閑話4 世界の国々



 ――聖王国歴723年、僕が王立学園に入学してから1年が過ぎた。進級してから授業はより実戦に近いものになり、日々の鍛練にも余念がない。


 今日は、休日である天の日。王立学園もこの日は授業は行わない。僕は日課である自主鍛練を終えて、学生寮の浴室で汗を流す。さっぱりした後、勉強の為に学園の図書室に足を運ぶ。


「ん……?」


 図書室に入るなり、僕の目に映ったのは同じクラスの友人であるアメリーの姿だった。彼女は、口を大きく開けて何かを見つめていた。


「アメリー、どうしたの?」


「でぃ、ディゼル……あ、あれ」


「あれ? あれって――」


 アメリーが指差す方向に視線を向ける。視線の先には椅子に座って読書している、これまた同じクラスの友人のジャレットの姿があった。


「ジャレットが本を読んでるけど……それが何かおかしいの?」


「おかしいに決まってるでしょ!? あいつが本を読むなんて、明日は空から槍が降って来るわよ!」


「いや、そこまで言わなくても……」


 まぁ、彼女が驚くのも無理はないかも。ジャレットは実技は真面目に取り組むけど、座学の方は今ひとつというイメージがある。


彼が座学の授業中に、爆睡して教官に出席簿を頭に叩き込まれる光景は日常茶飯事だ。


「お前等、図書室では静かにしろよ」


 こっちの会話に気付いたのか、ジャレットがジト目で僕等を見つめていた。 


「うっさいわね。アンタが本を読むなんて、見てるだけで背筋がゾッとするわ」


「お前、俺を何だと思ってんだよ……」


「ジャレット、何読んでるの?」


「ん、これな」


 ジャレットが読んでいる本の題名は『世界の国々』。僕達が住んでいるこの世界にある国についての本だった。


「いやさ、何時かはこの国以外の国にも行ってみたくてさ」


「他の国かぁ……僕も興味あるなぁ」


 僕達の住むこの世界は、ひとつの大きな大陸と幾つかの島々で成り立っている。


 今、僕達が居るこの大陸は西部を聖王国、大陸東部を帝国によって統治されている。このふたつの大国が、この大陸を二分する二大国と認識されている。


 聖王国――僕達が住んでいる国。700年以上前、深淵の軍勢の侵攻を退けた英雄と聖女によって建国された国。英雄は、かつて存在した小国の騎士の家系に生まれ、聖女はその小国の第二王女だったという。


 帝国――大陸を初めて統一した古代王国の流れを汲む帝政国家。古代王国が遥か昔に起きた深淵との大戦で崩壊した後、古代王国王家の生き残りである庶子が擁立されたことで誕生した。


 このふたつ以外にも国は存在する。


 創世神国――大陸中央に位置する小国。この世界を創世した“女神”を信仰する宗教国家。遥か昔に大陸を統一した古代王国も、女神を信奉する人間の反発を危惧して、この国だけは併合することはなかった。毎年、多くの人間が女神に祈りを捧げる為にこの地を訪れている。


 砂漠連合――大陸南部の砂漠地帯を統治する小国連合。黒髪と褐色の肌を持つ砂漠の民達が住まう。砂漠の民は地の力を宿して生まれてくる者が多く、地属性の魔法の扱いに関しては他国の騎士や魔術師より優れている。


 氷雪国――大陸北部に位置する、寒冷地帯を統治する国家。寒波を遮る為に首都や各都市には強力な結界が張られており、結界術に長けた魔術師が数多く存在する。


 極東国――大陸の東に浮かぶ島々からなる国家。独自の文化が築かれており、侍と呼ばれる剣の使い手達が居ることで有名。100年ほど前まで鎖国国家であったものの、現在は開国して大陸との貿易も盛んになっている。


 また、国ではないものの、大陸に大きな影響を与えている魔法都市ラングレイの存在も無視出来ない。


 魔法都市ラングレイ――聖王国と創世神国の狭間に位置する、聖王国建国に協力した伝説の魔術師ユリウス・ラングレイによって築かれた魔法の都。大陸各地から、多くの魔術師達が集まる。大陸で最も魔道具の開発、研究が発達している。


「読んでるだけでワクワクしてくる。何時か、色んな国を巡ってみたいもんだぜ」


「アンタねえ……あたし達、将来は騎士団入りするのよ?この国を守ることを第一に考えて――」


「守護騎士になれば、他国に行ったりする任務とかもあるだろ?」


「は!? しゅ、守護騎士って……」


 僕もアメリーも思わず目を点にして、顔を見合わせる。


 守護騎士は、この聖王国が誇る精鋭騎士。聖王国騎士団の中でも優れた騎士が抜擢される。ジャレット、守護騎士を目指しているのか?


 確かに、守護騎士は国外の任務に赴くこともあるって聞くけど……。


「授業中に爆睡してる馬鹿が、守護騎士になれるわけないでしょ!?」


「誰が馬鹿だコラァ! このじゃじゃ馬娘!!」


「誰がじゃじゃ馬娘よ!?」


「おーこえーこえー、じゃじゃ馬に蹴られて死んじまうー、てっしゅーてっしゅー」


「コラ、待ちなさい!」


 鼻歌交じりにその場から離脱するジャレットと、鬼の形相でそれを追い掛けるアメリー。


 いや、ふたりとも……図書室では静かにしようよ。周りの人達が睨んでるし。


 結局、この後に図書室で騒いでるふたりは教官に怒られて正座させられた。ちなみに、僕も一緒に……何故に?


  ふたりを止められなかったから、連帯責任ってことなんだろうか?


 守護騎士――ジャレットが目指している精鋭騎士に、僕が1年後に就任しようとは、この時は夢にも思わなかった。





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