ウンディーネとジェルのろうそく

一年が終わる日の少し前。

明かされていなかった名前と素性が少しだけわかるお話。


ろうそくの物語は、まだ始まったばかり。





北の魔女のお城には様々な生き物が集まるが、

中でもろうそく作りに興味を持ったのは水の精霊だった。


キャンドルを一緒に作ったり、炎を眺めているうちに

彼女たちはとても仲のいい友達となった。


水の精霊・ウンディーネは、いつも草花に囲まれている魔女の事を

とてもうらやましく思っていた。


いつか、自分の住む湖の中でも朽ちることのない

草花が欲しいと願ってはいたが、水の中で育つのはユラユラと揺れる水草だけ。


鮮やかな赤いバラや、小花をたくさん咲かせた緑色の植物などは

水の中では生きることができない。


いつも花を見てため息をつくウンディーネを見て

魔女が作ったのは、まるで水の中に草花が浮いているような

不思議なろうそくだった。




そのガラスの中には、透明な何かに固められた草花が浮いていた。


「ねぇマリア。これはあなたの魔法なの?」


逆さにしてもこぼれない水は、触るとプニプニと指を弾き返す。


「それは魔法じゃない。透明なロウに花を閉じ込めただけだよ。

魔法がかかっているみたいに美しいだろう」


北の魔女・マリアは誇らしげに微笑んだ。


「だからそんなにため息をつかないでおくれよ、リリー。

今日は年に一度のお祭りだろう。

それにお前は初めて会うんだろう?サラの孫に」


美しい水の精霊・リリーはその長い髪をそっとかき上げながら

そうね、と頷いた。




外はいつになく大ぶりの雪が降っていて、湖に残してきた生き物たちはどうしているだろうかとリリーはまた小さなため息を漏らす。


「また、そんな心配ばかりして!

みんなで行きたいのは私だって同じだけどね、それだけ後片付けが大変なんだからね。それに、あの便利屋に文句を言われるに決まってるよ」


「もう、勝手に心を読まないでよね」


恥ずかしいじゃない、とリリーは笑った。




今日、明日で、今年が終わる。


どのくらい前になるだろうか。

魔女のサラがあの小屋でろうそくを作り、星空となる美しいキャンドルに火を灯していた頃。

その頃は、いつも一年の終わりの日に

気の合う仲間が食べ物を持ち寄り、ろうそく屋に集まって一晩中好きな事をして過ごす。

話をしたい者は誰かを捕まえて好きなだけ話していいし

酒を飲みたい者は好きなだけ飲んでいい。


疲れて眠くなったら好きな時に寝て、好きなものを好きなだけ食べる。

この、何をしてもいい日を

仲間内では「お祭り」とか「宴」と呼んで

その日が来るのを心待ちにしているのだった。




サラがいなくなり、星空を作るろうそくの灯りが消えてしまってからは、

その集まりもなくなり

それぞれが1人で寂しい年の終わりを過ごしていた。

あの美しい星空がなければ、宴をしても何かが足りない。




ところが数年前。

サラの孫だという人の子が、あの小屋に住み着き

手伝いをする便利屋と名乗る人間と共にろうそく屋を始めた。


それも、その便利屋は、国王ギンガの息子だという。


この前起こった天変地異の始まりかけを止めた一行に

この便利屋も入っているという噂を聞いたが

それほどまでに力のある魔法使いなのか、この世界中の生き物が疑っていた。


それを知ってか知らぬか、顔に張り付けたような作り笑いをする便利屋の事を

マリアは気に入らなかった。

今はもういない、あの魔法使いの顔が頭にちらつき、重なってしまう。


それでも、サラの代わりに見事な星空を作る孫の事も気にかかり

少しでも関りを持とうと贈り物をしてみるが、どれもあまりいい反応がなかった。



サラの孫ともっと話したい。


今回の宴では、少し距離が縮まればいいと

マリアはろうそくの研究に明け暮れていた。




「いいかい、リリー。

決してこのろうそくを落としてはいけないよ。

落とせばたちまち魔法が解けて、中の植物が死んでしまうんだからね」


「さっき魔法はかかっていないって言ったのに。どうしたらいいの?」


リリーは、首をかしげて不思議そうに言った。


私たちは、魔力にとらわれて物の大切さを欠いていると

サラが言っていたことを思い出したんだよ。


だから人間は、ありもしない力をこうして物に封じ込めたふりをして

暗示をかけるんだ。


そのろうそくを大切にするんだよ。と、マリアは言った。


ウンディーネは首を大きく縦に振り

ありがとうと言って微笑んだ。




魔力のないリリーは

いつも自分の力のなさを恥じて、引きこもった。


美しい姿で外に出ても、うまく話ができない彼女にたいていの男たちは汚い言葉を吐き捨てて姿を消していく。


できる事は「水」に関わる事だけ。

それは生き物にとって恵みでもあり、災いでもあった。


魔法が使えれば、もっとうまく話ができるのにと

いつも口から出るのはため息だった。




end


今日はきっと大丈夫。

リリーは透明なロウに閉じ込められた草花に語り掛けた。


まるで水の中でも生きているように見える

美しい花たちのように

自分もできないことをやってみよう。


きっと誰かが助けてくれるはず。

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