拾った話

砂倉衣あや

第1話 抱えておくのも文字にするのも

 私が最初に妙な体験をしたのは小学生の頃。

 敷地内同居に近いくらいの、徒歩三十秒程度の距離に建っていた祖母の家を改築することになり、一階部分の手入れを数か月かけて行うという内容だったのもあって、祖父母は二世帯住宅として数年前に改築をしてあった、キッチンとトイレが作りつけられている二階に居住していました。そのため、祖父母を訪問するときには玄関を入って廊下を真っすぐに進み、突き当りの一階台所を通り抜け、二階に抜ける階段を上って行かねばならない時期がありました。玄関を入って左手には和室が二つ、それぞれ六畳と八畳くらいでふすまを隔てて隣りあっています。そこは資材置き場になっていました。いつも大工さんが二、三人何かしらの作業をされていて、廊下を通り過ぎる時には各部屋出入口の扉部分と壁越しに、人の気配を感じながら進んでいました。ある日の夕方、私は何かを伝言しに祖父母のお宅にお邪魔しました。徒歩三十秒なので、玄関に予定外の靴がないかどうかなど最低限度のことだけを注意して上がって行きます。すると、いつもは何も気にならない左手側の扉の向こうがやけに気にかかりました。何気なく上がったものの、家がやけにしんと静まり返っているのです。作業をする人の気配はこれくらいの時間にはいつもあるのに、自身の息遣いが感じられるくらいに、不安になるくらいに、静か。少し覗けば、人の姿が見えるはず。そう思って扉の隙間を覗きました。

 いつも木材みたいなものが積まれていて道具みたいなものも見える場所だったはずなのに、そういった工事中という印象を受けるものは全く無くて空っぽ。覗いた先には神棚があったのですがその前に白い人影が立っていました。私は何もみなかったことにしてなるべく急いで通り過ぎ、上の祖父母の過ごしている部屋に向かいました。

 いつもより長居をして階下に降りると、階段を降りる途中からもう人の声、作業音が耳に届き、廊下を通り抜ける際に覗いた部屋はビニールシートが張られて、木材や色々な重たそうな道具が置かれていました。

 見間違いだった。

 そう思いたかった私は後日、工事が済んで元通りに一階で暮らすようになった祖母に尋ねました。

「工事中に、何か、白い服を着た女の人みたいなものを見たんだけど気のせいだよね」

いつも生真面目で冗談など口にするのを見たことなかった祖母は、当然私の発言をバカにしてくると思っていました。ところが、

「ああ……、昔ねえ、この近所にね、猫を飼ってた人が居てね、その人じゃないかしらね」

と、全く見知らぬ人のことを、急に語り始めました。真面目でふざけたことを嫌う祖母の、聞いた事のないような支離滅裂な話を聞きながら、私は言うべきではなかったのかもと後悔してました。


 些細なことなのですけれども、

「言うべきでは無かったかも知れない」「出しどころが分からない」そういう話というのは、考えてみたらだれかが書き留めておかないと埋もれてしまうもので。

過激な話、怖い話、感動する話、分かり易い非日常、共有しやすく記憶に残りやすい話、というものはお金を出せば目に出来ますけれど、こぼれ話は消えてしまうものだ、と近頃思うようになりました。

 ですので、このような話をただ列記して行こうと思い立ち、自身の中のモヤモヤを一話目に据えました。以降も「そこまで恐怖でもなく」「でも日常とは異なるような心持ちにさせられた」光景の断片を記していく予定です。

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