閑話5 失われし王国
聖王国歴719年。9歳の誕生日を迎えて間もない僕は、ウェイン・アークライト――父さんに連れられて、聖王都から少し西に位置する廃墟にやって来ていた。
その廃墟には、僕と父さん以外にも多くの人が集まっていた。どうやら、単なる廃墟じゃないみたいだ。
聖王国騎士団の総長を務める父さんは、なかなか休暇を取る機会が無い。折角の休暇なんだから、ゆっくりした方がいいんじゃないかな……。
「父さん、久し振りの休暇なんだからゆっくり休んだ方がいいんじゃ?」
「羽根を伸ばせる機会だからこそ、こうしてお前と出掛けているんだ。ところで、ディゼル――この廃墟がどういった場所か知っているか?」
「ごめん……知らない」
「勉強不足だな。何れ、この辺りに関する本や資料を読んでみる事だ。ここには、かつてひとつの小国が存在していた……名は“リュミエール王国”」
「リュミエール王国……?」
「聖王国の前身といえる小国だ」
廃墟を見物しながら、父さんはかつてこの地にあったという小国の話を語り出した。
リュミエール王国――大陸西部にかつて存在したその小国は、強い光の力を宿す王家が代々統治していた。国土こそ狭いものの土地は豊かで、国民は平和を享受しながら暮らしていた。
「リュミエール王国は、少数ながらも精鋭揃いの守護騎士達に守られてきた」
「え? 父さん、守護騎士って聖王国の精鋭騎士じゃなかったっけ?」
「先ほども言ったように、リュミエール王国は聖王国の前身となった国だ。守護騎士自体はリュミエール王国時代から存在していたのだ」
そうだったんだ……守護騎士といえば、聖王国で騎士を目指す人間なら誰もが憧れる精鋭騎士。てっきり、聖王国が建国されてから創設されたものだと思っていた。
父さんの言う通り、まだまだ勉強不足だなぁ。リュミエール王国に関する本や資料を今度読んでみよう。
「そういえば今、強い光の力を持つ王家が統治してきたって言ってたけど……リュミエール王家がそのまま聖王家になったって事?」
僕が住んでいる聖王国を統治する聖王家――代々、強い光の力を宿している事は誰もが知るところだ。つまり、聖王家にはリュミエール王家の血が流れているって事なのかな?
「うむ……リュミエール王国が崩壊してから、聖王国建国に至るまでは様々な困難があったと伝えられている」
話は700年以上前まで遡る……小国ながらも、豊かに繁栄していたリュミエール王国に災厄が訪れた。地平の彼方から、無数の漆黒を纏う怪物の大群が出現したという。
そう、深淵の軍勢と呼ばれる異形達の侵攻。深淵の軍勢は、普段からも大陸各地に出現して、常に人々の生活を脅かしてきた。だが、その時の侵攻は大規模なものだった。
「この世界は、遥か昔から深淵と戦い続けてきた。リュミエール王国への深淵の侵攻は、歴史上初めて大陸を統一した古代王国滅亡の切っ掛けとなった900年前の“大戦”に匹敵する大きな戦いに発展した」
古代王国……歴史資料を読み解く限り、初めて大陸統一を成し遂げた国家であると本で読んだ事がある。400年に渡って大陸全土を統治したが、深淵との大規模な“大戦”の末に滅亡した。
古代王国にとって不幸中の幸いは王族の殆どが死に絶えた中で、当時の国王の庶子が奇跡的に生き延びた事。
古代王国の重臣達は、その庶子を担ぎ上げて新たな国家を建国した――現在、大陸東側の大半を統治する“帝国”だ。尤も、古代王国滅亡の影響で大陸全土を統治する盟主の座を失ってしまった。
古代王国滅亡後、古代王国の流れを汲む帝国以外の国家が誕生した。大陸北方の氷雪国、大陸南部の砂漠連合が該当する。
「あれ……リュミエール王国は古代王国滅亡後に出来た国じゃないの?」
「リュミエール王国は小国ながら独立国として、古代王国時代から存在していた国だ。古代王国とは不可侵条約を結んでいたそうだ」
父さんは語る。大陸全土を支配した古代王国も、無闇に領土の拡大を目指したわけではない、と。
古代王国に併合されなかった数少ない国――リュミエール王国と創世神国の二国。このふたつの国は、古代王国から重要視されていた。
リュミエール王国は、強い光の力を持つ王家の存在から併合されなかった。光の力を持つ人間は非常に稀だからだ。光の力は深淵の軍勢に対抗する為の切り札といえる。
創世神国は、古代王国建国以前から存在する大陸最古の国。この世界を創世した女神を信奉する歴史ある宗教国家ゆえに、併合すれば民衆の反発を招くだろうと判断された。
こういった経緯から、これら二国のみは不可侵条約を結んだ古代王国の同盟国として扱われてきたという話だ。
「少し、脱線してしまったな――」
父さんは話を続ける。700年以上前の深淵の侵攻時、当時のリュミエール王国は大きな転換期を迎えていた。
侵攻の前年にリュミエール王国の国王が病没し、王位継承したのは王の長女である第一王女。女王に即位した王女は強い光の力を秘めているものの、病弱だった。
病弱な女王は周囲に支えられながらも政務に勤しんでいた。しかし、深淵の侵攻時には無理が祟って病床に伏すようになってしまった。
熾烈を増す侵攻によって、遂にリュミエール王国王城は落城の時を迎えた。
最早、余命幾許もないと悟っていた女王は唯一の身内であった第二王女である妹を守護騎士達に託し、自らは崩壊する王城と運命を共にしたという――今、僕と父さんの目の前にある廃墟こそが、その王城跡だ。
「リュミエール王国最後の女王は、ひとりの騎士と共に今もこの場所で眠っていると云われている」
「女王陛下と一緒に死んだ騎士が居るの?」
「女王の護衛を務めた守護騎士らしいが……その騎士に関する資料は残っていないそうだ」
どんな騎士だったんだろう……女王陛下の護衛騎士を務めたのだから、名前ぐらい伝わっていてもおかしくないと思うんだけど。
「守護騎士に託された第二王女は無事だったの?」
「ああ、第二王女は無事に生き延びた。そして、幾多の困難を乗り越えた後、深淵を退けた英雄と結ばれ、新たな国を建国した」
新たに築かれた国――それが、今の僕達が住む聖王国。リュミエールの王城跡地を復興せずに廃墟のままにしているのは、かつて起きた悲劇を風化させない為だという。
「どれだけ長い月日が流れても、忘れてはならぬのだ。我々が住む聖王国をこの悲劇の地と同じにしてはならない」
真剣な眼差しで廃墟を見つめる父さん。この国を守る騎士の目をしていた。
廃墟となった王城を見ると震えてしまう。だけど、この目に焼き付けなくてはいけない。まだ子供だけど、失われし王国の跡地に誓う。
故郷をこの地のような廃墟に変えてはならない。聖王国を、そこに住む人々を守れるような立派な騎士になるんだ――。
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