮かべるエリス殿……め、目が笑っていない。自分だけ、聖王宮に招待されなかったことを気にしているのだろうか?


 と、エリス殿は僕の手をガシッと掴んだ。


「お嬢様、少々ディゼル殿をお借りします。本日、何か過ちが無かったかのか確認を取りたいので」


「あ、過ち?」


「ええ♪ では、参りましょうか、ディゼル殿♪」


「え、ちょ、え、エリス殿……!?」


 ズルズルと、エリス殿に引っ張られていく――小一時間後。


 ……つ、疲れた。エリス殿に色々と質問され、精神的にまいった。

 特に、リリア嬢が意識を失ったことを話した時の彼女の威圧感は凄まじかった。護衛なのに、彼女から離れたことについて謝罪した。


 リリア嬢がエリス殿を宥める。


「エリス、その時の私は国王陛下から王女殿下のお話相手をされるように頼まれていたの。ディゼルさんが悪いわけじゃないわ」


 国王陛下から直々に頼まれたと聞かされると、流石のエリス殿も委縮していた。

 無理も無いだろう、国家元首の言うことに文句を言えるわけがない。


「……お嬢様がそう仰られるなら」


 何だか、エリス殿は僕に対して当たりが強いなぁ。彼女からすれば、新参者の僕が自分の居ないところでリリア嬢と行動を一緒にすることはあまり好ましく思わないのかもしれない。何とか、打ち解けることは出来ないかな……。


 時間はあっという間に過ぎて、夜の帳が下りる。夕食後、僕はリリア嬢の寝室の前に置かれている就寝用の長椅子に腰掛けて本を読んでいた。今、僕が読んでいる本は魔法技術に関連する書籍。


 ……実は、リリア嬢には訊きたいことがあった。何故、封印の間に、姫の寝室に入ることが出来たのか。もしかしたら、彼女はあの部屋に入ったことで“何か”を知ったのではないだろうか。


 だけど――聖王宮からの帰路、何処か辛そうに俯くリリア嬢を見ていると、どうしても尋ねることが出来ない。護衛を務める身として、礼を失する。


 姫の寝室の床に刻まれていた魔法陣の調査は、聖王宮の魔術師達が行ってくれているようだけど、300年前の殆ど消えかかった魔法陣だ。調査には、かなりの時間を要するだろう。


 もっと早く、あの場所で起きた真相を知ることは出来ないだろうか――そう考えて、ふと思い出したことがあった。子供の頃、実家の書庫で読んだ魔法技術に関連する書籍。その本の共通魔法の項目に書かれていた、ある魔法のことを。


「(“あの魔法”を習得出来れば、あるいは――)」


 何事も行動あるのみ。僕は魔法技術の書籍を取り寄せ、共通魔法に関する内容に目を通した。子供の頃に読んだ本と内容は同じ。今、僕が必要と思っている魔法のことも記載されていた。


 僕が求める魔法……それは、共通魔法の中でも習得するのが最も難しいもののひとつだった。身体強化術、結界術といった戦闘に用いる魔法とは、そもそも用途が違う魔法。果たして、僕にこれが習得出来るのか?


 いや、やってみせる。必ず、この魔法を習得してみせる。これを習得出来たら、姫の死の真相を知ることが出来るかもしれない。


 リリア嬢の護衛と並行して、魔法の習得に努めるのは大変だ。だけど、真実を知る為ならば、どんな努力も惜しまない。


「(リリア嬢は就寝したみたいだ。僕も、眠るとしよう)」


 本当に、色々なことがあった1日だった。明日からは何時も通り、リリア嬢の護衛に専念しなくては――。






『会いたい――』


 聞こえる、またあの声が聞こえてくる。“封印の間”と呼ばれる、あの部屋で頭の中に流れ込んできた誰かの記憶。その記憶の中に出て来た少女の声。


 私は瞳を開いた――目の前にはあの白金の少女が立っていた。

 やっぱり、顔がよく見えない。彼女は何度も呟く。


『あの人に、会いたい――』


 あなたは誰? 一体、誰なの?

 “あの人”というのは、誰? あなたは、誰に会いたいというの?


『会わせて、あの人に』


 近付いて来る彼女に対し、私は――。


「あなたは、誰なの? 一体、誰に会いたいというの?」


 少女の足が止まる。よく見えなかった彼女の顔が見えた。一瞬、私は自分が見たものが信じられなかった。だって、その少女の顔は――。


「わた、し……?」


 白金の髪の少女は、私と同じ顔立ちをしていた。双子の姉妹ではないかと思わせるほど、瓜二つ。髪と瞳の色が違うこと以外は、見分けがつかない。


 少女の瞳からは、涙が止め処なく溢れていた。彼女の涙を見ていると、何故か、私まで涙が溢れてくる。


 どうして……? どうして、私まで涙が出てくるの……?


 彼女に手を伸ばそうとするも――急に、彼女との間に距離が出来て、手が届かなくなる。待って、あなたは誰なの?


『会いたい……様に、会いたい』


 今、何て言ったの? 誰の名前を呼んだの?


 少女の姿が見えなくなる。次に瞳を開いた時に映ったものは、王立学園の術士科の学生寮――自室の天井だった。


「あなたは、一体誰……? 誰に会いたいの……? 」


 私の問いに答える人は、その場には居なかった。





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